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竜国の王子と金剛石の乙女  作者: 柳沢 哲
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突風と令嬢①

 エスターを迎えに行くと、さすがに彼女の召使も断らなかった。最初こそ緊張していたエスターも、城下町が見えてくるころには目を輝かせて窓から町並みを眺めた。

 ドラゴンが噴水でのんびりしている光景を見たとき、エスターが驚いて窓に張り付いた。立ち止まって手を合わせる者もいるが、その後は特に気にする素振りもなく通り過ぎたり、店も営業している。

「ちょうど芝居をしている。」

 街の中に屋根のない大きな舞台があり、キャロルたちは案内されて席に座った。王子を見て驚く顔もあるが、ドラゴンがいるのと同じように、挨拶をしてもあまり騒ぐ様子はない。

 芝居は病で倒れた王子に、農家の娘がりんごを届けに来るという物語だった。娘の家は山の奥にあり、馬車もあまりとおれないため、娘は山奥から歩いてやってくる。

 泥だらけの娘を最初は追い返されそうになるが、せっかく来たのだと王妃は迎え入れた。娘はりんごだけを残し、また長い道のりを戻っていく。

 そのりんごはとても甘く、香りも強く、ほどよい柔らかさは老人から赤ん坊まで食べられる。たちまち回復した王子は、りんごを持って来た娘を探す。市場にはないそのりんごは、持ってくるのが難しいため流通していないりんごだった。

 城を出て、山を登り、王子はついに農家の娘を見つけ出した。

 クライマックスで王子は求婚し、二人が結ばれてめでたしめでたし、と終わった。

 お芝居が終わると、りんごを売る屋台に人が押し寄せた。焼き菓子の店も盛況だ。

「お芝居に特産品を盛り込むことで購買意欲が増すのですね。」

 セレナが、焼きりんごとかかれたのぼりを立てる屋台を見て呟いた。

「ヨクジアにも焼きりんごがあるのですが、エラゴニアにもあるのですね。」

 キャロルは、じっとりんごを見るエスターを見た。彼女の召使の過保護っぷりから察するに、屋台で売られているような妖しげなものなどお嬢様のお口には入れられません、と買ってもらえそうにない。初めて見るお菓子の匂いに、エスターの小さな背中が食べてみたいとそわそわしていた。

キャロルは買いに行こうかと申し出ようとしたが、レオナルドがエスターの肩を叩いた。

「エスター殿の小さな口でも、この大きさなら食べやすいだろう。」

 その手に握られていたのは、焼きりんごだった。一玉ではなく、四分の一に切り、飴がけされてキラキラと輝いていた。エスターは宝物でも見たように、目を輝かせる。

「そなたの召使には内緒だ。」

「ありがとうございます。」

 エスターは受け取った。一口食べるとおいしいのか、いっそう目が輝く。

 見ているこっちが幸せになりそうな顔だった。

 観光から帰ってきても、エスターはきらきらと目を輝かせていた。

「とても素敵な町並みでした。噴水にドラゴン族の方がいたのに、どなたもおびえていなくて、ヨクジアもそうなればよいのに。」

 はぁっとため息をつくとレオナルドは微笑んだ。

「エラゴニアも、すぐにドラゴン族と交流ができるようになったのではない。最初はそれこそ、敵同士だった。それを何百年とかけて、対話と互いを尊重しあうことにより、今のような国ができた。」

「な、何百年……。」

 エスターが目を丸くした。

「一人一人が長い一生をかけて、次の世代に引き継ぎ今のような関係に至った。エスター殿はヨクジアでその一人になるだろう。」

「私が、ですか? 」

 大きな目をぱちくりさせるエスターは、まだ信じられないようだ。

「ドラゴンの目で見れば、そたはまだ生まれたばかりだ。これから少しずつ、人の世も、ドラゴンのことも知っていく。」

言われてエスターはこくっと力強くうなづいた。

 食事は今までよりもずっとにぎやかだった。しずしずと食事をしていたエスターは両親に代わって報告するように第一王子夫妻に喋っていた。

「町並みもとてもきれいで、広場で紙芝居をしていたのです。ドラゴン族の方たちの飴細工もありました。」

 アルザッケル王子とセラヴァリル夫人は微笑ましくエスターを見つめる。

「焼きりんごは食べましたか? 」

「はい。とっても甘くて、外に飴がけがしてあって香ばしくって、でもりんごの香りが口いっぱいにするのです。ヨクジアにはあんなに強い香りのりんごはないです。」

 セラヴァリル夫人が嬉しそうにほほ笑んだ。

「エラゴニアの特産なのですよ。お茶にしても、パイにしても、そのまま食べてもとてもおいしいのです。」

 食事のデザートに出てきたのは、リンゴの蜜がけだった。エスターが嬉しそうにほおばるのを、セラヴァリル夫人は微笑んで見つめていた。

「お芝居の王子様が元気になるのもわかります。」

 エスターが呟くとアルザッケル王子がむせた。

「どのようなお芝居でしたの? 」

「はい。病に倒れた王子に、一人の娘がリンゴを持って行くお話です。」

 セラヴァリル夫人の表情が固まった。

「とっても有名なお話だと聞いたのですが、違いましたか? 」

「ええ、その、そうかもしれませんね。」

 ふふっと何かをごまかす様にセラヴァリル夫人は微笑んだ。


 


