(3)一年前-キャロン
キャロンは久しぶりにバロウズからの連絡を受けた。約一年前の竜退治案件以来である。その時、バロウズの住むモンテス家と連絡を取り合えるカードをもらい受けていた。今回はそこにバロウズから電話がかかってきた。
このカード型の魔道具はそれなりに便利で、今までもベアトリスやアクアとの連絡に使っていた。
「やぁ、久しぶりだな。バロウズさん」
「本当にお久しぶりです。キャロンさんはすぐにモンテス様の蔵書を見に来ると思っていたのですが、あれから連絡が無いのでむしろ意外でしたよ」
「あれから私も色々あって後回しにしていたんだ。しばらく連絡していなかったから、言い出しにくかったというのもあるな」
「お気になさらなくても良いですのに」
「ありがとう。だが、まさかそのために連絡を?」
「いえ」
そしてバロウズは少し緊張した声を出す。
「あの時、キャロンさんが危惧していたことが起こってしまいました。先日モンテス様の蔵書が全て押収されました」
事件の始まりだった。
三日後。キャロンはモンテス家を訪れた。
キャロンは一年前にダグリシアから逃げて、かなり遠くの地で冒険者の仕事をしていた。今回、バロウズから連絡を受けて、最速で駆けつけた。
扉を開けたのはバロウズだった。しかしバロウズを見てキャロンは驚く。
「どうしたんだ。怪我をしたのか」
バロウズは杖を突いていた。歩き方もぎこちない。
「まぁ、そんなところです。どうぞ。モンテス様がお待ちです」
キャロンは中に通された。そして執務室に行って驚く。本が一切合切なくなっていた。
「予想以上だな。まさか全部持っていくとは」
「待っていたよ。来てくれてありがとう」
モンテスが空っぽの部屋でキャロンを迎えた。
キャロンとモンテスは席についた。モンテスがバロウズの声をかける。
「バロウズ。休んでいなさい。まだ回復には時間がかかるだろう」
「ありがとうございます」
「バロウズさんはどうしたんだ。まさか、奴らにやられたのか!」
キャロンがいらだちをこらえきらないように言った。バロウズは苦笑する。
「私が悪いのですよ。キャロンさんは近衛隊が来たら素直に本を差し出すように言っておりましたが、相手があまりにも無礼だったので抵抗してしまったのです」
「それにしてもだ。近衛隊の奴らめ、ただではすませない」
モンテスが間に入った。
「一応治療院には通っているのだよ。全治一ヶ月ということだ。私の回復魔法程度は役に立たなかったね」
「そんなことはありません。正直、内出血がひどかったので、モンテス様がいらっしゃらなかったら恐らく治ることすらなかったでしょう」
「私も多少は回復魔法は使える。後で見せてもらえないか」
バロウズは首を振った。
「本当に治ってきているのですよ。治療院の方は昔からのなじみで信頼できる方です。キャロンさんはぜひモンテス様の力になって上げてください」
そしてバロウズは部屋を出て行った。
キャロンは諦めてモンテスと向かい合った。
「遠かったのだろう。申し訳なかったね。本当は連絡をするかも迷ったんだよ。君たちには何度も助けられているし、これ以上迷惑はかけられないと思ってね」
「本を奪われる可能性があると忠告したのは私だ。無関係扱いはしないでくれ。それに、今までもしっかり依頼料はもらっている。私たちは冒険者なのだからお金をもらった時点で貸し借りなんてナシだ。何度でも頼ってくれていい」
「ありがとう。やはり、彼らの狙いは魔法兵器なのだね」
「レナードがここから盗んだ日記に書いてあったんだ。間違いないさ。彼奴が盗んだ本を一週間で返したのは写本作業をしていたからだろう。いずれ他の本も必要になるとは思っていたんだ。だが、重要な本は複写しておいたんだろう」
「ああ、結局一年も時間があったからね。かなりの数を複写しておいたよ。本当なら、本そのものを隠しておきたかったんだが」
モンテスは空っぽになった本棚を寂しそうに見た。
「気持ちは分かるよ。しかし調べられて重要な部分が抜けていると分かれば、また押しかけてくるに決まっている。それに、全部持ち出されたということは、今後の調査にもかなりの時間がかかるだろう。モンテスさんの家の本はとても多いからな」
