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ウソツキ・ファンタジー  作者: たもつ
9/40

砂竜来襲

 雷剣・フルミネ。

 剣の力に雷による攻撃能力が付随する。

 いわゆる、エンチャントサンダーというやつだ。

 最初の素振りで凄まじい轟音と共に稲妻を発生させたフルミネだったが、二度、三度と振っても雷撃は出なかった。刀身も金色ではあるけど、もう輝いてはいない。

「……恐らく、一定の充電時間が必要なのでござろうな」

「どのくらい?」

「そこまでは拙者も――数分から数十分といったところであろう」

 コダチの言葉に僕は頷く。無駄打ちはできないということだ。

 本来ならその検証もしたいし、それより何より剣術の稽古だってしたかったのだけど、生憎と依頼の途中だ。

 大丈夫、僕には《豪運》がある。

 きっとうまくいく。


「そう言えばコダチ、剣のことに詳しいみたいだけど、その腰の刀も、その、名のあるものだったりするのかな」

 刀をメイン武器として扱うバトル系漫画では刀にも個性を持たせるのが一般的だ。もちろん、これは漫画ではないのだけど。

「――左様。我が里に伝わる大業物でござる。その切れ味の鋭さ故、斬られた者はしばらくその事実に気が付かず、家に帰り部屋着に着替え晩酌を始めた際に首の隙間から酒がこぼれ、初めて自分の首が斬られていたことに気が付いたという逸話がある」

「それは凄いね……それで、名前は」

「――ミツルギ丸、と申す。我が相棒でござる」

 目をそらしながら言うコダチからは、相変わらず何の感情も読み取れなかった。

 

 小部屋からメインの通路に戻り、いくらか歩くと洞窟は終わりを迎えた。

 洞窟の先には山々に囲まれた砂地が広がっている。

 そんなに広くはないけど、すでに日はとっぷりと落ちていて暗い。

 幸い月が出ているために真っ暗闇というほどではなく、辺りの様子は窺える。

 さっきからずーっと詠唱を続けているセイジにアイコンタクトを送ると、コクリと首肯が返ってくる。ここが目的地、砂竜の棲み処で合っているようだ。

「……まずは出方を見るでござる。魔物が出てきたら、ミコと一緒のラク殿はその場に留まり、拙者は左、セイジ殿は右へ移動。最初に拙者が居合で部位攻撃をするから、時期を見てセイジ殿の魔術とラク殿の雷撃でとどめを刺してほしいでござる」

 早口で簡単な打ち合わせをする。戦闘素人の僕でも分かるくらいの、シンプルな作戦だ。


 そして、その時はすぐに訪れる。


 ゴゴゴ――と、地を鳴らして砂地の中央が大きく盛り上がる。


 ボゴッ――。


 大量の砂塵を巻き上げながら何かが姿を現す。


 それは、ドラゴンというより、巨大なミミズのように見えた。


 高さ3メートル、外径2メートルを超える巨大な管の形をした化け物で、体はいくつもの節に分かれた硬質の殻で覆われ、先端は大きく三つに裂け、その内側には無数の牙が並んでいる。高さ3メートルというのは地上に出ている分で、恐らく体の大半は地中の中だ。全容が見えない。グロテスクに避けた口の上には瞼のない眼球がむき出しになっていて、僕らをギロリと睨んでいる。


 これが――砂竜?


 勝てる訳がない、と思った。


 ゴブリン、スライム、オークにバジリスク――今まで戦ってきた雑魚なんて比較にならない。

 

 絶望を、覚えた。


 ――いや。


 いやいやいやいや。


 慌てて気持ちを奮い立たす。

 気持ちで負けてどうする。強敵なのは分かっていたじゃないか。それでも依頼を受けてやって来たのは、強力な仲間が出来たからだ。

 左手に視線をやる。

 

 コダチが、顔面蒼白になって固まっていた。


「あ……あ……」


 砂竜を見上げ、顎をガクガクさせて声にならない声をあげている。いつもの泰然とした侍の姿などどこにもない。

「コダチ! 居合!」

 硬直して、刀に手をかけてすらいない。

 僕の声に反応してこちらを見るけど、絶望的な表情で首をフルフルと振るだけ。

 そりゃ、目の前の敵は怖いけど。脅威だけど。

 まるで――別人だ。

 

 シャアアアアアアーッ!

