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竜国の王子と金剛石の乙女  作者: 柳沢 哲
7/15

星空の下の密会①

 その夜キャロルは夢を見た。

 夢の中では母がキャロルをひざに抱いて、宝石箱を見せてくれた。

「これは、いつか貴方が立派な淑女になって、晩餐会に行くときにつけていくといいわ。」

 真っ青な石でできたブローチだった。

 母の形見になってしまったブローチ。でも、いつの間にかなくしてしまった。

 目が覚めてキャロルは、胸に手を当てた。ここに飾るはずだったブローチ。母が残してくれたもの。つらいことがあると手にとって眺めて、母を思い出した。優しくて、きれいな人だった。父を愛していた。

 母が死んでしまってから、父は仕事で家を空けることが多くなった。

 自分がワーグナ伯爵家を継ぐのだと、キャロルは日々努力した。人前に出るのは苦手だった。ダンスも、苦手だったけれど、練習した。堂々とした娘になれば、父も安心してくれると思ったけれど、自分ではだめだった。

 ある日父は美しい女性を連れて帰った。

 キャロルが十三のときだった。


 晩餐会の準備で城内は慌ただしくなっていた。朝食の後、キャロルがルルとドレスの小物を選んでいると、扉をノックする音が響いた。

「はい。どちら様ですか? 」

 ルルが行くとエスターがひょこっと覗いた。

「レベッカ殿が兵士の訓練場を見に行くとおっしゃってるので、キャロル殿もいかがかと思って。」

 レベッカと一緒にセレナもいる。

「ルル、貴方に任せていいかしら? 私よりも貴方の方が素敵なものを選んでくれそうだもの。」

「そのようにおっしゃられますと、お断りできかねてしまいます。しかし、お怪我をなさらないでくださいませ。訓練中の矢が飛んでくるかもしれませんから。」

「分かっているわ。」

 ルルに託してキャロルはエスターたちと共に兵舎に向かった。

「若い娘たちがいると兵士たちに活気が出る。ヨクジアでもエラゴニアでも変わらない。」

 レベッカ一人でも十分ではないかと、キャロルは思った。

「フローディア様もお誘いしなくてよろしかったですか? 」

セレナがきょろっと後ろを振り返った。

「あれは将軍家の娘として挨拶回りがある。気にするな。」

 レベッカは住み慣れた場所のように城内を進んで行く。しばらくすると騒がしい声が聞こえてきて、階下に兵士の訓練場が出て来た。

 鎧をまとって剣を振る兵士や、装備を付けずに取っ組み合う兵士を見て、エスターがぽかんと口を開けた。

「どったんばったんしてますね。」

セレナは遠くにある、投石器のようなものを見た。

「木製ではなく、鉄製なのですか? 」

「ドラゴンの炎で焼けては元も子もないからな。」

詳しく説明するレベッカにセレナとエスターが聞き入っている。キャロルが顔を上げると、真っ白なドラゴンが飛んでいく。サファイアだ。

「サファイア殿がいれば、もっと訓練にメリハリがでるのだがな。」

レベッカが見上げて言った。

「死人も出ませんか? 」

 セレナがもっともなことを言った。

 こちらに気づいた兵士に、セレナとキャロルが手を振ると兵士たちが両手を振ったが、レベッカが振り返ると全員固まった。いったい彼女はここで何をしたのだろう。

 昼食を取りに訓練所から食堂に行く途中だった。中庭を通った時に、庭を挟んだ向う側の通路を、レオナルドとフローディアが歩いているのが見えた。

 思わずキャロルは足を止めた。一瞬見えた二人の表情は、柔らかい笑みを浮かべていて初対面というよそよそしさは感じなかった。

「キャロライン様? 」

 キャロルが立ち止まったことに気づいてセレナが声をかけた。

「ごめんなさい。なんでもないの。」

 キャロルは振り返った。何故か分からないが、胸の奥がざわついていた。



 晩餐会に出席したのはヨクジアだけでなくエラゴニアから集められた淑女も多くいた。ヨクジアにはない装いに、きらびやかな宝石をドレスのように身にまとう。褐色の肌に黒髪をした彼女らは大人びていて豊満で、セレナは同い年なのにこの差は何ですかと泣いていた。

