真夏のかくれんぼと神隠し。
俺は静原春樹、大手電気メーカーに勤めてる25歳。
今から語ることは俺が12歳の時、現在から13年前小学6年生の…真夏に起きた出来事。
ミーン、ミーンと深緑の森に蝉の鳴き声が響き、春樹の真っ黒な髪と群青と白のグラデ半袖Tシャツと黒い半ズボンが風にざぁと靡く。
遠くから両親に連れられた天パで垂れ目のくりくりな瞳、真っ赤なノースリーブと真っ白な短パン姿の男の子が春樹を見つけると右手を挙げて、
「おーい!春樹こっちこっち!」
「久しぶり優斗」
男の子は宮野優斗、春樹と同じ12歳。母親同士が幼なじみで、よく家族で交流してる。
今回は夏休みを利用して、近くに釣りスポットの清流があるコテージを借りて旅行に来ていた。周りを見ると春樹達と同じくコテージを借りた家族連れでごった返していた。
「和実ぃ、元気だった?」
「私は元気よ!亜依子はどう?」
ボブヘアーに淡いオレンジ色のTシャツとデニムパンツ姿の春樹の母・亜依子が、優斗の母・和実に駆け寄る。和実は優斗そっくりの垂れ目で天パをゴムでひとつに纏め水色のシャツワンピの格好をしてる。
「雅人さん。今日の為に大吟醸酒、奮発しました。今晩、どうです?」
「一幸さん、いいですな。いい魚を釣り上げて、それを肴にして楽しみましょう」
オールバックで眼鏡をかけて、真緑色のポロシャツと真っ白な半ズボンの春樹の父・一幸と、茶髪でクリーム色のシャツとデニムパンツの優斗の父・雅人は相性がとても良く、ふたりで盛り上がっていた。
「おい、春樹。あっちに俺らと同い年ぐらいの子達が遊んでるんだ。行こうぜ!」
「え。その前に荷物を片付けないと」
「いいから、いいから、行こうぜぇ!」
「わぁっ」
「こっら優斗ー、遊びに行く前に荷物を片付けなさぁい!」
「春樹もよ。ちょっと待ちなさい!」
自分達の荷物を放ったらかして、亜依子と和美の注意をスルーして、春樹は優斗に腕を掴まれて子供達がいる広場まで駆けて行った。夕方コテージに戻ると亜依子と和美の雷が落ちたことは言うまでもない。
ーーーー
夕食を終えて春樹はタオルやパジャマを持って風呂場へ向かっていると優斗がコソコソしながら、
「なぁなぁ。これから肝試しがあるんだ」
「き、肝試し?」
こう切り出してきた。
和美と亜依子は夕食の片付けを一幸と雅人は昼間に清流で釣り上げた川魚を肴にして晩酌をしていた。
「これから昼間、一緒に遊んでた子達と森で肝試しするんだ。行こうぜ」
「や。もう夜だし眠いからやめとこう」
「いいから、いいから。行こうぜぇ」
「わぁっ」
春樹は優斗からの誘いを欠伸しながら断るが、昼間と同じように腕を掴まれて外へ連れ出されてしまった。春樹は優斗の誘いを『いつもこのパターン』で断れたことがなかった。
「居た居た。全員集まってんじゃん」
「優斗、バレたらまた怒られるよ」
「大丈夫だって一緒に怒られるから」
「そういう問題じゃないよー」
春樹はコテージに帰ろうと優斗を説得するが、優斗が折れるはずもなく放っておくことも出来ずに、春樹は渋々肝試しに行くことになった。
昼間遊んだ広場に到着すると春樹と優斗を含め10人の男女の子供達が集まっていた。
眼鏡をかけたガリ勉君っぽい男の子が、
「まず僕が鬼で、皆さんはこの周辺に隠れてください。10分経ったら僕が探しに行って、最初に見つかった人が次の鬼です」
説明をはじめた。
「森に隠れてもいいですかぁ?」
「近くなら大丈夫です」
女の子がガリ勉君に質問する。そこから子供達の質問タイムがはじまった。春樹はわくわくする優斗の隣で聞いていたが、
(こ、これって)
「最初の人が見つかったら、全員集合ですか?」
「いえ。連絡する方法がないので全員が見つかるまで鬼と見つかった人達で最後まで探します」
(肝試しじゃなくて"かくれんぼ"だよー!)
そう心中で叫んだ。
「ん?」
その時、春樹の腕をひんやりした何かが触れた。
「今から10分数えますので、皆さんは隠れてください。いーち、にぃーい」
目隠ししたガリ勉君がカウントダウンをはじめる。
「なぁ、どこに隠れ…春樹どこだ?」
優斗は隣に居る春樹に声をかけるが、そこには誰も居なかった。
ーーーー
「こっち、こっちだよ」
「う、うん」
春樹はあの広場に居た女の子に手を繋がれて森の中を歩いていた。
女の子はおかっぱ頭に肩部分でリボンに結ぶ真っ白なワンピースと新緑色のサンダルを履いている。
(こんな子、昼間居たかな?)
