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ウソツキ・ファンタジー  作者: たもつ
21/40

転移者三景

 台本の読み合わせが終わり、そこからの時間は全て練習と準備に当てられた。

 最初のうちは異世界ダイナーでの立ち稽古のみ。慣れてきたら実際に現地に赴き、本番さながらのリハーサルを行う。台詞と動きを覚えればいい普通のお芝居と違い、明治と命は要所要所でスキルを駆使しなくてはならない。特に明治の《幻覚》はほぼずっとな訳で、本人はどれだけ使っても負担にはならないと言っていたが、やはりかなりの集中力を使うらしく、特に命と連携して演出する場面ではかなり苦労していたようだった。

 芝居でもスキルでも比較的出番の少ない私は楽勝かと言えばもちろんそんなことはなく、そもそも芝居というものが小学校の学芸会以来だったので相当に四苦八苦させられた。命が演技指導を買って出てくれたのだけど、声が小さい、滑舌が悪い、間が悪い、もっと感情を込めて――と、かなりのスパルタぶり。へこたれそうになる度に明治に励まされ、何とか形になったのは残り5日を切った辺りだった。うう、こんなに芝居が難しいなんて……。

 練習と並行して、各種準備も進められた。具体的にはコダチの装備一式だ。私たちがロケ地に選んだ廃墟の町をずーっと南に下ると、栄えた城下町に出る。そこには腕のいい職人が揃っていて、道着と袴はそこで仕立ててもらった。日本刀によく似た片刃の刀を購入し、それらしく見えるように柄と鍔を受注で作ってもらう。本来ならもっと時間がかかるところ、無理を言って納期ギリギリに間に合わせてもらう。

 支払いは全て明治がやってくれた。拠点としている町で英雄扱いされている彼は懐も暖かく、資金面での心配はなさそうだった。囚われの身で素寒貧の私とは大違いだ。


「オジサンってさ、どこから来たの」

 練習の合間、ダイナーで昼食をとっている時に、不意に尋ねる命。

「なんだい藪から棒に――知ってるでしょ、坊ちゃんと同じ、21世紀の日本からですよ」

 ざる蕎麦を啜りながら明治は答える。

「そうじゃなくて、こっちに来てからの話。拠点では英雄だったんでしょ? その割には、話聞いたことないなと思ってさ」

 オムライスをつつきながら命は尋ねる。両者のやり取りを、私はスープカレーを食べながら聞いている。ダイナーのメニューは幅広く、そのどれもが元の世界にあったのとほとんど変わりがない。材料はこの世界のアレコレを使っているのだけど、聞くと食欲がなくなることに最近気が付いたので、今は何も聞かずに口をつけている。どれも味は絶品なので文句のつけようがない。

「アタシがいたのは、セルゲイ地方のポランチって港町ですよ。交通の要所で、とにかく栄えていてねェ、酒場にカジノ、劇場なんかもあって、アタシにはぴったりの町でしたよ」

「――まずセルゲイ地方が分からない。どこ?」

 オムライスの皿を傍らによけ、皮に描かれた地図をテーブルに広げる命。反手に見せるように町で調達したものだ。

「ああ、ダメダメ。そりゃァこの辺りの地形しか描かれてないからネ。もっと縮尺のでかいのじゃねェと――」

 食べ終わった空のセイロを脇にどかし、どこかから持ってきた別の地図を広げる。

 ワールドマップだ。

 この世界の地理は、物凄く大雑把に言えば、凹の字をひっくり返したような地続きの大きな大陸が一つあって、そのへこみ部分に逆三角形をした小振りの大陸があるという形をしている。ひっくり返した凹の字は大大陸、逆三角形の方は小大陸などと呼ばれているらしい。

