第三章 凛々しき白賢妃ー①
あくる日。林徳妃の朝の御仕度や朝餉が済み、ひと段落した頃合いを見て、鈴舞は林徳妃に女官の行方不明事件について尋ねてみることにした。
昨日伺いたかったが、茶会の後も徳妃は予定が立て込んでいて、今日にずれ込んでしまったのだった。
「ああ、陛下からお聞きしているわ。私の護衛をしながら、鈴鈴は事件の調査をするのよね」
徳妃専用の宮である夏蓮宮内の茶室で、椅子に身を委ねてくつろいだ様子の林徳妃。その傍らに立つ桜雪は、茶器で月季茶のお代わりを注いでいる。
現在の茶室には、林徳妃、桜雪、鈴舞の三名のみしかいない。真の鈴舞について知っている面子。心置きなく内密な話ができる状況だった。
「さようでございます、娘々。劉ぎ……陛下には、事件のあらましについては教えていただきましたが、徳妃様からも念のためお伺いしたく」
「うーん、そうねぇ。陛下と同じようなことしか、私も言えないとは思うけど……」
そう言いつつ、林徳妃は知っていることを詳細に話してくれた。
行方不明事件が頻発し出したのは、半年くらい前から。それ以前から脱走と思われる女官の失踪は時々あったため、皆最初は深く気にしていなかったが、あまりにも頻度が高かったので、誰かが女を誘拐しているのだろうと朝議の場で決した。
いなくなるのは、正六品以下の女官のみ。妃嬪や、宦官も後宮には大勢いるが、彼らの中からはひとりも不明者は出ていない。
――うーん。劉銀から得た情報以上のことは、無いわね。
少しでも手掛かりの欲しい鈴舞は、桜雪にも尋ねてみることにした。
「桜雪は、何かないですか? ご存知なことは」
「私も、徳妃様と同じことしか知らないわね。ついこの前は、私の知っている女官がいなくなって、とても心配しているのだけど……」
「その方はどんな方です?」
「後宮入りしたばかりの子でね。まだ十五歳だったかしら。洗濯女をしていたはずよ」
「十五歳ですか……」
自分よりも若い乙女の安否を思い、鈴舞は暗澹たる気持ちになった。林徳妃も、顔を曇らせている。
「あら、まだお若いのに……。その子が生きているといいけれど。そういえば、先月居なくなった子たちも若い子たちだったわよね」
「あ、そうでしたね……。って、よく考えたら行方不明になっているのは今のところ若い女官だけではないですか? 私の知る限りですが」
「言われてみればそうね。みんな十代じゃない?」
失踪した女官たちを思い浮かべている間に、林徳妃と桜雪は思い当たったらしかった。
姿を消した女が、皆うら若き乙女であることを。
女官には幅広い年齢の者がいる。奉公に出されたばかりの十代から、先々代から後宮に身を置いている六十代の老女まで、満遍ない年齢で分布しているはずだ。
しかし行方不明になっているのは、林徳妃と桜雪の知る限りではあるが、皆十代の少女たち。
「これは……偶然ではなさそうですね」
鈴舞が神妙な口調で言うと、林徳妃は頷いた。
「そうね。誰かが若い女をさらって囲っているのかしら?」
「しかし娘々。女を侍らすことが目的ならば、後宮での人さらいは危険が大きいのでは。下町の身分の低い女をかどわかす方が、やりやすいでしょう」
若い女が欲しい、という目的だけならば、奴婢の女でもさらえばいいのだ。奴隷が姿を消したところで、気に留める人間はいないのだから。
「それもそうね……」
一同は考え込んでしまった。
皇帝の権威の象徴でもある後宮から、女官を誘拐するなど危険極まりない。捕えられれば、極刑になる可能性も高い。
「だけど、みんな行方が分からないってだけで、死体は発見されていないのよね」
「ええ、そうですね。皆無事だといいのですが……」
林徳妃と桜雪の会話に、鈴舞も「ええ」と頷いた。行方不明になった人数が人数だけに、死体が一体もないとなれば、生存の可能性は高いだろう。
――若い乙女を生け捕りにして、何をしようとしているの?
鈴舞が思案していると、林徳妃が嘆息混じりにこう言った。
「まあ、これだけの人数の女官がいなくなっているんだもの。後宮内で権力のある者が関わっているに違いないわ」
劉銀も言っていたことだ。そして、現在の後宮でもっとも権力のある者といえば――。
「順当に考えれば四夫人の誰か……。まあ、私も容疑者のひとりってことになるわね」
自嘲的に微笑む林徳妃。そんな彼女を全否定するかのように、鈴舞は勢いよく頭を振った。
「陛下と娘々は、幼いころから心を通わせている仲だとおうかがいしました。陛下は、徳妃様はまず違うと、昨日おっしゃっておりましたよ」
はっきりと、林徳妃の大きな双眸を見つめながら鈴舞はそう告げた。
幼い頃から誼があるからという感情論ももちろんあるだろうけれど、あの聡明な劉銀が「まあまず考えられぬ」と断言したのだ。
――うん。この方はきっと違うわ。
それは、林徳妃の振る舞いを見ての鈴舞の直感だった。しかし自分の根拠の無い勘は昔からやたらと当たる。
劉銀の言葉と自身の本能が合致しているのだ。やはり、林徳妃は事件には関わっていないだろう。
「あらー、陛下ったらそんなことをおっしゃっていたの? ふふ、嬉しいわ~」
主上から信頼を得ていることが喜ばしかったのか、頬を緩める林徳妃。
「ええ。はっきりと」
「ふふふ、今度会ったら飛びついちゃおっかな」
「娘々、陛下にあまり激しいことはなさらぬよう……」
「何よー、いいじゃないの! 愛情表現ははっきりとしてる方が!」
咎める桜雪に向かって、林徳妃はこれ見よがしに口を尖らせた。行方不明事件を話題にしていた時は、理路整然と受け答えをしていた彼女が、劉銀の話になると途端に乙女になる。鈴舞はとても微笑ましく思った。