突風と令嬢➁
その日は朝から風が強く吹いていた。
「エラゴニアではよくあるのですが、この時期になると突風が吹くのです。窓は閉めておきますね。」
ルルはカーテンだけ開けて、窓の鍵をしっかりとしめた。
「油断すると窓を千切ってしまうこともあるのですよ。」
昼になると窓を閉めていてもわかるくらい、いつもよりにぎやかな声がした。中庭に子供たちが大勢集まっていた。セレヴァリル夫人と一緒に同じような灰色の服を着て、帽子をかぶっている。
「童歌士の子達です。今日はドラゴン様たちのために集まりました。」
エスターは召使たちに言った。
「私よりも幼い子たちがあんなにおそばにいるのです。危険なことなら王が許されないでしょう。」
じっと見詰めるエスターに根負けして、絶対近づかないようにと約束して庭に向かった。
セレナとキャロルもエスターの手をとって着いて行った。中庭には十人ほどの子供たちがいた。肌の色はそれぞれ違うが、同じ服を着て並んでいた。
「ヨクジアのご令嬢たちです。一緒に歌を聞かせてください。」
ルルの申し出をリーリウム教の信徒は快く受け入れてくれた。
「キャロルたちも来たのだな。こっちに来るのだ。特等席で聞くがよいぞ。」
サファイアが前足で芝生を踏んだ。
エスターが駆け寄ったので、召使が青ざめた。代わりにキャロルが寄り添った。
「お初お目にかかります。」
サファイアはエスターを見て、ぐいっと頭を近づけた。びくっとエスターは震えた。
「知ってるぞ。公爵令嬢だな。」
「はい。エスターと申します。ご挨拶が遅くなって申し訳ございません。」
「かまわぬぞ。そなたも小さき身で長旅ご苦労であった。」
サファイアが穏やかな声で言うと、こわばっていたエスターの体がゆるんだ。
ドラゴンたちが集まると、子供たちは歌い始めた。その歌はヨクジアとエラゴニアで使われる言葉ではない言葉だった。ところどころ聞きなれた単語から察するに、春の到来を告げる歌らしい。優しく、明るい声で響いていく。ドラゴンたちは目を閉じて、子守唄のように聞き入っていた。
歌が終わるとエスターが小さな手を叩いた。セレナとキャロルも倣って叩く。子供たちは不思議そうに顔をみあわせた。
「それは何だ? 」
サファイアがたずねた。
「拍手です。ヨクジアでは素晴らしい歌や演奏、お芝居を見た後に観客が賞賛の意味をこめてします。」
エスターが言うとサファイアは目をぱちくりさせた。
「なるほど。我らではそんな音は立てられないからな。」
サファイアは自分の前足を見て言った。
「ですが、顔を見ればどれだけ喜んでいただけたかわかります。私たちよりも大きくて立派なお顔ですもの。」
セレナが言うとサファイアは納得した。
「皆、よい歌声だった。また聞かせておくれ。」
セレンディバイトが言うと子供たちは嬉しそうに笑った。
信徒が子供たちを連れて帰る。その時だった。突風が吹いて、みんな立ち止まった。頭上まで吹き上げた風は激しく壁を打ちつけ、開いていた窓のちょうつがいが外れた。
窓は一番端にいた子供めがけて落ちてきた。それに気づいたキャロルは駆け出した。
大きな木製の窓は容赦なく落ちてきたが、キャロルには当たらなかった。激しくぶつかった音がたったが、痛みも衝撃もない。
恐る恐る目を開けると、キャロルと子供の上には影ができていた。大きく伸びたサファイアの羽が二人の上に屋根のように広がっていた。
「キャロル様。」
ルルがとびこんできた。
「お怪我は? 」
キャロルの腕の中で子供が泣いている。怪我はないようだ。
「ありがとうございます。サファイア様。」
信徒が深々と頭をさげた。
「まったく、この季節の風は乱暴ものだ。そなた、そのように泣いては目玉が溶けてしまうぞ。」
羽を翻してサファイアが子供の顔を覗き込む。
「痛くないか? 」
ひっくと泣き声を上げてうなづき、子供は言った。
「あ、あいがとう、ございます。」
「元気な声だ。その様子なら大事ないな。」
サファイアは座り込んだキャロルを見た。
「キャロル、どこか痛めたのか? 」
青ざめたキャロルを、ルルが心配そうに見る。
