(6)一年前-キャロン4
次の日、さっそくアクアは鉱山の採掘工がいないか冒険者の宿で聞いてみた、しかしモンテスの言うように採掘ギルドはすでに解散しており、経験者もほとんどいないという話だった。そこでアクアは依頼書を提出した。
「えーと、これはさすがに安すぎると思うんですよ。一日中の採掘作業ですよね。多分最低でもこの倍はないと、それでも難しいかも知れませんが」
受付でスピナが言う。
「おいおい、よく読めよ。食事料金はこちら出しで、宿泊が必須になっているだろ」
「まぁ、食事はいいですけど、この町の冒険者はたいてい拠点がありますし、宿泊の場所があることはそれほどメリットじゃないような」
スピナはよい顔をしないが、アクアは楽しそうに言う。
「馬鹿だな。必須って言うのがみそなのさ。男たちと私が一つの部屋で寝泊まりするんだぜ。だから四人までなのさ。私も四人以上はいっぺんに相手できないからな」
スピナの顔が赤く染まる。
「そ、そんな破廉恥な仕事受けられません!」
「依頼には書いちゃいねぇことは私的行為だ。口出されるいわれはねぇよ。」
「それはそうですけど・・・」
しぶしぶスピナが受け取ると、アクアはお金を払う。
「毎日四人必ず必要だ。多分一日交替になる奴が多いと思うんで、継続して人集めをしてくれ。期限は鉱石の集まり次第だ。足りない分の依頼料はあとでキャロンが払いに来るはずだ」
「そんなに希望者が来るとは思えないですけど」
「本当にそうかな」
アクアはにやりと微笑んでその場を離れた。スピナが依頼の処理を始めようとしたとき、アクアが冒険者が集まっている場所で大声を上げた。
「明日から近くの鉱山の採掘依頼を出した。報酬は少ないが、その代わり、一晩中私とヤリまくれる特典付きだ。一日四人までだからちゃんと順番できてくれよ。当然連泊ありだぜ。私の手料理も楽しみにな!」
グレスタでアクアを知る人はほとんどいないが、その過激な格好は注目の的である。そんな彼女が派手な宣伝をしたため、辺りは騒然となった。当然女性冒険者は白い目を向け、男の冒険者たちは皿のように目を開いてアクアの体を見つめる。
アクアは美女である。胸も大きく、腰もくびれていて、それでいてビキニアーマーだ。娼婦の仮装としかいいようがない。
アクアは注目している彼らに投げキスをして、冒険者の宿を出て行った。
そのままアクアはグレスタ湖の方に歩き出す。途中で衛兵がアクアに向かって歩いてきた。彼らも痴女のようなアクアを凝視している。その時ふとアクアは気がついた。
「あ、おい、あんた、確かマウンツって奴じゃ無かったか」
いきなり名前を呼ばれた衛兵はぶすっとした顔でアクアに近づいてきた。
「以前にも言ったと思うが、そんな格好で歩くのは公衆風俗上認められんぞ」
「あの、隊長、知り合いですか?」
マウンツが言うと、一緒に居た衛兵が二人を交互に見る。マウンツは不機嫌そうに吐き捨てた。
「知り合いなどではない。こんな身なりで怪しかったから一度保護しただけだ。その後、暴行疑いの容疑者を殺して我々の取り調べの邪魔をした」
「昔のことをほじくり返すなよ。冒険者なんだから襲われたら正当防衛くらいするさ」
「そんな格好をしているから襲われたのだと理解できないのか」
マウンツは不機嫌なままだ。しかしアクアと会話をしていると言うことは善人なのだろう。本当に気に入らないのなら問答無用で捕まえればいいのだから。
「はは、あの時も言っただろう。暑がりなんだよ。丁度良い。ここからグレスタ湖の奥の炭鉱跡まではどれくらいか教えてくれるか」
マウンツは怪訝な顔をする。
「あんなところになんの用だ」
「冒険者の依頼仕事さ。そう警戒するなよ。なにしろ昨日来たばっかでまだこの町のことは知らねぇのさ」
「まったく。歩いて行くのなら一時間くらいだろうな」
「結構遠いな。毎日行き来するとなるとそれなりに大変か」
そうは言ってもアクアの脚ならあっという間だ。しかし走っていると目立ちそうだ。
「グレスタ湖は広い。毎日というのなら、馬車を使う手もある」
「金がもったいねぇよ」
アクアは肩をすくめた。
「それもそうだな。もし馬車を雇いたいなら、グレスタ湖のそばにトサーという男が住んでいる。そいつに頼め」
そしてマウンツは紙に住所を書いてアクアに渡した。アクアが面をくらう。
「おいおい、どういう風の吹き回しだ。衛兵なんかに親切にされるとぞっとするぞ」
マウンツは不機嫌な顔ながら僅かに笑う。
「自分から道を尋ねておいて、ぞっとするとは失礼な奴だな」
