第四章 桃花祭ー③
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――そもそも私は女なのだから、『女装』っていうのも変な話だけど。
苦虫を嚙み潰したような表情になりながら、着せられた自身の衣裳を見て、鈴舞はふと思う。
桃色の裙に、紅蓮の上襦を合わせ、瑠璃色の披帛を両腕から垂らしている。樺色の裳はひらひらとはしているが、裾が広く動きやすい。いかにも女性的な色合いだが、舞うには申し分のない、機能性の高い衣裳だった。
「……なんと可憐な。男にしておくのはもったいないな」
化粧も髪結いも済ませた鈴舞を見て、白賢妃は心底感心したように言った。周囲の女官たちも、鈴舞を珍獣でも見るかのような目つきで凝視している。
鈴舞の真の性別を知っている林徳妃は、乾いた笑みを浮かべていた
林徳妃と白賢妃が、合同で演目を行うことが決定した後。もう桃花祭の開園まであまり時間がなかったので、急いで準備が始まった。
鈴舞は夏蓮宮へと引っ張られるように連行され、林徳妃と桜雪に衣装合わせをさせられた後、化粧係の女官に顔に白粉を叩かれながら、髪をこねくり回された。
人に着替えや髪の手入れを任せたことも、化粧をした経験もなかった鈴舞は、それだけで精神的にとても疲弊した。
鈴舞の準備が完了したのち、桃園に急いで戻ると、すでに準備万端な白賢妃に出迎えられ、開口一番、先ほどの台詞を言われたのだった。
「……私めにはもったいないほどの豪奢な御衣装で。正直、着ているだけで気疲れしてしまいます」
綺麗でかわいらしいものは、鈴舞とて嫌いではない。だが、物心つく前から道場で稽古着ばかり着ていた鈴舞にとって、それらは自らが着用する対象ではなく、誰かが着ているのを目で見て楽しむ物だった。
――白賢妃様は気を利かせて褒めてくださっているけど。私なんかにこんなの似合うわけないのに……。
自分の外見など十人並みだと思い込んでいる鈴舞は、気恥ずかしくてたまらない。
それにそもそも自分は、後宮では宦官として通っているのだ。事情を知っている一部を除き、女装した宦官がいるぞ、という好奇の目で見られることになる。
変に目立つのは御免だし、そもそも元は女なのに女装しているなんて、自分の本来の性別がなんだったのかもうわけがわからない。
「いや、ここまで桃色を可憐に着こなせる女も、そうそういまい。そなたのために作られたかのようなご衣裳だとすら、私には思えるぞ」
「白賢妃様もそう思われます!? 私が選びましたのっ。鈴鈴、本当にとても似合ってますわよね!」
「うむ。林徳妃様の御衣装選びの見立て、心から素晴らしいと思った。合わせた髪飾りと披帛の素材、色合いも見事だ」
まじまじと見ながらふたりが褒めちぎってくるので、ますます恥ずかしくなり、鈴舞は小さくなって「さようでございますか……」と言うことしかできない。
「さて、もう少しで祭りの開園だ。それぞれの席に行こうとするか。演目の直前に、この場に集合しよう」
「ええ、そうですね。鈴鈴はいつも通り、私の隣にいてちょうだいね」
「……承知いたしました」
宴席へとついた林徳妃の傍らに鈴舞は立つ。祭りの会場は、桃園の中心の開けた場所だった。石畳を敷き詰めた舞台を取り囲むように、宴席が設けられている。
舞台よりも高座になっている席には、肘置きに身体を預けている劉銀の姿があった。祥明を始めとする護衛たちが、そんな皇帝の周囲を取り囲んでいる。
劉銀の右側に徳妃、貴妃の席。左側には賢妃、淑妃の席が用意されていた。そして皇帝から遠ざかるほど、下位の妃嬪になるように席が設けられ、舞台を一周していた。
鈴舞は誰かに今の姿を見られるのが嫌で、披帛を頭から被るようにして顔を隠してしまう。
「鈴鈴……。そんなことやってると余計目立つわよ」
一緒に林徳妃についていた桜雪に、呆れたように言われる。
「……顔が周囲に晒されなければそれで構いません」
「どうせ、演目の時にここにいる全員に見られるのに……」
「それでも、なるべく見られたくないので」
「そう……。まあ、あなたもいろいろ大変よね」
透過した素材の披帛ごしに、桜雪の憐れむような表情が見えた。
――こんな私を見たら、劉銀も祥明も笑うだろうなあ。あいつ、男装した上に女装してるぞって。光潤だって変な顔しそう……。あーあ、なんでこんなことに。
そんな風に悶々としている間に、桃花祭が開始した。
最初の演目は、内儀司の女官たちによる二胡と琵琶の合奏だった。桃の花びらが舞う中に、古来から伝わる楽曲である「桃色天女」が、透明感のある音色で桃園に響き渡る。
不貞腐れていた鈴舞は、あまり真剣に聞いていなかった。が、勝手に耳に音が入っていくうちに、自棄になっていた心が浄化されていく。
――さすが。後宮専属の音楽家の演奏なだけあるわ。
披帛ごしに、桃の花が咲き乱れる中、優雅に舞う天女の姿が見える気すらした。ただでさえ美麗な桃園の景色を、より幻想的に、まるで桃源郷のようにその音色は仕立て上げている。
会場にいる者すべてを感極まらせた演奏の後は、扇を持った姚淑妃とその女官たちによる舞が披露された。小柄なその肢体を可憐にしならせるその姿は、まるで妖精のようだった。
本当に彼女は二十代後半なのか、と鈴舞は目を疑う。ついには被っていた披帛を少しずらして、直接姚淑妃を凝視した。
――やっぱり、どう見ても童女よね……。
目を凝らして姚淑妃を観察しても、実年齢を彷彿とさせる要素は一切見当たらない。
鈴舞は、まるで狐につままれたような気分にさせられたのだった。




