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ウソツキ・ファンタジー  作者: たもつ
7/40

大きな枝ぶりの木の下に

「さりゅう、って何ですか?」

 聞きなれない単語に思わず聞いてしまう。

「砂の竜と書く。呼んで字の如く砂地に生息する竜――早い話がドラゴンだね。炎を吐き、皮膚は厚い鱗で覆われている。強敵だ」

「はわわ、なんでそんなのもらってきちゃうんですかあ?」

「……初陣として、相手にとって不足はない」

 ベソをかくミコと、腕を組むコダチ。

 セイジは、僕を見る。

「大丈夫。ウチにはラクがいる。女神に愛された奇跡の男だ」

 僕の肩を叩いてセイジは笑う。女神の下りでドキリとしたけど、すぐに彼特有の言い回しなのだと気が付く。


 そう言えば、《豪運》の説明をしていないけど、別にいいか。

 

 セイジに僕のスキルは『高い所からゆっくり降りる』ことができる能力だと適当なことを言ってしまったし、《豪運》のことを説明しようと思ったら女神のことや転移のこと、前の世界のことも話さなくてはいけなくなる。

 

 前の世界の、僕のこと。


 今は、思い出したくない。


 ここでこうして心強いメンバーに囲われ、認められて必要とされて――それでいいじゃないか。


 僕は、それで充分に満たされる。


 建物の外でクルクルと丸められた皮でできた地図を取り出す。

「これは今ギルドで借りたものだが、この近辺のことが描かれている。吾輩たちは北から森を抜けてこの町にやってきて、そのまま南に突っ切ると、ミコと出逢った岩山地帯に出る。西側に曲がるとコダチと出逢った湖畔になるが、ここを東に曲がってしばらく進むと大きな木が見えてくる。で、この木の根元に大きな洞があって、それが地中の洞窟へと繋がっている。そこを抜けると谷間の砂地に出て、そこが砂竜の棲み処ということらしい」

 説明は分かりやすいけど、事がそう簡単にいかないことは僕だって分かる。


 いや――簡単にいく、のか?


 僕がアクションさえ起こせば。


 僕の《豪運》さえ、あれば。


「砂竜の首を持ち帰れば報奨金2000リャンも払われるらしい。これだけあれば四人しばらく食べるのに困らないな」

 リャンというのがこの国の貨幣単位らしい。どれだけの価値があるか、ここに来て買い物一つしていない僕に分かる筈もないけど、セイジの口振りからして大金らしい。

「よし、早速向かおうとしよう。今の吾輩たちは負ける気がしない」

 気の急いたことをいうセイジ。

「え、町で装備を整えるとかしなくていいんですか? 食料とか、回復薬とか……」

 よく知らないけど、ゲームとかではダンジョンに向かう前は装備やアイテムを買い込んでおくのが鉄則だ。もちろん、これはゲームとは違うのだろうけど。

「いやいや、装備はもう充分だ。水と食料なら吾輩が持っているし、回復ならミコがいる。モタモタしていると日が暮れてしまうからな」

 そこまで言われたら、特に反対する理由もない。大丈夫だ。全てうまくいく。

 大丈夫だ。


 セイジの説明したルートを辿ると、確かに岩山地帯の先に大きな木があって、その根元に大きな穴が空いている。人一人通るには充分な大きさだけど、下に降りる形だし、中は真っ暗だ。

「これ、暗くて危ないですよ……」

「壁に手をついて降りていくんだ。最初は暗いが、すぐ明るくなる。洞窟とは言っても人の手が入っていて、壁には燭台もあるしな」

「詳しいですね。来たことあるんですか?」

「――吾輩はこの辺りで生まれ育ったんだ。だからここら一帯は吾輩の庭のようなものでな。目を瞑っても歩ける」

 豪語するセイジ。

「あれ、でも、さっきは北の生まれって言ってませんでしたっけ」

「そうそうそう、ここで幼少期を過ごした後に北に居住の地を移したんだ。我が一族はその能力の高さ故、政治的に利用されたり、逆に謂れのない迫害を受けることが多くて、一定の場所に留まらない流浪の民なのだ」

「ねえ、はやく先に進みましょうよお。暗くなっちゃいます」

 僕にしがみついていたミコが一旦離れ、セイジの手を引く。

「痛たたた!」

 と、何故か腰を押さえて顔をしかめる。

「どうしました?」

「いや、吾輩、実は腰痛持ちでな。日々を机にかじりついていたせいかな」

 乾いた笑いを漏らす。賢者も大変だな。

「……コダチさん、どうしたんですかあ?」

 セイジから離れて僕の元へと戻ってきたミコが、今度はコダチに話しかける。見れば、女侍は目を細めて巨木を見上げている。

「……あれ」

 彼女が指差す先――立派に張り出した木の枝の上に、黒猫がいる。

 僕たちの視線に気が付いたのか、ニャアと一言鳴いてフワリと地面に着地し、優雅な足取りで僕たちの前までくる。

「わあ、可愛いですねえ」

 猫は好きだ。

 裏切らないから。

 僕は足元に近付く黒猫に屈みこみ、喉元を撫でる。

 気持ちよさそうにゴロゴロと鳴らしている。

 張りつめていた気持ちが弛緩する。

 不意に視線を感じて後ろを見ると、セイジ、ミコ、コダチの三人が引き攣った表情で僕のことを見てる。

「えっと……何かマズイことでも……」

「いや、何でもない――でござる」

 コダチの声には若干の焦りが感じられた。気のせいだろうか。

「……吾輩の故郷では黒猫は死の予兆と呼ばれていたんだ。だからよくさわれるな、と驚いていただけさ」

 セイジが引いている。黒猫が不吉の象徴なのは元の世界でも一緒だけど、そんなに忌み嫌うことはないと思う。

 三人があまりに拒絶した態度をとったためか、黒猫はつまらなそうに僕らを一瞥してどこかに行ってしまう。

「……行こう。我々は、砂竜を倒すんだ」

 何だか微妙な空気になったのを、セイジが無理矢理立て直す。

 僕、何かしたかな。

 頭をかく。

 すりむいた右の肘の擦り傷がカサブタになっていると、その時に気が付いた。

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