モンテスは肩を落とした。
「やはりエドワード殿下に城の魔法兵器のことを知られたのだろうか」
キャロンは首を振る。
「その可能性は薄い。私も一年も放置されるとは思っていなかったが、次にレナードが来るときも恐らく馬鹿王子に知らせないはずだとにらんでいた。あれは短気だ。魔法兵器の事を知れば一週間以内に使えるようにしろとか言い出しかねないし、間違いなく自ら押しかけてくるだろう。まだ魔法兵器について確証がないレナードにしてみれば、話すのはまだ早いと思うだろう」
「つまり、これはレナード氏の独断だという読みなのだね」
「この一年のことは謎だが、もしかすると、近衛隊でごたごたがあって手をつけられなかったのかもな。とにかくレナードにとっては、以前持ち出した本だけでは真実にたどりつけないわけだから、絶対に他の本も回収したいと思っていたはずなんだ。だからこそ、写本を作っておいてくれるようにお願いしたんだ」
「なるほど」
モンテスはうなずいた。
「レナード氏は魔法兵器が使えると判断できた段階でエドワード殿下に伝えるということだね」
「あいつも当然出世も考えているだろうから、タイミングを見ているだろう。あの短気な馬鹿にうかつな情報を流すと、自分の首が危なくなる」
モンテスは一息ついてから尋ねてきた。
「それで、キャロン君はどうしたらよいと思うのかね。私としては、城の台座を壊して魔法兵器を使えなくするのが一番良いと思うのだ。あの魔法兵器は使わせてはいけないものだ。街一つは確実に無くなるような代物なんだ」
キャロンは前のめりになる。
「解読してくれたのか」
「ああ、もちろんだよ。七色の人工魔石さえあれば簡単に発動できてしまう。持って行かれた魔法書に使用法が書いてあるだろう」
「なるほど」
キャロンは考えながら尋ねた。
「確か、あの人工魔石はもう二度と作れないんだったな」
「ああ、あの素材は二度と集めることができないよ。作り方も難しすぎて、今の技術じゃ無理だね」
一年前にモンテスはエドワード王子に七色の人工魔石を作るように命令された。無理だと思ったので、竜に盗まれた人工魔石をキャロンたちに回収してもらえるように依頼し、自分は人工魔石について調査した。そして、やはり一から作るのが無理だと確信した。分からない素材が多すぎるのだ。
「では、台座の方はどうだ。一度見た限りでは、回路が刻まれているだけの石に見えたが、あれを作るのは難しいのか」
するとモンテスははっとしたような顔をした。
「そうか。なるほど。失念していたよ。確かにあの台座のことは魔法書に書いてあったし、作ろうと思えばまた同じ物が作れてしまう。それほど技術もいらないね」
「壊すのだとすれば、人工魔石の方がいいことになるな。台座を壊したところで、脅威は去らない」
「あれを壊すのは難しいのだよ。大爆発をおこしてしまう」
「それほどなのか?」
キャロンは少し驚いた。
「ああ、あの人工魔石はかなり濃密な魔力が詰まっているんだ。下手に壊そうとしたら恐らくダグリシア一面が更地になってしまうよ。もっと広い範囲かも知れない」
どうやら強力な爆弾のような代物のようだった。
「では壊すのは諦めるしかないか」
キャロンも考え込む。モンテスはどうしても魔法兵器を使わせたくないようだが、人工魔石が王宮にある以上、使われるのは時間の問題だといえる。
「やはり、エドワード殿下にあれを渡すべきではなかったのだね」
モンテスは人工魔石が作れなかったので、キャロンが回収した人工魔石を代わりにエドワードに渡していた。
「断れば処刑されていた可能性があるのだから仕方がない」
そもそも、それを勧めたのもキャロンである。
そしてふとキャロンは思い出した。
「そういえば、あの石は初めは黒い石だったと言っていなかったか」
「ああ、そうだね。一度発動してから七色に輝くようになったようだ」
「だとしたら、中の魔力を使い果たしてしまえば、二度と使えなくなるのではないか」
「なるほど。しかし危険なことだよ。一度人工魔石を盗み出して、更に、どこかに向けて魔法兵器を撃たなくてはならない。人工魔石の魔力を出し切ろうとしたら、どれだけの被害になるか」