「道を教えるくらいなら衛兵の仕事の一つでいいだろ。馬車の斡旋なんて、どう考えても気持ちわりぃよ」
マウンツは続けた。
「その男は三年前の強盗の一味と思われる奴だ」
アクアが眉を寄せる。
「だったらとっくに処罰されているはずだろ」
盗賊は捕まれば極刑になる。例外は聞いたことが無い。
「証拠が不十分だった。襲われた馬車の御者をやっていたことは認めたがそれ以外は知らないの一点張りだった。盗賊団の奴らが本当にただ雇っていただけかも知れないし、全てを知っていて殺しの手助けをしていたのかもしれない。本当ならおまえの証言も聞きたかったくらいだが」
アクアは少し思い返してみる。
「御者、ねぇ。そいつのことは知らねぇな。多分会ったこともないぜ」
「そいつが一人で町外れの小屋に住んでいる。要観察処分なんでな定期的に確認をしているんだ。そいつのできる唯一の仕事が御者でな。安く雇えると思うぞ」
「ようは私の見張りか」
「またトラブルを起こすようなら、衛兵としては見過ごせないからな」
アクアは鼻を鳴らす。
「いいぜ。気に留めておくよ。あんがとな」
アクアはマウンツから離れて湖へ歩き出した。
アクアが湖の裏手奥にある小屋に着いたとき、すでにキャロンとベアトリスが来ていた。
「遅いぞ、アクア」
キャロンがアクアを見るなり言う。
「依頼書出してから来るって言っただろ。先に進めておけよ」
この小屋はキャロンが借りたものだ。昔も採掘の拠点の一つとして使われたようだが、使われなくなってから久しい。もともとキャロンは二人が来る前から採掘の準備を進めていたので、この小屋には目をつけてあった。これからこの小屋を住めるように準備しなくてはいけない。
アクアが中に入ると、土間になっている居間と、小上がりの寝室のみでできている粗末な建物だった。寝室は比較的大きい。元々大人数で泊まることを想定したものなのだろう。居間と寝室を繋ぐ扉はすでに無くなっているので、居間から寝室は覗きたい放題の状態だった。
「古びちゃいるが、汚ぇってほどでもないな」
「十分汚れているわよ。ほこりだらけじゃない。一度水浸しにしましょうか」
「そうだな。魔法でやった方が手っ取り早い。丹念に水洗いして、乾燥させるか」
そしてベアトリスが、水の魔法で小屋中を洗い、その後でキャロンが熱の魔法で乾燥させていった。アクアは当然やることがない。一通り綺麗になって、改めてアクアは小屋の中を見る。
「しっかし、本当に何にも無ぇのな」
「当然でしょ、空き小屋なんだし」
「これから必要なのは、採掘用の必要資材と宿泊道具。そして食料か」
キャロンが少し思案する。
「そうね。みんなで分担して買い出しに行きましょう」
「じゃあ、飯の買い出しと準備は私に任せてくれ。しっかりお得な買い物をしてくるぜ。今夜は肩慣らしに絶品料理を作ってやるよ」
アクアは実は料理が上手なのである。三人で旅をするときもアクアが料理係をすることが多い。
「あら、いいわね。アクアの手料理」
ベアトリスが食いつくとアクアは茶化すように言った。
「男漁りに行くなら止めねぇぜ。ここでは男は見つからねぇだろ」
ベアトリスはむっとする。
「それはアクアでしょ。アクアこそ夜になったら男捜しに行くんじゃないの?」
しかしアクアは首を振る。
「明日から毎晩楽しめるんだ。今夜くらいは我慢するさ」
「だったら、アクアの料理を食べるしかないわね」
ベアトリスは満足そうにうなずいた。
「ベアトリスは寝具を買ってこい。男四人とあんたか。布団だけで四セット以上は必要になりそうだな」
「毎晩ドロドロになるし、もっと必要なんじゃねぇの」
アクアが楽しそうに言うとベアトリスは嫌そうな顔をした。
「私が寝具? 重いわよ。キャロンは何をするのよ」
「私は採掘に使うための道具を探して揃えてくる。必要経費はしっかり計算するから、ちゃんと記録を取っておけよ」
「ねぇ、私、損してないかしら?」
キャロンに対してベアトリスが文句を言う。
「ただの買い出しの分担だろう。損も得もない。どのみち他にも薪集めの作業がある。休んでいる暇はないぞ」
「はーい」
ベアトリスは口答えを諦めた。そして三人は一日中小屋の整備に当たったのだった。
「じゃあ、二日に一回。キャロンがここまで緑の鉱石を取りに来るって事だな」
小屋の中で夕食をとりながら、三人は細かい打ち合わせをした。
「本当ならグレスタ城まで持ってきて欲しいが、あんたには無理だからな」