 

 砂竜が醜い咆哮をあげて身をくねらせる。

 身構えるが、狙いは僕ではなく、右の方。

「セイジさん!」

 僕が首を向けるのと同じ速度で砂竜はその管のような体をしならせる。視界の隅に吹っ飛ぶ人影が映る。


「師匠ーッ!」


「え、何!?」


 コダチの叫びに答える。普段彼女は僕のことを『ラク殿』と呼ぶのだけど、今この場で彼女が『師匠』と呼ぶ相手は僕しかいない。


 左を向くと、コダチは妙なポーズをとっていた。


 両腕を伸ばし、左右の指をL字にして組み合わせて枠の形を作っている。画家が構図を決める時に使う指フレームの格好だ。


「……何してるの」


「へぇえ!?」


 僕に見られて、何やら情けない声をあげ、指フレームもすぐにやめてしまう。


「な、なんでもない! え、あの、あの……逃げ、逃げる――で、ござる!」

 ひどく吃りながら、それだけ言う。

「こ、こんなの、無理! でござる! みんな死んでしまうでござる!」

 涙目になっている。

 これが――あの、コダチか。

 いつも冷静で誇り高い、絶対に敵前逃亡などしないと思っていたのに――むしろ、それだけヤバイ相手ということか。

「逃げるのはいいけど、セイジさんは!? あの人を置いていけないよ!」


『吾輩は大丈夫だ!』


 声のする方に顔を向けると、砂地のだいぶ奥の方だった。


 暗くてよく分からないけど、確かにセイジだ。


 彼の前には石のブロックを積み上げて作った5メートルを超える巨人が立っていて、砂竜を威嚇している。


 ゴーレムか。


 位置関係から察するに、セイジが魔術で召喚したらしい。

 右手の方でで吹っ飛ばされて数秒であそこまで移動してゴーレム召喚までするなんて、やはり大賢者の末裔は伊達ではないと思った。


「た、助けてくれ」

 

 急に足首を掴まれてギョッとした。


 見れば、貴族っぽい上等な服を着た中年男性が右手の方向から砂地に這いつくばり、必死の形相でこちらを見上げている。


「き、貴君らはあのバケモノを討伐しに来た冒険者であろう!? 我はこの地を統べる、皇帝ジーコである! 王宮の裏庭を散歩していたら、急にこのバケモノが現れて地中に取り込まれたのだ! 頼む! 報酬ならいくらでも払うから――」

 なんと、ここの王様だったらしい。

 王宮にいたところを攫われて、地中を伝ってここまで連れて来られたのか。

 王様は必死だが、そこまでして頼むまでもない。

 急に弱気になったコダチを見て気が萎えかけたが、諦めずに戦おうとしているセイジ、そして被害を受けている王様を見て再び奮起しようと思った。


 そうだ――逃げては、いけない。


 僕は、戦うのだ。


「うわあああああああああああああああっ!」


 すぐ近くで大きな声がして、少し怯む。

 

 ミコがバケモノに突っ込んでいく。


「ミコ! 戻れ!」


「アタシがあのバケモノを押さえます!」


 いつも僕の腰にしがみついている犬耳娘は何故かいつも攻撃に転じる時は俊敏な動きを見せる。

 攻撃能力なんてないのに。

 余計な真似を――絶望的な気持ちになる。

 対する砂竜は、セイジが召喚したゴーレム相手にも怯まない。

 節に分かれた殻はゴーレムの打撃も通じないらしい。

 ミコは砂から出た一番下の部分に取り付き、節と節の間に手を突っ込む。


 シャアアアアーッ!


 身を仰け反らせる砂竜。

 ダメージを受けた、のか?

