第五章 白薔薇の下にー⑧
目を凝らして辺りを注視し、光潤の槍を探す鈴舞だったが。
「あ! ありました! 向こうの白い薔薇が生えている場所に落ちてます!」
槍には白い薔薇とつるが覆いかぶさっていた。あの辺りはさっき光潤が捜索していたはずだが、きっと上から見ただけでは槍は見えなかったのだろう。
「本当か! かたじけない、鈴鈴!」
そう言うと、光潤は白い薔薇が植えられている場所の方へと駆けて行った。
「……だから。お前が気安く『鈴鈴』って呼ぶなっての」
苦々しい面持ちでそう言いながら、のんびりと光潤の後を追う祥明。鈴舞も彼らの後を追う。
光潤の元へとたどり着くと、彼が薔薇の花とつるをかきわけて、ちょうど愛槍を発見していた。
光潤は槍を手に取り、鈴舞の元へと駆け寄る。
「あったぞ! 鈴鈴、そなたのおかげだ」
「あ、いえ。偶然見つけただけですから」
「いや、そなたが地に沿って探してくれたから簡単に見つけられたのだ。俺だけでは、もっと時間がかかっていただろう。本当に……」
「だからてめえはいちいち近づくな!」
お礼を言うだけにしてはやたら近いなあと鈴舞が思っていたら、イライラした様子で祥明が割って入ってきた。
すると「祥明、貴様は一体なんなのだ。先ほどから邪魔ばかり!」「鈴鈴に気安く近づくなって言ってんだろうが!」「貴様にそんなことを言われる筋合いはない」「はあ!? 俺は鈴鈴とただならぬ関係って言ってんだろうが!」「嘘つけ! 信じない!」などという、鈴舞にとっては不毛としか思えない言い争いが始まる。
一体なんなんなのかしら……と息を吐く鈴舞。するとあることに気づき、はっとする。
鼻から息を吸い込んだ瞬間。薔薇の匂いをそんなに感じなかったことに気づいた。
今までずっと、濃い薔薇の匂いが漂っていたというのに。なぜかこの白いバラが生えている一帯は、花香が薄い。
――どういうこと?
気になって注意深く辺りを見てみたら、他にも不審な点が見受けられた。
光潤の槍が落ちていた辺り、薔薇の枝が切れていた。きっと槍の重みで切れてしまったのだろうが、枝の断面が不自然なほどに白かった。まるで紙のような白さだった。
思わず鈴舞は、折れた枝を手に取った。
「鈴舞?」
光潤との口げんかが一段落したらしい祥明が、鈴舞の謎の行動に気づき首を傾げた。
「これ……本物の薔薇じゃありません。精巧な造花です」
手に取れば一目瞭然だった。葉も花も枝も、遠目では分からないが、竹紙で作られた精巧な作り物だったのだ。
「造花……。何らかの事情で本物の花を抜かざるを得なかったということか」
「しかし、花がないと不自然だから造花で誤魔化したのだな」
祥明、光潤が真剣そうな面持ちでそんなやり取りをする。鈴舞は頷いた。
――根を張る植物を抜かなければならない状況。そうなると……。
「地面に何かありそうですね」
三人は作り物の薔薇を手分けをしてどかす。奥の方の造花は、ちゃちなつくりの物が多かった。竹紙はもろく、雨が降るたびに作り替えなければならないはずなので、精巧な作りの造花は目につきやすい位置だけに置かれていたのだろう。
薔薇を撤去した後、地面を見たら明らかに周囲と色が違う部分が現れた。祥明が足裏で蹴ると、コツコツと硬い音が響く。
「間違いなく、なんかあるな。掘り返してみっか」
祥明がそう言った後、三人で土を掘る。すると、地下に通じるらしき木製の扉が現れた。
「……隠し扉? 光潤、お前こんなところに通路があるって知ってるか?」
「いや……知らん」
祥明は皇帝専属の武官となってもう三年も経つし、光潤も梁貴妃が二年前に後宮入りした際に武官として勤め始めたらしいから、ふたりとも後宮の内情にはそれなりに詳しいはずである。
そのふたりがそろって知らない隠し扉。不穏な匂いしか感じられない。
「これは、入って調べてみるしかないですよね。ちょっと……いや、かなり危険を感じますが……」
「そうだな……。もたもたしてる暇はなさそうだ。薔薇はもうどかしちまったし、この扉を使っている奴は俺たちがここを見つけたことにすぐ気がつくだろう。そしたら中の物は移動させられちまうしな」
祥明の言う通り、時間が空いてしまったら証拠隠滅を図られてしまう。皇帝に報告して……など、悠長なことをやっている場合ではない。
「ならば、俺がここで見張っている。祥明と鈴鈴で中を見てきてくれ」
光潤の提案に、祥明は意外そうな顔をした。
「それは助かるけどよ。……てっきり、『俺が鈴鈴と行くから貴様は待っていろ』とでも言うかと思ったぜ」
「そんなことを言っている場合か。俺の長槍では、狭そうな地下では不利だと思っただけだ。俺が外で不審な者がいないかを見張るのが一番効率的だろう」
真面目な顔をして光潤は言う。
――光潤、やっぱり武官として信頼できるなあ。
鈴舞にとって最近の彼の言動はいまいち意味が分からないことが多いが、最初に出会った時から、その経ち振る舞いから相当な手練れであることは鈴舞は感じていた。肉体的にも、精神的にも。
「光潤様、ありがとうございます。それなら安心です」
素直に鈴舞が礼と言うと、照れたように光潤は顔を背けた。すると祥明はムッとしたような顔をする。
「……さっさと入ろう、鈴鈴」
「え? は、はい」
何をそんなに焦っているのかと思ったが、祥明が地下へ通じる扉を開けると、中に階段が見えたので息を呑む。
――きちんとした造りの階段ね。ホコリもあまり見当たらない。
それは、この下に間違いなく地下室があり、誰かが最近も出入りをしているという証拠だった。
祥明を先頭に、階段を降りるふたり。階段はちょうど十段で、降り切ると中はそれなりの高さがあった。天井は、背の高い祥明でもぎりぎり頭が付かないほどだった。
広さもかなりあり、軽い手合わせくらいはできるだろう。中は薄暗い。地上へと繋がる扉を開けっぱなしにしており、そこから日の光が漏れているためなんとか辺りを見渡すことができる。
「妙に生活臭いな……」
中の様子を見て、祥明が呟く。
隅に置かれた寝台、無造作に散らかった椀や杯。長箒や塵取りなんかは壁に立て掛けられていた。また、女物らしき色合いの反物が畳まれもせずに転がっている。
「誰かがここで生活していた……? あっ、祥明。あそこを見てください」
そう言いながら鈴舞が指を指した寝台近くの場所に、扉があった。薄暗いせいで、入ったばかりの時は気づかなかった。
「こんな地下に、さらに部屋があるなんて」
「そっちに誰かがいるかもしれません。入ってみましょう」
鈴舞の言葉に、慎重に歩きながら祥明は進む。鈴舞は周囲を警戒しながら彼の後を追った。




