檜は電気を通さない
次の場面では一同揃って町に戻り、ギルド本部――と思わせている廃屋の前でミコとコダチと話す。
「ここで、さっき話した話が活きてきます。反手は受付嬢と顔を合わすのは気まずいので、クエスト受領はセイジのみ。その間、反手たち三人は建物の外にいる訳ですが――」
「いいよ、分かったよ。とにかく反手を褒めて持ち上げればいいんでしょ? ワッショワッショイ、ソイヤサーソイヤサーってね」
右肩の上、ありもしない神輿を上下させて命が言う。
腹が座ったというか、もうヤケクソと言うか。
実際、ここはそれだけの場面なのでさっさと流してしまう。
と言うか、すでに全員の役割配分は終わり、それぞれの意味合いもほとんど話してしまった。
あとは消化試合だ。
「次に向かうダンジョンって――ここ、だよね」
地面を指差しながら命が尋ねる。
「色々探したんだけど、位置関係から言ってここが一番手頃な物件だったの。案外、ちょうどいいダンジョンってないものなのね」
「物件って、そんなロケ地を探すみてェに――いや、ロケ地なのか、こりゃ」
言い直す明治。
そう。カメラもマイクもないけど、これはれっきとしたお芝居で、草原も森も町も岩山も湖畔も洞窟も、全てはロケ地にあたる。
観客は、反手楽太郎一人きりだけど。
「でも、店に迷惑がかからない?」
「大丈夫、反手の魂が送られてくる日はちょうど定休日だから。アンジュの口利きで利用許可もおりている。ここの店長、アンジュには開店協力してもらった恩義があるからね。私たちが仕事の手伝いをしてるって話したら、どうぞお好きに使ってください、だって」
このプロジェクトは異世界ダイナー協賛の元で行われている。
「……砂竜討伐のためにダンジョンを進んで――まず、このバジリスクってェ化け物ヘビを退治するイベントが発生するってェ流れなんですが、ここは反手に出番やんなくていいんですかい」
「そこはそれでいいんです。ここで敢えて、一回自分の無力さを思い知らせるんです。ここまでは適当に石を投げてればどうにかなったけど、それも限界がある。そもそもここは石畳で整備されていて小石の一つも落ちてないですからね。クエスト受領の後、一切装備を整えないでここに来てしまったので、当然武器もない」
「廃墟の町で店なんて一つもないんだから、買い物自体できないんだけどね」
「うーん、師匠の《幻覚》と私の《人物造形》を駆使すれば買い物イベントを作れなくもないんだけどね……。はっきり言って、余計な手間をかけるより、ダンジョンで拾わせた方が早い。自分の戦力不足を感じているところに、次の剣を拾うイベントへと繋げる訳」
「あ、もうバジリスクの下りは終わり? なんでわざわざスカートが切れるんですかって言おうかと思ったけど、もうその辺りのことにいちいち突っかからない方がいいみたいだね。いいよ、続けて」
命がブツブツ言っている。申し訳ない気もしたけど、スルーさせてもらう。
「これ――雷霆卿の使った雷剣・フルミネ、でしたっけ? 今更になってご都合主義だなんだって文句つけるつもりは毛頭ござんせんけど、こりゃいくら何でも、ですよねェ。クエストで出向いたダンジョンで伝説の武器を拾うなんて、ねェ」
「そうですか? 師匠が好きだったドラクエとかでもあったんじゃないですか?」
「そりゃゲームだからねェ!」
「ゲームで起きることは反手の身にも起こるんです。この世のあらゆるご都合主義を引き寄せる――そういうスキルなんです。そういうスキルだと、思い込ませるんです」
《豪運》は、無敵ですよ。
「これにより反手の自己肯定感は極限まで高まります。後は、成功体験だけです。強敵・砂竜をみんなと協力して討伐成功する。これにより、自分なんかダメだと拗ねていた反手の魂を浄化するんです」
「その辺りのことはアタシにだって分かってるサ。ただ、細かいことを詰めておきたいだけでしてネ――そもそも、この雷霆卿ってのはどういう剣士なんです?」
「……さあ? まあその名の通り、雷撃が得意な剣士だったんじゃないですか?」
