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ウソツキ・ファンタジー  作者: たもつ
12/40

序章

 ――2週間前――

 薄暗い地下牢の中、私は膝を抱えてうずくまっていた。

 粗末な麻の服と最低限の食事、不衛生な牢獄。


 どうしてこうなったんだろう。


 明日の朝、私は衆人環視の中で処刑される。


 どうしてこうなった――いや、なるべくしてなったのか。

 夢を見て、勘違いして調子に乗って、失敗して、そんなことを『向こう』と『こちら』で二度繰り返して――馬鹿な女にお似合いの末路だ。

 もう涙も枯れ果てた。 

 望むなら、処された後は消えて無くなりたい。

 もう『転移』も『転生』も懲り懲りだ――。


「顔を上げなさい」


 どこかで声がした。

 幻聴だろう。明日の朝まで人が来ないことは分かっている。『民衆を扇動した邪悪な魔女』には面会人すら訪れない。


「顔を上げろと言ったのが聞こえなかったのですか――古井戸(ふるいど)白羽(しらは)


 ガバ、と顔を上げた。

 その名前で呼ばれたのはいつぶりだろう。


 視線の先に、黒猫がいた。


「ついてきなさい」


 そう言って先を行く喋る黒猫。

 檻の入り口は開いていた。

 何故猫が喋るのか、何故私の名前を知っていたのか、何故檻が開いているのか、聞きたいことは山ほどあったが、聞く相手はすでに視界からいなくなっていた。


「移動します」

 地下牢から地上に出てすぐに黒猫が言う。何かを問いかけるより早く、私たちは大きな光に包まれ、次の瞬間にはどこかの大きな木の前まで移動していた。

 瞬間移動、か。

 驚くには値しない。


 ここは、そういう世界だ。


 そういうスキルを持った猫がいたって、いい。


「今のはスキルとかじゃありませんからね」


 ……心を読まれた、のか?

「読んだらどうだって言うんです。先に言っておきますけどこれもスキルではないですから。説明は全員揃ってからにしたいので、さっさと入ってもらっていいですかね」

 大きな木の根元には大きな穴が空いていて、その先は洞窟になっているようだった。

「入ってって――真っ暗じゃないですか。危ないですよ」

「入口だけです。壁伝いに歩けばすぐに明るくなりますから。人を待たせているので、早く行きますよ」

 言いながらさっさと洞窟に入って行ってしまう。

 ここに置いていかれても仕方ないので、私もその後を追う。

 猫の言う通り、暗いのは入り口だけですぐに明るくなる。人の手が入っているのか、洞窟の壁には定期的に火のついた燭台が設置されていて、地面も歩きやすいように石畳が敷き詰められていた。


「いらっしゃいませ」

 しばらく歩くと、エプロンドレスのエルフが声をかけてくる。

「アンジュです。先に連れが待っている筈ですが」

「いつもお世話になっております。この先です」

 如才なく案内される。

「え、お店なんですか、ここ」

「会員制隠れ家ダイナーです。詳しい説明は席についてからします」

 後ろを振り返らずに、猫は言う。今どんなことを聞いても意味はなさそうだ。あと、さっきの店員は猫が来店して喋ったことに何の疑問も抱いていないようだった。常連らしいし、慣れているのだろうか。

「私のこの姿はこの世界にいるための依り代のようなもので、決して私そのものが猫な訳ではありません。失礼にあたるので、今後一切猫扱いはしないよう、忠告しておきます」

 そうだ、心を読めるのだった。

 ピシャリと言い放つ猫――アンジュにこれ以上何も言うこともできず、私はただ黙って足を進めるのだった。


 数分歩いた所で、開けた空間に案内される。

「では、ご用がありましたらお声かけください」

 店員エルフが下がる。どうやら個室に案内されたらしい。

 個室と言っても、壁はゴツゴツした洞窟の岩壁のままである。ただ、火のついた燭台が多くあるので、暗くはない。

 中は薄暗く六畳ほどのコンパクトな空間で、中央に石造りらしきテーブルが置かれ、四脚の皮製らしき椅子がある。

 先客は二人いた。


 一人は痩せぎすで貴族風の服を着た色白細面の中年男性。


 一人は修道服に身を包んだ少女で、息を呑むほど美しい。


「お待たせしました」 


 そう言ってテーブルに乗り、中央を陣取る猫。

 私は空いている席に腰をかける。

「思ってたより早くて助かりましたヨ。アタシらここで飢え死にするのかとヒヤヒヤしてたんですがねェ」

「ねえ、もうお腹ペコペコなんだけど」

「では先に注文を済ませてしまいましょうか。メニューを開いてください」

 何だこれ。

 一切の説明がないが、とにかくオーダーが先らしい。

 メニューを開くと、この世界独自のザラシ文字と日本語が併記して並んでいる。私も丸3年をこの世界で暮らしてザラシ文字もある程度読み書きができるとは言え、まだ日本語の方が馴染みが深い。

