第三章 凛々しき白賢妃ー⑥
鈴舞は顔面蒼白の女性を医官の元に、祥明は気絶した男を抱えて刑吏場へとそれぞれ連れて行くことになった。
医局に着くと、女性の様子を見て数人の医官がただことではない様子で治療室へと連れて行った。鈴舞も鈴舞で顔に傷を負っていたので、医官の手伝いをしているらしい手の空いた女官が、傷の手当てをしてくれた。
「浅い傷なので、傷跡は残らないかと思いますよ」
「そうですか、ありがとうございます」
などと、女官と和やかに話していると。
「鈴鈴!」
医局の扉が大きな音を立てて開いたかと思ったら、黒い影が素早く室内に入ってきた。
それはなんと血相を変えた様子の、劉銀だった。
「へ、へ、へ、へ陛下ぁ!?」
女官は突然の主上の登場に、腰を抜かしてしまった。少し驚いた鈴舞も、目をぱちくりさせて劉銀を見つめる。
「どうなさったのですか、陛下。大変慌てた様子で」
「どうなさったのですか、じゃない! 怪我をしたと聞いたぞ!? 大丈夫なのか!」
「あ、大丈夫です。かすり傷ですから、ほら」
「顔ではないか! ……なんてことだ!」
手当て途中の顔の傷を見せると、劉銀はとても口惜しそうに叫ぶ。
――祥明といい、劉銀といい。なんで顔に傷がついたことをそんなに気にするんだろう。
ふたりの男の反応が、いまいち理解できない鈴舞だった。
「いえ……あの、武官ならこれくらいの傷、気にしている暇なんてありませんよ」
苦笑を浮かべて鈴舞が言うと、劉銀は眉尻を下げ、やはり心配した様子で言う。
「それはわかっているが……。実際にお前の体に傷が入ったのを見るのは、存外に苦しいものだな。……やはり武官をさせるべきではなかったのか……?」
自問自答しているような劉銀の言葉が、今の鈴舞を全否定するような内容だったので、思わず眉をひそめる。
「え?」
「あ、いやなんでもない。気にするな」
首を忙しくふって、誤魔化すように劉銀は言う。
――聞き間違いかな? まあ、確かに劉銀の強い命令で武官になったんだし、彼に迷いがあるわけないわよね。
と、劉銀の言葉があまりに今までの彼の発言とかけ離れていたので、そう思って深く考えるのをやめる鈴舞。
「私の傷はさておき。桃園に倒れていた女官が奥の治療室にいます。あと、私に傷をつけた不審人物を、祥明がとらえて刑吏場に連れて行きました」
「聞き及んでおる。……一連の行方不明事件と関係がありそうだな」
「はい、そう思います」
後宮内の人気のないところで女官が倒れているとか、不審者が襲ってくるとか、そんなことは何か事件が絡まないと起こりえない。
不審者と相対した時から思っていたが、劉銀の言う通り、まず例の事件と関連があると思って間違いないだろう。
「とりあえず俺は、女官と不審者の様子を見てくる。お前は今日は林徳妃の元でゆっくり休むように」
「え、だからかすり傷ですってば。そんな大事を取らなくても大丈夫です」
「やかましい。これは命令だ」
「ええ……はい」
大袈裟に怖い顔をして劉銀が命じてくるので、いまいち納得できない鈴舞だったが、渋々頷いた。
そして、いまだに「あわわわ、陛下がこんな場所に」と震えている女官には構わず、劉銀は部屋を去ろうと扉に手をかけた。しかし、退出間際にこう言った。
「……痕は残らないのだな?」
「え? 顔の傷ですか?」
「そうだ」
「はい、そうみたいです」
「――そうか、よかった」
心の底から安堵したように劉銀はそう呟くと、退室した。
――一体全体、本当にかすり傷くらいでなんなんだろ。劉銀といい、祥明といい。
ふたりの幼馴染の過剰な心配がまったく理解できないまま、鈴舞は劉銀に言われた通りに林徳妃待つ夏蓮宮へと戻ったのだった。




