第三章 凛々しき白賢妃ー②
その後、三人は他の四夫人についてあれこれ話した。
梁貴妃はいつも絡んでくるけれど小心者で大それたことはできなそう。白賢妃はとても聡明で気高い人柄なので悪事に手を染めるとは考えづらい。そうなると何を考えているかよくわからない姚淑妃が怪しいが、そもそも何のために女官をさらうのかと考えると、三人とも動機が見当たらない――。
といった感じで、犯人予想が平行線になった頃。
「あ、そうだわ。娘々、護衛がついたことで庭園への散策が可能になりましたの。鈴鈴を随行させれば、事前の許可はいらないそうです」
「え!? そうなの!?」
瞳を輝かせる林徳妃。ふたりの会話から察すると、どうやら今までは専属の武官をつけていなかったため、夏蓮宮の外へはあまり自由には出られなかったらしい。
鈴舞がいるならば安全だ、と劉銀が判断したのだろう。
というわけで、早速一同は夏蓮宮近くの庭園へと、菓子と茶を持って足を運んだ。後宮内にはいくつも庭園があるが、ここは百合の花がたくさん咲き乱れている百合園だった。
まだ蕾の状態の花株も多い。林徳妃の話によると、もうじき満開となり、その際には女人しか参加できない祭りである百合節がこの場所で開催されるとのことだった。
庭園には四阿がいくつか設置しており、すでに他の妃や女官たちが百合に囲まれて談笑していた。
開いている四阿を探そうと、鈴舞が辺りを見渡すと。
「あ! 鈴鈴様よ!」
「あれが噂の!? あらー、なんてかわいらしい……」
「背は低いけれど、麗しい顔をしているわよね。刀を振るっている時は、本当に凛々しくて……!」
「えー、私も見たかったー!」
そんなざわめきがあちこちから聞こえてきた。当の本人にも丸聞こえなのだが、まったく気を遣う様子もなく大きな声で話す女官たちに、鈴舞は戸惑ってしまう。女官だけではなく、正二品や正三品の妃まで会話に入っている気がする。
「あらあら。まあ、こんなことになるんじゃないかって、あなたの姿を見た時から思っていたけれど」
徳妃がどこか楽し気に言う。
「ど、どういうことでしょうか……?」
「だってそりゃ、人気だって出るわよ。かわいい顔した美少年が、自分よりも二回りくらい大きい武官をあっさりやっつけっちゃうなんて。光潤と祥明で、武官の人気は今までは二分していたけれど……。鈴鈴は第三勢力になるんじゃないかしら?」
「え、ええ?」
「娘々! 聞き捨てなりませんわ。鈴鈴は確かに愛らしいお顔をしておりますが、男性としての雄々しい魅力は光潤様の足元にも及びませんわ!」
林徳妃の言葉に戸惑う鈴舞と、不満そうに自分の思いの丈をぶつける桜雪。
――そ、そういえば桜雪は光潤に想いを寄せているのだったわね……。っていうか、男性としての雄々しい魅力って。私にはそんなものあっても困るんだけれど。
そもそも自分は女なのだから。
「し、しかし案外後宮内の女性たちは自由なのですね。後宮入りしたからには、身も心も陛下にお預けするものだとばかり」
正五品以上の妃嬪と呼ばれる女性はれっきとした皇帝の妃だし、正六品以下の女官だって、皇帝の目に止まればお手付きになることがある。
身分の低い女官が身ごもり、位の高い妃へと上り詰めた例も、過去には存在する。
とは言っても、女官が皇帝に見初められることは稀だ。お手付きならなかった女官は、外部の男性と結婚して後宮を出ることも認められている。
だが、後宮にいる女は皇帝の持ち物という認識が鈴舞にはあった。光潤に対する桜雪の熱視線を見た時も思ったのだが、他の男性(鈴舞は女だが)に堂々と熱をあげてもいいのだろうか、と鈴舞は思ったのだった。
すると林徳妃はくすりと笑ってこう言った。
「それとこれとは別なのよー。もちろん皆陛下を一番にお慕いしているし、不義理は起こすことはないわ。でも、かっこいい武官や宦官にキャーキャー言って発散くらいしたいじゃない? 舞台の演者を応援するような感覚よ。陛下も別に気にしてないし」
「はあ、そういうものなのですか」
分かったような分からないような。しかし、一度後宮入りすれば、滅多なことでは女たちは外には出られない。これで溜まった欲望を発散できるのなら、安い物かもしれない。
――まあ、私は恋愛ごとにはあまり興味がないから、関係のない話だけど。
などと考えながら、桜雪とともに空いていた四阿で茶菓子の準備をし、林徳妃を席に着かせる。
そして、桜雪が「ちょっと厠へ行ってまいります」と席を外した後のこと。
「あら、梁貴妃様。ご機嫌よう」
小さく切った金色蛋糕を肉叉で食べながら、林徳妃が鷹揚に言った。
ちょうど庭園にやってきたらしい梁貴妃は、あからさまに苦虫を噛みつぶしたかのような顔をし、「げ、なんでこいつが」と口をもごもごさせていた。つい出てしまった言葉だったようだが、こちらまで聞こえてしまっている。
彼女の背後には、数名の女官と護衛の光潤が控えていた。
「……ご機嫌よう、林徳妃様。あら、いいもの食べているわねぇ」
「ええ、最近正二品の妃嬪から献上されたお菓子よ。よかったらお召しあがりになる?」
「遠慮しておくわ。私、糖分は控えているの。陛下は私の華奢な体がお好きみたいでね。誰かさんみたいに、肉付きよくなりたくないものね~」
席に座る林徳妃の全身を一瞥し、鼻にかかった声で言う。
――別に徳妃様は太っていないけれど。
しかし、どうしても豊満な胸の部分が出っ張ってしまうため、服装によっては体格がよく見えてしまう。そんな林徳妃に対して、梁貴妃は童女ように華奢で折れそうな体をしている。
梁貴妃の嫌味に、もちろん林徳妃は動じた様子はない。変わらずに悠然と微笑みながら、小首を傾げる。
「あら、そう? でも、もう少しお太りになった方がよろしいのでは? あなた、豊胸効果のある漢方を医官にお願いしていたらしいじゃない。やっぱり多少の肉がないと、薬を飲んでも大きくならないと思うのよ」
「……!? な、なんでそれを知ってるのよっ!?」
顔を真っ赤にし、とても狼狽した様子になる梁貴妃。知られたくないことならばすっ呆ければいいのに、思わず認めてしまうところが、劉銀に「あまり賢くない」と言われてしまう彼女らしい。
「医官が『古今東西の豊胸効果のある漢方を集めろだなんて、梁貴妃様も無茶を言う』って愚痴ってたのよ。それにあなた、私や白賢妃様の胸を見てよくため息ついているもの。あなたがその小さな胸に悩んでいることくらい、皆知ってるわよ」
「はあ!? ため息なんてついてないし! あの医官……! ただじゃおかないわよっ!」
「医官に苦言を呈したらもうお薬融通してもらえないかもしれないわよ~」
「そ、それはっ!」
なんていうふたりのやり取りを、苦笑を浮かべながら鈴舞は眺めるのだった。




