表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ウソツキ・ファンタジー  作者: たもつ
13/40

必要なもの

 言い聞かすように、憐れむように、黒猫はそう言う。

「あんな馬鹿な真似たぁ、どういう――」

「いい加減にしてください。言いましたよね。私は神の使いです。つまり、神と同等なんです。何だってできるし、何だってお見通しなんです。すでに制裁を受けている古井戸白羽は当然として――味春亭明治、比良命――アナタ方が何をしてきたのかなんて、全て筒抜けなんですよ。神を誤魔化そうなんてしないでください。アナタ方――いいですか? この世界に転移されるにあたって付与されるスキルはあくまで救済処置です。別段、勇者や英雄になれなんて言っている訳じゃない。ただ、自分を守り、大切な人を守るのに使ってください、常識の範囲内で欲得に使うのは咎めませんが、決して悪用はしないでください、誰かを騙したり陥れたりするのに使ってはいけません――そう、スキル付与の際に説明があったはずです」

「いやいや、お言葉ですがね、こっちだって、食ってかなきゃいけねェんですから。なりふり構っていられませんや」

「ほう。生活のために、仕方なく悪事に手を染めた、と?」

「そりゃそうです。好き好んで悪の道に進む与太郎なんていりゃしません」

 不意に上を向くアンジュ。

 どこからかいくつもの紙がバサバサと落ちてくる。写実的なスケッチ画のようだ。こちらの世界で言う写真みたいなものか。

 そこには、両端にウンディーネをはべらせて上機嫌で酒杯をあおる明治の姿があった。他のスケッチも似たようなものだ。フェアリー、ニンフ、シルフにマーメイド――様々な種族の飲み屋で浮かれポンチになっている元落語家の姿が描かれている。

「豪遊三昧ですね。飲む打つ買うは芸の肥やしという訳ですか。大体アナタ、そんな王侯貴族みたいな格好して生活に窮していたは無理がありますよ」

 ブレーにコット、シュールコーにロングブーツ、おまけに至る所に宝玉があしらわれている服装を見て鼻で笑うアンジュ。命もそこまで露骨ではないが、絹で作られた修道服は高級そうだ。私だけ囚人用の粗末な麻の服で、余計にみすぼらしい。アンジュの口ぶりからこの二人もスキルを悪用して詐欺行為をしていたようだが、うまく逃げおおせてきたらしい。

 だがさすがに神の使いは誤魔化せない。それまでふてぶてしい態度を崩さなかった明治は一転、アンジュの前に手をつく。

「そこまで悪いことなんて思ってなかったんですよォ。もうしません! 後生ですから堪忍してください。この通り! ネ! アンジュ様! アンちゃん!」

「誰がアンちゃんですか。ご心配なく。神罰を与えるとか、そういう話ではありません。神罰を与えるのなら、もうとっくにやっています。アナタ方全員の頭上に雷を落とすことなんて造作もないんですから」

「なんかさっきから、こっちばっか一方的に悪者にされてるけどさ、こんな面白い物を与えられたら、そりゃそうなるでしょ。スキル与えたそっちサイドにも責任があるんじゃないの」

 つまらなそうに命が言う。罰を与えられるわけではないと分かった途端に強気だ。現金な子供だな。

「アナタに指摘されるまでもありません。おかげで私は減俸です。全く、いい迷惑ですよ」

 そう言って、またガツガツとマタタビサラダを食らう。そりゃ、マタタビでも食べないとやってられないだろうな。

「それに、今回の件を受けてシステムが大きく変わりまして、異世界転移者はこれからもたくさん迎え入れますが、スキル付与は廃止されました。悪用が後を絶たないのでそうせざるをえなかったようです」

 皿に視線を落としながらアンジュは続ける。私たちは顔を見合わせる。何の話が始まったのだろう。

「それに伴い、そもそも『転移』ではなく『転生』にすべきではないかという論調が強まりました。いきなり異世界に放り出すから対抗する力が必要になる訳で、現地人と同様に赤子からスタートするならスキル付与は必要ないという考え方ですね。結果から言えばその案は採用された訳ですが、今度はまた新たな問題が出てきました」

 三人とも真剣にアンジュの話に耳を傾けている。着地点はまだ見えない。

「『転生』と言っても、必ずしも人間になれる訳ではないんです。別の種族であったり、動物であったり魔物であったり、様々です。そしてそれはどうやって決まるかと言えば、魂のバリューです。価値ですね。平たく言えば、強く賢く美しく、高潔で尊い魂はランクが高く、そうでないモノはランクが低い。弱く愚かで醜く、卑劣で卑しい魂は、邪悪なモンスターにしかなれないという図式です」

 スラスラと機械の使い方を説明するように転生のシステムを教えてくれる。面食らったけど、分かりにくい話ではない。来世がよくなるように現世で徳を積みましょう、みたいなことだ。

「人間になるのって、そんなにハードル高いんだ……」

 命がひとりごちる。

「大変ではありませんよ。別に、完璧超人の聖人君子であれと言っている訳ではない。凡庸でも善良に、普通につつましくくらしていえば大抵転生後は人間でいられます。そもそも、人間自体がさほどランクの高い存在ではないですから。ただ――」

 と、そこで私たちの顔を見回すアンジュ。

「ここ最近は、魂の平均点が下がっているようです。明らかに不浄な魂が増えた。このまま転生システムに移行すれば、この世界は邪悪なモンスターで溢れてしまう。これはよくないと言うことで、転生前に一旦この世界に転移させて、魂を浄化させた上で転生させるのはどうかという案が出ました。ソウルロンダリングとでも言うんでしょうかね。手間ですが、確実です。ただそうすると、その人員はどこから捻出するんだ、という問題に行き当たります。予算も人員もカツカツですからね。誰もやりたがらない。ならば外部委託するのはどうかとなりまして、その選定は私に一任されました」

