作戦名はパラレル
「基本的な戦術はシンプルです。節の間に攻撃をして、身をくねらせて頭部を低く下げたところを見計らって、目玉に攻撃をする。これだけです。ただ複雑なのは、この作戦、表と裏で並行してやんなきゃいけないってことです」
右手の掌を上に向けたり下に向けたりしながら明治は説明を始める。
「表と言うのは反手に見せかける、言わばシナリオです。魂浄化、つまり反手に活躍させて自己肯定感を高めるために行います。セイジが召喚した騎士が節の間に剣を差し入れ、バケモノが頭を下げたところをフルミネの雷撃で攻撃というのが大まかな流れです」
幻と芝居で彩った嘘の作戦が表にくる辺り、私たちらしい。
だいぶ予定が狂ってしまったけど、スキルと芝居のタイミング等の稽古は入念にやってきた。これはぶっつけ本番でいけそうだ。
「で、本当なのは裏です。ここ、全員をアタシのスキルで透明化します。まずは坊ちゃんがさっきみたいに節の間に手を突っ込んで痛みを与えてください。で、先生はアタシを精一杯の大男に変身させて、あと刀も貸してください。バケモノが大きく頭を下げたところで、アタシが直接、その刀をヤツの目玉に突き刺します」
「だったらボクが目玉を――」
抗議しようとする命を右手だけで制する。
「坊ちゃんの《幻痛》は実際に傷を負わせる訳じゃないし離れてしまえばその痛みもなくなる。だから現実の刀を突き付けた方がいい。なんで大男にするのかと言われれば単純に少しでも届く距離を高くするためです。筋力が伴わないのは理解してますけど、高さがあるだけでもだいぶ違う。お願いできますか」
本当に時間がないからか、いつもの修飾過多で軽口めいた物言いではなく、必要最低限のことだけを早口で告げている。普段は道化を演じているが、本当は相当に頭の切れる人間なのだろう。余計なことを言わなければいいのだ、本当に。
「表の作戦で騎士に持たせるの、コダチの刀にしてもらっていいですか」
速攻で実行に移りそうだったので、慌てて口を挟む。
「表の方でもコダチに作戦参加させたいというのと、騎士のランスでは狭い節の間に入っていかないと思えるのと、さっき私のスキル発動の瞬間を反手に見られてしまったのでそれを誤魔化したい、理由はその3点です」
私も必要最低限のことだけを口にする。必要最低限どころか明らかに言葉足らずだったけど、明治も命も追及してくることはなかった。
「分かりました。では――あとは流れで!」
結局、そうなるんだよな。
『吾輩に考えがある!』
フルミネの充電がまだだと知って途方に暮れていた反手に、幻のセイジが声をかける。
「よかった。無事だったんですね」
安堵の溜息を吐く反手。だけどそれに対する反応はない。暗くて距離があるとは言え、やはり会話は難しい。本当にただの立体ヴィジョンにすぎないのだ。
『さっきのミコの頑張りで弱点が分かった。節の隙間と、目玉だ。そこで我々三人で連携して砂竜を狩る。作戦は単純だ。吾輩の魔術で甲冑騎士を召喚する。騎士は節の間に刃を入れてダメージを与え、痛みで身をくねらせたところに、ラクが雷撃で目玉を攻撃。見たところ、充電はもう済んでいるのだろう? 得物はコダチの刀を借りる。この騎士が持つランスでは細い隙間に攻撃するのには不向きなのでな。スピアやサーベルならよかったんだが』
さっき急いでまとめた作戦をほぼ一息で一気に説明する。
その間に、私も気持ちを整える。
大丈夫だ、大丈夫。
ここは戦陣――拙者は、コダチ。
「でもコダチは――」
「拙者なら大丈夫だ」
そう言って、幻の明治に向けて指フレームを向ける。
「だから、それは何をやってるの」
「距離を測っているのでござる」
「距離って何の?」
「刀を投げる距離、でござる」
言いながら、実際には何も持っていない左手を振る。
だけど左手からは抜き身の刀が刀身を光らせながら一直線に飛んでいき、その先の甲冑騎士がキャッチする。もちろん、投げて飛んでいく刀も騎士も、明治の《幻覚》で出した幻だ。
「先程は砂竜に投げつけようと目測していたのだが、うまくいかなかったのでござる」
