湖畔のサムライ
大賢者の末裔にして上級魔法を使える賢者、セイジ。
神官で怪我の治癒と物の修復ができる犬耳娘、ミコ。
そして――ただただ運がいいだけの男、僕ことラク。
パーティーの形は整ってきた。
あとは剣士か、そうでなくても物理攻撃の得意な人間がいればいい。
岩肌に囲まれた地を抜けた僕たちは、途中休憩を挟みながら、いつしか湖へと辿り着いていた。
「――しまった」
すぐ横を歩くセイジが、唐突に言う。
「どうかしましたか」
「さっきの休憩場所に水筒を忘れたらしい。とってくるよ。ラク達は先を進んでくれ。後で、すぐに追いつく」
そう言って今まで来た道を戻っていくセイジ。
これで、二人になってしまった。
それでも問題はないだろう。
ミコに攻撃は期待できない――けど、僕には運がある。
僕の《豪運》さえあれば、何とかなる。
「はあぁっ!? あれっ! 大変ですぅっ!」
ミコが頓狂な声を上げる。
「どうしたの」
「女の人が襲われていますっ!」
ミコが指差す先に、二つのシルエットが浮かび上がる。
湖をバックに対峙する二人の人物。
水色の道着に紺色の袴、腰に帯刀した黒髪ポニーテールの女性。
筋肉隆々、毛皮の腰巻だけの猪の頭をした大男。
女侍と、オークだ。
「キヒャヒャヒャヒャ! 今日は運がいいなあああああ~! 久々の若い女だぁぁぁ!」
森で出会ったゴブリンたちと違い人語を話すらしいが、知性は微塵も感じさせない。ただ、その巨躯と手に持った金棒は脅威だ。
「……なんだ貴様は」
対する女侍は一切動じることがない。
全く感情を感じさせない声音で吐き捨てる。
「お、そそるねえええ〜! 気に入っちゃったよ! オレといいことしようぜえええええ〜! ヒャヒャヒャヒャヒャ!」
「断る」
「だったら、痛い目見てもらおうかなああああ〜!」
手に持った金棒を振り上げるオーク。
女侍は、ゆっくりと腰の刀に手をかける。
「えいっ!」
横のミコが何かを投げたらしい。
女侍を助けたかったのだろう。
だけどその石は明後日の方向に飛んでいく。
「んんん~~~? なんだあああああ~?」
オークに気づかれてしまった。最悪だ。
「はわわ、はずれちゃった」
投石に失敗したミコは次の石を拾おうと、僕の背後から踊り出る。意外と早い身のこなしに止める間もなかった。
結果的にオークに近寄る形になってしまい、石を拾うどころか呆気なく捕まってしまう。
「あっあっ、離して!」
「ふうううん? 犬耳族かああ。まだガキだが、珍しい種族だなあああ。コイツは高く売れるぞおおおお? ヒャヒャヒャ!」
「ふええ、たすけて〜!」
頭を抱えた。
自分から捕まりに行ってどうすんだよ……。
「その娘を離せ。貴様の目的は拙者だろう」
「もうお前ぬわんかああああ、どうでもいいもんねえええええ~」
「…………」
俯き、怒りで身を震わせる女侍。
オークの興味は女侍から完全にミコに移ってしまった。
後ろを見るが、セイジはまだ来ない。
ここは僕がどうにかするしかないか……。
それとも――と、元々からまれていた女侍に視線を移す。
すでに女侍は俯けていた顔を上げ、オークを睨みつけている。
若干ツリ目で、体型はスレンダー、凛とした佇まいはかなりの手練れではないかと思わせるに充分だ。
僕の視線に気付いたのか、ススス、と静かに身を寄せてくる。その間、視線はオークから外さない。
「……あの犬娘はそなたの連れか」
腰の刀に手をかけながら、聞いてくる。
「ハイ……すみません、アナタを助けようとしたかったみたいですけど」
「気持ちはありがたいが、失策だったな。あの程度の雑魚を刀の錆にすることなど造作もなかったのだが――」
やはりさっきのあれは余計だったらしい。
「そなた、腕に覚えは」
「多少は」
嘘ではない。
僕の《豪運》はすでに実力にいれてしまっていいだろう。
「ならば、一つ頼み事がある。あのデカブツを娘から引き離してくれ。一瞬、怯ませるだけでいい。それで勝負をつける」
「お安い御用です」
言うが早いか、近くに落ちていた石を投げる。
当然、オークには当たらない。
だけどそんなのどうでもいい。
僕にとっては、エイムも、パワーも、得物さえ無意味。
行動を起こせば、全ては解決する。
それこそが、我がスキル――《豪運》の力。
投げた石は湖に浮かぶ小舟の上の壺に当たる。
衝撃で壺に穴が穿たれ、そこから粉がこぼれ、風に舞い、オークの背後辺りの湖面に落ちる。
数瞬して、バチャバチャと水しぶきがあがる。
どうやら壺には釣りに使う撒き餌が入れてあったらしい。
湖の魚たちが暴れ、そのうちの何匹かがビチビチとオークに当たる。
「な、なんだあああああ~~~~?」
ダメージは与えられなかったが、虚を突くには充分だった。
「は、はわわ……」
隙をついてオークの腕から逃れるミコ。
女侍の目が光る。
「――――――参るッ!」
腰の刀に手をかけて、一言鋭く叫ぶ。
シュンシュンシュンシュンシュンッ!