 メニューに並ぶ料理もまた、馴染み深いものだった。

「このコカトリス串盛り合わせってのは、要するに焼き鳥のことですかい?」

「塩とタレが選べます」

「じゃあ全部塩でいいですかねェ」

「森の泉のヌシの刺身盛って美味しいの? 光物ダメなんだけど」

「別に、ただの淡水魚ですよ。しっかり処理してあるので、クセはないです。むしろ淡泊な味わいですね」

「……何かオススメとかあるんですか」

 中年男性とシスターがどんどん注文してしまうので、メニューに詳しいらしい猫にオススメを聞いてみる。

「サンドワームのチャンプルーなんてどうですか。最初は抵抗あると思いますけど、固定ファンが多いんですよ」

「じゃあそれで」

 正直言うと、そんなに食欲はない。

 処刑直前で意味も分からずここに連れて来られたのだから、食欲などあろう筈がない。

 店員を呼び、それぞれ思い思いに注文する。

 猫はマタタビサラダなるメニューを注文していた。

 やっぱり猫じゃないか――という心のツッコミはしっかり届いている筈だったけど、無視された。思ったことにいちいち反応していたらキリがないからだろう。

 これで、少し落ち着いた。

「では、遅ればせながら自己紹介をしましょう」


 ――私は神の使い、天使アンジュ。


「アナタ方の魂を配置管理する部署の責任者です」

「神の使いたァ、また大きく出ましたねェ。これからは神棚に鰹節をお供えしないといけない」

 男性の軽口をアンジュは無視した。

「では、次はアナタ」

「アタシ? ええ、どうも――(から)の頭を叩いてみても、文明開化はまだ遠い。味春亭(あじしゅんてい)明治(めいじ)、45歳です。落語家を生業にしてまして――まァ、それも前の世界の話ですけどネ。この世界に移ってから、もう5年になりますナ」

 何だかやたら軽妙な話し方をするなと思っていたら、落語家だったらしい。

 というか。

「え、味春亭明治って、あの味春亭明治ですか? 私知ってます。テレビとかいっぱい出てたし」

 以前の世界の記憶だが、普通に有名人ではないか。バラエティの司会とか、映画やドラマにも数多く出ていた気がする。さすがに高座を見たことはないが、それだけメディア露出していたということは、かなり売れっ子だった筈だ。

「おっと、アタシのこと知ってくれてンですか? 嬉しいねェ。地獄に仏、掃き溜めに鶴、異世界に女神ですよ」

 そう言って手を合わせて見せる。この人、軽いんだけどいちいちくどいな。

「なら次の方も知っているのではないですか。自己紹介を」

 振られた美少女シスターが座り直す。

「どうも――比良(ひら)(みこと)です。役者やってます。転移歴は2年です」

 その名前には聞きおぼえがあった。

「あ、知ってますよ。天才子役って言われてましたよね」

 十年くらい前だが、一時期やたらテレビや映画に引っ張りだこだった記憶がある。『天才子役』なんてよく聞く呼び名だがその実力は本物で、毎週別の家族と人格交換が行われるという異色ドラマ『交換家族』では小学二年の末っ子ながら、中年サラリーマン、主婦、男子大学生、女子高生、老婆と人格が入れ替わるという無茶な役柄を見事に演じ切り伝説になった程だ。

 ただ、記憶の中に違和感がある。

 その違和感を、明治が口にしてくれる。

「でも天才子役・比良命って、男の子じゃなかったですかい?」


「ボクは男ですけど」


 じろりと、睨みつけられる。

「ご、ごめんなさい! 私うっかり――」

「これは失礼いたしました。容姿が整いすぎてるてェと、性差が分かりづらくなるんですねェ」

 落語家も素直に頭を下げる。

「まあこんな格好なんで間違われるのは無理ないから、怒ってはないですけど。声変わりもまだですし」

 修道女姿でそう言う命。

「命クンは、今いくつだい?」

「14です」

「……ちょっと遅い気もするけど、まァ許容範囲内ですかねェ」

「女性っぽいと言うより、大人っぽいんだね……」

 私も思わず感嘆の溜息が出る。ぱっと見には17歳くらいにしか見えない。

「それはいいんですけど、ボクはいつまでも天才子役って呼ばれる方が嫌なんですけど。一応、役者と名乗ってやってるので」

 人差し指をズイ、と突き出しながらそういう命。

 美少女にしか見えない顔と声でぶっきらぼうな口調だと違和感がある。ただ、言っていることは理解できる。

「そうだよね、だいたい子役と呼ぶのは小学生までだもんね」

「まあ、小学校卒業してすぐこっち来ちゃったんで、そんなに偉そうなことも言えないんだけど」

 つまらなそうに、そう言う命。

『転移した』とか『こっちに来た』みたいな表現をしているが、要するに、元の世界では死んだということだ。聞かれたくないだろうから詮索はしないけど、いずれにせよ面白い話でないことは確かだ。