キャロンはにやりと笑った。
「盗む必要なんて無い。馬鹿王子に使わせれば良いのさ。よし、ちょっと思いついたことがある。こういうことが可能か意見を聞きたい」
キャロンは思いついた作戦をモンテスに話した。それを聞いてモンテスは驚いていたが、やがて渋い顔をした。
「できなくはないだろう。ちょっと調べる必要はあるが、理論的には可能だと思う。しかし・・・」
「気にするな。モンテスさんに迷惑をかける気は無い」
モンテスはしばらくうなっていたがやがてうなずく。
「あまり危険なことはしてもらいたくないのだが、まずはキャロン君を信用しよう。ただ、キャロン君が言うような装置を作るにはかなりの数の鉱石が必要になるね」
「そうなのか?」
「あの人工魔石と連動させる必要があるんだ。あの人工魔石にも使われている鉱石でわかっているものはあるからそれを集めればよいのだが、売られているものではないので採掘しなくてはならないね」
採掘程度なら冒険者であるキャロンにとってそれほど問題はない。
「それなら場所さえわかれば簡単な仕事だよ」
「いや、そう簡単でもないんだ。一つはグレスタ湖の湖底にある青い鉱石でね。潜る必要がある」
「なるほど。しかし魔法を使えば問題は無いさ。さすがに時間はかかるかも知れないが」
「もう一つは奥山にある緑の鉱石だから採掘場所自体は遠くないのだが、男性しか集めてはいけない。女性が触れると劣化してしまい使えなくなる」
「男性しか集めてはいけない?」
するとモンテスは立ち上がり、壁の奥の隠し戸に入って言った。そして一個の深緑色の石を持ってくる。
「この石なのだけど、女性が触れると劣化が激しくなる性質があってね」
「そんな石があるのか」
キャロンでも初めて聞く話だ。触ってみたかったが、劣化すると言われると容易に手は出させない。
「まぁ、その程度の制約ならなんとかできるだろう。それらの鉱石が集まれば、装置を作ることは可能なんだな」
「そうなるね。ただ、私の方でももう少し調べないといけない。今私が思いつく限りの話でしかないよ」
「ぜひ私も手伝わせてくれ。鉱石関係の魔法はほとんど知らないんだ。一応文献は読んだことがあるのだが、私の周りで使う奴がいなかったんでな」
キャロンが前のめりな発言をするとモンテスは苦笑した。
「なるほど。君は本当に研究熱心だね」
キャロンは席に座り直す。
「まぁ、そう言うわけだから、ちょっと手伝いが必要だな。どこにいるのかは分からんが、あの二人を呼び出して手伝わせよう」
「迷惑をかけるわけにはいかないよ」
キャロンはにやりと笑う。
「大丈夫だ。モンテスさんからの指名依頼ということにしてくれ。グレスタ城の魔法兵器を改造するための素材集めの依頼だ。報酬さえあれば、冒険者なら飛んでくるだろう」
「なるほど。確かに依頼という形なら私も安心してお願いできる。どうやら、持って行かれた本の支払いはあるようだからね」
モンテスは微笑む。
「いずれその本も取り返すさ」
その日のうちにキャロンはベアトリスとアクアに連絡をした。
キャロンから連絡があった五日後の朝に、アクアが順風亭を訪れた。
「久しぶりだなぁ」
アクアが入ってくるとみんなの視線が集まる。アクアの服装はビキニアーマーのみ、冒険者としては常軌を逸した格好だ。二十二歳のアクアは女性らしい色気をこれでもかと言うほど見せつけている。
アクアは受付に進んだ。
「えーと・・・」
受付のスピナが話しかけようとしたところでアクアは冒険者カードを提示した。
「しばらくここにいることになると思うんでよ。手続きしてくんね」
「あの、以前も来られたことありますよね」
「へぇ、覚えているんだ」
「その姿は忘れようもありませんし。でも、Bランクなんですね。驚きました」
冒険者は拠点とする場所の冒険者の宿で登録することが義務づけられている。そうでなければ依頼を受けたり報酬を受け取ったりすることができない。
「Bだけど、指名依頼は勘弁してくれよ。これから多分仕事があるんでよ」
B級クラスの場合、冒険者の宿から塩漬けになっている依頼を頼まれる事や、冒険者の宿が必要と判断した依頼に関しては指名される事もある。それで牽制したのだ。実はアクアは今までも押しつけ仕事を受けることが多かった。