「何で投げるの。居合は?」
「……右半身が、痺れているのでござる。少し動かすくらいはできるが、戦う――ましてや居合などもってのほかでござる。さっきのバジリスクの体液を気付かず喰らってしまっていたらしい。肝心な時に申し訳ない。動揺して無様な所を見せてしまった」
「じゃあ、すぐにミコに――」
「時間がない。それに、下手に動くと振動でやつに居場所を感づかれる。手渡したのではなく投げたのにはそういう意味もあるのでござる」
これで、謎のポーズも、無様に動揺して一切動けなかったのにも論理的な説明がつけられた。どうにか立て直せそうだ。後付けで適当な理屈をつけるのがすっかり得意になってしまった。命や明治ほどのアドリブ芝居は無理だけど、こういう嘘八百はすっかり十八番になってしまった。業の深いことだ。
自嘲している暇はない。
地響きがした。
「――来る!」
叫ぶ反手。
さっきと同じように、バケモノが姿を現す。
『先手必勝だ!』
合戦の武将が軍配を振るうように杖を振り、騎士が駆ける。
と、同時に透明化した命も駆けていた。
どちらかがどちらかに合わせているのか、それとも完全な偶然か、二人の姿はトレースしたように重なり合い、連動しているかのようにシンクロしている。
騎士がミツルギ丸を、そして命が右手を、節の間に突っ込む。
ウジャアアアアアアアアアアアアアアーッ!
咆哮を上げるバケモノ。
ここまでは予定通り。
次が本番。
すでに明治は変身させてある。
全身が緑色の鱗に覆われたトカゲ人間――リザードマンだ。
私のスキル上限の2メートルきっかりで、腕は地面に届くほど長くしてある。冷静に考えれば身長に制限はあるけど、腕の長さに関してはないのだ。今大切なのは、バケモノの目玉に刀を突きたてること。
そこに、届かせること。
だったら精一杯、腕を長くしてしまえばいい。
それでこんな不格好なビジュアルになってしまった。
リザードマンにしたのは完全に私の趣味だ。
「いけそうですか、師匠」
反手に聞こえないよう、小声で尋ねる。
この場面、命と明治は透明化と無音化の加工がされているが、私はそうではない。表の作戦の登場人物である以上、声を消す訳にはいかないし、突発なので場面ごとに音声をオンオフするような器用な真似はできない。ただでさえ、明治は表での幻発現と裏での肉弾戦という相当に強い負荷を与えられているのだ。これ以上、下らないことで負担をかけたくない。
「いけるいけないんじゃァ、ねェんですヨ」
やるんです。
「やるっつったらやるんです。決める時には決めるんです。アタシは今までそうやってきたんです。なんですか、蜥蜴にされたうえに腕も冗談みてェに長くなっちましたねェ。こりゃどっから見ても英雄って感じではない訳だ。いいじゃねェですか。上等ですよ。このクソ長ェ腕で、アタシはあのバケモノにトドメを刺してやります」
リザードマンの気合は充分。
後は、チャンスを待つだけ。
右へ左へうねっていたバケモノが、その傾きを前後へと変える。
少し離れたところでフルミネを構える反手と、バケモノが頭を下げた時に頭が来るであろう場所で刀を構えるリザードマン。近い分、リザードマンの方が危険だけど、透明化しているためバケモノからは見えない、筈だ。もしかしたら匂いや呼吸音、体温など視覚以外の方法で敵の位置を把握している危険性はある。だとしても、もうどうしようもない。明治の言葉ではないが、やるしかないのだ。やるだけやってそれでも無理だったら――それはその時に考える。今は、明治に任せるしかない。
バケモノが、こちらに向かって深く頭を下げた。
今だ!
思い切りフルミネを振るう反手。
空気を劈き、霹靂が走る。
全く同時のタイミングで、長身のリザードマンが長い腕で掴んだ刀を振り上げる。
雷撃と蜥蜴男の刀が、バケモノの目玉に当たる。
眼球に突き刺さる銅の剣。
激しく明滅しているが、それは明治のスキルでそう見せている感電演出だろう。
「や、やった……」
反手が膝から崩れ落ちている。
私も、へなへなとその場でへたれこむ。
ようやく、終わったんだ……。