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第三章 凛々しき白賢妃ー③

 林徳妃と梁貴妃のやり取りを眺めていた鈴舞だったが、視線を感じた。


 目を向けてみると、光潤だった。眉間に皺を寄せ、複雑そうに鈴舞を眺めている。昨日、皆の前で鈴舞にしてやられたから、気まずいのだろうか。


「あ……。昨日はどうも」


 目が合ってしまったので、鈴舞はぺこりと頭を下げながら無難に挨拶をする。すると光潤は歩み寄ってきた。


 鈴舞の傍らに立った光潤は、頭二つ分は高かった。全身痩躯だが、甲冑から生えた腕は筋張っており、日々の鍛錬が見て取れる。全身から醸し出された尖鋭な気配からも、武芸者として相当の実力を備えていることを、改めて鈴舞は感じ取った。


 光潤は鈴舞に向かって小さく頭を下げた。


「……昨日は申し訳なかった」


「えっ」


 謝られる理由が分からず、鈴舞は戸惑った。光潤は、少し屈んで鈴舞と視線の高さを合わせながら、さらにこう続けた。


「外見で実力を判断することなど、あってはならないことだ。小柄な猛者など戦場にはたくさん存在するというのに。未熟な精神を宿していたことが、俺の敗因だ」


「いえ、そんな。見るからに弱そうですし私……」


「戦場で弱卒に見える、というのは立派なひとつの武器だ。俺のように油断してかかる者を、そなたなら一瞬でとらえられるだろう。……だが、本来の俺ならばあのような負け方はしない。今となってはただの負け惜しみだがな。次は――」


「次!?」


 ふんふんなるほどとそれまで頷きながら光潤の言葉を聞いていた鈴舞だったが、「次」と彼が言った瞬間、ぴくりと大きく反応してしまう。


「な、何か?」


「『次』ってことは、また手合わせしていただけるんですか!?」


 瞳に熱を込めて、光潤を見つめて声を弾ませる。


 根っからの武芸者である鈴舞は、刀を振るうことが生きがいなのだ。女官や妃嬪たちが美男たちに歓声をあげることに楽しみを見出すのと同様で、鈴舞は愛刀をぶん回すことで精神の衛生が保たれる。


 道場では、毎日数時間も稽古に励んでいたというのに、後宮入りした昨日から抜刀すらしていない。光潤との立ち合いも瞬時に終わってしまったし。


 煌めいた双眸で自身を見つめてくる鈴舞に、光潤は戸惑った面持ちになった。


「えっ……。ま、まあ、そなたがよろしければ、俺はいつでも……」


「やったー! ぜひ! ぜひに! 機会があればよろしくお願いいたします! あ、なんなら今から一戦どうです!? ここ結構広いですし!」


「い、いや。さすがにそれは……」


 鼻息荒く戦いの誘いをする鈴舞に、光潤がたじたじになっていると。


「光潤! 何してるのよっ! もう戻るわよっ! ……もう、徳妃の馬鹿ぁ!」


 涙目になった梁貴妃が呼ぶ声がした。自分から吹っ掛けたくせに、性懲りもなく林徳妃に言いくるめられてしまったようだ。来たばかりだというのに、すごすごと退散するらしい。


 ちなみに林徳妃はというと、先ほどとなんら変わらない穏やかな笑みを浮かべている。なかなか図太い神経をしている。


「御意。……と、いうわけですまないが。俺は宮に戻らなければならなくなってしまった」


「そうみたいですね。梁貴妃様の命なら仕方ないです。……残念です」


 すでに、戦闘体勢に入りかけていた鈴舞は、意気消沈して切ない声を漏らした。しかし、近いうちに一戦できるわよね、と思い直すと、光潤に向かってにこりと微笑む。


「だけど、あなたとても強そうなので! 次回が楽しみです!」


 槍を握っていない方の光潤の手のひらを取り、勢いよく鈴舞は言った。


 すると光潤はぎこちなく表情を固まらせた後、頬を赤く染めた。そしてそれを誤魔化すように、鈴舞から顔を背ける。


「じ、次回! 機会があればなっ!」


「はい、よろしくお願いします!」


 満面の笑みを浮かべる鈴舞を振り切るように、光潤は梁貴妃の後を追いかけて行った。


「……鈴鈴って天然のたらしなのね」


 あやしい目つきで鈴舞を見据えながら、林徳妃がどこか面白がっているように言った。意味が分からず、鈴舞は首を捻る。


「え、どういうことですか?」


「…………。まあ、桜雪に知られると面倒だし。見なかったことにしておくわ」


「……?」


 ますます意味が分からなかったが、ちょうど席を外していた桜雪が戻ってきた。彼女には知られてはまずいと林徳妃が言及していたので、鈴舞はその疑問を流すことにする。


 一方、貴妃専用の宮である春桜宮しゅんおうきゅうに戻ろうとしている梁貴妃に随行している光潤はというと。


 ――俺はおかしくなってしまったのか?


 槍を抱えながら、そんな自問自答を脳内で繰り広げていた。


 ――相手は宦官だぞ。しかも、油断したとはいえ、俺が敗北した相手ではないか。ありえない、ありえないだろう。……しかし、さっきは。


 鈴舞が自分の手を握り、活き活きとした光を宿した双眸を向けた瞬間。光潤の心臓は、いまだかつてない鼓動を響かせたのだ。


 ――自分では気づいていなかったが、俺はそういう性癖があったのか……? いやいや、違う。ありえん。何かの間違いだ。だが、しかし……。


 などと、春桜宮に到着するまで――いや、到着した後もずっと、光潤は悶々と胸中で悩み悶えたのだった。


 そんな光潤の胸の内などつゆ知らず、鈴舞は林徳妃と桜雪と共に、しばらく百合を眺めてくつろいだ後、夏蓮宮に戻ることにした。

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