「ここ。ここに隠れよう」
「はじまる前に隠れていいのかな?」
春樹はまだ説明中にこっそりと抜け出したことに罪悪感があって、草木の茂みに座る女の子に聞いた。
「すぐはじまるから大丈夫だよ。ここ座って」
「そうかな?」
「そうだよ」
「そうだね」
「うん」
女の子は笑顔で頷いて、春樹は女の子の隣に座る。
女の子の言葉はとても不思議で、女の子の言うとおりにしていればなにも問題がないように思えてくる。
「君の名前は?」
「わたしは神森翠、12歳。翠って呼んで」
「僕は春樹、静原春樹。翠ちゃんと同じ12歳だよ」
翠は枝木を持って地面に『神森翠』と書く、春樹も翠から枝木を受け取って地面に『静原春樹』と書いた。
「春樹くんも夏休みでここに来たの?」
「うん。翠ちゃんも?」
「ううん。わたしはずっとここに居るの」
「地元の子なの?」
「…………うん。ずーとここに住んでるの」
「そうなんだ」
春樹は翠に家族のこと、優斗や優斗の家族のこと、学校のこと他愛もない話題で盛り上がった。翠の花のような笑顔が春樹は好きだった。
翠から翠の家族や学校の話題が一切でてないことに気付かず、時間も忘れてしゃべり続けた。
「あれ?鬼の人、探しに来ないね」
「……はじまったばっかりで、まだ10分経ってないよ」
「そうだっけ?」
「そうだよ」
「そっか。そうだったね」
「うん」
(さっきも同じようなことがあった気がするけど)
翠と話していると春樹はだんだん何も考えられなくなっていく。
(きっと気のせいだよね)
翠がひんやりした手で春樹の腕を掴んで、
(温もりのない…冷たい手)
春樹はそう思いながら翠と見つめあいながら、
(なんだろう…翠ちゃんから目がそらせない)
「ねぇ。春樹くん、わたしとー…」
翠が最後まで言い終わる前にパアッと光が射し込み、春樹は右手で光を遮る。
「居たぞぉ!行方不明の男の子だっ!!」
「え?」
懐中電灯を持った中年の男性の言葉に春樹は困惑する。
(行方不明?誰か?)
「静原春樹くんだね?」
「あ、はい。そう…ですけど、行方不明って?」
「……………」
中年の男性が困惑したように春樹を見つめる。
「春樹くん、君だよ」
「えっ、僕?」
「そうだよ。春樹くんはこの『森神様』が棲んでいる森に丸1日行方不明だったんだよ」
「…もり…かみ…さま?」
「この森の守り神様だよ」
「まもり…かみ…さま?」
「そうだよ」
中年の男性は僕の手をひいてザクザクと草を踏みしめて歩く。
「この森は『森神・すい様』が棲んでいてね。
遊んでいる人達で"気に入った人"を見付けると「わたしと一緒に行こう?」って誘って、すい様の手を取ったら神隠しにあって、もう2度と戻れなくなるんだ」
(かみかくし…あれ?)
春樹は森を見渡す。
「翠ちゃんは?」
「ん?」
「翠ちゃんは?一緒に居た女の子はどこ?」
「なにを…言っているんだ?最初から君1人だったよ」
「えっ!?」
こうして春樹は森を出て、両親や優斗の元へ帰っていった。春樹はずっと広場近くの森に"かくれている"と思っていたが、ずーーと奥深くの森の中に居たらしい。
行方不明になったことで早めに帰宅することになり、帰りに寄った『森神様』を祀る神社で、何気なく手に取ったパンフレットを開くと『森神・翠様』と、翠ちゃんと同じ漢字で書かれていた。
ミーン、ミーンと蝉の鳴き声が俺の耳に届く。これが12歳の時に体験した不思議な出来事だ。あの日から俺は翠ちゃんが忘れられずにいる。
翠ちゃんが『森神様』だったのが未だに分からないが、俺は時折こうして『森神様の森』に足を運んでいるが翠ちゃんと再会したことはない。
「"かくれんぼ"か」
ぽつりと呟く。
「久しぶりだね」
俺は懐かしい声に誘われて振り向く。
「君は"翠ちゃん"?」
「うん。25歳になった"翠"だよ」
「やっぱり君は」
「ねぇ。わたしが"なん"であっても、わたしはわたしだよ」
「…君は…君かな?」
「そうだよ」
「そうだね」
「うん」
成長した翠ちゃんは13年前と同じ格好で、俺に右手を差し出して、
「ねぇ。春樹くん"今度こそ"わたしと一緒に行こう?」
俺はその声に誘われるまま、彼女の右手を握りしめる。あの日と変わらずひんやりと冷たいままだった。
「これから永遠一緒だね」
「そうだね」
「夏のホラー2021」のテーマは「かくれんぼ」に投稿した短編小説です。
これは…ホラーか?と思いながら書き上げましたが、ホラーだよ!と思った方は⭐︎5を、いやちょっと違うな(^_^;)って思った方は⭐︎3をポチッと押して下さい。
lem様に素敵な挿絵を描いていただきました。
ありがとうございます。
2021年08月10日(火)18時にこの小説とリンクしている「"かくれんぼ"と森神様の伝承」を投稿しました。
下記のアドレスからいけますので、是非読んでください。単話でも読んでいただけるストーリーになっております。
https://ncode.syosetu.com/n3709hd/
面白かったら嬉しいし創作の励みになりますので評価とブクマをよろしくお願いします。