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第七章 皇帝の真意ー①

 姚淑妃の調査が終わり、彼女の刑が確定した日のこと。


 鈴舞は、ある場所に向かっていた。肩に担いでいる、布に包んだ棍がやけに重い。


 ――しかし、姚淑妃様は本当に誘拐事件には関わっていなかったのね。白賢妃様がそう言ったのだからそうだとは思っていたけれど、あの不自然な若々しさは女官の生き血の効能で保っていたのかなあ、なんてちょっと邪推もしてしまったわ。でも結局、血にはなんの効果もなかったってことだったものね。


 そんなことを考えながら歩む鈴舞。


 実際のところ、姚淑妃の異常な若さは、彼女の家系が由来しているらしい。


 華王朝の中でも最南端に領地を構えている姚家は、何が原因かは定かではないが、皆実年齢よりも遥かに若々しい外見をしているのだという。


 温暖な気候で育つ豊富な農産物のおかげなのか、年中通して苦痛を感じない気温と天候がそうさせているのか……さまざまな諸説はあるが、はっきりとはしていない。


 しかし、南に住む者特有の楽天的で物事を引きずらない性格が、心身を健康にし若さを保っているという一説もあった。


 また、華王朝の国境を越えた南の国は、生まれ持った身分などなく、才があるかどうかだけでのし上がれるという自由な国らしい。民は皆明るく、細かい物事に囚われないのだそうだ。武官時代に遠征の経験があった祖父に、幼い頃に聞いたことがあった。


 ――姚淑妃も、白賢妃のことが絡まなければ穏やかで心の広い性格だと聞いたわ。……正直私は、茶会で攻撃されているからいまいち信じられないのだけど。


 しかし、あの茶会での一件は白賢妃の凶行をすでに知っていた姚淑妃の策略だったのだろう、と今となっては思える。


 狂気じみた行動をあえてすることで、女官をさらって血を抜くというとんでもないことをやってのけても、不自然ではないように見せかけるために。容疑の矛先を白賢妃から、自分へと向けさせるための。


 そう考えてしまうほど、姚淑妃は白賢妃を慕っていた。いや、崇めていたといっても過言ではない気がした。


 崇拝の対象に極刑を言い渡され、蟄居小屋の中の姚淑妃(すでに淑妃ではないが)は、虚ろな目をして食事にはほとんど手を付けず、日々過ごしているのだという。


 そして明日、白賢妃の斬首が予定されていた。


 ――だけど私は、どうしてもこのまま終えたくない。


 鈴舞が向かっていたのは、白賢妃が囚われている牢だった。今見張りはちょうど光潤であるはず。話が分かりそうでよかったと心から思う。


 本当はもっと早くことを起こしたかったが、姚淑妃が誘拐事件に関わっていないことが確定するまで、鈴舞は待っていた。


 ――白賢妃様は、死にゆく自分よりも姚淑妃様の行く末を案じているに違いない。ちゃんと「姚淑妃様の罪は偽証罪のみでした」ってお伝えしなければ、白賢妃様は今後ずっと彼女を心配して過ごすことになってしまう。


 そう、今後ずっと。――ここから逃れた先で。


「鈴鈴、どうした」


 牢の出入り口に、光潤が槍を構えて立っていた。鈴舞を意を決し、口を開く。


「お願いです、光潤様。今からあなたは私に倒され、意識を失う。そして何も見なかったことにしてください」


 光潤は目を見開き、一瞬驚いたような顔をした。しかしすぐに神妙な面持ちになる。


「――そうしたらそなただけが罪に問われるではないか」


 なぜそんなことを、とは彼は聞かなかった。鈴舞が計画していることを察したらしい。さすが、優秀な武官である。


「私はきっとなんとかなります」


 劉銀とは幼い頃の付き合いだ。確かに罪には問われるだろうが、皇帝の権力で大事にはしないだろう。


 ……という鈴舞の緩い目測だったが。


「なんとかなる? いや、ならんだろう。この中にいるのは極刑が確定した重罪人だ。そなたがいくら陛下推薦の宦官だとしても、ただですむはずがない」


「え、そうですかね」


「少し考えればわかるだろう。そんなことに協力はできない」


「ええ……。それじゃあ、光潤様が居眠りをしたことにしてその間に私が……って、ダメか。光潤様が怠惰だって責められてしまいますね」


「鈴鈴、恐ろしいことを考えるな……。怠惰で済むか。居眠りの間に白賢妃様が逃亡していたら、俺だって大層な罪に問われる」


 その後も、雷が落ちて牢が壊れてしまったとか、突然野性の熊が襲ってきてそれと戦っている間に逃亡されていたとか、いろいろな作戦をふたりで思案した。


 しかし、「鈴舞と光潤のせいにはならずに白賢妃を逃がす方法」は、どうしても思いつかない。


 うーむと低い声で唸る光潤。その真剣な面持ちに、鈴舞は嬉しくなって微笑んだ。


「何を笑っている?」


「いえ、本来なら一喝されて言いつけられてもおかしくないことを提案しているのに。こんなとんでもないことを、一緒に一生懸命考えてくれて私は嬉しいのです」


「べ、別に。俺だって、白賢妃様の棍術には一目置いていたからな。こんなところで命を落とすのは、武の道を歩む者として惜しいと思ってしまうのだ」


「私も同じ気持ちです。……しかし、いい案が思い浮かびません」


「そうだな……」


 そんな風に、二人して困った顔で考えあぐねていると。


「光潤! お茶に付き合ってちょうだい!」


 突然、高くかわいらしいがどこか高飛車な女性の声が響いた。


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