旧ロボット
人口知能。この言葉が珍しくもなんともなくなり、人間に近い――姿形や喜怒哀楽のある――ロボットがかなり増え、あたりまえになりつつある中、ロボットメーカーの大手企業が作ったロボットは旧型の曲面がまったくないようなロボットだった。
ロボット法により、値段だって最新型のとほとんど変わらない。
誰もが首をかしげたという。なぜ今になってまた作るのか。
昔のカラーテレビの時代に白黒テレビを作る、いや真空管のラジオを作るようなものだと批判される中、それでも売り出された。大々的にではなく、ひっそりとではあるけれど。
そのロボット……製造番号Q-9565044345が、今目の前にいる。人間らしさはどこにもない旧ロボットだ。
買ったのではない。
使っていたのが壊れたので、修理にだしたら変わりにこれがきたのだ。
あの型はもう作っていないのだと言う。
「一年たっていないのに?」
「ええ。途中でわが社の方針が変わったものでして……」
「でも、このロボットと交換って……」
人気、前評判ともに最悪な型と交換ですか、と言外に匂わせると、お客様の買われたモノより高いんですよと返ってきた。
……嬉しくない。
「あの、……これ売れているんですか?」
――――沈黙。
そして慌てて付け加える。
「でも、確かにこの型は昔の古い型ですが、重さは比べものにならないくらい軽くなっていますし、
性能は今のどの型のロボットとも同じです」
使い勝手もいいと思いますよと続ける声も自信なさげだ。
この営業の人も納得してないんだなって痛いほど伝わってくる。
売れないモノがさらに売れないわと、そっとため息をつく。
今の家庭で使われるロボットの常識は、学習型だ。新しいことをどんどん吸収して覚えていく。仕事も感情もだ。最高級のロボットは「お腹がすいた」と言うと「ジャア、作りましょうか?」と訊ねユーザーやその家族の答えによって何種類かの動作、感情を示すことができる。瞬きもする。
俺のロボットはそこまでいいものではなく、顔の表情とかもぎこちなかったけれど、遠くから見たら人そのものだった。
「基本的に今までのロボットと変わらないんですよ。掃除しろと命令したら掃除をしてくれますし、今までのロボットより多くのことが最初から組み込まれているんです」
テレビで酷評されていたようなことを繰り返すのを右から左へと聞き流し、こういう嫌な役をロボットに押しつけないところが偉いよなあと漠然と思った。
俺が聞いていないのに気付いたのか、それともネタがつきたのか、営業マンはまた黙り込んだ。
「…………僕も納得していないんですよ」
観念したようにまた話し出す。
「ここだけの話なんですが、売上、がた落ちですよ。毎年1,2位を争っている会社だということはご存知だと思うのですが、今年は順位が下がるどころか赤字ですよ」
つつけば色々としゃべってくれそうだ。
それだけ不満があるということなんだろう。
背中も語っているような気さえしてくる。まだそれほど年ではないと思うのだが。
「どうかご理解下さい! このQ-95を持って帰るわけにはいかないんです。騙されたと思って使って下さい! 勿論アフターケアはしますし、不具合があればすぐに直させていただきます。一年…いや、半年まず使って下さい。それで気に入らなければ他社の製品を買ってお渡しします!」
最後には土下座してこう頼んでくるので驚いた。
「なんだかんだ言って、自信あるんですね」
と、俺が言うと
「とんでもない! ……しかしこういうように言われてきたのです」
これも会社の方針が変わったことによる影響なのだろうか。会社人間ではない俺にはよくわからない。
とにかく、このような経緯のもと俺の前に旧ロボット――Q-95(それ以下は略)がいる。
「とりあえず、掃除してくれる?」
じっと向かい合っているのも気詰まりで、部屋の掃除を頼む。
「物壊さないよう、最新の注意を払うこと」
どこまで正確性が保障されているのだろうと危ぶみながら言う。
「――了解シマシタ」
……声も人間らしさの欠片もない。抑揚のない声。
「なあ、えっと…Q-95…もしくはキューコ?!」
95だから、キューコなのだろうか。説明書にそう呼べと書いてある。
「何カ用デスカ?」
「えっと……声質とか変えて欲しいんだけど」
説明書を見ながらそう言ってみる。
「ソウイウ機能ハ組込マレテイマセン」
説明書にも書いてあった。Q―95シリーズのできることとできないこと。
できないことの一番始めに『喜怒哀楽といった感情や、声質を変えることはできません』。
「――わかった。綺麗に掃除しといてくれ。ちょっと出かけてくるわ」
「行ッテラッシャイマセ」
そういう挨拶はでてくるんだ。
でも、感情とかは全く関係ないんだな~と思うと妙に淋しくなった。
2,3日使ってみてわかったのは、確かに性能自体は悪くないということだ。声質は相変わらずだけど、ありがとうと言えば「ドウイタシマシテ」と言う。なんとなくの安心感とやるせなさ。たとえば前のロボットは、もうひとアクションあった。人間臭い、ロボットと忘れさせる何かが。
でも、キューコはロボットという枠の中に収まっている。
そして相変わらず、メディアではロボット評論家が大活躍だ。
Q-95シリーズの売れ行きや、反応も独自に調査したと自慢気に表を使い説明している。
「なあ、キューコあれ見てどう思うよ?」
テレビでたたかれている映像を見せて、聞く。人間悪くなっているなあと思いながら。
同じ型のロボットがこき下ろされているのをじっと見るキューコ。
「コレガドウナノデスカ?」
無感情なのが、俺の罪悪感をよけい募らせる。
(こんな言い方ヒドイです。ロボットにだって感情があるんです……)
そう俯き、つぶやくように言われるのと、まったく感情がないのといったいどっちがいいのだろう。
ロボットの型が明らかに違うこともあり、比べるのが難しい。
とりあえず、どんなに嫌でも半年間は我慢しなけりゃいけないんだ。
半分ヤケ気味に「よろしくな!」
とキューコに言う。
キューコはしばらく黙っていたが、しばらくしてから
「ソレニ対スル返事はインプットサレテイマセン」
と言った。
……そんな返事なんか、くれないほうがマシだ。
あと数日で半年という時、Q―95の調子はどうですか?
