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第二章 美しき四夫人ー④

 ――え、なんでいきなり劉銀がここに? 


 頭を地面につけながら困惑する鈴舞。唐突すぎた久しぶりの再会に、気持ちがついていかない。


「へ、陛下! いらっしゃるとはお聞きしていなかったもので……。すぐに席をご用意させますわ!」


 林徳妃の慌てふためく声が聞こえてくる。他の四夫人からも、「このような場に来ていただけるなんて」「とにかくこちらにお座りください」なんて声がした。


「そんなにかしこまらなくてよい。書状の確認に飽きて外に出たら、賑やかな声が聞こえてきたものでな。皆、頭を上げて楽にせよ。光潤……鈴鈴も」


 言われた通り顔を上げてみると、鈴舞の目の前に劉銀は仁王立ちしていた。彼の隣には、専属の護衛の祥明がついている。


 ――随分、皇帝っぽくなったわね……。


 最後に劉銀と相対したのは、彼が十二歳の頃だ。八年の月日は、小柄でどちからというと頼りなかった少年を、立派な美大夫に仕立て上げていた。


 公式の行事や朝議ではないからか、劉銀はゆったりとした平服に身を包み、夜の闇のように艶やかな黒髪の上部分だけを簡素にまとめていた。


 頭髪と同色の漆黒の瞳には、穏やかだがどこか達観したような光が宿っている。それは若干二十歳ながら、華王朝を治める皇帝として、とても似つかわしいと鈴舞には思えた。


 そして、少年時代は少女と見まがうほど美しかった美貌は、もちろん眩しいままだった。しかし、平服の上からでもわかる鍛え抜かれた胸板に、しっかりと出た喉ぼとけには、昔は感じられなかった雄々しさが溢れていた。


 男らしく変貌した劉銀だったが、鈴舞には特に感動はなかった。彼に対しては、今は不満しかないのである。


 ――もう、男装して後宮に入れだなんて無茶な命令をしてきて。一体何を考えているのかしら。


 こっそり劉銀を睨みつける鈴舞。すると、その視線を察したのか彼とはたりと目が合ってしまう。


 鈴舞の不躾な瞳に戸惑う様子もなく、劉銀はにやりと不敵に笑う。鈴舞は頬をひきつらせた。


「――陛下。先ほど、『そこまで言うなら、試してみるか』とおっしゃっていましたが」


 光潤が尋ねると、劉銀はふふ、と小さく笑い声を漏らす。


「光潤も梁貴妃も、鈴鈴の腕が信じられないのだろう? だから、試せと申したのだ」


「……どういうことでしょうか?」


「何、簡単なことだ。光潤と鈴鈴がこの場で軽く手合わせすればいいだろう」


 どこか愉快そうに微笑みながら、劉銀は言う。彼の傍らに立つ祥明は苦笑を浮かべた。


「この場でで、ございますか……?」


 突拍子のない提案に、少々戸惑ったように光潤が尋ねる。


「うむ。お前だけでなく、梁貴妃も鈴鈴の実力に懐疑的なようではないか。ただでさえ、今の後宮は殺伐としているのだ、四夫人間の疑念はできるだけ少なくしておきたい」


「……って、もっともらしいことをおっしゃいますが。面白そうだからけしかけているだけではないのですか、陛下」


 一応最低限の敬語は使っているが、からかうように祥明が言う。まるで同年代の友人を茶化すように。


「うむ、その通りだ」


「ですよね」


 悪びれた様子もなく肯定する劉銀に、呆れた様子の祥明。他の者が動じていないことから、このふたりの掛け合いはいつものことのようだ。


 付き合いの長い祥明は、劉銀にとって気を許せる存在なのだろう。


「――陛下がお望みであれば。俺が彼のような小さく非力な者に、敗北を喫することなど考えられませんが」


 澄ました表情で光潤が言う。だが、槍を見せつけるように構える様子からは、絶対的な自信が見て取れた。


 そんな光潤に、祥明は近づくと。


「……光潤、お前」


「なんだ」


「痛い目みんぞ、気をつけろ」


 祥明はポンポンと彼の肩を叩きながら、憐れむように言った。同僚だからか、ふたりとも気安い口調だ。


 祥明の忠告がまったく理解できないようで、光潤は小さく首を捻るだけだった。


 そして、「宴席の奥が、ちょっと広さがあるので立ち合いができそうです」という桜雪の声に、一同はそちらへ移動した。


 対峙する鈴舞と光潤を囲むように、劉銀や祥明、四夫人、女官たちが立ち会う。


 もちろん余興の立ち合いで、斬り合うわけにはいかないので、劉銀が女官に命じ、武器庫から模造刀と模造槍を持ってこさせた。光潤は切っ先が削った木でできた槍を構える。


 鈴舞はというと、模造刀は受け取らない。鞘に入れたままの愛刀を構えた。


「……変わった曲刀だな」


 光潤が鈴舞の刀を眺めながら言った。


「さすが、武官の方は分かるのですね! これは東の国から伝わった、倭刀という代物なのですよ。とてもいい刀なのです!」


 思わず弾んだ声を上げてしまう。


 華王朝で使われる曲刀と言えば、刀幅が広く祥明も愛用している青龍刀、またの名を柳葉刀が定番だ。細い刀身の倭刀は、鈴舞も自分以外の使い手を見たことがない。


 五年ほど前に、父が行商人から買ったものを試しに振ってみたら、とてもしっくりとくる太刀筋になった。手が小さく男性よりも筋力の無い鈴舞には、青龍刀に比べると軽量で細い刃が適合したのだった。


 それからはずっと倭刀一筋で稽古に励んだ。盲愛とも言えるほどお気に入りの刀なのに、知名度は全く無いため誰とも倭刀については語り合うことはできなかったので、物珍しさを光潤が気づいてくれただけで、鈴舞は嬉しかったのだった。


「…………。なぜそのように嬉々とした面持ちになるのだ」


「え? いえ、この刀のお話ができて、嬉しくて」


「……そなたと話していると調子が狂う。そなたと俺は、今から一戦交えるのだぞ」


「あ! はい! よろしくお願いします!」


 なぜ調子を狂うのかはわからなかったが、数日ぶりに刀を振るえることがやはり嬉しくて、満面の笑みを浮かべてしまう鈴舞。


 鈴舞は、刀を振り回すことが何よりも生きがいであった。三度の飯よりも、洒落た衣裳に袖を通すことよりも、断然。


「なんかごちゃごちゃ話してるけど。そろそろ始めていいか?」


 劉銀に立会人を任されたらしい祥明が、向かい合っているふたりの傍らに立つ。


「いいぞ、祥明」


「私もです」


「うん。勝敗の決め方だが、相手の体に一太刀入れるか、武器を吹っ飛ばした方が勝ちだ。――始め!」


 祥明の掛け声と共に、立ち合いが始まった。


 ――しかし。

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