作戦開始
第7章
バルトは別室に電話を移し、椅子とテーブルを置いてくれた。レノミン以外の人達は廊下で待った。
レノミンは朗読を始めた。
聞きたい事は山ほどあるが、小さな子供の心を傷づける事が、無いように、細心の注意を払い、涙を堪えて読み聞かせをする。
=食いしん坊の妃とネズミ=
その国には、とっても愛し合っている皇子と、お妃がいました。
お妃は、ごくごく普通の女の子で、特に着飾ることもなく、良く市場に買い物に出かけていました。
そう、お妃はとっても食いしん坊だったのです。
市場に行っては、沢山の食べ物を、カゴ一杯買いました。
しかし、毎日、カゴ一杯の食べ物を買っても、他の王女たちの、宝石には全く及ばない金額でした。
お妃は子供たちを見かけると、一緒にお菓子を食べて、話をして一緒に笑いました。
皇子は、優しくて可愛らしい食いしん坊のお妃を、大変愛していました。
一方で、皇子には大変困った問題も抱えていました。
女王様より、この国の森を潰して、道を切り開き、隣国との貿易を盛んにするように、命令を受けていたのです。
しかし、森は、この国の宝のようなもので、国民は森を大切にしていました。
そんな、ある日、お妃は赤ちゃんを授かりました。
皇子とお妃は大変喜び、しかし、その日からもうお妃は市場には行けませんでした。
市場の人たちは、大変、心配しましたが、お妃のご懐妊を知って国中が喜びました。
市場に行けない理由は、あんなに食いしん坊だったお妃が、物が食べられなくなってしまった為でした。
皇子は心配して、お妃の代わりに、市場でお妃が好きだった食べ物をすべて買いましたが、食べられなかったのです。
毎日、痩せて行くお妃を、見ている事しかできませんでした。
そんな時、お妃は薄れて行く意識の中でネズミの兄弟に会いました。
そこは、森の中の小さいなお家で、その兄弟が持っている臭いチーズがどうしても食べたいのです。
カリカリ、ボリボリ食べているネズミは言います。
「このチーズはちょっと臭いけど、すっごく美味しいんだよ。食べてみる??」
お妃はイヤイヤそれはちっと…ネズミのチーズは不潔だし、臭いし、食べる事をためらいました。
でも、お腹が空いて、ヨダレが出て、どうしても食べたくて、差し出されたチーズを食べたのでした。
「えい!!美味しい、このチーズ、本当に美味しい、もっと、頂けますか?」
「いいよ、たくさんあるから、全部食べて、元気な赤ちゃんを産んでください」
次の朝、目が覚めたお妃は満腹でした。
皇子は目が覚めたお妃に微笑み、
「気分はどうですか?」と聞きました。
妃は、
「不思議なのお腹が一杯で、しあわせな気分ででもまだ眠りたいの……どうしたのかしら?」
「うん、よかった。それなら、ゆっくり、眠るといいよ」と皇子はやさしく語り掛けました。
妃の容態が安定すると、皇子は、ご公務で市場の近くの幼稚園を訪れました。
しかし、皇子が訪ねると、子供たちはみんな泣いていました。
「お妃さまは、ご飯が食べられなくて、死んでしまうのでしょ?お妃さまは、食べる事が大好きなんだよ。皇子様、お妃さまはどうしたら食べて下さるのですか?」
皇子は泣いている子供たちを集めて、秘密の話を教えました。
「これは秘密だけど、妃は、起きている時は、何も食べられない、しかし、眠ってしまうと、臭いスープだけは飲めるんだ。そのスープには秘密があって、今は教えられないけど、大丈夫、妃は死んだりしないよ。きっと、国民の為にも可愛い赤ちゃんを、産んでくれると思っている。心配してくれてありがとう」
「本当?本当に?絶対にお妃さまは、お腹が空いていないの?」
「そうだよ、妃は、夢の中で黄色いネズミの兄弟が臭いチーズをくれたって、話していたから大丈夫だよ」
「黄色いネズミなの?」
「そう、兄弟らしいよ。そのネズミたちは、おかしな話をして笑って…君たちみたいに元気で、前歯で、ボリボリチーズを齧る音がするみだいだよ」
子供たちは皇子の話に夢中になって、喜びました。
しかし、子供たちとの秘密はいつかバレてしまいます。皇子のはなしは、国中に伝わりました。
噂は、どんどん大きくなり、国中に広がり、多くの国民はそのスープの中身がどうしても知りたくなりました。
その噂は、本当にネズミの食べ残しのチーズで作ったものだと、大騒ぎになり始めたのでした。
宮殿では王女様がカンカンに怒っていました。
「どうして、国民に話したのですか?」
「母上、妃が飲んでいるスープは、あの森でしか取れない苔で出来ています。あの森を無くすことは、国民の為にはなりません。森は王室にとっても宝です。あの苔がなくなってしまったら、世継ぎは生まれないでしょう!どうかお考え直してください!」
