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第六章 寵姫の苦悩ー①

 女官ふたりを医局へと任せた後、三人は事の顛末をすぐに劉銀へと報告した。


 薔薇園の中に隠し部屋へと繋がる通路があったこと。


 そして、その中に血を抜かれたらしき女官ふたりが閉じ込められていたこと。


 この報告により、以前に薔薇園付近で目撃情報があった姚淑妃が、まずは事情聴取されるだろうと鈴舞は考えた。


 だが、鈴舞を襲い光潤までも出し抜いた、長帚を振り回した武に長けた者の心当たりについては、劉銀に報告できなかった。


 そちらはまだ確証がない。それに鈴舞自身、まだ信じたくなかったのだ。あの人の名前を、この状況で出すのは憚られた。


 ――今頃姚淑妃への聴取が行われているはず。その話を聞いてからでも、確信を得るのは遅くないわよね。


 なお、報告後すぐに衛士によって地下室の調査が行われたが、何代も前に使われていた呪術用の部屋を改築した部屋だとのことだった。


 また、鈴舞たちは気が付かなかったが、奥にはさらにいくつもの隠し部屋があり、そこには女官たちが何人も匿われていた。食事をきちんと与えられていたらしく、比較的健康状態は良好で、今まで行方をくらましていた女たちと同じ人数だったとのことだ。


 その後、聴取を受けた姚淑妃はあっさりと罪を認め、すぐに後宮刑吏場へと出頭を命じられた。


 後宮刑吏場は妃嬪が何らかの罪を犯した際に裁く場所であり、本来なら下使えに当たる武官は立ち入り禁止だ。しかし行方不明事件のもっとも重要な証拠を押さえた鈴舞は、証人として出頭を命じられた。


 きっと、祥明と光潤も同じように証人として来ているはず……と考えていた鈴舞だったが。


 後宮刑吏場に辿りついた鈴舞は、唖然として言葉を失った。


 後宮という空間にそぐわない、殺風景な風景だった。壁にも床にも、装飾はまったく施されておらず、調度品もひとつも置かれていない。


 一段高くなったところのみ、龍の金糸で豪奢に飾り付けられており、そこには劉銀が鎮座していた。周囲には文官や武官が何人も並んでいる。祥明は劉銀の背後に立っていた。


 また、事が大きいだけに林徳妃、白賢妃、梁貴妃も呼び出されたらしく、神妙な面持ちをしていた。梁貴妃は、青ざめた顔をしている。


 そして劉銀が見下ろした先に、今回裁かれるべき人物が後ろ手に縄を縛られ、叩頭していた。


 急いで出頭したため、百合節の衣裳がそのままだったのだろう。桃色を基調とした裙と上襦、薄紫色の披帛が大層鮮やかで、この簡素な空間に彼女が存在することが、あまりに不自然だった。


 そう、彼女は姚淑妃。皇帝の寵姫のひとりでもある、後宮内で大きな権力を持つ妃。


 しかし、鈴舞が驚いたのは、ひれ伏しているもうひとりの人物の存在だった。


「……光潤様が、なぜ!?」


 そう、姚淑妃とともに縛り上げられ額を床につけているのは、光潤だった。数刻前、鈴舞と共に行動し、地下室を発見した証人のひとりであるはずの光潤が。


「鈴舞、足労願ったな」


 鈴舞の驚愕している様子など気に留めることなく、劉銀は穏やかに言った。鈴舞は思わず、劉銀の方へと駆け寄ってしまう。


「劉銀……様! なぜ光潤様が囚われているのです!?」


 いつものような口調で話してしまうのを堪えながら、鈴舞は叫ぶように尋ねる。文官のひとりが「口を慎め、宦官風情が」と顔をしかめるが、劉銀はそれを手で制し、こう答えた。


「地下室を発見した際、お前を襲って逃げ出した輩がいたのだろう。誰なのか姚淑妃に詰問したところ、光潤の名前が挙がったのだ」


「な……!?」


 息を呑む鈴舞。


 ――そんなことあるわけがない! 光潤様が、そんなことを!


 確かに、あの不審人物は相当な使い手であったことは間違いない。


 長槍を愛用している光潤が、長箒をそれに見立てて武器として使うことも考えられる話だ。出入り口の見張りをしていた彼が、覆面を被って鈴舞を襲い、その後は覆面を取り何食わぬ顔をして「不審者は逃げ出した」と言えば、状況的に不自然な点はない。


 しかし彼は、こんなことに手を貸すような人間ではないはず。まだ付き合いは短いが、真面目過ぎる光潤が主である梁貴妃の手を離れて、姚淑妃の悪事の片棒を担ぐなんてことは、まずあり得ないのだ。


「そ、そんな! 光潤様はそんな、違います!」


 うまく言葉が出てこない。このままでは、光潤が女官行方不明事件の犯人一味にされてしまう。


 そうなってしまえば、極刑は免れないだろう。


 劉銀は無表情で鈴舞を見つめていた。祥明は、歯痒そうな顔をしている。彼も光潤がこの一件に関わっているとは思っていないだろう。しかし、皇帝の護衛としてこの場にいる限り、不要な発言はできないのだ。

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