第四章 桃花祭ー①
「先日行方不明になった子ねぇ。どんな子だったかしら……。あんまり印象に残らない子でねぇ……」
「そうなのですか……。何かひとつでも、思い出せることはございませんか?」
「あなたにそう言われたのだから、もちろん答えたいところなんだけど……。覚えてるのは、若くて真面目だったってくらいねぇ。ごめんなさいね、お役に立てなくて」
「いえ、とんでもありません。お忙しい中、ありがとうございます」
鍋をかき回す手を止めて、自分の話に付き合ってくれた女官に、心からの感謝を込めて鈴舞は微笑む。
すると、二十代後半頃と思われる内食司の女官は、何故か嬉しそうに頬を緩ませた。
「うふふ、いいのよ。あなたとお話できて嬉しかったんだから。ねえ、今度時間ある時に庭園でお茶でもしない?」
「お誘いは嬉しいのですが、あまり林徳妃様の元を長時間離れるわけにはいかず……。申し訳ありません」
「ああ、そうよねぇ……。ふふ、でもあなた真面目で素敵ね。ますます心を掴まれてしまうわ」
「はあ、ありがとうございます」
鈴舞は作り笑いを浮かべる。
鈴舞が聞き込みをすると、今回のようにあからさまに恋情を抱いているような反応を示してくる女官が多かった。
林徳妃が言っていた通り、これまで光潤と祥明が女たちからの人気を二分していたが、鈴舞はそこに割り込む形で第三勢力となってしまったらしい。
――話しかければ、みんな好意的な反応をしてくれるのはとても助かるけれど。実は私が女だって知ったら、がっかりさせちゃんじゃないかな。
と、女官が嬉々とした面持ちで自分の聞き込みに対応してくれるたびに、鈴舞は複雑な胸中になってしまうのだった。
鈴舞が後宮入りしてすでに十日ほど。その間も、若い女官は数名行方をくらませてしまっていた。
休息の時間などに今のように女官に話を聞いて情報を集めたり、林徳妃や桜雪と共に首謀者の動機などを考察したりはしていた。しかし、劉銀、祥明と共に執務室で話して以来、大した情報は得られておらず、まったく進展していない。
「お時間くださってありがとうございます。本日のようなお忙しい日に」
厨を出る間際に、鈴舞はぺこりと頭を下げる。すると女官は首を振った。
「ああ、いいのよ。私たちよりも、今日大変なのは内儀司の方よね」
鈴舞が今訪れている厨で労働している女官は、女官や妃嬪の食事を準備するのが勤めである内食司所属だ。彼女が挙げた内儀司は、催事を司る部署で、女官の中でも舞や楽器の演奏が得意な者たちが集められている。
今頃内儀司の女たちは、確かにてんやわんやだろう。それもそのはず、本日は桃花祭という後宮行事が執り行われることになっているのだ。
旬の桃の花が咲き乱れる庭園で、芸事を生業とする女官たちが、演劇や舞、琵琶や二胡の演奏を披露し、春の訪れを祝うという、毎年必ず行われている催事だった。
内儀司に所属する女官たちが前座の演目を行った後、四夫人それぞれも芸事を披露する流れになっている。
林徳妃は、得意の二胡を親しい女官たちと合奏する予定だ。昨年と同じ演目らしい。
四夫人たちは昨年も一昨年も皆同じ演目を行っていたので、きっと今年も皆去年と同じだろうと林徳妃は言っていた。
実は今、林徳妃は祭りのための衣裳替えの最中だった。宦官の鈴舞は立ち会う必要がないので、こうして厨に聞き込みに来ていたのだった。
――でも、そろそろ御着替えもお化粧も終わった頃よね。
鈴舞は、再度女官に礼を言って厨を立ち去ると、夏蓮宮に戻ろうとした。途中、本日祭りが開催される予定の桃園を通りすがる。咲き乱れた桃の甘い香りが鼻腔をくすぐり、華やかな気持ちになる。
しかし、桃園の端に位置していた倉庫に、見慣れた顔ぶれが見えたので鈴舞は足を止めた。
「一体どうしましょう……。代わりに別の演目をするしかないかしら」
「今から別の演目なんて、考えられませんわ!」
着飾り終えた林徳妃と宮の女官たちだった。皆、顔を強張らせ、物々しい気配で何やら相談事をしている。
「どうなさったのです?」
鈴舞が彼女たちの方へ駆け寄ると、いつも超然としている林徳妃が珍しく困惑した顔でこう言った。
「あら、鈴鈴。実は、今日の演奏に使うための二胡が、倉庫からごっそりなくなっているの」
「ええ!?」
衝撃を受けた鈴舞は、驚きの声を上げたのだった。




