ギルド冒険者の下剋上
話は少しさかのぼる。
異世界で冒険者として生き抜くためのスキル獲得。
そのための、ガラガラで。
僕は金の玉を引き当てた。
「大当たり~っ!」
どこから取り出したのかハンドベルをカランカラン鳴らしながら叫ぶ女神。
「え? 何ですか? 《身体能力100倍》とか《全属性魔法使い放題》とか!?」
「《豪運》!」
「……え? いやだから、スキルは何かを教えてください」
「だから、《豪運》ですよ」
「冒険の無事を祈るのはいいですから――」
「そうじゃなくて、《豪運》というスキル名なんです」
ここに来て、ようやく女神の言わんとしてることが分かってきた。
「要するに、運の力です。幸運、ラッキー、全てアナタのいい方に運ぶ――ちょっと難しい言い方をすると、因果律操作というヤツです。これはなかなかのチートスキルですよぉ」
何だか拍子抜けしてしまった。
確かに強いは強いのだろうけど、あまり恰好はよくない。
ただまあ贅沢は言えないな。
今さら引き直すなんてこともできないだろうし。
「ただただラッキーというだけですから、難しい説明はいりませんね。ではでは、張り切って冒険者ライフを始めましょう! グッドラック! あ、これは本来の意味の方で~」
そう言って、フワフワと浮遊したまま後退していく。
最後までふざけ倒した女神だった。
それで、今に至る。
釈然としない様子の賢者と、転んで擦りむいた肘をさすりながら僕たちは森を抜ける。
「……セイジさん、回復魔法とかは使えないんですか」
「それは吾輩の専門外だね。薬草を買うか、ヒーラーを見つけて癒してもらうか、自然治癒に任せるかの三択しかないよ」
思ったより使えないな、この賢者。
冒険者ギルドがあるという町は特別壁に覆われているということもなく、森を抜けるといつの間にか町へと立ち入っていた。
家々は赤い屋根が連なり、道は石畳で覆われている。
既視感を覚える街並みだ。
道行く人々も、いわゆるファンタジー世界の住人といった感じ。
道の途中に水たまりがあり、そこに僕の姿が映る。
ベージュ色をした布製の服をまとったその姿。
一応世界観にはあってるけど、これ、いわゆるRPGとかのデフォルト装備ってやつじゃないだろうか。冒険者にするならもうちょっとマシな装備を与えろよ、あのクソ女神。魔王討伐を依頼しておきながら小銭しか与えないどこかの王様じゃないんだから。
「お、あれじゃないか」
しばらく歩いていると街並みから少し外れた路地の脇にポツンと建物が建っている。木製の看板には『冒険者ギルド』の文字。分かりやすいなあ。
扉を開けると中は薄暗く、それでも何人かの男女がいることが確認できた。先にセイジが入り、僕はその後をついて扉を閉める。
「……そこら辺の連中とは目を合わせない方がいいぞ。血気盛んなのが多い。妙な因縁をつけられたら面倒になる」
言われなくてもそのつもりだ。
今さらながら、どうしてこんな所に来ているのだろう、と思う。
我ながら自分が不憫だ。
何が《豪運》だよ。
こんな不運な人間はいないって。
「いらっしゃいませ」
建物の奥、カウンターの向こうに若い女性が座っている。
ブロンズの髪、横に長く尖った耳を見るに、エルフ属の類だろうか。黒のワンピースにフリルをあしらったエプロン――いわゆるメイド服を身を纏っている。
ギルドの受付嬢だろう。
カウンターの横にはいくつものフックがついた帽子掛けが置いてあって、カウンターの上には台座に乗せられた水晶玉と、あと何故か左端には金魚の入った金魚鉢が配置されている。
「新規の方ですね。冒険者登録ですか?」
「ああ」
セイジが答える。
「でしたら、こちらに氏名の記入をお願いします」
言われるまま、セイジと僕は差し出された紙に名前を書く。
セイジはきっちりフルネームで書いていたが、僕は今後のことも考えて『ラク』とだけ書いておく。どうせ略して呼ばれるのだから、これで通してしまおう。それに、そもそも僕は自分のこの古臭い名前があまり好きではないのだ。これでスッキリした。