 明治は大大陸の南東、海岸沿いを指差す。

「ああ、そっちの方か。そりゃ知らない筈だ。僕がいたのカサマ島だもん。全然距離が離れてる」

 命が指差したのは大大陸の北西に浮かぶ少し大きめの島だった。

「アタシは逆にそっちの方が知らないねェ」 

 私たちは皆、転移して数年をこの世界で過ごしているのだけど、やはり自分がいた地方以外はよく知らないものなのだ。

「先生は?」

「私はビルザン皇国のサザンって城砦都市」

 そう言って、大大陸の中央あたりを指差す。

「みんな、見事にバラバラだねェ。それで今いるのが、この小大陸の――えっとオキガミでしたっけ?」

「それは城下町の名前ね。国はシーランって言うらしいけど――まあ、どうでもいいよね。今回のプロジェクトには一切関係ないし」

 世界地理の話題を広げるのかと思いきや、一瞬で興味をなくしたらしい。そしてそれは正しい。この世界の国や町の名前など憶えていても何の意味もないし得もない。

 ただ、世界中バラバラに散らばっていた私たち転移者3人がアンジュの瞬間移動能力でここに集結された、というだけの話だ。元の世界で例えるなら、リオデジャネイロとロンドンと北京にいたのが、一度にシドニーに集結されたようなものである。うまいことオリンピック開催地でまとまったな。そう言えば、東京オリンピックって開催されたんだろうか。


「って言うか、オジサン、そのポランチで英雄扱いをされてたって言ってたけどさ、なんで貴族みたいな恰好してるの」

「違いますヨ。元来アタシは着道楽でして、町の仕立て屋が色々回してくれるもんですから、毎日色んなファッションを着回して楽しんでたんです。貴族風なのはたまたまです。たまたまこの恰好をして楽しんでたら、急にあのニャンちゃんが現れたんですヨ。ついてきなさい、味春亭明治。移転者のアナタに話がありますって――まず猫が喋るってことに驚いたし、まさかテレポーテーションでこんなとこまで連れて来られるなんて思ってないですからネ。こんなことなら着替えくらい用意してくるんでしたヨ」

 一応、肌着は町で買えるし、その他の日用品はダイナーの宿泊施設にアメニティグッズとして常備されている。欲しいものがあればその度に町で調達してるから特に不便はない。

 ただ、服は基本そのままだ。

 明治も命も、なんだかんだでその恰好が気に入っているらしい。私も、二人が買ってきてくれたグリーンのチュニックは割と気に入っている。

「そういう坊ちゃんは何でシスターの恰好なんでィ。男の祈祷師でも構わねェでしょうヨ」

 命は町の権力者に近付き、そのスキルでありもしない重病をでっちあげ、それを消したように見せかけて大金をせしめる、といった詐欺を繰り返していたという。確かに、男でもいいと思うのだけど。

「ダメダメ。小僧扱いされて、まず信頼してもらえない。町のお偉いさんに近付くことすらできない」

 多分、何度か試したんだろう。試行錯誤の結果が、シスターなのだ。

「修道女ならいいのかい」


「だってほら、ボク、可愛いでしょ?」


 臆面もなく言う命に、私たちは呆れる。

「そうだけどさ、自分で言うかな……」

「なんでェなんでェ、結局、色仕掛けかい。お前さん、散々『ボクは男だー』なんて主張するくせ、そういうとこはちゃっかりしてるんですネ」

「使えるものは何だって使うの」

「え、でもさ……命くん、そういうのって危ないよ」一応、女性として忠告しておく。「何て言うか、言いにくいんだけど――」

「あ、体を迫られたりしたらって話? 大丈夫だよ。ボク強いし」

 あっけらかんという命に、私は拍子抜けしてしまう。

「こう見えて、空手と中国拳法を習ってたんだ。将来アクションもやりたいと思ってたからね。フィジカルに自身あり」

 腰を落とし、左腕を曲げて右の拳を突き出し、拳法の型らしきものを披露する。

「だいたい、ボクにはこの右手があるからね!」

 突き出した拳を開き、掌底の形にする。別に触れられさえすれば拳でも足でも体でも構わないのだけど、気持ちの問題なんだろう。

「ああ、お前さんは触れられれば、それで勝負がつくんだもんネ。そりゃ強いヨ」

 幻の痛みを与えるスキル――その種類や強度は本人の匙加減だが、その気になれば気絶レベルの苦痛を与えることだってできるのだ。

「ちょっとでも離れれば、その瞬間に痛みは消えるんだけどね。まあ、その頃には完全に相手の戦意もスケベ心もなくなってるから」

「自分で蒔いた種とは言え、美少年も色々大変だねェ」

「本当だよ。ボクは男なのに、ちょっと気のあるふりしたら勝手に欲情して、ホントバカ。一度『ボクは男ですけど』ってカミングアウトしたこともあるけど、別に男でもいいよとか言われてさ――意味わかんない。サイアクだよ。キッモチ悪い――」