キャロルは、平気だと言おうとした。立ち上がろうとした。しかし、震えた足も、塞がった喉も、まったく動かない。息が苦しく、声を出そうとすればするほど、息の仕方もわからなくなる。
「ルル、そうまくし立てるな。足をくじいたのかもしれん。」
聞き覚えのある声がして、キャロルは抱き上げられた。
「レオナルド王子っ。」
塞がった喉から声が出た。
「驚いた。私の鎧よりも軽いのでは? 」
軽々と抱えられてキャロルは真っ赤になった。
「大丈夫です。あ、あの、驚いてしまって、もう、大丈夫です。」
微笑むとレオナルドはそっとキャロルを降ろした。
「皆けがはないか? 」
元気な声で子供たちが返事をした。
「サファイアも、羽は傷ついていないか? 」
「む? 我が身体は鋼よりも固いことを忘れたか。」
得意げにサファイアは羽を広げた。
「ご令嬢方、申し訳ないがこの時期は城庭といえども何が飛んでくるかわからない。改めて城内の点検を行うが、外出は控えていただいてよろしいだろうか? 」
「はい。」
少し残念そうにしたエスターの頭を、レオナルドはそっと撫でた。
「エスター殿、贈り物があるので後ほど受け取っていただけるだろうか。」
「私に、ですか? 」
「きっと気に入る。」
落ち込みそうだったエスターの表情が明るくなった。
部屋に戻り、ルルは改めてキャロルの怪我が気になっていたようでキャロルを座らせると足を確認した。
「本当になんでもないの。少し、弟を思い出してしまって。」
「弟君を、ですか? 」
キャロルはうなづいた。
「私の弟も、あの童歌士の子と同じくらいなの。その子がここに来る前に大怪我をしてしまって……。」
キャロルは震える手を押さえて笑った。
「それきり、私がヨクジアを発つ日にも、目を覚まさなかったの。」
声を絞り出してキャロルは言った。
「申し訳ございません。おつらいことを。」
ルルの顔に、キャロルは言った。
「そんなこと。つらいのは、父や母だもの。でも、ありがとう。」
ルルは顔を上げると笑った。
「お茶を淹れますね。今日もよい茶葉が入ったのです。」
気遣うようなルルの顔に、キャロルはうなづいた。
落ち着かせるように、キャロルはまだ震える手を握った。
「しかし、レオナルド様のエスター様への贈り物とはいったいなんでしょうね。」
ルルは茶漉しに茶葉を入れながら言った。
「エスター様も齢八つといえども、公爵令嬢。何をご用意されたのやら。」
キャロルは自分をやすやすと抱えたレオナルドを思い出し、赤面した頬を押さえた。
「でも、お庭に出れなくなってしまったのだから、喜んでいらっしゃるようでよかったわ。」
気づくと震えは収まっていた。その代わり、顔がさっきよりもぽかぽかと熱かった。
夕食のときに、エスターがとても嬉しそうだったので、セレナがそっと目線を合わせてたずねた。
「王子から何をいただいたのか、こっそりおしえていただけませんか? 」
ふふっと笑ってエスターは言った。
「ドラゴン族の方が載った絵本をいただいたのです。」
溢れんばかりのエスターの笑顔に、セレナとキャロルはとても温かい気持ちになった。
「とってもきれいで、開くと絵が飛び出すのです。」
「と、飛び出す? 」
エスターは両手を大きく広げた。
「こう、ばばーんと飛び出すのです。」
見てみたい、二人は強くそう思った。
「お二人にも、後で見せてあげます。」
「ぜひに。」
「お願いします。」
すっかりご機嫌になったエスターと供に食堂に行くと、席が新しく増えていた。新しい貴族の令嬢だろうかと思っていると、見覚えのない令嬢たちが現れた。
黒髪を飾らず一つに束ね、切れ長の瞳は強気に満ちている。美しいが甘さのない顔立ちの少女は、ドレスではなく細く長い足がよりはっきりとした軍服姿だった。
もう一人は亜麻色の髪をゆったりと結い上げた少女で、対照的に柔らかく大人びた顔立ちをしていた。
「フローディア殿、レベッカ殿。」
エスターが二人に駆け寄る。
「あら、エスター様。」
亜麻色の髪をした女性がひざを折って目線を合わせた。
「何か嬉しいことでもございましたか? お顔がとっても明るいですわ。」
白い指でエスターの頬をぷにぷに押す。
「フローディア。」
黒髪の少女がたしなめる。
「失礼いたしました。とても可愛いリンゴのようなほっぺたなのでつい。」
