犬耳ドジっ子巫女は嫌いですか?
ギルドの場面は実際に動きつきで練習してみたが、やはり命の演技力、飲み込みの速さは凄まじく、ラストのドタバタもすぐできるようになった。さっきの説明で納得してくれたからか、私が想像していたよりも無様に演じてくれた。素晴らしい。ここも問題はなさそうだ。
続いては岩場ゾーン。
「お待たせ、命くん、出番だよ」
「いやいやいや、割と出ずっぱりだけど!? 何なら、台詞の総量はオジサンより多いけど!?」
「いやぁ、あれだけの台詞を何度か練習しただけですぐ覚えられンだから、やっぱり大したもんですよ。さっきは胸糞悪ィこと言ってスミマセンでしたね。気ィ悪くしないでもらえると助かりますよ」
「うん、まあ、あれはボクも悪かったから……」
このタイミングで仲直りしている。明治も口は悪いが根に持たない、サッパリした性格らしい。って、また脱線してる。
「ええとね、出番ってのは役者としてじゃなくてスキルの話。命くんの《幻痛》、ここまで使うタイミングがなかったでしょ? ここからは重要になるから」
「……今読んでるけど……このスライムに襲われている新キャラが関係してるの?」
シーンの冒頭に目を通しながら命が尋ねる。まだ受付嬢の姿のままだ。戻してあげようか一瞬迷ったけど、やめておいた。
「そ。彼女は回復役なんだけど、それを表現するために《幻痛》を使うの。師匠の《幻覚》と合わせて、ありもしない傷を作って、消すってマッチポンプをするのね。君がその方法で荒稼ぎしていたみたいに、ね」
「……うん……」
微妙な返事をされてしまった。台本を読み進めているらしい。それはいいのだけど、だんだん顔が曇っていくのが気になる。
「あと、いよいよセイジの魔術も本邦初公開ですよ。これも《幻覚》と《幻痛》のコラボで見せます。いや、ここは『魅せて』ください。魅力の魅の方の『魅せる』ってことで」
明治がビジョンを出し、命が熱や風圧を伝える。現実世界を舞台にした4DXだ。
「……そう、だね……」
だけど、明治の返事もつれない。こちらも、何だか引っ掛かっている様子。
「気になることがあったら、どんどん言ってくださいよ」
「じゃァ言わせてもらうけどサ――この、詠唱ってのは何だい?」
「詠唱と言うのは呪術的な文章を読み上げることです。元々は詩などに節をつけて読み上げることを指していて――」
「詠唱そのものが何かを聞いてるんじゃないよ! 先生、そのネタ好きだね! ウィキペディアの親戚か何かかい!?」
「そんなこと初めて言われました」
「アタシも初めて言ったよ。そうじゃなくて、ここ、ト書きで『小声で何かゴニョゴニョ言っている』としか書かれてないんだけどサ、具体的に何を言えばいいんです?」
ここは正直に言った方がいいだろう。私は手を合わせる。
「ゴメンナサイ! そこは間に合いませんでした! 詠唱の内容、もうちょっと待ってもらってもいいですか」
「そりゃもちろんいいけど、十分間唱えるんでしょう? こりゃ大した文章量だ。考えるのも覚えるのも大変ですよ。……それよりも、だ……」
口元に手を当て、何やら思案を始める明治。
「師匠?」
「……うん、アタシが考えますよ。一つ、思いついたことがある。先生に考えてもらったんじゃ、覚える手間がかかりますからね、ならテメェでこさえた方が早くていいや」
「大丈夫ですか?」
「要は、何かブツブツ言っている雰囲気が出れば内容はなんだっていいんでしょう?」
「そうですね」
「なら、うん、多分いけるよ。できたら教えます」
まさかの申し出に、何だか拍子抜けしてしまった。仕事が減ったのは確かだが、何を思いついたと言うのだろう。
「念のために聞いときますけど、これ、十分って時間は短くならないんですね?」
「そうですね……実際どのくらいの時間になるか正確なところは分かりませんけど、そのくらい見積もっておけば確実です」
「長い詠唱時間ってのは、やっぱラクちゃんの見せ場を作るためですかい」
「はい。この場面で初めて、反手は自分の意思でスキルを戦闘に使うんです」
「豪運は自動発動だから思い通りにいかないんじゃなかったんですかい?」
「日常場面では、そうですね。ただ、戦闘や勝負事では当然発動する訳で、自動発動とは言っても何かしらのトリガーは必要です――と言うか、そう思いこむように誘導するんです」
「……ああ、《豪運》なんてスキルは実際には存在しないんですもんね。何だかアタシらまで錯覚していけない。ありもしないものをあるように見せかけるために、その都度セイジがうまいこと導いてやる必要がある訳だ」
「反手がアクションを起こすことで、事態が好転する――成功体験を得ることができる訳です。一番大切なのはここです。自己肯定感を高めるために、こまめに勝利や成功を体験させなければいけない。活躍の場を与えないと駄目なんです。短い詠唱時間でさっさと魔物を倒す賢者では困るってことですね」
「……だったらセイジの見せ場なんて作らず、最初ッから最後まで反手一人でやっちまえばよくないですか? こういうの『無双』って言うんでしょ?」
