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第六章 寵姫の苦悩ー②

「恐れながら。発言をお許しいただけないでしょうか」


 姚淑妃が頭を下げたまま、相変わらず少女のような声音で言う。裁かれている身であるのにも関わらず、やけに落ち着いている。その様を、鈴舞は不気味に思った。


「いいだろう。楽にして話せ」


 劉銀の言葉を受け取り、姚淑妃が頭を上げる。彼女はいつものように可愛らしく微笑んでいた。桃花祭の際の桃の精として舞っていた時と、まったく同じ笑みだった。


「刑吏場に訪れる前にお答えした通りでございます。主である梁貴妃様に不満を抱いていた光潤は、私の言うことを素直に聞いてくださっていましたわ。女官をかどわかす際も、とても役に立ってくださっていました。ええ、本当に嬉々として。よっぽど、見返りである私の体に溺れたのでしょうね」


「姚淑妃! 馬鹿なことを言わないで! そそんなことあるわけないわっ……。光潤がそんな、不潔なことを! ねえ光潤! 嘘でしょう!?」


 顔を青くした梁貴妃が叫ぶ。姚淑妃の発言が、あまりにおぞましく、受け入れがたい事柄だったのだろう。


 血の繋がりのある梁貴妃と光潤。貴妃は、護衛として何年も任についていた光潤を、心から信頼していたのだろう。林徳妃に言いくるめられて逃げ出す際も、いつも最初に光潤の名を呼んでいたのだから。


「そうか。光潤、どうなのだ」


 劉銀は動じた様子もなく光潤に問いかける。姚淑妃の発言は、皇帝の妃でありながら他の男に体を許すというとんでもない事柄も含まれていたが、彼は大して気にした様子もない。


「…………。私は何も申し上げられません」


 光潤は、叩頭したまま静かに言った。


 ――そうだ。立場上、光潤が何を言ったとしても、姚淑妃の発言を覆すことなんてできない……!


 元々の身分が違い過ぎる。光潤がいくら真実を語ったとしても、姚淑妃がそうではないと一言いえば、それで終いである。四夫人と武官の間には、それほどの隔たりがある。


 ――何か。姚淑妃の言い分を覆す、大きな証拠でもないと……!


「ふむ……。では光潤のことはひとまず置いておこう。今回重要なのはそこではないからな。姚淑妃、女官を何人も誘拐していた首謀者は、そなたで間違いないのだな」


「さようでございます、陛下」


 劉銀の問いに、微笑んだまま迷うことなく姚淑妃は答えた。


「女官をさらっていた目的は、血を抜くことで合っているか? 丁度、西の国の書物の翻訳が終わったところであった。最新の女性医学に関わる内容で、若い女の血の若返りや妊娠促進にへの効果について書いてあったのだが、この書はそなたも持っていたな?」


「はい。私の若々しさは、日頃から後宮中の噂の種になっておりました。ずっと保つのが大変でしたのよ? 女たちの血を化粧水に混ぜ込んだり、入浴剤として惜しみなく使ってからは、とても楽になりました」


 遊びに興じる少女のように、姚淑妃は楽しそうに発言する。文官の中に、口を押えてえずいた者がひとりいた。気分が悪くなったらしい。


「……話の辻褄は合う。今少し話しただけでも、すでにいくつもの罪状が挙げられる。誠に残念だが、私の力を持ってしてもそなたを極刑から免れさせることは難しいだろう。分かっているか、姚淑妃」


「ええ、もちろん理解しておりますわ。このまま生き長らえていても、醜く老いるだけですもの。美しい私のまま殺してくれるなんて、願ってもないことでございます。さあ、早く私を斬首してくださいまし。この顔のままさらし首になるのなら、本望でございます」


 うっとりとした様子で、姚淑妃は言った。心から極刑を望んでいる口ぶりだった。


 老いることへの恐怖が、愛らしい美姫を恐ろしい悪女へと変えた。女の生き血を欲し、己の若さにのみ執着する毒婦へと。


「姚淑妃。光潤は、そなたに惑わされ女官の誘拐の片棒を担いでいたということでよろしいか」


「ええ。か弱い私ひとりでは、女をさらうことなど叶わないですもの。彼はちょっと肌を見せただけで言いなりになってくれた。とっても扱いやすい下僕でしたわ。一度、林徳妃の護衛が不審者を捕まえましたよね? あれは光潤の手下です。下僕がいなくなると困るので、逃がしましたけど」


 笑みを浮かべたまま、劉銀の問いに淀みなく答える姚淑妃。


 地下室を発見した鈴舞、祥明、光潤が劉銀に報告した内容だと、鈴舞を襲った不審者は誰かということになる。


 姚淑妃はその不審者を光潤にし、「女官連続誘拐事件は、自分と光潤のふたりでやったのだ」ということにして、この件を終いにしたいのだろう。


 ――違う。光潤ではない。このままでは彼が罪に問われ命を奪われてしまう。


 鈴舞は、地下室の不審者が誰なのかをほぼ確証していた。長箒を華麗に振り回すあの仕草は、間違いなくあの人だった。


 ――だけどどうしても、信じたくない。それに私の直感だけで物申していいのだろうか。それ以外の証拠は、全くないのに……。


 そんな風に、鈴舞が胸中で迷いに迷っていた時。


「陛下。罪状を確定させる前にひとつ気になることがございます」


 今まで静観していた林徳妃が、刑吏場に声を響かせるように、堂々とした声音で申した。


「林徳妃、どうしたのだ」


「いえ、この件に関連しているかどうかは定かではありませぬが、百合節の間に奇妙な行動をしていた方がおりまして。ちょうどそれが、鈴鈴達が地下室を発見した時刻くらいだったので」


 劉銀の眉がぴくりと動いた。


「ほう。奇妙な行動を取っていたのは誰だ。林徳妃、申してみよ」


「……白賢妃様です。白賢妃様、百合節の途中で、あなたこっそりと百合園から退席なさっておりましたよね。どこへ向かったのですか?」


 文官たちがざわついた。今までずっと笑みを絶やさなかった姚淑妃が、呆然とした面持ちとなる。


 当の白賢妃は、無表情で林徳妃を見据えこう答えた。


「厠へ向かっただけだが。退席について不快な思いをさせてしまったのなら、申し訳ない」


「なるほど。それは百合園の近くの厠でしょうか?」


「そうだ」


「…………。それはあり得ません。百合園の近くの四夫人用の厠は、その時間はずっと、梁貴妃様が使用していましたからね。そうですよね、梁貴妃様?」


 いきなり話をふられた梁貴妃は、うろたえながらも勢いよく頷いた。


「そ、そうよ。いつものように林徳妃様に口げんかで負けて、そしたらなんかお腹が痛くなって厠から出られなくて……って、そんなこと言わせないでよね!」


「……というわけですが白賢妃様。なぜ虚偽の発言をなさるのです。あなたはあの時どちらへ行っていらっしゃったのですか?」


 白賢妃は表情を変えないまま何も答えない。


 すると、ちらりと林徳妃が鈴舞の方へと視線を送る。何か目配せをしているようだった。


 ――大丈夫よ。あなたが思っていることを言いなさい。


 そんな風に、彼女が自分に伝えているように鈴舞には思えたのだった。

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