はじまりのからす
これは【合戦場】ができる前の昔々の話。
九十九戦争が行われていた時代のお話。
九十九戦争とはこの世界で九十年以上続き人や妖怪に神までもが戦った事で有名な最大最悪な戦争。
だが実際に争った年月は合計で三十年ほどであり、残りの合計約六十年は冷戦状態が続いた年。
土地に人材に資源に食料など戦を通じて手に入れたいものが皆あったが、九十九戦争以外の戦を経験した事のあるもの達が数多く参戦していたためそのもの達の意見を参考にした結果やり過ぎないよう決まりが作られた。
それを台無しにする二人現れた。
この二人が現れたのは九十九戦争が終わる一年前。
二人が現れてからの一年間こそ九十九戦争が最大最悪なものと呼ばれる所以だ。
たった二人の存在によって九十九戦争を滅茶苦茶にされた。
二人は英雄を殺した。
二人は数多の財産を奪った。
二人は多くの人達を殺した。
二人は神を殺した。
二人は地上を破壊した。
二人は世界を滅亡させかけた。
多くのもの達の大切なものを踏み躙り、壊し、笑った二人はどうしてこんな事をしたのか。
これはそれが知れるかもしれないお話。
◆◇◆◇◆
九十九戦争が起きている時、一人の英雄と従者数名が話題に上がった。
英雄は九十九戦争を終わらせようと奮闘し、多くのもの達から絶大な支持を得ていた。英雄ならば九十九戦争を終わらせて世界をいい方向に導いてくれるのではと多くのもの達が期待した。
そして英雄はその期待以上の活躍と潜在能力があった。このままいけば九十九戦争を終わらせることができる。それだけの力が英雄にはあった。
しかしある日、英雄が殺されてしまった。
一人の人斬りによって最善の未来が潰されてしまった。
英雄を殺した後、人斬りは逃げた。
英雄を殺されて怒り狂った従者達に追いかけられながら人斬りは逃げた。
そして逃げた先にあった民家に転がり込み隠れてやり過ごそうとした。人斬りは民家の奥に進み誰もいない事を確認すると物陰に隠れ休む事にした。
「挨拶です。」
なのに。
唐突に隣から声がした。
人斬りは勢いよく声がした方を見ると隣に誰かが座っていた。人斬りはすぐにその誰かから離れ刀を手に取る。
誰かは座ったまま人斬りの目を見て話進める。
「質問でございまする。」
人斬りは警戒をしながらも誰かを斬ろうとはしなかった。刀を手にしたまま誰かを見下ろしていた。
「なぜ殺害をしやがりなったのでありましょうか?」
一瞬、何の事だと思ったがすぐに英雄を殺した理由を聞いているのだと理解した人斬りは警戒をしながらも少し口端を緩める。
「目立ちたかったからだよ。」
人斬りの答えに誰かは目をぱちくりさせる。
その反応を見て人斬りはさらに口端を緩め愉快そうに笑う。
「もしかして何か大義名分があって殺したと思った? 残念。違うよ。あいつを殺したのはただ目立ちたかったからだよ。」
「目立つ? 注目?」
「そう!」
最初に誰かと会った時に見せた緊迫した表情は何処へやら。今はすっかりと意気揚々とした表情を誰かに見せる。
「色んな人達から注目されているあいつを殺したらオイラも注目される! だから殺したの!」
「なるほど。」
遺族なら間違いなく。遺族でなくても聞いたら胸糞悪くなる殺害理由。
「次。なぜ注目を欲するのでありやがるのですか?」
だけど誰かは人斬りを罵倒しないし怒らないし不愉快な気持ちにならない。すぐに次の質問をする。
「なんでって? それはね、みんなにオイラの事を覚えておいてほしいんだ。」
刀を手にしているが、最初の頃にあった警戒心はほとんど消え失せていた。しゃがみ誰かと目線を合わせる。
「オイラは誰の記憶に残らないまま死ぬのが嫌なんだ。そんなの寂しい。だからオイラは有名な人を殺して有名になっていろんな人達にオイラの事を覚えてもらいたいんだ。」
生き生きとした様子で動機を語る人斬り。
人斬りの話を誰かは静かに聞いていたが
「表情変化。」
人斬りが楽しそうに話しているのを見て不思議に思ったのかそう呟く。
「え?」
何の事だと思い人斬りは頰に手を当てるとようやく自分が笑っている事に気がついた。
「あぁ。なんで笑っているのって聞きたいのか。…そうだなぁ。君は怒らず聞いてくれたのが予想以上に嬉しかったのかも。」
そう言って嬉しそうににこにこと笑う人斬り。
「ふざけるなよ人斬り! そんなくだらない理由であいつを殺したのか!」
突如扉が開き何人かが押し入る。
入ってきたのは英雄の従者達だ。
しかも先ほどの話を聞かれていたようだ。従者達全員、人斬りに向けて殺気をぶつけている。
それをものともしない人斬りは立ち上がり刀を従者達に向ける。
「くだらない、か。オイラにとってはすごく大事な理由なんだけどなぁ。」