 節の隙間、殻のない部分が弱いらしい。

 手ごたえを感じたミコは軽い身のこなしで次々と上の節に手をかけ、梯子の要領で昇っていく。

 あっという間に眼球のある部分にまで辿り着き――思い切り、そこにパンチを喰らわせる。

 いや、パンチと言うより掌底か。

 右手の掌を押し付ける感じ。


 ウジャアアアアアアアアアアアアアアーッ!


 だがそれでも今までで一番のダメージだったようで、砂竜は苦しそうに身をよじらせている。右へ左へ大きく体がスイングしたことで、先端部にしがみついていたミコは左奥へと吹っ飛ばされてしまう。さらに、そのスイングで奥の方にいたセイジとゴーレムも飛ばされる。


「ミコーッ!」


 巻きあがる砂塵で何がどうなっているか分からない。


 やはり、僕がいかないと。


 掌が汗でグチャグチャだ。


 固唾を飲み、雷剣・フルミネを握り直し――一閃。


 何も出ない。


 まだ充電が済んでないらしい。


 それなら――剣で直接やるしかない。


 幸い、さっきのミコの特攻で節の隙間と目玉が弱点なのは分かった。そこを狙えば、いける。


 そう――今の僕は、無敵なのだから。


 覚悟を決めて砂を蹴る。


 だけど、裾を掴んで止められた。


「おやめください」


 振り向くと、砂にまみれた修道女が見つめている。

 かなりの美人――というか、美少女だ。

 まだ十代ではないだろうか。

 いや、容姿はどうでもいい。突然現れたシスターに僕は面食らう。

「だ、誰!?」

「ワタクシはシスター・シャラク。王宮内の修道院にいたところ、陛下と共に魔物に攫われてきました」

 さっきのジーコ王と同じ王宮の人間らしい。

「そうですか。僕たちはあの砂竜の討伐依頼を受けてやって来た冒険者です。さっきそちらの王様にも直接頼まれました」

「ありがたいことです。ワタクシからも神のご加護を――と申し上げたいところですか、おやめください」

「何故ですか!?」

「さきほどの少女はアナタ様のお仲間ですか? 見たでしょう。あの魔物相手に単身で向かうのは無謀です。どれだけの剛腕の持ち主とて、人間一人で敵う相手ではございません。勇気と、蛮勇は違うのです」

 人差し指をズイっと突きつけてシスター・シャラクは続ける。

「我が王国においても、英雄豪傑勇者になるべく突き進み、結果として儚く散っていった者たちがたくさんおりました。神父様とワタクシはそういう者たちを多く弔ってきたのです。神に仕える身として、いたずらに消えていく命の火を見るのは耐えられません。アナタ様のお体はアナタ様だけのモノではありません。神と、親御様、それにアナタ様を慕う多くの大切な人たちのモノです。決して無駄にしてはならないのです。聖書にもそう書いてあります。それでも戦う、戦わなければならぬと仰るのなら――せめて、お仲間と力を合わせてください。一人で行くなんて、仰らないでください」

 いきなり出てきてよく喋るシスターだな!

 だけど言っていることは分かる。

 最後の方など涙声で、悲痛なくらいだ。

 と、そこまで聞いてミコの安否を確認していないことを思い返した。

「そうだ、ミコ――さっき魔物に飛びかかった犬耳の女の子は!?」

「彼女なら陛下を洞窟へ避難誘導していました。怪我はなさそうです」

 シスターの言葉に僕は胸を撫で下ろす。砂地での戦いだから、直接攻撃さえ防御できれば吹っ飛ばされたダメージはさほどでもないらしい。


 僕がシスターに引き留められている間に、砂竜は地中に引っ込んでしまった。これで退散してくれると有り難いのだけど、そこまで都合よくはいかないだろう。どうせすぐ出てくるに違いない。

 ――どうしよう。

 シスターの言う通り、仲間と連携するのが大事なのは分かる。でもコダチは繊維喪失、ミコは戦線を離脱し、ゴーレム召喚で奮闘していたセイジも先程のスイングで吹っ飛ばされてしまった。僕のフルミネも充電中。完全なジリ貧だ。どうすれば――

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