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竜国の王子と金剛石の乙女  作者: 柳沢 哲
8/15

星空の下の密会➁

 キャロルは部屋にこもりきって誰にも会わなかった日々を思い出した。ひざを抱えて窓の外を時々見る。気を失うように眠って、朝も昼もよくわからなかった。父が呼んだ医者が来るが、何も言わないキャロルを見て心の病だろうと言っていた。

 そんなある日。招待状が届いた。執事は、ぜひともお嬢様が行くべきです。心の病には旅が一番です、と言った。

 きっと父は、自分を追い出したかったのだ。キャロルもそのほうがいいと思った。心を病んでいると社交界では嘲笑され、婚約者も去った。そんな娘にいつまでも家にいて欲しくはないだろう。

 船が港に着くまでに、沈んでしまえばいいと思った。

 部屋の中は真っ暗で、ルルも晩餐会の手伝いに行っていていない。キャロルは鏡の前で髪を解いた。青白い肌、真っ白な髪、冷たく暗い薄氷のような目。うっすらとしか見えない自分の顔は、母に似ていた。やつれて亡くなる前の母はうつろな目で天井を見ていた。

 キャロルは自分の胸元を撫でる。せっかくの晩餐会なのに、母のブローチがない。いつの間にかなくなってしまった。部屋中を探したのにどこにもなかった。大切なものだったのに、どこでなくしてしまったのだろう。本当に自分は、どうしようもなく不出来な娘だ。

 キャロルはもう一度中庭を見た。ドラゴンたちはいつの間にかいなくなっていた。セレンディバイトだけが、夜空を見上げている。彼の背中が寂しげで、何故かキャロルは気になった。

 サファイアだけではなく、セレンディバイトもキャロルを見ていたとセレナは言った。どういう意味なのだろうか。

 明日どうせ帰るのだ。今後ドラゴンたちに関わることもない。そう思うとキャロルは部屋を抜け出した。廊下を駆け足で、階段を駆け下りて、中庭に行く。まだ空を見上げるセレンディバイトにキャロルは声をかけた。