柔らかい笑顔で笑って言う。
「ご紹介いたします。アーチノース家のセレナ殿と、ワーグナ伯爵家のキャロライン殿です。」
すっと立ち上がると、フローディアと呼ばれた少女は恭しくお辞儀をした。
「お初お目にかかります。フローディア・エディバレンでございます。どうぞよろしくお願いいたします。」
にこっと笑った笑顔がどこか妖艶で、キャロルは見とれてしまった。
「キャロライン・ワーグナです。よろしくお願いします。」
「セレナ・アーチノースと申します。お会いできて光栄ですフローディア様。」
セレナは妖精のような笑顔をにっこりと返した。
「恐れ入ります、レベッカ様はもしや、ラインバーン公爵家の? 」
にこりともせずにレベッカは言う。
「いかにも。そなたがアーチノース商会のご息女か。噂に聞いていたが、なるほど、愛らしい顔をしている。」
「恐れ入ります。レベッカ様も、お噂に聞いていたとおりの勇ましくりりしいお顔立ち。女性ながらに胸がときめいてしまいました。」
ラインバーン公爵家は優秀な武人を輩出してきた。そして、聞き間違えでなければ、エディバレンは将軍と同じ名前だ。この柔らかい笑顔を浮かべる少女が、将軍家の娘だとは到底信じられない。
キャロルの視線に気づいてか、にっこりとフローディアは笑った。
「よろしければ、他のご令嬢もご紹介いただけますか? 」
「あ、ええっと。」
キャロルは口ごもってしまった。
「私たち以外、皆様ドラゴン様たちに怯えてしまって帰られたのです。」
セレナが代わりに応えた。
「まぁ。」
フローディアはふふっと笑った。
「情けない。」
レベッカが吐き捨てるように言った。
彼女らが帰るときに、レベッカと鉢合わせなくてよかったと、キャロルは心から思った。
夕食が終わると、エスターはレベッカとフローディアに言った。
「レオナルド王子から絵本をいただいたのです。お二人も見ませんか? 」
「ぜひに。」
フローディアが、部屋に戻ろうとするレベッカのそでをぐいっと掴んで言った。
エスターの部屋はいつもの召使がいて、ベッドには羊のヌイグルミが置いてあった。
「これです。」
取り出した本はエスターの顔よりも大きかった。
「いろんな方がいるのですよ。こっちは昔話の絵本です。」
両方とも鮮やかに着色され、文字も大きく読みやすい。開くと立体的に絵が起き上がる仕組みになっていた。
「この方はサファイア殿にそっくりなのです。」
飛び出した真っ白なドラゴンは青い目をし、シャクナゲの花に囲まれていた。
「こっちの絵本は、少し暗めですね。文字も多いですし。」
フローディアが本を手にして言った。
大きな岩のようなドラゴンが描かれた絵本は、小人のような人の形をしたものがそばにいた。安らかに眠るドラゴンの顔のそばに、彼に寄り添うように人が描かれている。
「リーリウム教のお話のようです。ドラゴン族の王に、人の友ができたのですが、寿命がきてしまって友が消えてしまうのです。」
物語の結末は、人のいた場所には瓶のような容器があり、その中が薄暗く光っている。ドラゴンの顔は、悲しげな寂しそうな表情だった。
「こんなに素敵な絵本をもらったのは初めてです。」
嬉しそうに笑うエスターが微笑ましく、フローディアはほっぺを指でつついていた。
「素晴らしい絵本ですわ。どういった仕組みなのでしょう。」
セレナの顔は絵本の内容よりも構造が気になるようだった。
「お祖母様にも見せてあげたい。きっとびっくりなさいます。」
エスターは楽しみなように目をきらきらさせた。
「エスター様のお祖母様は、絵本作家もなさっていましたね。」
セレナが言うと、エスターは大きくうなづいた。
「お祖母様はとても絵がお上手で、私のお誕生日にはふわふわの布で作った賢者様の絵本をくださったのです。こんなしかけのある絵本見たら、きっとびっくりして喜んでくださると思います。」
いつもの大人びた様子はすっかりなく、エスターは年頃の女の子のように目を輝かせて言った。
「それは素敵ですね。いつかその絵本もみせていただけませんか? 」
セレナが言うと、はっとして、エスターは少し照れた。
