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第五章 白薔薇の下にー③

 話し合いの後、劉銀は鈴舞と祥明を寝室から下げさせた。結局同衾するらしい。


 ――ここで護衛するの、なんだか気まずいわね。


 鈴舞と祥明は、交代で寝所の護衛を行うことになる。しかし、扉を一枚隔てた場所で劉銀と林徳妃の夜伽が行われていると思うと、気恥ずかしくなってしまう。


「祥明。どうしましょうか? 私が先に見張りを行いましょうか?」


「俺はどっちでもいいけど……って、そんなことより。昼間も言ったけど、お前あの恰好もうダメだからな。絶対だぞ」


「えっ? いや、だからもうしないってば……。したくてやったわけじゃないですし」


 ――林徳妃はまたやりたそうだったけれど。


 なんてことを言ったらさらに面倒なことを言ってきそうなので、黙っておくことにする。


「本当かよ?」


「本当ですってば。しつこいですよ」


「だって心配じゃん。光潤、明らかに変な目でお前のこと見てたし」


「そりゃ、宦官が女装してるんだから変な目で見ますよ、普通」


「そういう意味じゃない。あいつ、明らかにお前に恋情を持ってるぞ」


「れ、恋情!? そ、そんなわけないじゃな……」


「あんな姿、他の奴に見せるな」


 そう言った祥明は、鈴舞とじっと見つめながら急に頭を撫でてきた。


 幼いころから、祥明はこうして鈴舞の髪の毛を撫で回すことがよくあった。父に怒られて落ち込んでいた時。立ち合いで敗れて悔し涙を流していた時。


 三歳年長の祥明は、幼い鈴舞をこうやっていつも宥めてくれたのだった。


 しかし、なんだか今日はいつものそれとは違う気がする。祥明の視線が妙に艶っぽい。これまでは、幼子を「仕方ないなあ」とあやすような雰囲気だったというのに。


 ――祥明、どうしたんだろう。


 不思議に思った鈴舞は、思わず祥明を見つめてしまう。


「……あんまり見んなよ。俺も男なんだが」


 祥明の言葉の意味がまったく分からなくて、鈴舞は戸惑う。


 細めた瞳は熱を帯びているようだった。射貫くようにぶつけられた視線は、目を逸らすことを禁じられているように思えるほど、強い。


「……今まではずっと、お前の周りには俺しかいなかったから呑気なものだった。だけど劉銀も光潤もいる危険な後宮にお前が来て、俺は改めてお前への気持ちを実感したよ。正式そういう関係になるまでは、指一本触れる気はなかったんだが。こんな状況で、俺だって我慢できなくなるわ」


「え……あの?」


 祥明から紡がれた言葉が、やはりまったく理解できない。いつも余裕綽々の様子の祥明が、どうも今日はおかしい。


 前提として、幼い頃から兄妹のように過ごしていた彼が自分を女として見るわけがないという思いが鈴舞の中に強く存在している。


 だから、明らかに迫っている祥明の言動も、鈴舞にとってはわけのわからないものでしかなかった。


 鈴舞はきょとんとした面持ちで、祥明を見つめ返すことしかできない。彼は鈴舞の頬をそっと触ると、そのまま顎に手をかけた。そしてゆっくりと、顔を近づけてくる。


 ――何をしようとしてるのだろう。まさか……?


 祥明の唇が近づいているのを見て、さすがの鈴舞も「接吻しようとしている?」という想像が頭をよぎった。しかし「いや、そんなわけないよね」とすぐさま否定が浮かぶ。自分たちは、そんな関係ではないはずなのだから。


 しかし、いよいよ祥明の唇が鈴舞のそれに触れそうになった――その瞬間だった。


「取り込み中悪いが。祥明、戻るぞ」


 傍らから、冷涼な声が突然響いて、鈴舞は飛び跳ねるほど驚いた。


 いつからそこに立っていたのか。林徳妃の寝室にいるはずの劉銀だった。


「……徳妃様との夜伽は、もう終わったのかよ」


 恨みがましそうに劉銀を睨みつけながら祥明が尋ねると、劉銀はふっと鼻で笑ってこう答えた。


「ん? 言ってなかったか? 今日は夜伽はせず、碁を一局打つと。聡い林徳妃はこの遊びが好きでなあ。前回約束していたのだよ。祥明には、そう話していたと思ったがな」


「一切聞いてないけどな。一局にしては随分早いじゃねーか」


 なぜか、白々しい口調の劉銀と、引きつった笑みを浮かべて苛立ったように答える祥明。彼らの間には、刺々しい空気が流れているように鈴舞は感じた。


「嫌な予感がした。だから早々に決着をつけて出てきた」


「……そうかい」


 ――嫌な予感? なんだろう?


 見当がつかない鈴舞だったが、祥明はそれについて理解しているようだったので、問わなかった。


「まあ案の定だ。自分の勘の鋭さが怖いな」


「邪魔しやがって……」


「……?」


 ふたりの言わんとしていることが鈴舞にはまるで分からない。


 ――嫌な予感、案の定、邪魔しやがって? どういうことなんだろう。


 しかし劉銀が寝室から出たということは、彼らは皇帝の居住である華宮へと戻るのだろう。


 首を傾げている鈴舞を、すれ違いざまに一瞥して劉銀は微笑むと、すたすたと歩いて行く。


「……続きは今度な」


 罰悪そうに祥明は微笑んで言うと、劉銀の元へと慌ててて駆け寄る。並んで歩きながら、何やら言い合いをしているようだが、会話の内容までは聞こえなかった。


 鈴舞は、ぼんやりとふたりの背中を見ながら「続きってなんの?」と首を傾げる。


 ――接吻しようとしてる!?って一瞬思ったけれど、やっぱりそんなわけないわよね。


 とも思いながら。

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