という電話がかかってきた。
調子はいい。
半年という期間で、キューコとの無機質な声にもある程度慣れたし、距離感もわかった。
でも、それは「慣れ」というものにすぎず、できれば変えてほしい。
そう伝えると、ため息をつき「わかりました」と返ってきた。
「では、3日後に引き取りにあがらせてもらいますが、よろしいでしょうか」
「お願いします」
その時にどのロボットに変えたいかお伺いしますと言い、電話は切れた。
「キューコ、お茶」
「ワカリマシタ」
冷蔵庫を開け、食器棚からコップを出すキューコ。
こんな生活も後わずかだ。
ドウゾともってきたキューコに「今までありがとな」とねぎらいの声をかける。
「ドウイタシマシテ」
俺はキューコの持ってきたお茶をごくりと飲み干した。
ついていない日というものは、とことんついていないらしい。俺は人生で初めてではと思うほど深く色々なものを呪った。運のなさ、恩着せがましい言い方でいうと信じてた奴の裏切り、それを見抜くことができなかった自分、足首の捻挫、その原因となった急に飛び出してきた見知らぬ奴。あげていくだけで、重みがさらに増してくる。笑えるほど楽しいことを思い出せないもどかしさ。
心ン中がぐちゃぐちゃで、その辺にあるものを蹴っ飛ばしたら、さらに足が痛くなった。
……バカだ。どうしようもなく。
なんとか家にたどり着き、出迎えてくれたキューコの無機的さに、苛立ちがさらに増す。
「あっち行ってろよ!」
「ワカリマシタ」
俺の見えない位置に移動していく。
本当に、俺は何をしたいんだろう。涙がでそうだ。
弱気になっていることは百も承知だが、それを克服する術を知らない。
シャワーを浴び、寝室でキューコを呼ぶ。
「足の手当てをしてくれ、捻挫したんだ」
「ワカリマシタ」
救急箱を取りに行き、湿布と包帯を巻いてくれる。
余計なことは何も言わないし、聞かない。そこに安心を感じる
そうだ。
誰にも言わないし、どうせロボットなら……。
「なあ、キューコ。それが終わったら、その……してくれないか」
それでも直截言うのは恥ずかしく、両手で輪を作る動作で示す。
つまり……抱きしめてほしいと言ったのだ。
「ワカリマシタ」
キューコは動作で理解してくれたらしい。
手当てが終わると、俺の背中へ自分の人間とはほど遠い手を回した。
温かみのない本体の温度が直に伝わる。
しかし、強くも弱くもない力加減に、なんともいえない優しさを感じ取り目元がじんわりと熱くなる。
そしてほんの少しだけ感情のないロボットを作った会社の気持ちがわかるような気がした。
どんなに人間らしく作っても、ロボットはロボットなのだ。
人の型をしているだけで俺たちはロボットであることを忘れてしまう。
でも、キューコはどこから見ても人間ではない。
だから性能以上の期待をしない。
人間はできるがロボットには決してできないことを、最初から求めない。
そしてある種の忠実さと寡黙さ。
人の型をした感情のあるロボットは得てしておしゃべりな場合が多い。
しかし、Q-95についてはその心配はいらない。
時々人はものすごく弱くなる。
その弱さは人それぞれだろうが、時には何も言わず抱きしめてほしい時だってある。
俺の今の状態がそうだ。
こんな頼み、普段は勿論だが、前のロボットだったら絶対にしなかった。
キューコだからできるのだ。
キューコを作った会社は、本来のロボットと人間の在り方を考え直したのではと、なんだかそんな気がするのだ。ロボットは確かに生活を助けてくれるが、人間に変わるモノではない。肉体的、精神的手助けをほんの少ししてくれるだけなのだ。
こんなふうに思うのは俺だけなのだろうか。
それでもいい。余裕がでてきてたし、頑張る気がでてきたのは事実なのだから。
本来なら耳がある位置でキューコに囁く。
「俺を殺してくれといったら、してくれるか?」
「ソウ言ッタ機能ハインプットサレテイマセン」
俺の背に手を回したまま言う。
なんだかそれがひどくおかしくて、俺はありがとうといいながら、キューコの手をどけた。
「ドウイタシマシテ」
それに笑いながら、おまえの素晴らしさがやっとわかったよと言ってやった。
会社に電話する。
「もしもし、明日Q-95を引き取りに来ることになっていたと思うんですが…はい、それ取り消します。……ええ、はい。いいんです」
壊れるまで使いますと言い、電話を切った。
「キューコ、お茶」
「ワカリマシタ」
いつもと変わらず、キューコは動く。
この数ヶ月後、Q-95シリーズが人気商品となる。