「今のところそういう依頼はありませんので大丈夫です」
手続きを済ませているとアクアの後ろから声がかかった。
「よぉ、アクア、久しぶりじゃねぇか」
アクアが振り返る。そこにはたくましい体突きの三十代くらいの男がいた。見るからに戦士で、ごつい剣を背中に背負っている。
「ああ、カーランクルズじゃねぇか。久しぶりだな」
「覚えていてくれたか。もう忘れていると思っていたぜ」
カーランクルズはアクアの肩を叩く。
「それにしてももうその歳でB級かよ。俺なんてこの間やっとB級にあがれたってのに」
「それくらいが普通だろ。私はちょっと特殊でな」
アクアは去年B級に昇格したが、そもそもその前から常勝亭のソーニーにB級になるように圧力をかけられていた。冒険者は実力社会である。実力があるのに級を上げないと、他の者も級を上げなくなる。指名依頼ができるB級を増やしたい冒険者の宿にとっては、C級にとどまり続ける高レベル冒険者は厄介者でしかない。
アクアもやむを得ずB級試験を受けたが、名目だけの実践テストで元B級の冒険者を再起不能にしてしまったため、アクアはソーニーからA級にしてやると脅され、泣いて謝った経緯がある。実際、アクアの実力はA級でも問題が無いレベルだ。
「ちょうどいいや。今晩付き合わねぇか。まだ付いたばかりで、この街に詳しくねぇんだよ」
カーランクルズは肩をすくめる。
「おまえの誘いは魅力的なんだけどなぁ。実は俺たちは今から遠征に出るんだよ。俺たちはここを拠点にしてはいるんだが、あんまり金になる依頼は少なくてな。もっぱら、遠征の仕事を受けているよ。アクアが来ると分かっていたら、受けなかったぜ」
アクアも笑う。
「それじゃ、仕方がねぇな。恐らく当分ここにいるからよ。仕事が終わったら楽しもうぜ。コリキュリやキュームレセズも元気なんだろ」
「まぁな。また会おうぜ。アクア」
そしてカーランクルズは冒険者の宿を出て行った。スピナが戻ってくる。
「手続きが終わりました」
スピナが冒険者カードを差し出すと、それを受け取りつつアクアはスピナの手を握る。
「え? 何でしょう」
「今、カーランクルズに振られちまってよ。今夜の相手がいなくなっちまったんだ。襲いに行って良いよな」
スピナの顔が険しくなる。
「いい分けないでしょ! そもそも私は女ですよ」
「気にするな。私はどっちもいける口だ」
スピナはアクアの手を振り払おうとするが、やはり冒険者の力は馬鹿にならない。
「遠慮します。他を当たってください!」
「放っておくと、キャロンの奴に手をつけられそうだし・・・。ん、そういや前にキャロンが」
スピナの顔が赤く染まった。そして近くにあった本を持ってアクアの頭を叩く。
「放せぇ」
アクアがスピナから手を放した。
「私はキャロンほどひどいことはしないぜ。まぁ、その代わり、エンドレスだけどな」
「絶対拒否しますから!」
アクアは笑って冒険者カードを手に取る。
「ま、ありがとよ。また寄らせてもらうよ」
むっとした顔のスピナを残したまま、アクアは順風亭を出て行った。
アクアはそのままモンテスの家まで来た。呼び鈴を鳴らすと、バロウズが出てきた。
「よう、一年ぶり」
「アクアさん。来ていただいてありがとうございます」
「仕事だからな。で、キャロンは?」
「まずは中に入って休んでください。キャロンさんとモンテス様はグレスタ城に行っているんです。夕方には戻ってくるとおっしゃっていましたが」
「ふーん。ベアトリスはもう来たのか」
「いえ、まだこちらには来ていません」
アクアは首をかしげる。
「おかしいな。私が一番グレスタから遠かったと思うんだけどな」
アクアは空を見上げた。まだ昼過ぎた辺りだ。
「ただ待っているのも面倒だし、私も城まで行ってみるか」
するとバロウズが驚いた顔をする。
「グレスタ城は遠いです。今から行ったら、すぐに帰ってくることになりますよ」
「まぁ、ちょっくらぶらぶらしてくるさ。また後でな」
そしてアクアはすぐにモンテスの家を立ち去り、そのまま街の出口に向かって行った。