塗り薬と将棋盤
次は湖畔。
……とうとう、きたか。
満を辞して――私の、出番だ。
まあ私は脚本家兼キャラクターデザインという裏方を担当している訳で、だからこそここまで役柄を担当しなくても文句を言われなかったのだけど、さすがに何もしないという訳にもいかない。
そして、私に務まるキャラなんて一人しかいない。
「女侍・コダチは、私がやります」
「いいんですけどねェ――どうして侍なんですかネ? 女騎士じゃあダメだったんですかい?」
明治が当然の疑問を口にする。
ミコが巫女要素を前面に出しながらギリギリ洋装だったのに、私はガチガチの和装である。
「もちろん意味があります。読み進めてもらえば分かりますけど、コダチの必殺技は無数の斬撃を飛ばす居合術なんですね。居合って、騎士じゃなく侍の技じゃないですか。だから和の侍をチョイスしたんです。じゃあなんで居合術なのかと言えば、当然、私に刀を扱う技術がないからです。剣術どころか、殺陣もできない。だから、私自身は腰に差した刀に手をかけるだけ。あとは師匠のスキルで飛ぶ斬撃と血飛沫を上げて倒れる敵の幻を見せてもらえばいいって寸法です」
「先生」
台本を見ていた命が、私を真っ直ぐに見る。
落ち着いた声音だ。
「ボクも毎度毎度ギャンギャン言いたくないよ。だけど、言わずにはいられないよね」
服が脱げる展開、いる?
「薄々感づいてたんだけどさ――ミコって、お色気要因な訳? ボク、安易なエロは作品を安っぽくするって言ったよね?」
「いいわよ。意見はどんどんちょうだい。答弁の準備はできている。何故なら、全てのことに意味と、必然性があるから。決して安易なエロではないよ。ミコをお色気要因にしたつもりもない」
「それは、何」
「『高いポテンシャルがありながらも致命的な制約がある』――セイジの長い詠唱時間、ミコのドジ、それがあることで反手の活躍の場を奪うほど強くなり過ぎず、かと言って追放されるほどお荷物にならないっていうバランス調整を行っている。ではコダチは何かと言えば、居合術に細かい制御はできないってところになる訳。近くにいる人間の衣服をも切り刻んでしまう」
「なんで服だけピンポイントで切れるの。おかしいでしょ」
「そこがギリギリの調整なの。服じゃなくて、皮膚まで切れてたらどうなる? 敵と同時に、ズタズタに切り刻まれてミコが倒れる光景を想像してみて。例え後で治癒できるとは言え、斬られた瞬間の痛みはある訳で、要するに洒落にならない、ってなるわよね。技を出すたびに味方までも傷つけるかもしれない剣士――そんな危険人物、仲間にしようとは思わない」
「服が切れるだけならいいってこと? そもそも、その説明って作り手の都合な訳で、服だけが切れる合理的な説明になってないよね」
「どこまでもしゃらくせぇガキだねェ……」
後ろで明治がボヤいているが、命は無視した。
「それはね、『どういう理屈でそうなってるのか分からないけど、現実にそうなっている』――だから、『そういうものとして受け取ってもらうしかない』ってことになるね」
「あ、ゴリ押しだ。説明を放棄するんだ」
「ううん、違う。下手に論理的な説明をしない方がいいこともあるのよ。別に、適当な理論を構築してガチガチに説明することは簡単だよ。でも、敢えてそうはしない。無理して組み立てた論理は必ず破綻する。だったら、最初から何も説明しない方がいいの。そうすると相手は勝手に、これはそういうものなんだって納得してくれるのよ」
「ええ……何だかなあ……」
納得がいかない様子の命。
それはそうだろう。
理屈と膏薬はどこにでも付く。
私の手は、すでにベタベタだ。
「ちなみに先生、この『コダチ』ってぇ名前はどこから出たんです?」
命の抗議が一段落したところで、明治がまた当然の疑問を口にする。
「それは私がこの世界に転移してからずっと名乗ってた名前です。呼ばれ慣れている名前の方がやりやすいと思って」
「ですから、その名前はどこから?」
「……特に意味はないですよ。私、名前に関しては拘りないって言ったじゃないですか。語感とか字面とかで、適当です」
「はァ、そうですか……」
引き下がる明治。
そう、そもそものネーミングは語感や字面で適当に決めた。
――御剣小太刀。
かつて私はそのペンネームで漫画を描いていた。ペンネームの決め方など、そんなものだ。そしてこのペンネームのことは、二人に話すつもりはない。
そんな漫画家は、異世界転移した瞬間に消えたのだ。
私はわざとらしく咳払いをして本題に戻る。
「ここですね、コダチ、及び彼女が使う居合術も重要なんですけど、それ以上にストーリーラインというかキャスト周りが複雑なんで、説明させてください」
「ここに来て初めて言葉を話すモンスターが登場するんだよね」
「もしかしなくても、これはアタシが演じる訳ですかい」
「察しがいいですね、師匠」
「まァ分かりますわな。その直前に不自然に場を離れるんですから」
「これ、オークだっけ? まさか賢者とオークが同一人物だとは思わないもんねぇ」
「だと思うけどね――ここは師匠の演技力にかかっています。うまいこと声音を使い分けてもらう必要があります」
「任せてください。大船に乗ってピースボートで世界一周クルーズなんつってね、演じ分けは落語家の十八番ですから」
胸を張る明治。ここは任せてよさそうだ。
「って言うかさ――なんかここ、話運びが強引じゃない?」
「何だい何だい、次から次へと脚本批判が湧いてくるネ。アタシも毎回しゃらくさいって指摘するのも邪魔臭いからサ、今度からお前さん、自分で名乗ったらどうだい。『どうも、味春亭写楽です』ってさ」
「なんでオジサンのトコに門下入りするのを前提に話してるのさ。ボク、絶対に落語家なんてならないからね。そもそも、この見た目なんだから、強いて言うなら『シスター・シャラク』でしょ――ってか、そもそもしゃらくさくもないからね!」
長いノリツッコミだったなあ、だなんて感心してる場合でもない。
「このシーンの流れねえ――正直、私も色々無理やりだとは思う。多分、この世のあらゆる『ご都合主義』が、ここには詰まっている。でもね、堪忍して。ここまで何度も言っている通り、反手の見せ場は必ず作らないといけないの。その上で、新キャラの有能さと厄介さもアピールしないといけない」
「ここ、コダチは普通にオークを倒せてたところを、わざわざミコに余計なことをさせたことで反手に活躍の場を与えたってことだよね。あと、セイジがその場にいないのも同じ理由だよね。演じる役者がいないってのもあるけど」
「そう。最優先は反手に自己肯定を与えることだから」
「それで、修行と仇討ちを最優先に考えている女侍が、勘違いを重ねて反手に弟子入りする訳だ? ……まぁ、そうですかって感じだよね……」
命はもう意見する気にもならないらしい。
それはそうだ。
「結局、セイジもミコもコダチも、反手楽太郎って男一人を誉めそやして持ち上げて肯定していい気にさせる舞台装置なんですもんネ。いいじゃねェですか。幇間、太鼓持ち、上等ですよ!」
セイジが腕まくりをする。
そう、それでいい。
セイジもミコもコダチも、それを演じる明治も命も私も、皆、同様に駒に過ぎない。
これは異世界を舞台にした盤上遊戯なのだ。
だから駒の思想や思惑など、ないに等しい。
これで、いい。
これが、いいのだ。