初めてのお買い物
第5章
グレースが、ほんの少しだけ、お座りが出来る様になって来た頃、出版社から前回、出版した絵本の挿絵の絵を書いて欲しいと依頼があった。
出版社との連絡はバルトが行っていた。
50cm×50cmくらいの紙に黄色いネズミの絵を描く、皇太子妃に臭いチーズを渡している時の絵だ。
「レノミン様、お茶が入りました。グレース様は、先程お目覚めで、もうすぐ、こちらにいらっしゃるでしょう」
別荘に着いた頃は、ダリアとシルキーは、それは、それは険悪な状態だったが、別荘の庭でグレースを抱いたまま転びそうになったダリアをとっさにシルキーが受け止め、助けたのがきっかけで、二人の距離が縮まり、日中はダリアがほとんどグレースを抱いて、シルキーは雑用を行う。
家令は、シルキーをナニーに固辞した理由に、シルキーの武術がある。
ジャルのように、空中が得意とは言えないが、強い味方に違いない。その時の護衛能力で、ダリアも認めた。
シルキーは武術が得意だが、ナニーの仕事は、どうなのかとレノミンは少し考えていたが、ある日、シルキーがグレースを笑わせる為に思いっきり変顔をしているのを見て、安心した。
グレースは、意外にもその変顔が大好きな様子だった事は後で、少し、心配もした。
シルキーが、担当する仕事には、レノミンの仕事もあり、レノミンとしては本当に助かっている。
バルトがちょくちょく様子を見に来る。
「領主、いかがですか?今日も、催促の電話がかかって来て、本当に、急がせて申し訳ないです」
「もうすぐ、仕上がりますが、これで大丈夫でしょうか?」
「はい、暖かい素敵な出来上がりです。このⅬを囲んだ葉っぱの印はなんですか?」
「スゴイですね、誰も、気が付かないように、差し込んでいるのですが、Ⅼ葉はⅬと葉っぱを一筆で描いている私の印みたいなものです。この前の絵本の全部のページにも埋め込んであります」
「……」
「う~ん…いわば、偽物の防止みたいなもので、私がこの絵の作者だとわかるように、洋服、家具、景色、床、色々な所に散りばめています。だから、今回のこの絵も少し工夫をしたのですが、意外と早くバレましたね」
「すみません…余計な事を…ここは、やはりわかりやすいので、こちらの木箱の木目の中とかは、どうでしょうか?」
「ありがとう、では、もう少し時間を下さい」
トントン、
「レノミン様、お茶は召し上がりましたか?」
「いいえ、まだです」
「先に、グレース様にお乳をお願いします」
「は〜〜い、グレース、チュ、オッキシタの?、ご機嫌ですね。のどか湧いたかな?」
「バルトさんは出て行って下さい」シルキーは冷たく言う。
「では、また後で来ます」
バルトと入れ違いにダリアが入って来て、
「バルトは、また催促に来たのですか?私が言って差し上げます。レノミン様は領主様であらされるのに、その他にも仕事を持つなんて…旦那様に申し訳が立ちません。グス…」
「いいのです。嬉しいのです。少しでも、領土の為にお金が入れば私たちも生活できます」
その話を、いつもすると、ダリアは泣き出し、シルキーとレノミンは顔を見合わせるが、グレースは待ちきれず愚図りだし、3人は急いで授乳に取り掛かる。
その後、イラストのⅬ葉を直し、バルトを呼んでそれを手渡す。
その後、バルトは王都に向けて誰かに持っていかせる。
(噂によると、この領土一番の早馬らしい……どんだけ、競っているのか?)