「セイジ・ウィズダムさん、ラクさんですね」
セイジのファミリーネーム、ウィズダムだったっけ? ウィズマンだった気がするけど、僕の記憶違いかもしれない。
「――はい。ではこちらの水晶玉に手をかざして頂けますか」
これまた言われた通りに水晶玉に手をかざすセイジ。
瞬間、頭上に大きな枠みたいなものが出現する。
【レベル 36
攻撃力 20
守備力 12
体力 30
魔力 185
魔法守備力 92
素早さ 50
賢さ 134
運 18 】
おお、と辺りからどよめきが湧く。
「……素晴らしい適正です。物理攻撃や体力が弱いですが、魔法攻撃に関しては申し分ありませんね。即戦力になりえます」
ズイっと、人差し指をセイジに突き付ける。
落ち着いた口調だが、彼女の興奮した様子が伝わってくる。
氏名を書いた紙に大きなハンコで『A』を烙印する。
Aランク冒険者ということだろう。
大賢者の末裔は伊達ではないらしい。
「では、ラクさんもどうぞ」
僕も同様に手をかざす。
さあ、ステータスオープンだ。
【レベル 1
攻撃力 2
守備力 2
体力 3
魔力 0
魔法守備力 0
素早さ 5
賢さ 1
運 584】
「…………」
ステータス画面を見上げる受付嬢の目が点になる。
「……すみません。エラーですね、これ。もう一度手をかざしてもらえますか」
【レベル 1
攻撃力 2
守備力 2
体力 3
魔力 0
魔法守備力 0
素早さ 5
賢さ 1
運 596】
「……もう一度」
【レベル 1
攻撃力 2
守備力 2
体力 3
魔力 0
魔法守備力 0
素早さ 5
賢さ 1
運 602】
なんだこれ。
いや、合ってるのか。
そりゃそうだよ。
ニートだぞ。
冒険者適正なんてある訳ない。
分かっていた。
分かっていたけど――。
これじゃ晒し者じゃないか。
運の値だけやたら高いのが、また情けない。
「……フッ」
受付嬢に、鼻で笑われた。
「これ……これ、こんな……凄い、ですね。逆にすごいです。一周回って凄い。これで、よく……はははははっ!」
今度は、お腹を抱えて笑っている。
本人は我慢しているつもりらしいが、我慢できてない。
失笑、というやつだ。
「オイ、失礼だろ」
セイジが気色ばむ。
それでも笑うのをやめられない受付嬢。
「だって……アハハ、私もこの仕事長くやってますけど、ここまで酷いステータスは初めて……ヒーッ」
「やめろと言っているッ!」
ドン、とカウンターを叩くセイジ。
その衝撃で台座に置かれた水晶玉が外れ、コロコロとカウンターを転がっていく。
「アハハ……って、あぁ~っ!」
お腹をおさえていた受付嬢、転がる水晶玉に気付いて慌てて追いかける。
あと少しで端から転げ落ちるという所で腕を伸ばし、危ない所でキャッチ。
安堵の溜息――をつく間もない。
カウンターの端に体重をかけてしまったため、土台に横たえて使われていた大きな一枚板が受付嬢の方に斜めに傾き、受付嬢はそのまま体勢を崩して床に転げ落ちる。
両手は水晶玉を死守していたため、不自然な格好で無様に転倒。
おまけにメイド服の裾が横の帽子掛けのフックに引っかかって捲れ上がり、太腿と下着が露わになってしまう。
「キャアアアアーッ!」
悲鳴をあげるが、やはり水晶玉で手が塞がっているために、なかなか裾を直せない。球体を床に置くとまた転がる危険性があるため、手を離せないのだろう。
そしてそちらに夢中になるあまり。傾きの角度を大きくしていくカウンター板から注意がそれる。
逆の端に置かれた金魚鉢がズズ、とスライドを始める。それまでは底面とカウンターの摩擦の位置を保持していたのが、角度が大きくなったことで重力に負けたらしい。
カウンターをまっすぐスライドしていく金魚鉢は勢いを増しながら逆端へと辿り着き、逆さになって落下。
ばちゃんっ!
捲れた裾と悪戦苦闘している受付嬢は逆さになった金魚鉢を頭からかぶり、全身ずぶ濡れ。周囲には数匹の金魚がビチビチと跳ねている。
「もう、イヤーーーーっ!」
受付嬢の悲鳴が、建物に響き渡った。