16頁:脱出
揺らめく炎と、伸びた人影。
…やーっと来たね。
「…待ってたよー」
「学校は?」
何を言ってるんだ。
…それも全部あなたが…。
「やだなあ、僕は病院で寝てたんだよ?」
「…寝てるはずの君がどうしてこんなところに?」
「ああ、…ちょっと夜風に当たりたくてさ」
…半分くらいは本当だ。
あっはー。
「ずいぶん、燃えているな」
「…火をつけたからね。…でもまあ、洗濯物だし、そのうち…消えるよ」
「…まだ、正気を保っているのか」
「なんのこと?」
…まだ、壊れるわけにはいかないんだよ。
まだやることがっ…ある。
んー。
「とぼけるな、…前川千知」
「やー、何?西川先生」
「お前を、捕まえに来た」
はて、…僕犯罪したかなあ?
覚えがないよ。
「捕まえる…?」
「…そう、捕まえて、精神病棟に入院させる」
僕が何をしたと!
ま、分かるけど。
「え…や、やだよそんなの!」
「諦めろ…。お前は犯罪を犯さないが…犯罪を招く」
「なんの…こと?」
…んー。
「…なんだ、ノイズだっけか?…ともかく、自己防衛機能は崩壊しているのか」
「なんでそれを?」
「…捕まった医者から話を聞いてね。…犯罪、という言葉にすら反応しないのか」
「まーねー」
結構ばれてるようだねー。
ま、いーけど。
「いい加減諦めろ。…これ以上逃げても、死を招くだけだろ」
「炎をバックにして語らないでくださいよ。…かっこいいからっ」
「ほざくな。…一つ、警告してやる」
「なーに?」
「まだお前は自分の心が壊れかけていると思っているだろうが…な」
「ん…?」
「お前の心はすでに壊れているんだよ」
…は?
まさか、いやいや。
自分のことは自分で分かるさー。
「諦めて、…入院するんだ」
「…入院?隔離の間違いじゃないの」
…あー、こんなことなら轢かれなければ良かった。
逃げがたい。
あうー。
「あ、そうだ…先生、超能力者って…」
「くだらない手品なら、不要だ」
言った瞬間、先生の姿がドアップになった。
…って、近いっ!
近いよ!
逃げる逃げる!
左に転がる…。
痛い!
ゴリッつった!
あーーっ。
手になんか、注射器的なものもってるし!
あー、捕まれば…ふむ。
「逃がすか」
「捕まるか」
…肯定とも、否定ともとれる、言葉達。
もう、言葉遊びの時間は終わりかな?
寝転がっている所を、思い切り蹴飛ばされる。
「ああががが」
いってえ…。
うあー。
「…っは、…っつ…」
左手で、首を押さえつけられる。
「観念しろ」
「…誰っ…が」
体に体重がかかる。
あー、女性に重いとか言ったらだめだな。
…痛いよ。
左手も、動くか。
…右手を振り回す。
顔面めがけて。
簡単に避けるなよっ。
あっは、教え子の気持ちだぜっ。
「危ないな…無様だ」
僕の右手を足で押さえつけ、右手で注射器をとりだす。
…プスリ。
刺さった、やばいやばい!
けど…今かな?
左手を、思い切り、振りまわす。
「なっ!」
クリティカルヒットォー。
油断してるなあ。
「っ…あ…」
アゴにジャストミートしたみたいだ。
僕から…重みが消える。
「っは…あっは…左利きなんですよ、僕」
どうでもいいけど。
アゴにギブスが当たった衝撃は簡単には抜けないさ。
よろめいて倒れた先生は…動かない。
…死んでるわけはないけど。
右手を振りまわして、注射器を落とす。
その注射器を拾う。
はいつくばって、先生に近寄る。
…左手に、刺す。
注入ー。
何の薬か知らないけど。
…睡眠薬かな?
「じゃあ、先生…またね。…おやすみ」
さ、いこう。
体も大分動くようになってきたし。
ただ…ちょっと眠くなってきた…さっき少し薬が入っちゃったみたいだね。
右手を頼りに、体を起こす。
壁を使って、立つ。
「さ、いこー」
片足けんけんじゃんぷってやつさ。
階段だってなんのそのっ。
…落ちた、痛い。
あー、頭からちょっと血出た。
ま、そのうち治るかな。
もう一度立って、右足だけで歩く。
疲れるよ。
自分の病室に戻り、道具を探す。
「えーっと、どこかな…」
あ、あった。
とりあえず、松葉杖とー、あと、いろいろ。
よし、行こう。
…その前に、ちょっとだけ、寝るべきかな。
また轢かれたらやだし。
おやすみ。