初めてのお願い
第4章
目が覚めた時には、うつ伏せで寝かされていた。
チュンチュンと、小鳥の囀る声が聞こえていた。
知らないベットの匂いがする。
また、死んだのか?と思って大急ぎで飛び上がった。
(痛い・た・た・痛い…座るとお尻が痛い!!え~~!パンツを履いていない…??)
「レノミン様、おはようございます。お体はいかがですか?」とジャルが訪ねる。
ネグリジェみたいなのを着ていたので急いで隠す。
ジャルは気にもしないで、
「うつ伏せで、いいですよ、お尻の皮がむけていますから、今、お薬を塗りますね」と言って薬を塗って、お尻にタオルを乗せた。
「レノミン様は、昨日、気絶なさったので…申し訳ないとは思いながら…、本当にすいません。悪気はなかったのですが…全体をギルのマントで覆い、私の体に縛り付けて荷物の様にここまで来ました」
「その結果、やはり、お尻の方か…少し…大丈夫でしょうか?」
レノミンは涙を堪えて頷き、ジャルの顔を見る。
「私とギルは早馬勝負が好きです。お互い、あいつに負けるわけにはいかないと、頭の隅にあったのでしょう、予定よりも早く、こちらに着きました。自分たちも、未知のスピードが出たと思えた程でした」
ジャルは、高揚した顔で報告を続けた。レノミンは、段々、自分のお尻が可哀そうになって来た。
「夜中の道には障害もなく、グレース様も今日の夜にはお着きになられるのではないでしょうか?」
「きっと、大丈夫だと確信しています」
ジャルは、心配ない! と、レノミンに安心を与える様に微笑む、
「これから朝食を召し上がって、もうしばらく、お薬を塗ってそのまま寝て頂いて、昼食の後、家令が来ますので、今後の体制の説明がされます」
「その時には使用人たちが、紹介されますが、屋敷と違い、少数精鋭になります。秘密厳守で、何年かは過ごした方がお二人の為ですので、少し我慢してください」
レノミンは、言われるままに、眠り、昼過ぎにやっと、ガーゼを当てたお尻に、パンツを履いて、お乳を搾った。
(朝から考えるのはグレースの事ばかり・・こんな時、自分の母親がいたら相談出来たのに・・早く、グレースとダリアに会いたい。考えると涙が出て来た…。)
昼過ぎに、ジャルが身支度に来て、階段を下りて使用人たちが、待っているサロンに登場した。
(ここからは、本当に、ボロが出ないようにしないと、本物のレノミンさんって、どんな人だったの??)
噂の家令が深々と頭を下げた。
「お帰りなさい、レノミン様」
自分が思っていた以上に、使用人の人数が少ないのがわかる。秘密保持の為?信用できる人はそんなにこの領土にはいないのかしら…??
「本来であれば、屋敷の方が、ここよりも過ごしやすく、レノミン様のお部屋も、そのままですが、今回は、グレース様が少し大きくなられる迄、こちらに滞在して頂く方が、安全だと判断しました。もちろん、領主であるレノミン様のお考えが一番です。なんなりと、わたくし共に申し付けて下さい」
「この別荘は、レノミン様と、グレース様が、戻られても快適に過ごせるように、数か月前より準備を始めていました。育児室はもちろん、沐浴、おもちゃ、子供服などを少しづつ揃えてあります」
「安全第一で、こちらに滞在するのですから、この湖畔の別荘は猫の子一匹の侵入も許さない設計になっています。町に通じている道は毎日、変化して、ある一定の者しか、わかりません」
「幸い、あの5人には道が必要ないので、食料の調達と、料理の担当するボブと、グレース様のナニーのシルキーと、私の息子が道案内を担当します。息子には、別荘での家令の役割をさせます」
「息子のティアです。我が家は代々、こちらのファースト家の家令を、務めていますので、産まれた時から、家令の教育はしていますが、まだ、10歳です。あまり役立つとは思えませんが、グレース様の遊び相手にとも思っています」
「あと、侍女が3人、庭師が2人、雑用2人、門番が1人です。湖畔の向こうには、警備の部隊を、いつも駐在させています。何かあったら、いつでも出動できます。行政の方は、僭越ながら、レノミン様が落ち着くまでは、私が代行させていただきます。大切な事柄は、随時、ご報告に参りますのでよろしくお願いします」
レノミンは、蚊の鳴くような声で、