石の運搬は重くてかさばるので大変である。そこでキャロンはモンテスに教わった精錬魔法を使って削った岩石から緑の鉱石だけを取り出して、かさを減らすことにした。そしてその石をベアトリスが魔法文字を縫い込んだ袋に入れて持ち運ぶのだ。この石は女性に触れれば劣化するが、魔法を通してなら問題なく扱える。今のところモンテスから教わった石の精錬魔法はキャロンしか使えないので、キャロンがここまで取りに来ることになる。
「私が集めた鉱石もここに持ってくるから、キャロンがグレスタ城まで持って帰ってよ」
鉱石がここに集まるのなら、キャロンが取りに来たときに渡した方が楽だ。
「青い鉱石の方は結晶の状態で落ちているから精製の必要が無い。自分で集めて自分で持ってこい。私だって忙しいんだ」
「ずるい。アクアばかりひいきして」
「女が触れない石で、私は精製魔法なんて使えないんだから仕方がねぇだろ。運ぶくらいなら私がやってもいいんだけどよ」
「それなら私が来る意味が無いだろう。正直アクアばかり楽をしていて非常に業腹なのだが、今回ばかりは仕方がない」
「楽じゃねぇって、毎日毎晩男たちのお世話をするんだぜ。料理から下の世話までよ」
言っているがアクアはよだれを流しそうな顔だ。
「完全に楽しんでいるじゃない。」
「挑戦してみたが、鉱石から採れるエキスはそれほど多くない。意外と長丁場になることは覚悟してくれ」
食事の後、三人は揃って小屋に泊まることにした。久々にお互いの体をむさぼり合ったのである。
翌日。アクアの予想通り、アクアの依頼にソロの男の冒険者が殺到した。スピナは軽蔑した視線を男たちに送りながら、受付をこなしていくのだった。
三人の採掘作業は比較的順調に進んだ。途中、三年前に捨てたはずのログが小屋に居着いたり、ベアトリスが何者かによって湖から出られなくなったりというアクシデントもあったが、三週間後には必要な鉱石は全て集めることができた。
そしてグレスタ城で最終作業が始まった。
「ふふ、最適なサイズね。設計の時に口を挟んでおいて良かったわ」
ベアトリスができた石にほおずりをする。
「あんた、この石で何をするつもりだ」
「あら、私だけじゃないでしょ。やっぱり隠しやすい大きさって重要よ。これから私たち、この石を常に携帯して旅をするんだから」
アクアはピンときたようだ。
「なるほど。それもそうだな。それでこのサイズか。だったらもう一回り以上大きくても良いんじゃねぇか」
「今から設計など帰られん。いきなり大きさを指定するかと思ったらそういうつもりだったか」
今はキャロンが最終的な石の加工を行っていた。そこにモンテスが来る。
「どんな調子だい」
「順調だ。やはり錬金術系の魔法というのはおもしろいな。初めてこのことばかりだ」
「キャロン君の物覚えがよすぎるのだと思うけどね」
モンテスは興味深そうに答えた。実際にキャロンはモンテスの魔法をどんどん覚え、更に自分なりにアレンジしていく。モンテスにとってキャロンは天才以外の何物でもない。
「そちらの方は大丈夫か」
「ああ、その石を設置してみないとなんともいえないが」
モンテスは主に台座の改造を行っていた。
四人は中央の台座に戻った。キャロンがさっそく穴に石をはめ込む。
「一旦魔力を流してみるよ」
そしてキャロンが台座に魔力を込めると台座にエネルギーが貯まった。ただ、中央の人工魔石がないので、すぐに魔力は霧散していく。
「機能はしているな」
キャロンが満足そうにうなずいた。ベアトリスは天面に手を当て中を解析する。
「私の仕掛けもちゃんと動きそうだわ」
「あんたの仕掛けは調べられてばれないだろうな」
「キャロンも調べてみなさいよ。私の記述を読み取れたら依頼料を全部あげるわよ」
「そこまで自信があるなら確かめるまでもない」
これで全ての作業が終わったことになる。結局一ヶ月近くかかってしまった。
キャロンははめ込んだ石を外し、アクアとベアトリスに投げ渡した。わかりやすいように色をつけており、キャロンが青、アクアが赤、ベアトリスが緑である。
「じゃあ、これで解散だな」
「帰りは新しいわが家によっていってくれ。ちゃんと報酬を用意している」
アクアが指を鳴らした。
「よっしゃ。これでたかり生活から解放されるぜ」
「私に今までたかった分を返す気はないよな、あんた」
キャロンがアクアを見たが、アクアは当然といった風に応えた。
「借りたんじゃねぇ、たかったんだ。返す分けねぇだろ」
「あーあ、私も持っとキャロンにたかっとけば良かった」
キャロンは冷たい視線で二人を見た。
「もうあんたらには絶対おごったりしない」
三人はモンテスの家で依頼料を受け取り、次の日に解散した。