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第四章 桃花祭ー⑤

「四夫人の皆、ご苦労であった。相変わらずどの演目も素晴らしく、一瞬たりとも飽きなかった。我が愛妃たちの有能ぶりをこの目で見られて、俺は嬉しい限りだ」


 鈴舞が林徳妃の席付近へと戻った直後、劉銀の朗々たる声が園内に響く。


 林徳妃に聞いていた話によると、毎年桃花祭の演目が終わった後、劉銀がどの演目がもっとも優れていたかの講評を述べるそうだ。


 どうやら、それが始まったらしい。


「まずは姚淑妃。例年通り、素晴らしく可憐な舞であった。天界の桃の精が地上に降り立ったったのではないかと、見紛えるほどであった。そして梁貴妃。女官たちの演技力の上等さは、きっと並大抵の役者でも敵わないであろう。また、衣裳や舞台装置も華美で大変見ごたえがあった」


 姚淑妃、梁貴妃の方へと視線を送りながら、劉銀がいつものように鷹揚な様子で述べる。


 そこまで話すと、彼は一呼吸おいてからくるりと身体ごとこちらを向いた。こちら――そう、林徳妃の席の方へ。


 しかしどうも、劉銀が自分の方を見ているような気がしてならない。席につく林徳妃の背後に立っていた鈴舞だったが、なんとなく気後れして一歩後ずさった。


「しかし今回の主演は……やはり、白賢妃、林徳妃による合同の武の舞であったな。もちろん、ふたりの有能な妃嬪が力を合わせて取り組んだ演目だったので、もっとも優れた芸になるのは必然だろう。だが、それを考慮しても白賢妃の舞、林徳妃の二胡。……そして林徳妃の護衛の武官による舞が合わさった舞台は、圧倒的な魅力を放っていた。彼女たちに心を掴まれた者は、俺だけではあるまい?」


 からかうように皆に問いかける劉銀。拍手や歓声が沸き起こる。劉銀の発言に、皆心から賛同しているようだった。


「楽しい祭りであった。芸事に達者な女性は、内面から美しさがにじみ出る。今後も磨きをかける様に。来年も楽しみにしている」


 そう締めくくり、劉銀は席についた。


 その後は、内食司の女官たちが腕によりをかけて作った、宴会食が運ばれてきた。宴の始まりだった。


 桃花祭の宴は、無礼講だ。さすがに皇帝や位が上の妃に絡む失礼は行う恐れ知らずはいないが、妃嬪や女官たちは席を自由に移動し、歓談を楽しんでいいことになっている。


「これで勝ったと思わないでよね……!」


 宴会が始まってそうそう、元々林徳妃と席が近かった梁貴妃が、刺々しい声を放ってきた。


「別に思っていませんわ。そもそも何もしていない人に勝ったとか負けたとか……。それ以前の問題じゃなくて?」


 おいしそうに餃子を頬張りながら、いつも通り理知的な返しをする林徳妃。梁貴妃の言いがかりや嫌味には、いつも平然と対応する彼女であった。


 ――確かに。梁貴妃様、女官に全部やらせて自分は座っているだけだったものね。そもそも勝負以前の問題だわ。


 密かに思う鈴舞であった。


「べ、別に何もしてないわけじゃないわよ! わ、私が見守ることで女官たちの身が引き締まるの!」


「あら、それは大層なお仕事ですわね。まあ、陛下は女官たちのことしか見ていなかったようですけど。講評では女官の演技と衣裳、舞台装置のことしか話していなかったものね~。陛下は芸事に達者な女性は美しいとおっしゃっていたけど、何もできないあなたはそろそろ……ねぇ?」


「そ、そろそろって!? 私が捨てられるっていうの!? そんなことないわよね!? ね、ねぇちょっと!」


 意地悪く煽る林徳妃に、思い当たる節しかない梁貴妃は、青ざめて顔で詰め寄る。縋るように詰問する梁貴妃だったが、林徳妃は小馬鹿にするような笑みを浮かべたまま、「さあ? 知らないけれど」なんて、要領の得ない回答しかしない。


 ――梁貴妃様、相変わらずねぇ……。毎回林徳妃様にやり返されるのに、なんで懲りずにいちゃもんつけてくるのかしら。


 やっぱり、実は懇意にしたいのでは……と、涙目で林徳妃に追いすがる梁貴妃を見て、鈴舞が思っていると。


「……おい、鈴鈴」


 低く涼やかな男性の声で呼ばれた。梁貴妃の護衛の、光潤だった。


 何故か苛立ったような面持ちをしていた。心当たりの無い鈴舞は、身構える。


「な、なんですか?」


「……やはり。間近で見ても、どこからどう見ても……そうとしか見えない」


「えっ?」


「そなた、本当は女なのではないのか!? そうなんだろう!?」


 真正面で見つめられながら、強い口調で光潤に言われ、鈴舞の肝は一瞬で氷点下まで冷やされた。


 ――ま、まさか!? バレた……!


「え、な、何故です!?」


「だって、そんなかわいい……じゃなかった、そんな女装が似合う宦官など、いるはずがないであろう!?」


 なぜ赤面しているのかは分からないが、光潤のその口ぶりは、確証を掴んでいるかのような強さを感じた。


 ――や、やっぱり。一応女だし、林徳妃様の衣装選びや女官たちの化粧技術のすばらしさで、ちょっとかわいくなってしまったんだ……。いや、でもダメよ、認めたら。なんとか誤魔化さないとっ!


「い、嫌だなあ光潤様ってば。そんなわけないじゃないですかあ」


「だが、今のそなたはどこからどう見ても! いや、むしろ普段からわりと、その、かわいい……じゃない、女のような体つきではないか!」


「だから違いますってば。武家出身で長身の白賢妃様ならともかく、女性であんな風に刀を振り回せる人がいるはずがないではないですか。しかも妃嬪の護衛など、女性には危険すぎます。女性を大切に扱う陛下が、そのようなことを許すはずがありません」


 言っていて悲しくなってくる。劉銀は自分を女だと知っていながら男装などという無茶ぶりを要求して、林徳妃の護衛の依頼をしてきたのだから。


 しかし、鈴舞を女だと疑ってかかっていた光潤には、鈴舞の今の発言はなかなか説得力があったようだった。


「む……。まあ……確かに。それも、そうか」


 先ほどまでの勢いを消し、首を捻りながら呟く光潤。しかしまだ完全には納得していないようで、鈴舞を観察するように眺めては「いや、だがしかし……」「このような宦官が、本当にいるのか……?」なんて、ぼそぼそ独り言を言っている。


 ――これ以上、じっくり見られたら本当にバレてしまうかも……!


 と、なんとか光潤から逃げる口実を探す鈴舞だったが。


「光潤! 他のところへ行くわよっ!」


 梁貴妃の鼻声が響いてきた。宝石のような瞳を潤ませて、大層情けない顔をしている。鈴舞が光潤と会話している間に、林徳妃に滅多打ちにされて心が折れたのだろう。


 ――ふぅ、助かった。


 不審げに自分を観察する光潤から逃れられることができそうで、鈴舞は胸を撫でおろす。光潤は、半眼で鈴舞を一瞥した後――。


「……おかしいのは俺か」


 と、低い声で呟いて、梁貴妃の元へと戻っていく。その後の姿は、何故か肩を落としているように見えた。


 ――なんで光潤様ががっかりしているのかは分からないけど。なんとか誤魔化せた、よね……?


 やはり不安は消えず、遠ざかる光潤の背中をなんとなく眺める鈴舞であった。

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