「ティアさんは、ご家族と離れて、寂しいくないですか?グレースはまだ遊べませんが…」と、聞くと、
ティアは、
「領主様、ありがとうございます。わたくしは、幼い頃に母を亡くし、父も毎日、忙しく、今日も久しぶりに会ったくらいです。寂しくありません。こちらの別荘に来れることを、楽しみにしていました。どうか、このまま、こちらに置いて下さい。それに、私が、町の学校に行く時に、その日の道が決まる仕組みにもなっています」
(そうなんだ…)
「よろしいでしょうか?領主?」
「はい、お願いします」と返事を返した。
夕方が近づき、どんどん、グレースが、恋しくなって仕方がなかった。胸は張り、涙が出て来た。
ジャルが近づき、
「お嬢様、お気持ちは、私も一緒です。毎日、グレース様の成長を見て来て、今日一日、会えないと本当に辛いです。でも、泣かないで待ちましょう。お母様が泣くと、グレース様にも共振します。もう少しですから…」
昼食は、なんとか食べれたが、夕食はスープを2口飲んだだけで、お通夜のような晩餐になっていた。
そんな時に遠くの門番から、無事、グレースを乗せた馬車が、門を猛スピードで通過したと連絡が入った。
レノミンは走って、別荘の扉を出て、馬車の到着を待った。
馬車が付き一番に降りたのはダリアだった。その手には可愛いグレースが…大泣きだった。
「お、お嬢様〜〜、お乳、お乳をあげて下さい。グレース様は腹ペコです」
レノミンは頷き、グレースを抱いて別荘の中に入り、扉の隅っこで、グレースにお乳を含ませた。こんなに勢いよく飲むグレースを見たのは初めてで、女性陣はレノミンを囲い壁になっていた。
グレースは、不満を表すように、たまに泣いて、小さな手でレノミンに抗議をして、目が涙で一杯でも、じっと、レノミンを見ていた。
「グレース、ごめんね。お腹が空いたね。ごめんね」と言いながら、レノミンも泣いていた。
「あ~~、やっぱり、本物のおっぱいにはかなわないワ。良かったですね。グレース様お腹が満たされて、お母様に会えて」
「当たり前です。お母さんが一番に決まっています」
「自分だって、お母さんになって無いくせに……」
「なんですって!そんな貧乳で役立たず!!」
「また、そんなこと言って…」
ミンクとダリアははっとして、レノミンを見た。
(怯えている~~~~。)
「すいません、レノミン様…道中、グレース様はずっとレノミン様を探しておられて、泣き止みませんでした。ミルクも、そんなには召し上がらなくて、唯一、召し上がったのは、グレース様に残しておられた母乳だけでした。母乳も底をつき本当に困ってしまい…」
「ダリアは自分のおっぱいをあげようとしたのですよ! だから、私が怒って止めさせました」
「それなら、私のが駄目なら、ミンクのを差し上げる様に、言ったのです。しかし、それは余りにも貧祖で…グレース様には、差し上げられませんでした」
「……」(空気が淀む…)
「グレース様には本当にお辛い思いをさせてしまし…二人で反省しています」
ジャルが笑いながら、
「二人でおっぱいの話をしている時、バルトとサンドロはどうしていたの?」
「二人は外で馬車の手綱を思いっきり引いていて、私たちは、二人で、グレース様を真ん中に抱き合って、一刻も早く別荘に着くことを、祈っていました。だから、私たちも、何も食べていません・・お腹が空きました」
その時、シルキーがやって来て、グレースを抱き上げた。
ダリアは怒って立ち上がり、
「この侍女は誰ですか?」
「シルキーはグレースのナニーです」
「ナ、ナニーって、グレース様は私が立派にお育ていたします」
その時、家令が
「ダリア、グレース様が、20歳になった時に、あなたは何歳ですか?今、この状態で。これから先も年を取らないつもりですか?レノミン様は、これから領主として大変な事もあります。その手助けを、近くでしてあげて下さい。グレース様の世話は、シルキーに任せてくれませんか?」
ダリアは顔を天井にむけて、
「旦那様、申し訳ありません。私が・私が年を取りました。わ~~~!! 」と、泣き叫んだ。
その時、レノミンがダリアを抱いて、
「わからない事、相談したいことは沢山あります。助けて下さい」と言った。その言葉は、周りの使用人たちが、聞いた、レノミンの初めてお願いだった。