「その、ええと、世界を救った賢者様のお話はご存じですか? 」
きょとんと、セレナとキャロルは顔を見合わせた。
「賢者様って、あの、三人の賢者様ですよね? 」
かつて世界に危機が陥った時、三人の賢者が世界の果てに行き世界を救う方法を見つけたというおとぎ話だ。
ヨクジアの子供たちで知らない者はいないと言われるほどの有名な話だ。
「その、賢者様がみんな、ふわふわの羊なのです。私が羊が大好きなので。」
全員の頭のふわふわの羊の姿をした賢者が、力を合わせて大きな川を越えたり、山を越えたり、恐ろしい怪物と、めーめー鳴きながら怪物と戦う姿がよぎった。
「それはぜひ、是非に見せてくださいませ。」
「ええ。お願いいたします。」
キャロルとセレナが言うと、エスターは嬉しそうにほほ笑んだ。
エスターが就寝する時間なので、それぞれ自室に戻ることにした。その途中だった。セレナがそっとキャロルの袖をつかんだ。
「キャロライン様、お話したいことがございますのでよろしいですか? 」
笑顔ではなく真剣な顔で言うので、なにか悩み事だろうかとキャロルはセレナの部屋に行った。
そこには二人の召使がいて、セレナとキャロルに驚いた。
「お嬢様、その方は、まさか。」
「ド、ドラゴンに食べられてしまったはずでは? 」
二人は青ざめて、手を取り合っている。二人とも妙齢の美しい女性だった。
「もう、しっかりおし。あんたたち私の護衛でしょ? 今までだって命を狙いに来たならず者を返り討ちにしてきたじゃないの。」
愛らしい目をきゅっとつりあげてセレナが言った。
「私たち、人間相手ならまだしも、あのように大きなものは相手にできません。」
「お嬢様だって、あんなにふるえていらっしゃったではありませんか。」
「わかったからさっさとお茶を。伯爵令嬢がいらしたのよ。」
おどおどとした召使を叱り飛ばすと、こほんっと咳払いをしていつもの愛らしい笑顔を浮かべてセレナは言った。
「お見苦しいところを、失礼いたしました。」
椅子にこしかけ、キャロルとセレナの前にお茶が置かれた。
「キャロライン様、ついに本命がやってまいりましたわ。」
「ほ、本命? 」
ずいっと真面目な顔でセレナは言った。
「フローディア様とレベッカ様です。この晩餐会では他の娘はおまけといっても差し障りないくらいの、正真正銘、国を代表してやってきた方々です。噂では、以前よりエラゴニアに訪れて王家と懇意にされていたとか。」
公爵令嬢といえばエスターも同じだが、彼女はまだまだ幼すぎる。レベッカは結婚するには、申し分ない年頃だろう。
「キャロライン様もご存知でしょう? 今回の晩餐会は、おそらく王子のお見合い、一対多数ではありますが、いわば婚活パーティーです。」
「こ、こんかつ? 」
セレナはまっすぐにキャロルを見た。
「セレナ殿、王子とご結婚を望まれてこちらに? 」
キャロルが言うと、セレナはなんともいえない顔をした。
「まさか。私は、今まで行くことの許されなかったエラゴニア、それも城下町に行くことが目的でした。できましたら、アーチノースで取り扱える商品や、今後よい顧客になっていただけるであろうお金持ちの方々、が見つかればなと思っています。」
「さすがお嬢様。」
「齢三つにしてソロバンを巧みに扱っていた才女。」
召使たちが掛け声を入れ、セレナは咳払いをした。
「実は、私には夢があります。」
「夢? 」
セレナは小さな声で言った。
「ドラゴン族の方々と提携して、空輸便を開発することです。」
つまり、ドラゴンを馬代わりにするということか。
「それは、難しいのでは? 」
「はい。お話をしてわかりました。ドラゴン族の方々を見てわかりました。あの方たち、いっさい私を見ていませんでした。」
はぁ、とセレナはため息をついた。
「人間を、人間という塊のように見ているようでした。私たちが、蟻が荷物を運ぶのを見て、一匹一匹を気に留めないように。魚の群れを群れと認識するように。なんというか、知的ではありますが、議論の余地がないというか、交渉できないというか。そんなものを直感的に感じました。」
セレナはじっとキャロルを見た。
「しかし、キャロライン様だけは違います。サファイア様は貴方を見ていましたし、あの、大きなセレンディバイト様も、貴方を見ていた。」