瞬間、いくつもの光の筋が彼女を中心に迸る。
そのコンマ数秒後、オークから血飛沫が上がっていた。
「おうぎゃあああああああああああああああああ」
断末魔と共に後ろの湖に落ち、水柱があがる。
と同時に、少し離れた所まで退避していたミコの服が細切れになる。
あられもない姿になるミコ。
「キャアアアアーッ!」
胸元をクロスした両手で隠し、その場にしゃがみ込む。
「――御無礼」
目を瞑って両手を合わせる女侍。
え、何これ。
一度に色々起こり過ぎて、頭が情報を処理できない。
「いやぁ、遅くなった。申し訳ない。吾輩のいない間に何もなかったか?」
今頃になって、セイジが呑気な声をあげてやってくる。
そして彼は、呆然とする僕と、合掌する女侍と、半裸で泣きべそをかくミコを目撃する。
「――どういう状況だ!?」
さすがの賢者も理解ができないらしい。
僕も、教えてほしい。
「ふええ……ひどいですぅ……」
数分後、湖畔の切り株に腰掛けながら、ミコは切り刻まれた服を修復魔法で少しずつ直していた。手から出る緑色の光を当てると、切れたり破れたりした箇所が元に戻っていく。今はセイジのケープを素肌に羽織っている。
「――何が起こったのかは分かった」
僕から説明を受けたセイジは、無言で立つ女侍に向き直る。
「教えてもらえるかな。君がどこの誰で、どういう理由でここにいて、さっき何をしたのか」
既視感。
また面接が始まったらしい。
「……拙者、コダチと申す者。東国で生まれ育った修行中の侍でござる。我が師の仇を見つけ出して征伐するために旅を続けている――先程のは我が流派秘伝の居合術。その場に居ながらにして無数の斬撃を飛ばし、敵を細切れにすることが可能」
「凄い」
素直な感想が出た。
「それじゃあ、なんでアタシの服は切れたんですかあ?」
ミコがもっともな質問を投げかける。
「……制御がむずかしいのでござる。時々、意図しないものまで切り刻んでしまう」
「それで、アタシの服だけピンポイントで破けるんですかあ?」
ツッコミがいちいち正論だ。
「だが、驚異的な戦力になるな……」
セイジは仲間入りを検討している。
最初にセイジと組んだ時、剣士と回復役はほしいと言っていた。
結果、こんなに短期間で、トントン拍子に見つかった。
これも《豪運》の力なのだろう。
もちろん、仲間になってもらえるかはコダチが決めることだが。
「――コダチさん」
「ラク殿、拙者を冒険に同行させてもらえぬだろうか」
驚いた。
セイジの言葉を遮って、コダチの方から仲間にさせてほしいと言い出したからだ。
それも、明らかにリーダー格のセイジではなく、僕相手に。
「……いいけど、何で僕?」
「先程の投石だが、拙者感服いたした。デカブツを怯ませるのに魚を利用するという判断力、そのための撒き餌が小舟の壺にあると考えた推理力、そしてあんな小さな壺を狙いすましてぶつける制御力――どれも拙者にはない力でござる。ラク殿、かなりの実力者とお見受けした。おぬしさえよければ、今は亡き師匠の代わりになってほしいのでござる」
拙者を、弟子にしてくださらぬか。
そう言って、深々と頭を下げるコダチ。
ご主人様の次は師匠ときた。
これも――《豪運》の力か。
もう、何にも負けない気がしてきた。