 

 ――まぁ、元の世界でも似たようなことはあったけど。


 最後にポロリとこぼす命。

 私は何かを言おうとして、結局何も言語化できず、全てを飲み込んだ。


「何か転移後の話題で盛り上がってるから勢いで聞いちゃうけどさ――と言うか、やっぱり聞いたらマズイかな、先生のこと」

 小首を傾げる命に、私は苦笑いをこぼす。

「変に気を使わなくていいよ。腫れ物に触るみたいにされる方が、私は嫌だから」

 悪事を働きながらも逃げおおせた二人とは違い、私はあわや首と体がサヨナラするところだったのだ。当時のことを思い出させたくないという気遣いは有り難いが、私自身、顛末以外はそんなに嫌な思い出でもない。

「そう? じゃあさ、ずっと気になってたんだけど……先生、そのサザンって町でスキル使いまくって人気だったんだよね」

 弾圧されるくらいにね、と言おうと思ったけど、やめておく。下手な自虐は空気を悪くするだけだ。

「それで見た目を変えてほしいって人で行列が出来てたんでしょ? そこがずっと引っ掛かっててさ――見た目変えてほしい人って、そんなにいるものなの?」

「そりゃァそうヨ」横から口を挟む明治。「前の世界だって、美容整形だのダイエットサプリだのは人気だったろ? お前さんみたいな美形にはピンと来ねェかもしれませんがネ」

「そんなことないよ。ボクはなくても、周りには整形してる人なんていくらでもいたし。顔や体型にコンプレックスを抱く気持ちは分かってるつもりだよ。でもさ、毎日行列ができるほどかな。1日30人にスキルを使うとして、1年365日×30だから、ええと……」

「10950人ですネ」

「そうそう。で、先生はこっちきて3年でしょ? だからかける3で……えっと、3万と、さんくにじゅうしちで……」

「32850人ですヨ。坊ちゃん、もしかしなくても計算苦手だネ。はァ〜、哀しいねェ。天才子役だ何だって持ち上げられても、ろくに学校行けてねェんだもんなァ」

「うるさいなあ! 学校はちゃんと行ってたよ! 行ってたけど、計算は苦手なの! 別に計算なんか、スマホの電卓機能を使えばいいじゃんと思ってたらさ、まさかスマホも電卓もない世界に飛ばされるなんて思わないじゃん!」

「それは思わないだろうね……それで、何の話だっけ」

「あー、また脱線した! えっとね、だから3万人以上の人間にスキル使ったってことでしょ? 先生のいた町がどれだけの規模か知らないけど、ボクが旅した感じだとこの世界の町って栄えていてもせいぜい2、3万人じゃん。そのペースでやってたら、町の人間残らず変身しちゃうよね。それなのに、ずっと行列が出来てたの?」

「なるほどね。命くんの疑問は分かった。でも、君はいくつか思い違いをしてる。およそ4つ」

「そんなに?」

「まず一つ目、活動期間。私は確かにこの世界に転移してから3年ちょっとだけど、変身屋――町ではそう呼ばれてたんだけど――として活動してたのは2年にも満たないよ。それまでは宿屋に居候して、似顔絵描きをしてたの。あまり売れなかったけどね」

「それが何の因果か人の恋路に首突っ込んで美女作り上げたら世界が一変、あれよあれよと変身屋稼業、ってェ訳ですか」

 妙な節をつけて明治が要約する。

「そうです。だけど、1日に変身させられるのは、多くても10人まで。一人一人面談して細かく注文を聞いて、実際に何度も変身を繰り返して微調整する必要があるから、そんなに数はこなせない。最初は来た人から依頼を受けてたけど、どんどん人を待たせるようになっちゃったから、途中から予約制に変えたの。だから行列はできない。これが二つ目と三つ目ね」

