はじまりのからす 二
豪華絢爛な宴会場で烏と天野はさまざまな料理が並ぶ卓を挟んで対面する形で座っていた。
「これ凄い! こんなの食べた事ない。」
「それはきっと美味というやつなのでは?」
「びみ?」
烏は卓にある料理を片っ端から口いっぱいに頬張り美味しそうに食べており、天野はそれを眺めている。
「あー。お腹いっぱい。」
烏は満足そうにお腹をさする。
綺麗だった礼服は食べ汚しと赤い染みで胸元が汚れ、袖も烏が口元を拭うせいで汚れていく。
「これでお拭きになり。」
天野は立ち上がり烏の元まで近づき手拭いで烏の口元を綺麗にする。
天野も綺麗だった礼服を着ているが、あちこちに赤い染みが付いている。
「オイラ、こんな凄いの食べた事なかったよ。ここの人達みんなこんな凄いのを毎日食べてるんだね。」
「ここのが特別。それにここにいるのは自分の権威を主張したり腹の探り合いをする奴らばかり。料理あまり食っておりませんよう。」
「えー! こんなに凄いのに勿体ない。」
そう言って烏は床に倒れているものを見る。
「こんなに凄いのを食べないのにここの人達はここに集まったの?」
「色々ありましょうが、九十九戦争をいかに有利に進めるか。それを探るためだったり味方を見つけたりでしょうかね。」
「ふーん。じゃあオイラ達はそれを台無しにしちゃったんだね。」
「後悔しております?」
「全然!」
にっこりと笑って言い切る天野。
「この調子でばんばん殺そうね!」
「それでこそ。」
「次は何をするの?」
「そうですね。」
天野は周りを見渡した後、烏の手を取る。
「踊りゃんせ。」
「踊り?」
「せっかくのお召しものにこの場所。どうせならば記念に踊りゃんせしなければいけませんようね。」
「いいね。腹ごなしにちょうどいいかも。」
烏は立ち上がり、天野に手を引かれて宴会場の中央に立つ。
「先行は私が。烏は私の動きに合わせておくれまし。」
「分かった。」
「曲を流しませい。」
天野は少し離れた位置で待機していた音楽隊に声をかける。
声をかけられた音楽隊のもの達は天野の声に肩を振るわせ怯えている様子。
それに対して天野は医療用の刃物を取り出してそれを音楽隊の方に投擲した。刃物は音楽隊の内の誰かの片目に刺さり、悲鳴を上げる。
「曲を流しませい。」
今度は怯えながらも音楽隊のもの達は演奏を始めた。仲間の介抱をしたかったが、次は自分かもしれないという恐怖に屈した。天野と烏に生かされている事に恐怖していた。
「さぁ、行きませう。」
「えっとこう?」
「なかなかでござろう。」
恐怖で体が震えてなのか音楽隊のもの達の演奏は失敗ばかりだが、それには気にせず天野は烏と体を密着させて二人で踊る。
二人が踊るたびに床に広がる血が跳ねる。
二人が踊るたびに足底についた血が宴会場を汚していく。
二人が踊るたびに服に血がついていく。
それでも二人は気にせず音楽に合わせて踊る。
「これ、楽しいの?」
天野に合わせてしばらく踊っていたが、烏は少し退屈そうに問いかける。
「…よく解りゃんせです。こういう場所は踊る展開なので真似をしたのでます。」
「だったらさ。どうせ踊るんだったらもっと楽しいやつにしようよ。ねぇ! もっとノリの良いやつやってよ!」
烏が音楽隊のもの達に向かって大きな声で要求する。
それに対して音楽隊のもの達は戸惑い演奏を止めどんな曲を流せば良いのか迷っていたが、天野がこれ見よがしに刃物をちらつかせた事で即座に曲を決めて演奏を始めた。
「今度はオイラの番! ほら行くよ天野!」
「はい。」
烏は天野から少し離れると手足を大きく動かし激しい踊りを見せる。
天野も見よう見まねで踊る。
烏が手を伸ばすと天野も同じように手を伸ばし二人が手を繋ぐと烏はそのまま回りだす。天野も同じように回りだす。二人は手を繋いだまま回転の勢いを増していき、最後は耐えきれず手を離してしまい二人揃って地面に勢いよく倒れ込んだ。