 ルルに買って帰ったお土産の焼き菓子を渡すと、喜んでくれた。

「レオナルド王子のおかげで、セレナ殿もエスター殿もとても楽しんでくれたみたい。」

「それはよろしゅうございました。」

にっこり笑ったルルの笑顔が近づいた。

「それで、いかがでしたか? キャロル様。」

「わ、たしも、もちろん楽しかった。」 

すっとルルは後ろに下がった。

「大変よろしゅうございました。レオナルド王子も早く奥方を娶っていただければよいのですが。北に狩に行くことが忙しくなかなか縁談に乗り気ではございませんので。」

 ルルが肩をすくめた。

「レオナルド王子は奥方を娶られることにご興味がないの? 」

「そのようでございます。しかし、王子様は三人もいらっしゃいますので、どなたかが御子を授かればとあまり国王も焦ってはいらっしゃらないのです。」

 言われてみれば。本当に妻を娶る気ならば、エスターはあまりに幼い。

「エラゴニアでは経済的に余裕のある男性はあまりお一人には絞られないので。国王様は三人の王妃様を娶られましたし。」

 エラゴニアは一夫多妻制だ。どの妻も平等であることが絶対条件で、一人の男性が妻を複数人もつ。エラゴニアの王も代わらず、後宮ではなく、正式な王妃が三人いる。

「エラゴニアの男性はとても豪胆なのね。その、奥様同士は複雑ではないのかしら? 」

 ルルは微笑んだ。

「少なくとも、エラゴニアの王妃様たちを国王様が分け隔てられることはございませんし、贈り物や結婚式、お誕生日のお祝いなど全てご平等なので。王妃様たちもご自身のお仕事に専念することができるので、お互いに協力し合って国を支えてくださっています。」

「そ、そうなの? 」

 王妃という仕事をそれぞれ分担しているようだ。

「どの王妃様も子供を産んだからといって特別優遇されるわけでもありませんが、子供がいなくても冷遇されるわけではありません。皆様平等にエラゴニアの王妃として権威をお持ちですし、お一人お一人王にとって必要な方たちです。エラゴニアの王妃様たちにはそれぞれ大変な役割がございますので。」

「役割? 」

 こくりとルルはうなづいた。

「第一王妃様は外交を。第二王妃様は貿易や経済状況を。第三王妃様は将軍ですので、おもに国内の治安や魔物退治をになっていらっしゃいます。」

 たくましさにキャロルはため息をついた。

「国に忠義を尽くす姿を見て、王は是非にと娶られました。」

 想像するだけで腰を抜かしてしまいそうな重圧にキャロルは身震いした。

「そんな母上たちを見てきたせいか、アルザッケル様は妃殿下には安らぎを求められているご様子です。」

 ふんわりとした優しい面立ちのセラヴァリル夫人の顔がよぎった。

「妃殿下も、リーリウム教の子供たちへの慰問など熱心に行われています。最近では土砂崩れで畑が潰れてしまった農地を回られて、復興のお手伝いも。元々農夫の家庭で育った方なので、羊や牛の扱いもお上手なのですよ。」

「農夫の。」

 やわらかく上品な立ち居振る舞いからは想像できない出自にキャロルは驚いた。

「王子とご結婚されるまでにそれはもうご苦労なさったと聞きますが、クワを握るとついつい訛りが出てしまうと。貴族の中にはひそかに陰口を言う方もいますが、多くの民、特に農業に従事する者たちには根強い支持があります。」

 今までの自分の生活とは大きく変わり、自分を変えようと努力したのだろう。

「素晴らしい方だわ。私には到底真似できない。」

 キャロルはため息をついた。

「本当に。私よりもまだお若かった頃に、山奥から病に倒れた第一王子のためにリンゴをもって一人で一日かけてやってこられたのです。」

「……リンゴを? 」

「はい。エラゴニアでは有名なお話です。」

 キャロルは、無邪気なエスターの話を聞きながらどこか気恥しそうだった二人の顔を思い出した。



 その日は朝から風が強く吹いていた。

「エラゴニアではよくあるのですが、この時期になると突風が吹くのです。窓は閉めておきますね。」

 ルルはカーテンだけ開けて、窓の鍵をしっかりとしめた。

「油断すると窓を千切ってしまうこともあるのですよ。」

 昼になると窓を閉めていてもわかるくらい、いつもよりにぎやかな声がした。中庭に子供たちが大勢集まっていた。セレヴァリル夫人と一緒に同じような灰色の服を着て、帽子をかぶっている。