「私を? 」
こくりとうなづいた。
「なんというか、直感なのでうまく説明できませんが。でも、これが良いことなのか、悪いことなのか、私にはわからないのです。」
セレナは不安げに紅茶のカップを持つ。
「ドラゴン族の方々は、私たち人間を、人間が犬や猫を見るような視点で見ていると、父から言われました。犬や猫を大事にする人はいます。でも、それは本当に気まぐれにです。中には子猫は可愛いけれど大きくなれば可愛くないから手放して、新しい子猫を買ってくるなんて人もいます。」
ぞっとしたキャロルをまっすぐに見てセレナは言った。
「キャロライン様はお優しい方です。他の方々は爵位のない私と進んで話しをしようとはなさらなかった。貴方のわけ隔てない優しさは私を受け入れてくれました。しかしそれが、今度は貴方に牙をむくような気がして。」
そんな風に言われたのは初めてで、キャロルは驚いた。
「ありがとう、セレナ殿。大丈夫、私も分をわきまえています。ドラゴン族の方々はお優しいけれど、残酷な面もあります。」
嬉しくて、キャロルは微笑んだ。
「貴方こそ。私の病をご存知でしょう? それなのに。」
「キャロライン様。」
言葉をさえぎってセレナは言った。
「私、自分の目で見たものしか信じませんの。」
にっこりと、妖精のように愛らしい笑顔を浮かべる。つられてキャロルも笑った。
お茶を楽しんだ後、部屋に戻った。セレナにお茶をご馳走になったことをルルに話すと彼女はふむふむうなづいて言った。
「そろそろヨクジアのお茶が恋しくなってまいりましたか? 」
「いいえ。貴方のお茶もとてもおいしいもの。」
その答えに満足したのか、ルルはにっこり微笑んだ。
「明日はいよいよ晩餐会ですね。ヨクジアの料理が勢ぞろいしますので、たくさん食べて欲しいのですが、コルセットが悩みの種ですね。」
自分のことのようにルルが悩んでいる。
「立食形式でしょう? すこしずついただくから大丈夫。」
「そうですね。きっと殿方にダンスに誘われたりして、食べる暇などないかも。」
キャロルはぎゅっと手を握った。
「まさか。美しい方たちがたくさんいらっしゃるし、それに私ダンスが苦手だから、お断りするわ。」
ルルはキャロルの伏せた目を見つめて言った。
「キャロル様は、やはり他のご令嬢たちとは違っていらっしゃいますね。」
顎に指を置いて考え込むようにルルは言う。
「他の方たちは、あわよくばエラゴニアの王家に嫁ぎたい、という気持ちがにじみ出ていらっしゃいました。まぁ、ドラゴン様たちに恐れをなしてしまわれましたけれども。ですが、皆さま晩餐会のために素敵なお召しものをもっていらっしゃったのですよ。」
はぁっとルルはため息をついた。
「最初の方は、私を一目見て、こんな若い召使じゃなくてきちんと髪を結える者に変えて、などとおっしゃいました。」
「そんな。ルルはとても上手なのに。」
「ありがとうございます。」
嬉しそうに笑ってから、こほんと咳払いをしてルルは言った。
「キャロル様は、晩餐会をまるで義務のように感じていらっしゃるご様子です。気が乗らないけれどやむを得ない、というようなお顔の暗さがあります。」
気づかれていた。キャロルはどう答えていいのか迷って言葉を選んだ。
「私、ダンスが苦手だし、男性とも、あまりうまく喋れないから、社交場が苦手なの。でも、せっかくエラゴニアの王家からご招待を受けたのに、無下にできないでしょう? 」
それは嘘ではなかった。賢いルルはキャロルが言葉を選んでいることに気づいているだろうが、否定しなかった。
「貴方の言う通り、晩餐会は少し苦手。でも、エラゴニアには来てみたかったの。」
ルルはそれを聞くと、困ったように眉毛をハの字にした。
「弱りました。私、キャロル様をどのご令嬢よりも美しくする心づもりでいましたのに。キャロル様はただでさえお美しいのですから、どんなに質素なお召し物でも輝いてしまうのです。」
社交辞令でも、ルルの言葉は嬉しかった。
「大丈夫よ。他のご令嬢のそばにいれば、きっと私なんてかすんでしまうから。」
それでもルルはまだ納得がいかないような顔をしていた。