「セレナ殿も美しいです。」

 エスターが励ますと、セレナはきゅっとエスターを抱きしめていた。

 初めて見るエラゴニアの王は金髪とひげをした美丈夫で、彼の三人の妃も美しく、優劣などなく堂々と振舞う。その中に一人、黒髪に青い目をした美しい妃がいた。彼女の顔には傷があるが、気にする素振りもない。その美しさはレオナルドに似ていて、キャロルは彼女がレオナルドの母であることを察した。

 そして主役の第二王子ユークリッドは、国王によく似た青年だった。痩せていれば。

「たぷたぷ、してますね。」

 セレナが思わず言った。

「恰幅がよい方ですわ。絞れば油が出そう。」

フローディアが言った。

 彼女のドレスは体の線がくっきりとした不思議なドレスで、胸元がレースのリボンで厚くなっているのに、細い腰や足のラインにそってスカートが細くなっていた。

「相変わらずの丸さだな。」

レベッカの装いは華やかだがズボンのままだった。それがよりいっそう彼女の美しさ、りりしさを引き立て、周りの女性からもちらちらと目線が飛んでいた。

「レベッカ様はエラゴニアにも何度も足を運ばれているのですか? 」

 セレナが言うと、レベッカは言った。

「母方がエラゴニア人なのでな。」

「なるほど。もっと早くお会いして、城下町を散策するときにご一緒いただきたかったです。」

セレナが言うと、レベッカは見つめ返した。

「今からでもかまわないぞ。」

 こんなに真面目な顔で冗談を言う人がいるのかと、キャロルは思った。

「ぜひにと申し上げたいところですが、私もあの淑女の壁を突破して王子にご挨拶をせねばなりません。」

 丸い王子を囲んだ女性の円を見てセレナはため息をついた。

「紹介しよう。エスター、ついてくるとよい。従兄弟殿に挨拶をせねば。」

「はい。」

「え? レベッカ様、今とても重要なことをおっしゃいませんでしたか? 」

 驚くセレナと、人ごみに押しつぶされそうな大きさのエスターをつれてのしのしとレベッカは行く。キャロルはその勇ましさに見とれて、気づくとフローディアと二人になった。キャロルは何故か緊張してフローディアを見る。目が合うと、フローディアはにっこりとほほ笑んだ。