「……そこは私も悩んだんですケド、仲間はある程度優秀であった方がいいと思うんですよね。ただ反手を持ち上げるだけで何の役にも立たないお荷物、足手まといばかりが仲間じゃ、信頼関係が築きづらいと思うんです」
「そうですかい?」
「これは容易に想像がつくんですけど、持ち上げっぱなしでは人は確実に増長するし、貰いもののスキルで何一つ努力も苦労もしてないくせ、ここまでの成功は自分一人の実力だと勘違いするようになります。お荷物はいらない。そうすると、どういう行動に出ると思います? アンタ、このパーティーから抜けろと、こうなるんです。追放されてしまう訳です。そうすると台本が崩壊してしまう。しまった、調子に乗せすぎたと後悔しても、もう遅い」
「ナルホド。反手には活躍の場を与えつつも、こっちの実力も認めさせないといけねェって寸法だ――面倒だねェ!」
「メチャクチャ面倒ですよ。だからパーティーメンバーの能力は、『高いポテンシャルがありながらも致命的な制約がある』という具合に揃えました。セイジの長い長い詠唱時間は、そういう意味がある訳です」
「合点承知の助六寿司でございます。詠唱はしっかり考えておきますからネ」
詠唱一つで随分熱く語り合ってしまった。
私はテーブルの上に置かれた瓶詰の聖水を手に取り、一気に半分もあけてしまう。魔力を回復する効果があるらしいが、今の私にとってはただ喉を潤すだけの代物だ。
「――どうしたヨ、坊ちゃん。えれェ静かだと思ったら、一週間連続で給食に嫌いな物が出た小学生みたいな顔してんじゃねェのさ」
ずっと黙って台本を読み込んでいた命。それだけ集中して読んでるのかと思いきや、何やら様子がおかしい。
「――それ、どんな顔さ。それにボクもう小学生じゃないし」
眉間に皺をよせ、しかめっ面で命は答える。不機嫌さを隠そうともしない。
「どうしたの? 何か気に障るようなこと、あったかな」
「気に障るって言うか――この回復役の新キャラって、やっぱボクが演じるんだよね?」
「分かる?」
「分からない訳ないよね。『ミコ』って、僕の名前から取ってるんじゃん」
「いや、うん、本当に命くんには負担が大きいし、申し訳なく思ってるんだけど、これが最後だから! ここはどうしても命くんに演じてもらいたいの!」
女神や受付嬢もそうだが、私が演じる訳にはいかないのだ。自分自身に《人物造形》は使えないし、仮に使えたところで私の演技力が追い付かない。
「それはいいんだよ。一度に色んな役柄を演じられるのは楽しいし、それは全然問題ない」
「じゃあ何が問題なの?」
「キャラクターだよッ!」
ダン、と石のテーブルを叩きながら怒声をあげる命。
「え? 何これ!? 犬耳で? 童顔で? モンスターに襲われて『ふええ』『はわわ』って? 助けてもらったら速攻で懐いて抱きついて胸を押し付けて? おえええええっ! ボク、こういうオタクに媚びたみたいな露骨なキャラって生理的に無理なんですけどッ!」
「何だい何だい、安易なエロの次はキャラ批判かい?」
気色ばむ命の横で、明治までもが眉をひそめる。
「お前さんはいつからそんなに偉くなったんでェ」
「演じるのは僕なんでね! オジサンはいいよ、大賢者の末裔だもんね。それなのに、ボクはなんでこんな、取って付けたような萌えキャラなのさ!」
「……命くん。言わずもがなだけど、取って付けたような萌えキャラではないよ。この『ミコ』ってキャラも、全てに必然性があってこうなってるの」
「へえ! じゃあ説明してよ!」
「言っておきますけど、全ては命くんのスキルのために作り上げたんだからね」
「ボクの《幻痛》のため?」
「そ。君のスキルは便利だけど、唯一にして最大の制約が、触れていなければ発動できないってこと。この後、師匠のスキルと合わせて様々な臨場演出をしていくんだけど、その場その場で手を握ったり体を寄せたりするんじゃ、不自然でしょう。ならばどうするか――常にしがみついていればいい。それが自然な状況であるよう、反手に思わせるの。じゃあ、常にしがみついているのが自然な状況って何? ってなるわよね。そこで頭を捻ったの。例えば精神的に未成熟で、他者への依存心が強く、いのちの恩人を『ご主人様』呼びしてくっついて離れようとしない人格にしたらどうだろう――だったらビジュアルも庇護欲をかきたてるようにしないといけない。必然的に幼くなる。人懐っこさを際立たせるために犬要素もプラスした。で、さっき師匠との話でも出たけど、『高いポテンシャルがありながらも致命的な制約がある』部分に関しては、治癒・修復という能力そのものではなく、浅慮で粗忽っていうキャラの特性の方に加味しました。平たく言えば、ドジっ子ってことね。だから全体的に言動は幼いし、君が言うところの『オタクに媚びたみたいな取って付けた萌えキャラ』になってしまう。でも、今説明した通り、全ては命くんのスキル発動を自然に行うためなの。そこは飲み込んで」
「そう――だったのか。はぁ、そこまで考えるんだ……」
素直に受け取ってくれた。
この辺り、大人びて見えてもまだ子供だな、と思う。
それとも私が漫画家だから、説得力を感じてくれているのだろうか。
だんだん、良心の呵責も感じなくなっていた。