「母上、私は国と国民、妃と子供たちを守りたいです」
王女様は、怒っていましたが、苔のスープの存在を教えてくれたのも、王女様だったのです。
そして、皇子は、国民にスープの正体を話しました。そのスープは緑色でグツグツ煮えたぎって、たまにポンっと音がして、とっても臭いスープでした
集まった人々は、あまりの臭さに鼻を摘まんでいました。
でも、ぐっすり眠っている妃に、皇子がスプーンを運ぶとお妃さまは美味しそうに召し上がったのです。そして、「ネズミくん、今日もとっても美味しいよ」と話しました。
その後、皇子とお妃にとってもかわいい赤ちゃんが生まれ、いつしか森の苔は、世界に広がりこの国に沢山の富をもたらしました。
「めでたし、めでたし…皇子?いかがでしたか?……」
「すいません、皇子は眠ったようです、無理を言って申し訳ないです」
電話が切れた後、さっき、話されたのは国王ではないかと考え、レノミンの心は揺れていた。
廊下で待っていた5人は、レノミンが部屋を出てくるのをひたすら待っていたが、レノミンはボーっとしたままみんなの前を通り、自分の部屋に入っていった。
レノミンはさっきの声を思い出しながら考える。
夜の9時近くに、使用人ではなく皇子が寝る前に、読み聞かせしているのは国王なの?二人は一緒のベットにいたのかしら?イヤ、イヤ、きっと、別の人だろう……だって、グレースでさえ、ナニーが面倒を見ているのに皇太子と一緒に国王が寝ているはずがない。
でも、なんとなく心が暖かくなり皇子を大切にして下さっているのが伝わってきた。
それだけでも本当に嬉しかった。母親がいなくて、どんなに寂しい思いをしているか心配だったが、父親が、そのように愛情を注いでくれたら、きっといい国王になれる気がした。
そう、私が産んだ男の子は、次期国王になるのだから、会いたいと思ってはいけない…皆の為にも、グレースの為にもかなわぬ夢。レノミンは何度も自分に言い聞かせた。
その夜、レノミンはグレースの事も考えられず、丸くなり、布団をかぶって泣いた。
その声は周りには聞こえる事はなかったが、誰もレノミンの部屋をノックする人はいなかった。
しかし、次の日も、また、次の日も朗読の依頼があり、サンドロによって、ついにレノミンの寝室に電話が付けられたが、毎晩、皇子に読み聞かせに時間をとる為、グレースのご機嫌が最高潮に悪くなり、ついには爆発したのだ。
イヤ、イヤ、イヤが始まり、レノミンのそばを離れることがなくなり、大きな涙を流して周りの同情を集めていた。
(心の中では、あなたは毎日、会えるけど、お兄さんとの時間はほんの数分なのよ)とは、絶対に言えないので、先にグレースをレノミンのベットで寝かして、電話がかかって来たら、そのまま朗読をしようと考えたが上手く行かなかった。
その為、会議で話し合い対策を練った。
「調査結果を伝えて下さい。どうして、ここの電話番号がバレたのか説明を願います。バルトさん」
バルト以外はこの状況にまったく納得がいっていない。バルトも済まなそうに報告する。
「はい、絵本の出版社には他の電話を教えてあったのですが、最近はロマンス小説の方からの依頼も来てまして、そちらの方は4番目の家に電話にしてありました。4番目の家の管理人にはこちらの番号を教えてしましい、ロマンス小説の方から漏れました。申し訳ありません」
「ここの、番号を教えるなんて…どうかしてます」
「…」
「とにかく、この状況をどうにかしなくては、何かいい案はありますか?」
レノミンは、
「グレースのルーティンを変えようと思っています」
「大体、二人は眠くなる時間が同じで、絵本を読んでほしい時も一緒です。だから、グレースを朝1時間程早く起こして、夜、1時間程早く眠りに就かせる。…どうでしょうか?」
「いい案だとは思いますが、上手く行くでしょうか?」
「感性がトップクラスのグレース様に…隠し事が通じるとは思いませんが…」とギシは言う。
「この前、ジャルに抱かれて空を飛んでいた時は、どうにか誤魔化せましたが、次の日は大雨で…グレース様、大暴れでした」
「毎日、何かのイベントで対処するにも限界がありますし、電話が来ない日もあり、双子はシンクロするのが当たり前と考えて対策を練りましょう」
「……」
「グレース様は、レノミン様を皇子様に取られると感じていらっしゃるのかも知れませんし、だからと言って、その時間、外で遊ぶのも限界があり、お風呂も、今は、レノミン様のそばを離れません」
「では、レノミン様の1時間前倒しの案を実行してみましょう」
全員の意思が決まって、その作戦に動き出す。