 堂々とした様子に、キャロルはひるんでしまった。

「もし、よろしければ一緒に踊っていただけませんか? 」

 キャロルたちの前に一人の青年が現れた。キャロルはびくっと震えた。

「まぁ、よろしいのですか? 」

「ぜひに。」

フローディアが青年の手を取る。

「では、失礼いたしますキャロライン様。」

 あざやかに立ち去ったフローディアを見て、社交場を慣れているのだろうと感じた。

 対してキャロルは、一人になると途端に空気を重く感じた。周りの視線が苦しく、そっと離れるとテラスに出た。

 夜風が気持ちよく吹いた。喧騒を離れると少し空気が軽く感じる。中庭の方向をつい見てしまうが、ここからは暗くて何も見えない。

 以前はちゃんと淑女らしく振舞えたはずなのに、今はこの空気がただただ苦しい。せっかくルルが選んでくれたネックレスも、自分の表情が暗いせいでくすんで見える。

「こんなところで何をしている? 」

 びくっとキャロルは振り返った。

中年の貴族がいた。おそらくエラゴニアの者だろう。酔っているようで、彼はワイングラスを持っていた。

「ヨクジアから来た娘だな。どうした? 王子はあちらだぞ。」

 からかうような言葉に、キャロルは恐怖を感じた。無理やり笑顔を作ろうとしたが、頬が引きつる。

「少し、熱気に酔ってしまったようで。」

そう言って離れようとしたが男は立ちふさがる。

「ヨクジアの娘は皆ドラゴン族に恐れをなして帰って行ったというが、なかなか美しいのが残っていたではないか。」

 男の手がキャロルに伸びた。

「ベイモス伯爵、奥方がドラゴンのごとくに睨んでいるが良いのか? 」

 レオナルドの声に、男がびくっと震えた。

 テラスと広間の境目に立って微笑んだレオナルドが近づくと、慌てて男は言った。

「王子、このことは妻には内密に。」

「すでに見られている。早く行け。」

一気に酔いがさめたようで、男は走り去った。

 ほっとしたキャロルはテラスの手すりにもたれかかった。

「ありがとうございます。随分お酒を飲まれていたみたいで。」

 まだ少し震えるが、レオナルドがそばにいると落ち着いてきた。

「なに、そなたを怯えさせた分は奥方が叱り飛ばすだろう。誰か人を呼ぼうか? 」

「いえ、王子がいらっしゃったので落ち着きました。」

 焦りと安心とで、キャロルはうっかり本当のことを言ってしまった。

 キャロルと距離を空けていた王子が近づいて、手すりから強引にキャロルを引き寄せた。

「確かに、震えは収まっているようだ。」

 驚いて固まったキャロルの手を見て、レオナルドは言った。

「私のことはもう恐ろしくはないらしい。」

 微笑んだ顔に、キャロルは赤面した。胸が高鳴り、逃げ出したいような気持ちになった。

「その、本当に、ご無礼を……。」

「気にするな。安心した。」

 キャロルは赤くなった顔を見られないようにうつむいた。

「レベッカと共に兵士を激励してくれたと聞いた。感謝する。」

「そんな。ただ、見学させていただいただけです。」

 顔を上げるとからかうように、レオナルドが言った。

「そなたもレベッカのように剣を持って怒鳴り散らしたのかと驚いた。」

 そんなことを他国でしているのか。

「レベッカ殿はとても勇ましい方なのですね。」

「あれが女に生まれたのが惜しいと母も言っていた。男であれば、騎士として迎え入れたいと。しかし、あれほどの公爵令嬢を娶るのであれば、よほど武勇のあるものでなければ難しいな。夫婦喧嘩で国が亡ぶかもしれん。」

 想像して、キャロルはつい笑ってしまった。

「キャロライン殿、一つぶしつけな質問をしてもよいだろうか。」

「はい、どのようなことでしょうか。」

 レオナルドは少し口ごもったが言った。

「そなたには婚約者がいたのではなかったか? 」

 その瞬間、キャロルは全身の血の気が引くのを感じた。さっと、頭から足元まで、冷たい冷気が駆け抜けた。

「その、私がいたらないばかりに、お話はなかったことになったのです。」

 声は自然と口から出た。笑顔も作れた。

「それは、申し訳ないことを聞いた。」

「いえ。とんでもないです。」

 レオナルドが口を開きかけたとき、フローディアがやってきた。

「こんなところにいらっしゃったの。レオ王子。」

 甘い声で親しげに彼女は呼んだ。

 呼びかけてから、フローディアはキャロルに気づいたようだった。

「では、失礼いたします王子。」

 キャロルは恭しくお辞儀をするとその場を後にした。

 そのまま広間には戻らずに、キャロルは会場の見張り番に告げて部屋を出た。

風が強く吹いた。大きな音がして、木の枝が揺れて葉が舞う。中庭ではドラゴンたちが井戸端会議をしている。そのシルエットが、星の明かりのしたうっすら見えた。

 明日には帰る。とても楽しい日々だった。ここに来る前には予想もできなかったほどに、不思議で楽しい日々。まるで夢のようだった。

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