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ウソツキ・ファンタジー  作者: たもつ
26/40

白刃一閃

 ようやくの出番に体が強張るが、ストーリーはどんどん進んでいく。

 水筒を忘れたとセイジが反手の元を離れる。少し離れた木の陰に隠れ、そこで待っていた私がオークへ変身させる。《幻覚》で透明化して反手たちを追い抜かし、湖の畔でスタンバイ。まだ姿も声も聞こえないので、今のうちに簡単な発声練習やリップロールをして、緊張をほぐしておく。

 ミコが声を上げたら、幕開けだ。


「はあぁっ!? あれっ! 大変ですぅっ!」

「どうしたの」

「女の人が襲われていますっ!」


 ――アクション。


「キヒャヒャヒャヒャ! 今日は運がいいなあああああ~! 久々の若い女だぁぁぁ!」


 目の前のオークが大口を開けながら下品に笑う。

 ……ううん……。

 前から思っていたのだけど、この落語家、三下芝居が北斗の拳のモブ敵なんだよなぁ。別にそれ自体は悪くないんだけど、リハーサルを繰り返すごとにオーバーアクトになっている気がする。

 ……気のせいかな。


「……なんだ貴様は」


 初台詞は思いのほか、すんなりと言うことが出来た。


「お、そそるねえええ〜! 気に入っちゃったよ! オレといいことしようぜえええええ〜! ヒャヒャヒャヒャヒャ!」

「断る」

「だったら、痛い目見てもらおうかなああああ〜!」

「えいっ!」

 助けようと石を投げるミコ。

「んんん~~~? なんだあああああ~?」

「はわわ、はずれちゃった」

 次の石を拾おうと、素早い身のこなしで反手から離れるミコ。

 ここ、反手に止められては話が進まないので、できるだけ俊敏に動いてもらう必要があるのだけど――フィジカルに自信あり、と豪語していただけあって、ミコ=命の動きは驚くほど素早い。この後の砂竜戦でもそうなのだけど、命の運動神経は思った以上に優れていて、こんなことならもっとその身体能力を活かせるキャラ設定にすればよかったと後悔している。ミコのキャラ設定と命の身体能力は相性が悪い。

 

「あっあっ、離して!」

「ふうううん? 犬耳族かああ。まだガキだが、珍しい種族だなあああ。コイツは高く売れるぞおおおお? ヒャヒャヒャ!」

「ふええ、たすけて〜!」

「その娘を離せ。貴様の目的は拙者だろう」

「もうお前ぬわんかああああ、どうでもいいもんねえええええ~」


 思わず吹き出してしまった。


 ズルいだろ。

 おかしいだろ。

 明らかに、今のは笑かせにきてるだろ。

 芸人の(さが)なのかもしれないけど、今は勘弁してもらえないかな。こっちは演劇素人なんだぞ。

 私は奥歯を噛み締め、俯いて笑いの発作を堪える。

 震える。

 反手にはどう見えているだろう。

 どうか、怒りで震えているように見えますように。

 くそ、芝居って本当に難しいな。

 たった3つしか台詞を言っていないのに、そんなことを言っていたら、命にぶん殴られてしまうだろうが。


 真面目にやろう。

 

 私は明治演じるオークから視線をそらさずに反手に近寄る。

「……あの犬娘はそなたの連れか」

「ハイ……すみません、アナタを助けようとしたかったみたいですけど」

「気持ちはありがたいが、失策だったな。あの程度の雑魚を刀の錆にすることなど造作もなかったのだが――そなた、腕に覚えは」

「多少は」 

「ならば、一つ頼み事がある。あのデカブツを娘から引き離してくれ。一瞬、怯ませるだけでいい。それで勝負をつける」

「お安い御用です」


 その後は台本通りだ。

 岩山エピソードで学んだ反手は同様に投石を試みる。

 小舟、割れる壺、舞う撒き餌、湖の魚――全ては幻。

 

「な、なんだあああああ~~~~?」

 虚を突かれたふりをするオーク。

「は、はわわ……」

 逃げるミコ。

 

「――――――参るッ!」


 精一杯目を大きく開き、鋭く叫ぶ。

 刹那、風切り音と共に煌めく無数の白刃(はくじん)

 ここ、最高に気持ちがいい。

 私は刀を手にそれっぽく構えて立っているだけなのだけど、居合の達人にでもなった気持ちになれる。

 ――いや、居合の達人なのか。

 私はコダチ。

 今はコダチ。

 役になりきるのだ。

 今だけは、居合の達人――剣客コダチなのだ。


「おうぎゃあああああああああああああああああ」

 大袈裟な断末魔と共に後ろに倒れかけ――瞬間、自分を透明にする。湖に落ちて水柱をあげたのは幻だ。もちろん、透明に見えているのは反手だけで、私や命からは半透明に見えている。


 さあ、ここが忙しいぞ。


「キャアアアアーッ!」


 続いて、服を細切れにされて悲鳴をあげるミコ。

 反手の注意がそちらに向く。

 瞬間、私は素早く指フレームを作って、オークからセイジへと姿を変える。セイジに戻った明治は来た道を駆け戻っていく。


「――御無礼」


 それを見届けず、私は目を瞑って手を合わせる。


 演者と裏方を同時にこなすって、やっぱり難しい。

 何度も何度も練習したから、もう体が覚えてしまっているけど。


「――どういう状況だ!?」


 何食わぬ顔でセイジがやってくる。

 取り敢えず、大きなミスがなくてホッとする。

 自己紹介、居合の説明、そして反手への弟子入り――

 ここも、台本通り。

 よしよし、いい調子だ。

 心なしか、最初は戸惑うばかりだった反手も、表情に余裕と言うか、自信のようなものが感じられるようになってきた。

 いい兆候だ。

 魂の浄化作戦は、順調に進んでいる。

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