「ちょちょちょ、ちょっと待ってくださいヨ」

 明治が慌ててストップをかけるが、アンジュはにべもない。

「待ちません。それで私も色々リストアップを続けていたんですが、そもそもの元凶は何かと考えたんです。ソウルロンダリングプロジェクトが立ち上がったのは不浄な魂が増えているから、それで困るのは転移から転生に移行するから、移行に踏み切ったのはスキル付与が廃止されたからで、廃止されたのはスキルを悪用する不逞の輩がいたからで――それはつまり、アナタたちですよね」


 だから、アナタたちにやって頂きます。


 原稿を読み上げるようにスラスラと話を突き付け、最終的に巨大な白羽の矢が私たちの脳天を貫く。

「言っておきますが拒絶という選択肢はありませんから」

「待てって言ってンだよォ!」

 明治が悲痛な声をあげる。

「大人しく聞いてりゃなんだいさっきから! 訳の分からないことばかりベラベラ捲し立ててさァ!」

「訳は分かるでしょう。これ以上に噛み砕いて説明することはできませんよ」

「魂の浄化? ソウルロンダリング、だっけ? そんなのボクら人間にできる訳ないじゃん。そっち側の仕事でしょ」

「人員が足りないから外部委託することにしたって言ったでしょう。それにこれは人間でも可能ですし、可能な魂しか担当させません。稀代の悪党を改心させろなんて言いません。送られてくるのは、不満と不遇と、孤独と絶望を抱えて死んでいったドロッドロに濁った魂です。その短い生涯の中で、誰にも受けいられず誰にも認められず誰にも必要とされなかった存在です。ですから――その真逆の扱いをすればいい」

「えっと、あの、具体的に何をすればいいんですか」

 眼鏡のフレームを持ち上げながら、私は言う。


「一芝居打ってほしいのです」


「芝居ーっ!?」命が素っ頓狂な声を上げる。「え、何!? その残念な人を持ち上げるために、劇団を立ち上げろって言ってるの!?」


「英雄譚を作ってください」


 ここに来て初めて、具体的な案を出すアンジュ。

「異世界転移によって授けられたスキルで労せず最強になって、周囲から持ち上げられて、無敵状態で活躍するような話――そんなのはどうでしょう」

「どうでしょうって言われても知らねェよ! 北海道のローカルバラエティじゃねンだよこっちは!」

 その例えは通じないだろうと思っていたら、案の定スルーされた。

「そんなに難しい話ではありません。何度も言いますが、送られてくる魂は前の世界で全く認められず、評価されず、見向きもされず、愛されなかった――そんな存在です。それで濁った魂なら、全く逆のことをすればいい」 


 必要なのは、肯定です。


 必要なのは、満足です。


 必要なのは、評価です。

 

 必要なのは、承認です。


 必要なのは、賞賛です。


 必要なのは、愛です。


「可能ですよね。皆で寄ってたかって持ち上げればいいだけです。できますよね。嘘をつくのは得意な筈です。語る、演じる、ストーリーを作り上げる――アナタ方の本職じゃないですか」

 売れっ子落語家、元天才子役、そして売れない漫画家にそれぞれ視線を送って、アンジュは続ける。

「その魂は二週間後に送られてきます。場所と日時は決まっているので、それに合わせてお芝居を開始してください。物語や役柄はアナタがたに任せます。期間の規定はありませんが、嘘を押し通し続けることを考えればできるだけコンパクトに収めた方がいいでしょう。一連の話が終わったら、そこで魂の査定に入ります。アナタ方のお芝居がうまくいったいかなかったに関わらず、話が終わればそこで終わりです。逆に言えば、途中終了させられる心配もないということですが」

 コンテストの募集要項を読み上げるように話を進めていくアンジュ。だけど、私たちはまだ半分も飲み込めていない。

「えっと、授けられたスキルで最強になる英雄譚って、それで、その人はどんなスキルが与えられるんですか?」

「与えられませんよ」

「え?」

「話を聞いてなかったんですか。スキル付与は廃止されたんです。ですから、ありもしないスキルをあるように見せかけて、いもしない敵をバッタバタと薙ぎ倒すように、見せかけてください。アナタ方なら、それができる筈です。そこを見込んでアナタ方3人を選定したんですから」

 ただの罪と罰ではなく、能力を見込まれての人選だったらしい。確かに――私のスキルなら、色んな登場人物を産み出すことは、できるけど。

「ねえ、さっき拒否権はないって言ったけど、どういうこと。逃げたら雷でも落とされるの」

 アンジュの話を必死で咀嚼する私の横で、いまいち乗り気ではないらしい命が後ろ向きなことを言う。

「やろうと思えばそうすることは簡単ですけど、恐怖や暴力で人を支配下におくのは私のやり方ではありませんから――鞭ではなく、飴を与えます」

「飴? ハッカ以外がいいですねェ」

 混ぜっ返す明治は当然スルーされる。

「このプロジェクトが成功した暁には、アナタ方を元いた世界に転生し直すことができるように《上》に打診する、と言ったらどうですか」

「そりゃ本当ですかい!?」

 目の色を変える明治。この落語家も大概現金だ。

「ええ。先程も申し上げた通り、ストーリーや役柄はアナタ方に任せます。どうぞ、存分に(だま)して(かた)って(たばか)って、()かして(はか)って(いつわ)ってください」

 

 上を向く。


 また、紙が落ちてくる。


「すでに送られてくる魂は決まっています。高校を中退してバイトを転々とした挙句に怪しいビジネスに手を出して借金を作って自殺した青年の魂です」


 名前は、反手楽太郎。


「まずは、彼の魂を浄化して頂きます」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