「あっはっはっはっ! うっわめっちゃ汚れた! 天野は、あっはっはっはっ! 天野もめっちゃ汚れてる!」
床に広がる血潮で髪まで血で汚した烏は気分よさそうに愉快そうに大笑いしている。
同じように頭から血を被り顔にも血がついた天野は笑っている烏を静観している。
「…笑いどころ不明。」
「オイラも! 何がおかしいんだが!」
そう言いながらも楽しそうに笑っている烏を見ながら天野は立ち上がる。そしてゆっくりと烏に近づき手を差し伸べる。
「負傷は?」
「ふしょう?」
天野の言っている事が分からないまま烏は手を取り立ち上がる。
「まぁいいや。次は何する? また踊る? それとも天野もなんか食べる?」
「次は」
天野が何か言いかけた時、宴会場と外を繋ぐ大きな扉から大勢の人が流れ込んで来た。全員武装をしており、その向き先を烏と天野に向けられている。
「お前ら、よくも、よくも!」
武装集団の内の一人が憎悪に満ちた声を出す。他のもの達も皆、烏と天野に対して憎悪と怒りの感情を向けている。
理由は二人の足元にある。
烏と天野は九十九戦争に参加している有力者たるもの達が参加する宴会に乱入し、その場にいたもの達のほとんどを殺し、生き残った数名をわざと見逃し、外で待機していた有力者たるもの達の部下達がすぐに来られないよう天野が用意した生物兵器で邪魔をし、部下達が来るまでの間烏が殺したもの達の死体に囲まれながら食事をしたり踊りをしていた。
たった二人の手によって引き起こされた惨劇に二人を除いたこの場にいる全員が烏と天野を嫌悪と憎悪の感情を向けていた。
にも関わらず二人はものともせずにいた。天野ら武装集団に向かって指をさして先ほど言いかけた言葉の続きを烏に告げる。
「あれらの掃討でしょう。」
「そうとう?」
「皆殺しです。」
「分かった!」
元気よく返事をした烏は武装集団に向かって走り出す。その途中、宴会場にいたもの達の死体を踏みつけにしていく。
それによって武装集団は躊躇なく引き金に手をかけ銃弾を烏に向けて一斉に放つ。
烏は人離れした身体能力で縦横無尽に駆け回り、全弾かわしていく。
「いっくよー!」
どこか気の抜けた調子で叫びながら手を突き出す。すると目の前に突如刀が現れ、烏はそれを掴むと勢いよく抜刀する。
そして次の瞬間、瞬きの間に烏は武装集団の内の四割の人数を斬り伏せた。
生き残ったもの達はその惨状を目の当たりにして、思わず体を硬直させる。たった一人でこの状況を作り出してしまった烏に恐怖の感情を抱いたものが多くいた。宴会場にいたもの達をあっという間に殺したのはそういう事なのかと理解したものも多くいた。
「ねー! 何人か残しておいた方がいいかな?」
武装集団を前に烏は余裕そうで目線を天野に向けてよく聞こえるように大きな声で天野に聞く。
少し離れた場所で見ていた天野は首を横に振り、怯えて身を寄せて縮こまっている音楽隊のもの達に向かって指をさす。
「目撃するものはあれらで充分。皆殺し決定事項。殺せ。」
「はーい!」
烏は元気よく返事をし、刀を振り回す。それによってまた多くのもの達が死んでいく。
「というわけでオイラのために、死んで!」
笑いながらそう言って烏は刀を振っていく。その度に誰かが死んでいき、その度に誰かが抵抗して武器を烏に向けるが、最後は烏の手によって武装集団のもの達は全滅させられた。
◆◇◆◇◆
事件の後日。
宴会場から逃げたり見逃されて生き残ったもの達は烏と天野の残忍さを他のもの達に知らせた。
それを聞いた一部のもの達は烏と天野に対して警戒したり忌み嫌ったり侮蔑したりと様々な反応を見せた。
しかしこの時は誰一人としてこの後烏と天野が引き起こす非道の数々をまだ知らない。