午後は家令からの定例の報告会議がある。
「王妃の死因の発表は相変わらず不明だが、国王は盛大な葬儀を行い、王妃をどの皇族よりも、立派なお墓に埋葬されたようです。私たちの調査によると、その時、カタクリ国の国王が、ご病気になられて、皇太子、その他の皇族も、他国に嫁いだ王女の事よりも、内政の激震の方が大事だったのでしょう」
「言い換えれば、この時期、国王にとって、王女死去を発表するには一番、いい時でした」
「まさか、そのタイミングを国王が作ったなら、我が国も少しはマシってか?」
「ギシ!!言葉が過ぎます」
いつも、この6人は、国王が私とグレースを探して王宮に連れ戻すことを心配してくれている。
いや、はっきり言って、この領土を、誰にも渡したくないのが、一番だとも、感じることが出来る。
それはそうだ、前々領主の借金を、お父様と一緒にこの6人は必至で返済して、お父様は途中下車され、これからも重い税金を、国に払いながら、領民を守って行く覚悟があるのだから…だから、出産前の国王の言葉を伝えられない。
「あの扉の向こうはあなたの自由があります」と言ってくれたから大丈夫ではないのか?など、言えるはずもない、自分はお飾りの領主と自覚している。
「レノミン様、絵本と小説の収益が、入金されました。こちらになります」
レノミンは、その金額を見てもピンと来ていない。この世界に来て買い物を一度もしたことがないのだらか・・
「この金額でどの位、生活できますか?」
一同は立ち上がり、家令の出した書類を覗く、
「この金額でしたら、レノミン様とグレース様とダリアが一年くらい困らない金額です」
バルトが、
「シルキーはちょっと、雇えないかな?彼女、意外に高額要求だったからね」
「しかし、今回の、この前の絵は、高値での取引が成立していますので、絵の入金があれば、シルキーも雇えるでしょう」
なんと、周りのみんなが、親切に説明してくた。きっと、顔にお飾り領主と考えていると書いてあったのか?
「レノミン様、私たちはレノミン様の家臣とお考え下さい。私たちが、この領土を大切に思っているのは、領民の為もありますが、レノミン様とグレース様の為でもあります」
「本当に、もうこの領土に、借金はありません。それは、前領主様とレノミン様のお蔭です。心配ないのです。私たちもそれぞれ、産業を興し、経済の活性化を図っていますが、もしも、領主としてレノミン様が、やりたい事があれば、それを遂行する事が、私たちの使命です。だから、何なりと言って下さい」
「お金を持って、町に買い物に出かけることは可能ですか?」
「……」
「…可能です。では、今日の会議はレノミン様、買い物ツアーに出かけるにしましょう! 」
その話を聞いたダリアは、飛び上がり喜んだ。
昔はよく二人で買い物に行った話を聞かせてくれた。
ダリアに会ってからの話を集約すると、レノミンと言う人は、元々大人しめの人で、お母様が早くに亡くなり、父親は溺愛し、友達はまあまあいて、今は、みんな結婚をしているらしい、ダリアは乳母であり、レノミンの母親代わりであり、親友だった。
だから、いつも二人で買い物にも出かけて、食べ歩きもしていたみたいだった。後、余計な情報だが、ダリアは太っちょだが30代後半らしい…
当日、グレースは、お留守番でお乳をたっぷり飲んで、眠りについてからの出発だった。危険もあるが、前例を教訓に2、3時間の外出になった。
町での買い物は、ダリアとジャルが付き添い、少し離れた所にはサンドロとギシが見守っていた。
レノミンは、特に欲しい物と言えば、グレースの物だった。自分では、オムツ一枚、用意したことがなかったので、色々見て回った。
この領土は、豊かではないと言っても、色々なものが揃っていた。
人の往来も多く、優しい感じの街並みだった。所々にベンチが用意されていて、座って買った物を食べたりできた。
この風景…絵本の中に再現してみたいと、思った。
布を扱っているお店が多いと思いながら、おもちゃ屋を探す。
「レノミン様、こちらです、こっち!! 」ダリアが指さす。
おもちゃ屋に入って、色々探すが、納得のいったものがなかった。
それでも木製の積み木を購入して、また、ぶらぶらする。
ジャルが「欲しい物がありませんか?」と聞く、レノミンは頷く、本当になかったのだ。
レノミンは自分には裁縫が出来ないのがわかっていたので、ぬいぐるみが欲しかった。
グレースが、遊べる位の大きさの柔らかいぬいぐるみが、欲しかった。
仕方がないので、帰ろうと思った時に毛糸を売っているお店を発見した。
聞くと、この町でただ1軒らしい…お店に入ってみると、色とりどりの毛糸があった。レノミンは迷わず、黄色の毛糸をまず買う、その他も持てるだけ購入した。
話を聞くと、コチャ領は比較的温暖な地方で、毛糸はそんなに需要がないと、話してくれた
「ありがとうございます。他に何か、必要な物がありましたら言って下さい」
「編み棒も、種類があったら見せて下さい。後、綿、みたいなものありますか?」
「こちらに、あります。どうそ…」
最近は、少しづつ会話が出来る様になったレノミンだが、こんなに楽しそうに、話しているのを見たのは、初めてだと周りの人達は思っていた。
今日は思い切って町に来て良かったと思っていた。
「レノミン様、楽しそうです。良かった。本来ならこんな毎日だっただろうに…」