雷霆卿の後継者
セイジの言う通り、木の洞の奥にあるダンジョンは人の手が入っているらしく、壁には燭台、地面は石畳で覆われていて、外よりよっぽど歩きやすかった。
「これなら余裕そうですね」
「いや、油断は禁物だぞ」
そう言うと、屈んで石畳に転がっていた何かを拾い上げる。
「ほら、ラクも触ってみろ」
セイジに渡された何かを手に取る。フライドチキンの骨みたいに見える。
「何ですか、これ」
「人骨だ」
「うわっ!」
慌てて手放した。なんてもの触らせるんだ!
「過去に人が襲われたということだな。人の手が入った洞窟だからと言って、全くモンスターが出ないという訳ではないのだ」
「そうなんですか……」
にわかに緊張する。
「ラク殿、前を失礼」
それまで後ろをついていたコダチが僕の前に出た――と思ったら、即座に腰の刀に手をかける。
シュンシュンシュンッ!
目にも止まらぬ速度で光の筋が拡散する。
ぶわっと、風圧を顔に感じる。
はらりと、しがみついているミコのスカートが千切れ落ちる。
「もぉ、またですかぁ~っ!」
一連の出来事が数秒の間に起こる。
「すまない。気味の悪い蛇がいたものでな、ほら」
コダチの指差す先には50センチほどの大きさの蛇――だったモノが横たわっている。体色は緑で、頭頂部に赤いトサカみたいな飾りがついている。生きていればかなり脅威だっただろうけど、今はコダチの居合術で5等分にされてしまっている。
近寄ってよく見ようとする僕をセイジが止める。
「バジリスクだな。強力な毒を持っていて、血や分泌物にも含まれているから、死んだからと言って無闇に近づかない方が賢明だ」
「こんなのが、その辺ウヨウヨしてるなんて……全然気が付かなかった」
「蛇の類は音を立てずに移動する。気付かぬのも無理のないこと。拙者は修行の結果、魔物の発する気配に敏感ゆえ――先を急ごう」
「ふむ。先程はラクに偉そうなことを言ったが、油断していたのは吾輩も変わらないようだな。普段から詠唱をして、すぐ魔術を発動できるようにしておくか……」
杖を口元に当て、何やらゴニョゴニョと口を動かす。
僕は、そんな二人の後についていく。
ミコは僕にしがみついたまま、切れたスカートに手を当てて必死に修復しているようだった。
――僕も、戦力になりたい。
コダチには、制御に難があるが高速で斬撃を飛ばす居合術がある。
セイジにはやたら詠唱に時間がかかるが強力な魔術がある。
ミコには怪我はもちろん、破損した物体も直す回復術がある。
僕には《豪運》しかない。
別にそれはいい。元から何もなかった僕が女神から譲り受けたスキルだ。自動的に発動したり、自分の任意で戦闘利用したりして、ここまでやって来た。それはいい。
だけど、ここに来て、やはり弱いと感じられてきた。
特に、この洞窟では運用が難しい。
整備された地面には石一つ落ちていない。今まで適当に石を投げることで何とかしてきた僕にとってこれは大きな痛手だ。
はっきり言って、攻撃手段が何もない。
装備を一切整えないで依頼に出たのだから、自業自得と言えばそれまでなのだけど……。
「――む」
それまで規則的に歩みを進めていたコダチが不意に足を止める。
「どうしたの、コダチ」
ずっと詠唱を続けているセイジに代わって僕が尋ねる。
「……こちらから、面妖な気配を感じる」
今まで歩いていた通路を右に曲がり、小部屋のような空間に出る。薄暗い、6畳くらいの広さの空間で、真ん中に大きな巨石が横たわっていて――
――その上に、金色に輝く剣が置かれている。
ロングソードとでも言うんだろうか。よくRPGなどで見られる洋風の両手剣だ。鞘はなく、抜き身でその輝く刀身を晒している。
「これは……」
「黄金に輝く剣――か、聞いたことがあるでござる」
顎に手を当て、コダチが呟く。
「かつて雷霆卿と呼ばれた剣士が扱っていた雷剣・フルミネが、黄金に輝く刀身だったと記憶している。何でも、その剣は所有者を選ぶらしく、認めた相手にはフルミネの持つ力を最大限に出す力を与えるのだとか――」
「す、すごい! そんな伝説の剣がここにあるなんて、やっぱりご主人様、運が物凄くいいんですねえ!」
くっついたままのミコがはしゃいでいる。すでにスカートの修復は終わったらしい。
僕は、コダチの説明を口を開けて聞いていた。
そんなこと、あるか?
あまりに都合が良すぎないか?
「ねえご主人様! 持ってみたらどうですか! 認めてもらえるかもしれませんよ!」
無邪気に言う犬耳娘。
「えっと……これ、大丈夫、かな。資格のない人間が触れたら感電するなんてことは……」
「そこまでは拙者も」
そうだろうな。ただ、こうなったら持たない選択肢はない。
「ミコ、離れていた方がいいよ。万が一、感電するようだったら危ない」
「だいじょうぶですっ! アタシはご主人様といちれんたくしょーですからっ!」
……やれやれ。
これ以上は言っても聞かないだろうな。
僕は仕方なく、ミコを腰にしがみつかせたまま雷剣に手を伸ばす。
手を触れた刹那、体の中心を鋭いショックが駆け抜けていく。
やっぱり感電か!?
慌てたけどショックはほんの一瞬で、しかもくっついていたミコは何ともないようだった。
「ご主人様? どうしたんですか?」
「え? ……ああ、いや、何でもない」
今のは何だったんだろう。
改めて拾い上げてみると、剣はなんなく持ち上がる。
ひどく軽い。
これなら、僕でも片手で扱えそうだ。
試しに、その場で軽く素振りをしてみる。
バリバリバリバリバリ!
剣の先から稲妻が走り、洞窟の壁にぶつかっていくつも燭台を吹っ飛ばす。
剣を持つ手も、若干痺れている。
――何だ、コレ!?
僕がやったのか!?
「――凄まじい威力。これが雷剣の力でござるか。ラク殿、どうやら認めてもらえたようでござるな」
「すごい! すごい! さすがご主人様!」
くっついたままミコがピョンピョン跳ねる。
そんな、簡単に!?
この僕が!?
これも――《豪運》の力!?
「要するに、運の力です。幸運、ラッキー、全てアナタのいい方に運ぶ――ちょっと難しい言い方をすると、因果律操作というヤツです。これはなかなかのチートスキルですよぉ」
いつかの女神の言葉が脳裏をよぎる。
どうやら、この世界では全て僕の都合よく運ぶようにできているらしい。
僕はもう、無敵だ。