「行列はものの例えだよ。2年で1日10人でも――7120! 7120人だ!」

「イヤ、そんな簡単な計算でドヤ顔されても困っちまうんですけどねェ」

「いちいちうるさいなぁ。さすがに町の人口全部とはいかないけど、これだって充分すごい数だよ。そんなに変身願望ある人って多いの?」

「多いよ。単に顔や体型を変えるだけじゃないもの。若返らせることも、異性にも異人種にも、何なら異種族にだってなれる。規定の大きさ内で人の形をしていれば、どういう風にも、何にだってなれるんだから、我ながら魅力的だと思うよ。それに、7120人って数字が出たけど、これも正しくない。これが四つ目。リピーターが多いから、実際はゼロが1つ少なくなると思う」

「10回以上も変身してる人がいるってこと!? なんで!?」

 素直なリアクションに笑みがこぼれる。

「――命くん、周りに整形してる人がいたのなら、分かるでしょ? 整形って、依存性があるの。みんながみんなとは言わないけど、複数回、それこそ10回も20回も通っちゃう人ってのは、いるんだよね。顔や体型に強いコンプレックスがあって、自分は醜いと思い込んでる人は、私の所に来ちゃうと歯止めがきかなくなる。目はもっと大きく、鼻はもっと高く、顔は小さく、色は白く、腰は細く、胸は大きく、もっと、もっと、もっとってね」

「あー、いるいる。エスカレートしちゃうパターンね。途中でやめときゃいいのに、ってはたから見てると思うんだけどねー」

「前の世界の整形はメンテナンスが必要らしいから一概には言えないけどね。あと、依存性以外にも頻繁に見た目を変えたいって、本人以外が言ってくるパターンもある。この世界にもお芝居はあるから、劇団の主宰が貸衣装感覚で役者の見た目を変身させに来ることも多かったかな」

「何のリスクもなしに元通りにできるってのが大きいんじゃないですかネ」

「それもあると思います。あと、メンテナンスは必要ないですけど、最初に説明した通り強い衝撃を受けると変身そのものが解けちゃいますからね、そういう点でもリピーターは多かったですよ」


 あとは――と言いかけて、やめる。


 言葉を、飲み込む。

 リピーターのパターンはもう一つあって、それは、富と権力を持った男性が若い女性を連れて来るケースだ。胸をどうたら、尻をどうたら、ブロンズがいい、赤毛がいい、褐色なんてどうだ、たまには獣耳もいいな、なんて言いたい放題で――私が女性だから明言はしなかったが、まず間違いなく、そういうことだろう。

 風俗のオプション扱いだ。

 そう言えば娼館のオーナーが店の女の子を連れてきたこともあっただろうか。変身屋が教団化されてからはそういう客は受付の時点でシャットアウトされてしまっていたようだが、それでも私は嫌ではなかった。用途は理由はどうであれ、私の力で変身する人間は一人でも増えてくれた方が嬉しかったのだけど。

 

 ただ、この話をこの場で口に出すのははばかられた。


 こんな話を命にする訳にはいかない。


「しかし、あれですネ、そこまで千客万来だったのなら、さぞかしこっちの方も儲かったんじゃないですかい?」

 右手の掌を上に向け、親指と人差し指で輪っかを作る明治。なんとも俗物的なジェスチャーだけど、この人の俗物感はあまりイヤな感じがしない。ただ、その質問は的外れだ。

「儲かりはしません。料金は必要最低限しか頂かなかったので。貧しい人にも利用してもらいたかったし」

「でも、途中からマネジメントが入って、カルト教団みたいになったって話でしたよネ?」

「それでも基本は同じです。私はただ、私の力で人に幸せになってほしかっただけなので」

「先生って欲がないんだねーっ。ってか、お人好しすぎだよ!」

「……まァ、アタシらが欲深い下衆ってだけなんだろうけどネ」

「誰がゲスだよ!」

「下衆だろうがヨ!」

 いつかと同じようなやりとりを繰り返す。すっかり仲良しだな。本人たちは認めないだろうけど。

「でもさでもさ、最初に聞いた時も思ったけど、どう考えても先生は悪くないよね? それなのに悪用したみたいに言われてさ、何か理不尽だよ」

 義憤を抱いてくれたらしい。

 別に理不尽などではない。

 私は悪いし、嘘つきだ。

 ただ、これも言葉にはせずに、飲み込む。

 何でも飲み込む私のお腹は、中身は空虚なのに醜く膨らんでいく。

 結局、スープカレーは半分近くしか食べられなかった。

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