第6話:ロミオとジュリエット・結
ジュリエットの愛の吐論に対して、ロミオは思わず草むらから飛び出しジュリエットへ愛を語った。
いきなり現れたロミオにジュリエットは戸惑ったが、時間がたつにつれて二人は通じ合う。
「――式だ、結婚式を挙げよう!」
二人がそう結論を叫ぶまで時間はかからなかった。ロミオの伝手でロレンス修道士に式を挙げてもらうおうとも決める。
翌日、日が真上で輝くころ庵室に集まろう。そう決めた。
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「おーい。そろそろ出番だよ」
「ごめん。ありがとう」
「いやいや。……最後の締めだから、シャキってして頑張ってね」
寝転んだせいか衣装が乱れている。服の皺を伸ばしながら舞台へ歩みを進める。ついでにスマホのカメラを用いて顔も確認。ロザライン役の女子が貸してくれた櫛を使い髪を整える。
……うん。ロレンス修道士の役にふさわしい見た目になったと思う。ありがとう、とお礼を言って櫛を返し、俺は舞台へ上がる。
舞台は切り替え中。真上のライトは少しずつ明るくなり昼間を演出している。
バルコニーや家の壁は黒子のクラスメイトが裏へと退避させ、代わりに宗教的なステンドグラスがはめ込まれた庵室の内装が運び込まれる。よいしょっとか、せーのとかの掛け声が小声として響く。
そうして出来上がった庵室の幕。俺はその中央に居座り、
「……面倒ごとが終わらない。私の身が持ちそうにない」
嘆きの声を上げた。
「私の体が一つであることは明白であるというに、毎日のように、この天にある太陽が上がって下がるのが当たり前のように、面倒ごとが舞い込んでくる。私の時間は神へ捧げるモノだというのに、そのことを皆忘れては困る」
ひたすらに呪詛を上げる。少し前の場面、愛を語る場面を見て育んだイライラを吐き出す勢いで、上げ続ける。
なんだか少しスッキリした気分になった、そんな時だ。
「おはようございます。ロレンス修道士」
ロミオ役の副学級長の声が聞こえてきた。
「おはようロミオ。どうしたんだい? また恋の悩みか?」
俺は、ロレンス修道士は疲れたような表情と声を出した……と思う。ロミオへの副学級長への恨みというべきか、嫉妬心というべきかの負の感情は隠せた……はずだ。
「ああ、そうなんだロレンス修道士。ついに待望していた恋が叶ったんだ! 今すぐにも式を挙げたい! その牧師となってくれるかい!」
「叶った……?! あのロザラインが君になびいたというのか?!」
「いや、ロザラインじゃあない。紹介するよ。ほらジュリエット」
そう言って副学級長の後ろにいた少女、彼女が俺の前に現れる。
「どうも」とお辞儀をし、彼女は再び副学級長の後ろへ。
……。
「……なるほど、キャピュレット家とモンタギュー家の子たちが結ばれるのか」
「ああ、でも家なんて関係ない! 俺たちは正に愛し合っているんだ。なぁいいだろう!」
……。
「私からも、お願いします!」
……。
「……もちろん、願ってもない僥倖だ。キャピュレット家とモンタギュー家の子が結ばれれば、この長い争いは終わる。ほつれた関係を縫い合わせることが出来るだろう」
「やった、ありがとうございます!」
……。
「少し待て。準備をする」
二人の感謝を背に俺は舞台裏へ歩む。
……よく舌を噛むのを我慢したと、俺は自分自身を褒めた。
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演奏者が居ないのに、ウェンディングソングが鳴り響く。場面はそのまま、俺が聖書を片手に現れる。
結婚式の牧師の役割は誓約。神の導きに従って二人が出会ったことを喜び、結ばれることを神へ誓う言葉のやり取りをするのだ。
「汝、ロミオは、このジュリエットを妻とし、良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も、共に歩み、他の者に依らず、死が二人を分かつまで、愛を誓い、妻を想い、妻のみに添うことを、神聖なる婚姻の契約のもとに、誓いますか?」
「ここに誓おう」
俺の言葉に、ロミオは端的に答える。
……一呼吸。
この次の台詞を言う時、言った後は覚悟が必要だからだ。
「……汝、ジュリエットは、このロミオを夫とし、良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も、共に歩み、他の者に依らず、死が二人を分かつまで、愛を誓い、夫を想い、夫のみに添うことを、神聖なる婚姻の契約のもとに、誓いますか?」
「誓います」
……舌から鉄の味がする。口元を聖書で隠していて本当に良かったと思った。
心が痛い。背中が寒い。彼女の言葉に動揺しきっている。
――ああ、それでも耐えたぞ。耐えきったぞ。
「……宇宙万物の造り主である父よ、あなたはご自分にかたどって人を造り、夫婦の愛を祝福してくださいました。今日結婚の誓いをかわした二人の上に、満ちあふれる祝福を注いでください。二人が愛に生き、健全な家庭を造りますように。喜びにつけ悲しみにつけ信頼と感謝を忘れず、あなたに支えられて仕事に励み、困難にあっては慰めを見いだすことができますように。また多くの友に恵まれ、結婚がもたらす恵みによって成長し、実り豊かな生活を送ることができますように。わたしたちの主 イエス・キリストによって」
言葉がスラスラと出てくる。安堵感が心を満たしている。
そう、俺は耐えきった。これから先の学校生活を保障したんだ。副学級長への嫉妬心は消えないが、それ以上に彼女が他の男に愛を吐く事がなくなるという、安心感が心を満たしている。
「……これで、二人の上に神の祝福を願い、結婚の絆によって結ばれた。……二人を神が慈しみ深く守り、助けてくださるよう私は祈ろう」
これで俺の台詞はお終い。あとは二人がキスをして、舞台は全てお終いだ。
……キスと言っても、ガッツリするわけではない。振りだ。キスする後5センチほどで舞台の幕が下りるのでキスはしない。させてたまるか。
俺の言葉の後に副学級長と彼女は、二人は抱き合う。
二人は幸せにウンチャラカンチャラ、とアナウンスが鳴り、幕が下り始める。
半分幕が下りた時、二人は顔を向き合わせて、目をつぶる。
そして顔を近づけて――おい待て。
明らかに、副学級長の顔の速度が速い。
このままだと、唇が触れ合ってしまう。そう考えてしまう。
幕が、二人の顔を隠す少し前まで下りた。
副学級長の鼻息でも当たったからだろうか。彼女は目を開けるが、副学級長の顔はもう数ミリ先にあり――
――俺の右手は、副学級長の顔面に突き刺さっていた。




