第4話:今日はいい天気ですね
これは去年の夏祭りの日の出来事だ。
地元の夏祭りは役場近くにある広場で行われる。何故そこで祭りが開始されるのかは分からないが、たぶん自由に使えるスペースが広いからだと推測できる。
そんなスペースでは、8時に開始される花火まではワイワイと騒ぐ。
スペースには様々な屋台や、謎の舞台で何らかのダンスや出し物をやって人々を楽しめる。
私はその時、姉の所属するグループの出し物を見ていた。内容は太鼓だ。
ドンドコドンドコ鳴る太鼓をぼぅっと一人で見ていた。
両親はここには居ない。この祭りの運営ともいえる役場の公務員なので忙しいのだ。今まで一緒に回った事は一度もない。
そんな時だった。
「あれ、先生?」
後ろから聞き覚えのある男性音。振り向くと、そこには私が勉強を教えていた男がいた。
「先生ってなによ、先生って」
「いや、まあ勉強をいつも教えてもらっているし。その時も俺、先生って呼んでるじゃないか」
「その時もヤメテって言った気がするのだけど」
太鼓のドコドコ音が大きくなっていく。出し物の太鼓がクライマックスに向かっているようだ。ここで私たちが話していると周りに迷惑になりそうだ。
なので彼を連れて別の、少々騒いでも問題なさそうな場所まで移動することにした。姉さんゴメンナサイ。
そういう事で、彼と一緒にその場所まで歩く。
「それで、何なのよ」
「え?」
「話しかけたって事は何か用事があるって事でしょう? 何なのよ」
「用事が無いと話しかけちゃダメなのか?」
「それが普通じゃない。何を言っているのよ」
「別に用事が無くても良いじゃないか。なんとなく見かけたから話しかけてみたって良いじゃないかよ」
確かにそうだ。別に何か無くても話す事は結構ある。だけどそれは、親しい関係を持った人間のみ成り立つ行為だ。
だから、彼のような単純な知り合いの仲では成り立たない。ゆえに、
「何も会話が生まれないと思うのだけど」
「……いやでも! 今こうして会話が出来ているじゃないか!」
「それは私が話題を提供したからでしょう? 提供してなかったらどうするつもりだったの?」
「そうしたら俺から話題を提供する」
「例えば?」
「……今日はいい天気ですね」
なんだその全く持って意味のない話題は。思わず苦笑いが漏れた。
「こんな夜にする会話じゃあないわね。空が黒くて天気が分からないのだけど」
「駄目なのか……?」
「せめて、この場に合わせた話題にして。話題の提供が下手過ぎない?」
「そこまで言う必要はないだろ……」
そう言って彼は眼を閉じた。彼が考え込むときの癖だ。
……いや、考え込むような事ではないとは思うのだが。こんな事なんてすぐに結論が出るだろう。特に意味のない話題しか出ないと。挨拶が終わったらそのまま別れるのが良いのだと分かるだろう。
彼が目を開けた。答えが出たようだ。
「——————」
だが、その答えは私が思ってたものとは違かった。全くの予想外の言葉であった。
でも、そんな予想外な言葉によって、
「……へ?」
私は恋心を自覚した。
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なんてことを姉さんに話しながら、私は彼が来るのを待っていた。
その話が終わり、お茶を飲んでいると姉さんが音を出した。
「へー。それで?」
「それで? 話はこれでお終いよ」
「え? たったそれだけ? なんかもっとないの?」
「ないわよ」
「えー」
「……何よ姉さん。なんでそんなに不満げな顔をするのよ」
「いやだって、恋に落ちる瞬間だよ?! もっと、なんか、その、ロマンチックな感じで、ドカーンって感じで!」
ドカーン……? 姉さんは良く分からない表現を多用しながら、手をワキワキと動かしながら、何かを訴えている。
「なんでそんな場面で恋に落ちてんのよ! もう少しちゃんとした場面があったでしょう!!」
「……恋に落ちたというか、その恋を自覚したっていうのが正しいかもしれないわ」
「だとしても! それで自覚するって……あー」
がっかりしているのか、怒りが爆発しているのか。それは分からないが、姉さんは頭を抱えて唸っていた。
「恋バナとして全然ロマンチックじゃないよー……」
「別に、ロマンチックじゃなくても良いじゃない。彼と付き合い始めたのは別の日だし」
「え! そっちはロマンチックだよね!」
「……はぁ」
なにかとドラマになりそうな展開を望む姉さんを相手にしていると思わずため息が出た。
ピンポーンとチャイムが鳴る。彼が来たようだ。
立ち上がりそうな姉さんをにらみつけ、座ったままにさせて、私は玄関へ向かった。