「出たよ、出ましたよ! 適当なとこはトコトン適当だねェ! 拘るトコとの差が凄い! 段差だらけじゃないですかい! これが家だったら劇的ビフォーアフターに依頼される案件ですよ!」
懐かしいテレビ番組を例えに出す。
「別にいいんですよ。結局、ただのブランディングですから」
「ぶrrrらんでぃんぐ、ねェ……」
物凄い巻き舌で反芻する明治。
「そういうの、アタシらの世界では虚仮威しって言うんですけどネ」
「コケオドシでもシシオドシでもいいけどさ、その肝心の剣はどうやって用意するのさ」
命が言う。言い回しがだんだん明治に似てきたなと思ったけど、黙っておいた。きっと、物凄く嫌な顔をする。
「それはね、もう用意してあるの――はい、これ」
そう言って、私はテーブルの下に隠しておいた『雷剣・フルミネ』を取り出して二人に見せる。
「――って、これ、木じゃん!」
命が目を白黒させている。
「うん。この店の看板装飾に使われていたんだって。今は会員制になって看板自体を外して倉庫で埃をかぶってたから、借りたの。材質はヒノキって言ってたかな。軽いけど頑丈だよ」
「ひのきのぼう! ひのきのぼうじゃないですかい!」
「ヒノキの剣だって言ってんでしょ。そんな十年来の旧友に再会したみたいな声出さないでくださいよ。どれだけドラクエが好きだったんですか」
「いやいやいやいや、要するにこれ、木刀でしょ? どこが雷剣なのさ」
「町に行ってそれっぽい色に塗ってもらう予定だよ。あとはいつも通り、師匠のスキルで光り輝いているように見せればいい」
「……町に行くなら、そこで適当な剣を買えばいいんじゃないですかネ?」
明治の指摘はもっともだ。
「私も最初はそう考えました。実際、コダチの装備は町で揃えるつもりです」
「道着や日本刀なんて売ってるの」
「腕のいい職人がいるから、デザインを渡して作ってもらうつもり」
「道着とかはともかく、日本刀なんて簡単に作れる?」
「日本刀と言うか、それっぽい片刃の刀はこの世界にもあるから、柄と鍔だけオーダーメイドで作ってもらう感じかな。どっちみち、抜くことはないからそれでも充分だし」
「それで、フルミネは塗装だけ頼む理由は何なんですかい」
「そうでしたね、脱線しました。この理由は簡単で、さっきも言った通り、ヒノキ製は軽くて頑丈だからです。居合しかしないコダチと違って、反手にはこの後、フルミネをブンブン振り回してもらうことになります。99%の日本人がそうであるように、反手も剣術の心得などないでしょうし、ろくに働いてもいなかったようですから、筋力、体力は平均的な成人男性よりも下だと推測できます。そんな彼でも自由に扱える武器を、と考えるとヒノキの剣が最適解として導き出されるんですよ」
「はァ、いちいち理路整然としてるねェ……ぐぅどころか、ぱぁの音も出て来やしねェってもんですよ」
訳の分からない感心の仕方をしている。
「まあ確かに軽いもんね」
命がブンブン振り回している。14歳の子が振り回してるんだから、いくら運動不足のニートでも平気だろう。
「その剣は、この部屋の、このテーブルに置いておきます。刀身を光らせておけば神秘的な雰囲気に見える筈です」
実際は飲食店の客用テーブルに使い古しの看板の一部が置いてあるだけなのだけど。
「でもなァ――アタシとしちゃ、ちょっとした逸話の一つや二つは欲しいトコですよネ。そのあまりの切れ味ゆえに斬られた男はしばらく斬られたことに気づかずご帰宅、部屋着に着替え晩酌を始めた際に首の隙間から酒がこぼれ、初めて自分の首が斬られていたことに気が付いたってんだから驚きでィ、みたいなネ」
そういう噺があるのか、と聞きそうになったけど、すんでのところでやめておいた。話が長くなるばかりだ。
「暇があればどこかでそういう話をしてもいいですけど、今は先を急ぎます。伝説の武器を得た反手一行はダンジョンを抜け、いよいよ決戦の地へと出向く訳です――」
いよいよ、砂竜の登場だ。