「では三人目、眼鏡のアナタ」

 この中で眼鏡は私しかいない。そもそも私がアンカーだ。

「有名人二人の後だと気後れしちゃいますけど……古井戸白羽って言います。漫画を描いてます。28歳で、転移歴は3年です」

「へえ、漫画家の先生ですかい! 道理で才気が溢れ出てると思った!」

 この落語家は適当なことしか言わないな。出逢って数分だけど、この人の言うことは流すことに決めた。

「どんな漫画描いてるんですか」

 そらきた。漫画家と名乗ると必ず聞かれる質問だ。私はこの質問が本当に苦手で、毎回気が重くなる。

「……現代を舞台にしたサスペンスやミステリーが多いですかね」

「作品名は?」

「……ゴメンナサイ。どうせ、言っても知らないから……」

「そうっすか。いいですよ、どうしても知りたい訳でもないし」

 あっさりと引き下がってくれて助かる。この元子役は、少し冷めてるというか一歩引いてる部分がある気がする。

「それにしてもアレだね、アタシらが知らないだけで転移者ってのァ思いの外たくさんいるんどねェ」

「そりゃそうでしょ。ボクらだって転移者って名札つけて暮らしてるんじゃないんだし」

「違いねェ」

  

 異世界転移。


 そう。私たち皆、転移者だ。

 元は21世紀の日本で暮らしていたが、不慮の事故や事件などに遭遇し、死亡。普通ならそのまま消え去るだけなのだけど、どう言う訳か一定数私たちが今いるこの世界に『転移』してくるものがいる。

 転移――つまり、肉体は蘇り、記憶と年齢はそのままに復活するということだ。

 異世界と呼ばれるこの世界はあらゆるモンスター、あらゆる種族が蔓延っており、それに対抗する手段として剣や魔法が存在する。もちろん、転移者たる我々は両方扱えない。そこでこの世界を生き抜くために、一人一つずつ『スキル』と呼ばれる特殊能力を与えられる。これを活用して、この世界で頑張ってくださいと送り出された訳だ。

 頑張れる訳がないのだけど。


「料理がきましたよ」

 アンジュの声は落ち着いている。

 さっき席まで案内してくれたエルフ店員が各々が注文した皿をテーブルに並べていく。 

 コカトリス串の盛り合わせ(塩)。

 森の泉のヌシの刺盛。

 サンドワームのチャンプルー。

 マタタビサラダ大盛り。

 明治は酒を注文し、私と命はお茶、アンジュはミルクを頼んだ。

「独特の弾力があるねェ。後を引く旨さだ」

「さっぱりしてる。無限に食べれるな、これ」

「……滋養にはよさそうね」

 それぞれの料理に各々の感想が漏れる。おおむね好評だ。そんな中、アンジュはガツガツとマタタビサラダを貪っている。

「やっぱりマタタビは格別ですかい」


「マタタビでも食べないとやってられないだけですよ」


 吐き捨てるように言う。顔を見合わせる転移者三名。微妙な空気を感じ取ったのか、アンジュは一旦マタタビサラダの皿から離れ、空いている席の前に移動する。

「先程転移者の話が出ましたが、何を隠そうここの店長も転移者なんです。向こうの世界では名の知れた料理研究家でしてね、自分の店を持つのが長年の夢だったそうですが、不慮の事故で亡くなってしまったんです。夢破れたと思っていたのが、まさか転移先の異世界でこんな素敵な店を持てるなんて、と涙ながらに語っていました」

「末代まで語り継ぎたい話だねェ」

「店長のスキルは何なんです」

「『味再現』――今まで自分が食べた料理を異世界の材料で再現するスキルです。異世界において、見たこともない種族、モンスター相手でも、今までの料理知識を駆使して地産地消を可能にした訳です。まさにスキルの有効活用と言えるでしょうね」


 アナタ方は、何故それができなかったのですか。


 それまでにこやかに語っていたのが一転、急に口調が冷たくなる。


「いやァ、アタシらは料理人ではないですからねェ」

「そういう話をしているのではないことは、アナタほど海千山千の人間なら重々承知でしょう」

「買い被りすぎですよォ。アタシなんて初心(うぶ)なもんです」

「……アナタはどうです、比良命」

「ボクも、何が何だか……」

「古井戸白羽、アナタは言い訳できませんよね。むしろ感謝してほしいくらいです。私がいなければ、明日には断頭台にあがっている予定だったのですから」

「それは、まあ――そうか、神の使いだから檻も簡単に開けられたんですね」

「何を今さら。今はそんな話はしていないでしょう」

「先生、何をしたんですか」

「……私は別に悪いことはしてないんだけど」

 悪いことはしていない。ただ、愚かだっただけだ。

「……まあ、いいでしょう。話を戻します。アナタ方、この集まりがなんだと思っているんです。転移者同士の親睦会とか思ってないでしょうね。思っているのなら、本物の馬鹿ですよ――いや」


 アナタ方――なんであんな、馬鹿な真似をしてしまったんですか。

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