「美しい星空ですね。」

 セレンディバイトが振り返った。

 彼の目の周りには水晶がついていた。瞬きをすると、キラキラと光りながら砕けて地面に落ちた。涙だったのだとキャロルは気づいた。

「キャロライン。庭に出ることは禁じられていたはずでは? 」

 キャロルは微笑んだ。

「明日ヨクジアに帰りますので、最後にどうしてもセレンディバイト殿にお会いしようと。」

 セレンディバイトの前まで行くとキャロルは言った。

「サファイア殿だけでなく、私を気に入っていただけたようで、嬉しくて。」

 セレンディバイトはぐっと頭を降ろした。

「ヨクジアに戻るのか? 」

「はい。晩餐会が終わればここにいるわけにもまいりませんから。」

 セレンディバイトはキャロルの目を覗き込んだ。

「ならば、我が王都に来てくれないだろうか。」

 予想しなかった申し出に、キャロルは驚いた。

「我が王にぜひ会って欲しい。そなたなら、我が王も目を覚ますやもしれぬ。」

 ドラゴンがこんな風に人に物をたのむことがあるのだろうか。頭を低くしてじっと見つめるセレンディバイトをキャロルは見つめ返した。

「しかし、ドラゴン族の王都は、極寒の地にあり、人は凍え死んでしまいます。王にお会いする前に、私の命はないのではないでしょうか。」

 セレンディバイトは首を横に振った。

「雪や風、冷気から守る道を選ぶ。王の眠る城も、寒さから守られている。リーリウムの信徒もそこから王へ謁見するのだ。」

「ですが、その……。」

 そんなことを勝手に約束していいのだろうかと、キャロルは思った。

「そなたは、自分の身の行方を自分で選べないのか? ならば誰に問えばよい。その者から許可を得よう。」

 言われてキャロルは顔を上げた。

「参ります。私でよければ。」

 セレンディバイトの目が微笑んだ。

「礼を言うキャロライン。そなたの輝きならば王もきっと、目を覚ますだろう。」

 落ち着いた穏やかな声だったが、嬉しそうだった。その声に、キャロルは胸が温かくなった。



 翌日、昼前にエスターは召使にひっぱられるように帰っていった。手紙を書くとキャロルに告げて、会ったときよりも何倍も明るい笑顔を浮かべていた。

セレナはほっとした顔の召使を連れて、キャロルに挨拶に来た。

「昨日は、気づきませんで申し訳ございませんでした。」

「そんなことありません。セレナ殿にも、ご心配をおかけしてしまって、こちらこそ申し訳なかったです。」

 肩を落とすセレナに、キャロルは謝った。

「キャロライン様、もしご迷惑でなければ今度お茶にさそってよろしいですか? 」

「もちろん。とても嬉しいです。」

 セレナの笑顔は初めて会ったときと同じように、愛らしく、美しかった。しかし、彼女の顔は召使たちに檄を飛ばすときの怒った顔もまた、魅力的だった。

「キャロル様はお昼の船で帰られるのですね。」

「ええ。その予定よ。」

 ルルは微笑んだ。

「では、お昼のお茶の時間までは一緒ですね。」

 微笑んでいるのだが、ルルの声は少し寂しそうだった。

「ルル……。」

キャロルが声をかけようとしたとき、部屋の扉が叩かれた。

「はい、今あけます。」

ルルが近づくより前に扉が開いて顔をのぞかせたのはフローディアだった。彼女はにっこりと妖艶な笑みを浮かべた。

「フローディア様。いかがなされました? 」

「はい。キャロライン様にお話があって。お邪魔します。」

 意外な客だと思いキャロルは立ち上がると、フローディアはキャロルの頬を平手で打った。

「フローディア様っ。」

 ルルがキャロルに駆け寄った。

 フローディアの顔からは笑みが消えていた。

「ご自分が何をなさったのかご存知でしょう。キャロライン・ワーグナ。」

 冷たい声だったが、キャロルは何故か恐くなかった。

「王がお待ちです。ご一緒にいらしてくださいな。」

 怯えるルルはフローディアとキャロルを交互に見る。

 部屋の前には兵士がいた。

「何を、何をなさるのですか? 」

 ただ事ではない雰囲気を感じてルルは震えていた。

「ルル殿。この方は王の許しなくドラゴン族の王と謁見の約束を交わしたのです。」

 淡々と言うフローディアにルルの顔が青ざめた。

「そんな、どうしてそんな恐ろしいことをなさったのですか。北に行くことは禁じられていると申し上げたではありませんか。」

 裏切られたような目でルルが見つめたとき、キャロルの胸が痛んだ。

「……ごめんなさい。」

 小さく言うと、ルルが子供のように泣き出した。

 兵士に囲まれて連れて行かれた場所には、国王と青い目の妃がいた。二人とも険しい顔立ちをしていた。

「キャロライン・ワーグナ。世話係から北への渡航を禁じていることは知っていましたね。」

 フローディアが言った。

「存じていました。」

「では何故独断でドラゴン族と渡航を企てたのです。」

「セレンディバイト殿がそう望まれたので。」

 国王の表情が歪んだ。

 フローディアは冷笑を浮かべた。

「まさか、ドラゴンの王妃になるおつもりですか? ドラゴン族があなたを迎え入れてくれるとでも? 」

 キャロルは黙った。きっと何を言っても無駄だろう。誰も自分の言葉を信じない。

「ワーグナ殿。そなたの口から聞きたい。」

 女性の声にキャロルは顔を上げた。

 王妃がキャロルを見据えていた。レオナルドによく似た顔で、キャロルは目をそらせなかった。

「何故、応じたのだ。」

 レオナルドと同じ青い目がじっと見つめる。

「尊いドラゴン族の方が、私のようなものに懇願されたので、応えたいと思ったのです。」

 フローディアは何も言わなかった。国王はため息をついた。

「ワーグナ殿。北への渡航を禁じたのは、人が生存できる場所ではないからだ。ドラゴン族だけではなく、巨人やトロル、オオカミやゴブリン、人肉を好む魔物の住処が多くある。我が民を守るためだ。そして貴方は、わが国ではなくヨクジアの民。あなたの生死はこの同盟に亀裂をいれかねない。」

 今までキャロルが生きても死んでも、ヨクジアには何の変化もない。それが、場所が変わるだけでこんなに大きな波紋を起こすなんて、可笑しかった。

「ならば私を、エラゴニアに受け入れてください。ヨクジアの民ではなく、エラゴニアの民として、セレンディバイト殿の約束を果たさせてください。」

 国王と王妃が意外な言葉に驚き、視線を交わした。

 フローディアも驚いていたが、彼女は瞬きをすると哀れなものを見るようにキャロルを見つめた。

「私ももう十八。自分の意思で国を選べるはずです。」

 国王はキャロルを見つめ返す。

「ヨクジアには、戻らぬ覚悟か。」

「はい。」

「ならばそなたをエラゴニアの民として受け入れよう。ドラゴンの王は、貴方が思っているようなものではない。覚悟して行かれよ。」

 国王は重いため息をついた。

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