「逃げ場無しでございまする。生存確率は大変低くていらっしゃいやがります。」
誰かの言う通り。
入り口は塞がれ、人数差は圧倒的に人斬りが不利。人斬りが持っている刀は酷使したのか刃がぼろぼろ。この状況を無事に切り抜けられるとは人斬り自身も思っていなかった。
「そうだねぇ。でも、別にいいかな。」
それでも人斬りは笑っていた。
「君と話せてよかったし、ここで死ねば少なくともあいつらには覚えてもらえるしね。」
怯えではなく不満そうな顔をしている人斬り。
「でも、もっといろんな人に覚えてもらいたかったなぁ。」
「遺言はそれだけか。死ね、この屑が!」
従者達が一斉に襲い掛かる。
それに対して人斬りは刀を構え交戦に構えをとる。殺される前に抵抗して少しでも強く記憶に残ろうとした。
しかしその前に誰かが動いた。
「…え?」
人斬りを殺そうとした従者達全員が瞬きの間に首が刎ねられていた。
何が起きたのか分からずぽかんとする人斬り。
頭だけになった従者達は何が起きたのか分からず驚愕の表情を浮かべていたが、何もできないまま絶命した。
従者達の返り血を浴びて呆然と立ち尽くしていたが少し経った後なんとか立ち直った人斬りは戸惑いながら誰かに聞く。
「えっと、これ。君がやったの?」
「はい。」
返り血を浴びて顔を真っ赤に染めた誰かは振り返り人斬りの目を見て話す。
「私がやりやがりました。」
「オイラも殺すの?」
「いいえ。殺害などしないのです。ですが要求をしやがります。」
「え。オイラ何も持ってないよ。刀はあるけど、これもうすぐ壊れるし。君の持っているそれの方がよっぽど良いものだよ。」
人斬りが指差した先には誰かが持つ血を滴らせているが美しく輝く鋭利な刃物。これを使って従者達の首を刎ねたのは一目瞭然だ。
「欲しいのは形あるものであらず。私が欲するは形なきもの。それすなわち恋。」
「恋。」
恋。
そんな言葉がこの状況で出てくるとは思わなかった人斬りは目を瞬かせる。
そんな人斬りにお構い無しに誰かは懐から一冊の本を取り出す。
「この漫画、《運命恋愛》のような素敵な恋をしたりしたいのでます。」
「恋を。」
「なので私と恋人になりやがれであります。」
「うぇ?!」
唐突な申し出に人斬りは驚愕する。
「え、あの。オイラと!?」
「はい。」
「え、なん。なんでオイラと?」
「会話して不愉快にならないのであります。それにこれは運命的な出会いというわけであります。というわけで恋人になるっきゃないのでございやがります。」
「え、いや。えぇー。」
動揺していてまともに言葉を紡ぐことができない人斬り。血の海の上で恋人になれと告げる誰かに流石の人斬りもたじたじだ。
なかなか返事をもらえない誰かは決め手の言葉を告げる。
「私の恋人になればあなたを有名にしまする。皆の記憶に焼きつけましょうです。長い期間で多くのものどもに覚えてもらう可能でます。」
「…本当?」
人斬りにとっては最高の殺し文句だ。
「はい。ただし私と恋人になりましたらあなたは間違いなく早期に死にましょうろう。」
「え。そうなの?」
「はい。過去の恋人早期に死にまいりました。あなたも耐えきれず死ぬのでございましょう。」
「そっか。」
恋人になれば早死にする。
「いいよ。恋人になっても。」
それを分かった上で人斬りは誰かの告白を承諾した。
「本当にまする?」
「うん。そのかわり、ちゃんとオイラを有名にしてよね。」
「約束しくさります。」
告白の返事をもらった誰かは人斬りに抱きつく。
突然抱きつかれた人斬りは戸惑う。
「えっと。何してるの?」
「恋人とはこのように触れ合うのでます。《運命恋愛》でも恋人の二人は抱き合っているのでます。」
「へー。後でオイラにも見して。」
人斬りが誰かにしばらく抱き込まれた後。ようやく離れた時に人斬りは誰かに聞く。
「ねぇねぇ、君なんていうの?」
「なんて? 意味不明であります。」
「名前だよ。名前。君の事をなんて呼んだらいいの?」
「名前。」
誰かは考えこむ仕草をした後、人斬りの目を見て告げた。
「天野 一。それで呼んでくりゃれ。」
「天野 一。天野 一ね。良い名前だね。」
「《運命恋愛》の主人公の名前を取りますた。」
「え、自分の名前じゃないんだ。まぁ良いけど。」
「あなたは?」
「オイラは烏だよ。よろしくね。」
「こっちも。」
自己顕示欲を満たすために人斬りになった烏。
恋をしたいという理由で多くの人達や周りのものを壊してきた天野 一。
これが二人の出会い。
もしこれが運命の出会いというのであれば最低最悪最凶なものだ。
これは一人と一災が恋人になり、愛し合い、周りを巻き込んで暴れ、いつか死に別れる物語。