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第三章 凛々しき白賢妃ー⑦


 行き倒れていた女性を保護した夕方、鈴舞は再び劉銀の執務室へ呼びつけられた。中に入ると、前回と同じように劉銀は茶卓につき、その隣には祥明も座っていた。


「昼間助けた女官や不審者の件ですか?」


 『この面子の時は、昔のようにしろ』と前回命じられたで、鈴舞は皇帝に対する挨拶はせず、開口一番そう尋ねた。


「うむ、そうだ」


 もちろん劉銀は気にした様子はなく、そう答える。いつものように凛とした佇まいであったが、どことなく疲れているように見えた。


「まず、不審者の方だが。――逃げられた」


 茶卓に着くなり、劉銀から飛び出した言葉に鈴舞は驚愕する。


「逃げられた!? どういうことですか?」


「それが……いろいろ不可解な点が多くてな」


 劉銀の説明はこうだった。


 覆面を取られ、牢獄に入れられた不審者は男性だった。覆面の下の素顔は、誰も心当たりがなかったそうだ。恐らく後宮内の者ではなく、外部で調達された男であろうと結論付けられた。


 後宮内の者を使えば、囚われた時点で誰が首謀者なのか一目瞭然だ。何かよからぬことを企んだ輩が、目論見が簡単にバレないようにするために外の人間を使うことがあるらしい。


 軽く尋問しても、男は口を真一文字に引き結んで言葉を発さなかった。では、後宮裁判にかけ、それでも口を割らなければ拷問だな、という段階になった時。


 牢獄から、男の姿が消えていたというのだ。


「牢がある建物の入り口には常に見張りが立っていた。見張りは何名か交代したが、交代の際に牢獄の中までは確認しなかったようで、いつ男が消えたのかは分からぬ」


「いや、でもおかしくないですか? 見張りがいるんなら逃げるなんて無理ではないですか。牢に穴でも開いてたのですか?」


 鈴舞の問いに、今度は祥明が答えた。どうやらすでに、劉銀から情報を共有されているらしい。


「それが、牢には何の異常も無かったんだ。まあ、だから考えられるとしたら――」


「見張りの中に、不審者側の人間がいるということだな」


 祥明の言葉に、劉銀が繋げて答える。


 しかし、見張りは後宮内を警備する武官たちが三人で持ち回りでこなしていて、特に不審な人物はいないそうだ。


 一人目は光潤の部下の男。二人目は、白賢妃の護衛の男。三人目は、姚淑妃の宮をよく警備している女性武官。


「三人の武官の素性を考えると、やはり林徳妃様以外の四夫人の誰かが、例の事件を起こしていると考えられそうですね」


 神妙な面持ちで鈴舞がそういうと、劉銀は首肯した。


「うむ……。あまり考えたくはないがな。しかし、まだ行方不明事件と今回の不審者騒動が関連している確かな証拠はない。牢を見張っていた武官たちも皆、今までの勤務態度は非常に真面目な者だった。可能性があるというだけで捕えたり尋問したりすることはできず、とりあえず『今後こんなことはないように』と注意喚起しかしておらぬ」


 苛烈な性格の皇帝なら、疑わしきは全員罰することもあるだろう。華王朝の皇帝ともあらば、それくらいの暴挙は許されてしまう。いや、暴挙とすら呼ばれないだろう。


 しかし劉銀はそれをよしとしないのだ。道場にいたころのまま、心優しい劉銀は。


「なるほど……。女性の方の具合はどうですか?」


「極度の衰弱状態ではあったが、命に別状はないようだ。しかし、意識が戻らずまだ話はできていない。医官が言うには、貧血もひどいそうだ」


 彼女は、少し前に行方不明になった十五歳の洗濯係の少女だったそうだ。桜雪が知り合いだと話していた女官だろう。


「ずっと飲まず食わずで監禁でもされてたのかな? そんで、隙を見て逃げ出したとか」


「飲まず食わずはそうかもしれませんが、私が助けた時の様子だと彼女は歩けるような状態ではなかったですね。逃げ出すなんてこと無理そうですけど……」


「うーん、それもそうか」


 鈴舞の言葉に、祥明は眉間に皺を寄せながら納得した様子だった。


 その後、「では誰かが逃がそうとしたとか?」「それならばあんなところに置いておかないで連れて行くのでは」などと、三人で情報共有しながら考えうる可能性について話し合ったが、所詮机上の空論。


 今回判明したのは、見張りをしていた武官の素性から、行方不明事件には林徳妃以外の四夫人が関わっている可能性が高いということだけだった。


 ――さらわれた女官をひとり見つけて、不審者も捕まえられたからもうちょっと話が進むと思っていたのにな……。


 意外なほど収穫が少なくて、鈴舞が肩を落としていると。


「まあ、女官がひとり見つかったのはよかった。あのままでは命の危機もあったと医官は言っていたぞ。お手柄だったな、鈴鈴」


 そんな鈴舞の心情を察したのか、劉銀が微笑んで言う。ポンポンと、鈴舞の頭を撫でるように優しく叩きながら。


「――そう言ってもらえて嬉しいです」


 自然と鈴舞も顔を綻ばせる。せっかく来たのだから、やはり昔馴染みの劉銀の役に立ちたいとは思っている。


「あー、ってわけで今回の話は終わりだな! よし、鈴鈴戻れ」


 やたらと早口で祥明は言うと、鈴舞の手首を掴みぐいっと出口の方へと引っ張った。焦った様子にも見えた。


「え、あ、確かに終わりみたいですけど……」


「林徳妃様からあまり離れちゃダメだろ。ほら、劉銀もまだ執務が残っているし」


「あー、そうなのですね。そういうことでしたら」


「いや、俺は急ぎの仕事は今日は別に……」


「はい! じゃあ鈴鈴! またな!」


 劉銀が何か言いかけていた気がするけれど、それを祥明が大声で遮った。そして、祥明がすでに執務室の扉を開いていて、彼に背中を押されるように退出させられた。


 ――祥明、やたらと慌てた様子のような気がしたけれど、一体何なんだろう?


 執務室の前で首を傾げる鈴舞。しかし祥明の言う通り、話べきことは話したので、「まぁいいか」と深く考えずに、夏蓮宮へと戻ることにした。



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