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第7話:問題の先送り

「今日の事はごめんなさい」


 彼の責任を感じた重苦しい言葉に、


「……」


 私はうつむいてしまう。


「俺は嫉妬していたと思うんだ。凄く情けない事なんだけど、その、ロミオに。……空想上の話なのにな。お前が俺とは違う男と一緒になるだけで血を吐きそうな思いだったよ」


 彼の言葉は続く。その音を耳が感じ取り、脳がその音を言葉だと理解する。そのたび頭が重い。肩が重い。重圧を感じ取ってしまう。


 ああ、私は何ていう事を。


 私の頭蓋。そこには反省だけが存在した。


 彼は真剣に怒って、今は真剣に反省している。


 しかし、それに対して私は何だ? 何なんだ? どうして、


 (「……ふへへ」)


 こんなにも嬉しく思っているんだ?


 嬉しさがこみあげている。頬が自然に上に上がり、にやけ顔になっている。


 それを自身が認識するたび、私の自我が自己嫌悪で更に体を重くする。だけれども、喜びはあふれ続ける。


 なんて自分勝手な感情なんだろうか。最低だ。私はなんて最悪な人間なんだ。


 感情が喜びを発信しているのに対して、理性は自己嫌悪に陥っている。顔はさっきからニヤけているのに、背中は冷や汗で溢れ、平衡感覚は狂いきっている。


 私の内部・外部・理性・感情、それらが異なる出力を発している。一貫性なんてない。バラバラだ。


「だからさ、すごく申し訳ないけど助かったよ。ほら、泣いて心配してくれたこと。あの涙のおかげで俺は正気になれたと思うんだ。泣かしたのは俺なのにな」


 彼は私の状態に気づかず言葉を発している。彼自身も、自分の感情を整理するのに忙しいからだろう。


「俺が、俺しか悪い奴はいないのにな」


 彼の言葉が聞こえるたびに、私は喜び、自己嫌悪に陥り、体が重くなる。


「……」


 どう言葉を返せばいいのか分からなかった。


 いや、返す内容はあるんだ。ただ返すのが――辛いんだ。


 だから音を口から立てることが出来ずに、ただただ、うつむく事しかできない。


 そして、


「ごめんなさ――」


 その言葉が聞こえた瞬間、


「違うのよ!」


 私は叫んだ。


「あれは悲しみから生まれた涙じゃないのよ!」


 彼に謝らせたくなくて、こんな醜い私に謝罪させたくなくて。


「喜びから、すごく自分勝手な喜びから生まれた涙なのよ!!」


 この叫びは感情や理性が入り混じった、とてもとても醜い私の言葉で、


「今だってそう!! 貴方がそんなにも悲しんでいるのに、私は喜んでいる! 喜んでしまっているのよ!!」


 そんな私の痴態に、ビックリした彼の事を顧みることなく、


「貴方の言葉をちゃんと咀嚼して理解しても、私は喜んでしまう! 貴方が伝えたいことは暴走してしまった事、それを反省している事。

 なのに、私は喜んでしまったのよ! 『ああ、貴方はそこまで私を愛してくれていたのか』って!! 貴方の事故反省なんて一切考えてない、自己中心的で醜い感情なのよ!!」


 そのままの私自身を叫びきって、泣きわめいた。




 @




 文化祭まで残り2週間を切った。


 すでに物語の台本、役決めはできており、残りは演劇の練習と道具作りのみになっていた。


「おいっちょっと! そこ踏まないでよ!!」


「ああ、わる「そこペンキ塗りたてなのよ」――い! マジかよ! この靴、最近かったばかりなんだぞ!!」


 役が無い、もしくは無いにほぼ等しい役は道具作りを行っていた。


 そして役がある人類は、体育館で演劇の練習を行ってる。


「――嗚呼、ロミオ! なぜあなたはロミオなの!!」


 ジュリエット役の彼女が、体操服姿でそう演技をしている。それに対してロミオ役の副会長が――


 正直、見たくない光景だ。聞きたくも無い光景だ。


 ……でも耐えなければならない。


 あの時、彼女が叫んだあとした約束。それを守るために、俺は問題を起こさない。おとなしく過ごすのだ。


 だから今は、嫉妬してる場合ではない。副会長が彼女に近い位置にいることに嫉妬してはいけないのだ。


「――君、出番そろそろだよ」


「……え? あ、ごめん。忘れるところだった。ありがとう」


 ロザライン役の可愛らしい女子に声をかけられた俺は、慌てて立ち上がる。


 まだ覚えきれてない台本を片手に、俺は舞台へ向かった。

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