グッド・ラック!
気がついた時、目の前は真っ白だった。
本当に、真っ白。
まぶしい。
光り輝く空間に、僕は一人で座っている。
ここはどこだ。何で僕はここにいる。
僕は――。
僕、は……。
「反手楽太郎さん、ですね」
ソルテ、ラクタロウ
そうだ。それが僕の名前だ。
何もない白い空間から名前を呼ばれ、反射的に顔を上げる。
違う。
何もないと思っていた空間には、人がいた。
いや、人か?
白いフワフワとした布みたいな衣服を身に纏った、大人の女性――に見える。
色白の透き通る肌、高く通った鼻梁、少し垂れ気味の目は深い紺碧で、口元には柔和な笑みを浮かべていて――金色に輝く髪は腰まで伸びている。その特徴的な服は胸元が大きくはだけていて、ボリュームのあるバストは半分近くが露出している。
それだけならまだいい。
金髪碧眼の物凄い美人の白人女性が、少し様子のおかしい格好をしているというだけだからだ。
問題は――その人物が、浮いているという所にある。
白い何もない空間だけど、それでも地面くらいは見える。僕はそこに足をつけて立っている。だけど目の前の人物(?)は地面から10センチくらいではあるけど、浮遊している。
人は、浮かないよなあ。
怪訝に思う僕の前で、相手は更に、浮遊したまま近づいてくる。
恐ろしいほど、ゆっくりと。
ニコニコと笑いながら空中で接近してくる存在に、僕はそこで初めて、恐怖を覚えた。
「な、何……?」
「驚かせて申し訳ありません。ワタクシの名はデア・ミューズ」
この世界の、神です。
言葉がすぐに入ってこない。
何言ってんだ、この人。
神?
神って言ったのか、今。
「なぜ人間である自分が女神と喋っているのか、困惑なさってますね。当然です。答えは至って簡単。アナタはすでに亡くなっているからです」
「……何を言ってるんですか」
さっき思ったのと同じ言葉が、今度は実際に口から出た。
「僕はここにいるじゃないですか。死んでない。生きて、アナタと話している」
「生きている人間は、基本女神とは話せません。薄々勘づいてるでしょうけど、今、私達がいるこの空間は人間が暮らしている世界とは別の次元に存在しています。あの世、黄泉、神の国――呼び方は何でも構いませんが、とにかく、アナタはすでに亡くなっているんですね」
でもアナタ、運がいいです。
絶句している僕の前で、口元の笑みを深くする女神。
「死んだのに運がいい訳ないでしょ」
「それがそうでもないんです。普通、人間は生命活動が停止したらそれまでです。でもアナタは特別に、もう一回生きるチャンスが与えられます」
「……生き返らせてもらえるってことですか」
「ただ、今までとは別の世界で、ですけどね」
雲行きが怪しくなってきた。
「別の世界?」
「アナタは今まで、21世紀の日本で暮らしてきましたよね。でも、今度は違います。だいぶ文化レベルは落ちるし、種族も人間だけではない。モンスターもたくさんいるし、それに対抗するために剣や魔法の技術が発達していて――」
「ファンタジーの世界ってこと!? ……ですか」
相手は女神だ。失礼がないよう、慌てて言い直す。
「アナタ方の世界ではそう言われているようですね。最近では『異世界』などという呼び方も流行っているようです。異なる世界なのだから異世界に決まっているのですけどね」
クスクス笑っている。だけど、僕は笑えない。
「そんなところに放り出されても――あ、生まれは!? 農家、それか商人の家ですか、それとも貴族――」
泡を食って畳みかける僕に、女神はズイっと人差し指を突きつけて黙らせる。
「アナタ、勘違いをしてますね。これからアナタがなさるのは《転生》ではなく《転移》――つまり、今現在の状態でそのまま異世界に降り立って頂きます」
「え、でも体は……? すでに火葬も終わってると思うんですけど」
「肉体はサービスします」
「はぁ、ありがとうございます――じゃなくて! 同じことです! いきなりそんな訳の分からない世界に放り出されて、どうやって生きていけって言うんですか!」
「降り立った地のすぐ近くに町があり、そこに冒険者ギルドがあります。まずはそこで冒険者登録をするといいでしょう。最初は簡単な依頼からこなしてもらって――」
「待ってください!」
今度こそ、本当に泡を吹いた。
「ふ、ふざけないでください! 何勝手に、人を冒険者にしてんですか! 冒険者って、アレでしょ!? ダンジョンを探検したり、モンスターを討伐したりするんでしょ!? 無理ですから! 絶対無理! 僕、ニートだったんですよ! 剣だの魔法だの以前に、ケンカ一つしたことないんです! 運動神経もそんなによくないし、頭だって――」
「ですから」
また人差し指を突き付けられる。
「それもサービスです。アナタ、本当に運がいいですよ。今は特別に強力なスキルを一つプレゼントしちゃいます。これは凄い! 無双し放題ですよお」
体を揺らす女神。眼前で、豊満な二つの出っ張りも揺れる。
だけど今は目を奪われてる場合ではない。
「……スキルって、何ですか」
「特殊能力のことですね。各人が持つ基本ステータスとは別に、特別に突出した能力を得ることができるんです。《物理耐性》なら物理攻撃にある程度耐えられることができるし、《無詠唱》なら詠唱なしに魔法を使うことができる、といった具合ですね」
「スキル自体のことを聞いてるんじゃなくて! 僕はどんなスキルをもらえるのかを聞いてるんです!」
この女神、どこまで真面目で、どこからふざけてるのかがイマイチ分かりづらい。
「それはワタクシにも答えられません。何故なら、どんなスキルになるかはクジで選んで頂くからです」
「クジ!? クジ!? え! クジ!?」
三回言ってしまった。
モンスター蠢く異世界に飛ばされて、そこで冒険者を強制されて、せめてものアドバンテージとして与えられるスキルを、クジで決めるだなんて。
「さ、張り切っていきましょう! ガラガラ回しちゃってください!」
どこから取り出したのか、女神の前には福引で使うガラガラが置かれている。どうやらこれでスキルを決めるらしい。
やっぱり、ふざけてるじゃないか。