「童歌士の子達です。今日はドラゴン様たちのために集まりました。」

 エスターは召使たちに言った。

「私よりも幼い子たちがあんなにおそばにいるのです。危険なことなら王が許されないでしょう。」

 じっと見詰めるエスターに根負けして、絶対近づかないようにと約束して庭に向かった。

 セレナとキャロルもエスターの手をとって着いて行った。中庭には十人ほどの子供たちがいた。肌の色はそれぞれ違うが、同じ服を着て並んでいた。

「ヨクジアのご令嬢たちです。一緒に歌を聞かせてください。」

ルルの申し出をリーリウム教の信徒は快く受け入れてくれた。

「キャロルたちも来たのだな。こっちに来るのだ。特等席で聞くがよいぞ。」

サファイアが前足で芝生を踏んだ。

 エスターが駆け寄ったので、召使が青ざめた。代わりにキャロルが寄り添った。

「お初お目にかかります。」

 サファイアはエスターを見て、ぐいっと頭を近づけた。びくっとエスターは震えた。

「知ってるぞ。公爵令嬢だな。」

「はい。エスターと申します。ご挨拶が遅くなって申し訳ございません。」

「かまわぬぞ。そなたも小さき身で長旅ご苦労であった。」

 サファイアが穏やかな声で言うと、こわばっていたエスターの体がゆるんだ。

 ドラゴンたちが集まると、子供たちは歌い始めた。その歌はヨクジアとエラゴニアで使われる言葉ではない言葉だった。ところどころ聞きなれた単語から察するに、春の到来を告げる歌らしい。優しく、明るい声で響いていく。ドラゴンたちは目を閉じて、子守唄のように聞き入っていた。

 歌が終わるとエスターが小さな手を叩いた。セレナとキャロルも倣って叩く。子供たちは不思議そうに顔をみあわせた。

「それは何だ? 」

サファイアがたずねた。

「拍手です。ヨクジアでは素晴らしい歌や演奏、お芝居を見た後に観客が賞賛の意味をこめてします。」

エスターが言うとサファイアは目をぱちくりさせた。

「なるほど。我らではそんな音は立てられないからな。」

 サファイアは自分の前足を見て言った。

「ですが、顔を見ればどれだけ喜んでいただけたかわかります。私たちよりも大きくて立派なお顔ですもの。」

 セレナが言うとサファイアは納得した。

「皆、よい歌声だった。また聞かせておくれ。」

セレンディバイトが言うと子供たちは嬉しそうに笑った。

 信徒が子供たちを連れて帰る。その時だった。突風が吹いて、みんな立ち止まった。頭上まで吹き上げた風は激しく壁を打ちつけ、開いていた窓のちょうつがいが外れた。

 窓は一番端にいた子供めがけて落ちてきた。それに気づいたキャロルは駆け出した。

 大きな木製の窓は容赦なく落ちてきたが、キャロルには当たらなかった。激しくぶつかった音がたったが、痛みも衝撃もない。

恐る恐る目を開けると、キャロルと子供の上には影ができていた。大きく伸びたサファイアの羽が二人の上に屋根のように広がっていた。

「キャロル様。」

 ルルがとびこんできた。

「お怪我は? 」

 キャロルの腕の中で子供が泣いている。怪我はないようだ。

「ありがとうございます。サファイア様。」

 信徒が深々と頭をさげた。

「まったく、この季節の風は乱暴ものだ。そなた、そのように泣いては目玉が溶けてしまうぞ。」

 羽を翻してサファイアが子供の顔を覗き込む。

「痛くないか? 」

 ひっくと泣き声を上げてうなづき、子供は言った。

「あ、あいがとう、ございます。」

「元気な声だ。その様子なら大事ないな。」

 サファイアは座り込んだキャロルを見た。

「キャロル、どこか痛めたのか? 」

 青ざめたキャロルを、ルルが心配そうに見る。

 キャロルは、平気だと言おうとした。立ち上がろうとした。しかし、震えた足も、塞がった喉も、まったく動かない。息が苦しく、声を出そうとすればするほど、息の仕方もわからなくなる。

「ルル、そうまくし立てるな。足をくじいたのかもしれん。」

 聞き覚えのある声がして、キャロルは抱き上げられた。

「レオナルド王子っ。」

 塞がった喉から声が出た。

「驚いた。私の鎧よりも軽いのでは? 」

 軽々と抱えられてキャロルは真っ赤になった。

「大丈夫です。あ、あの、驚いてしまって、もう、大丈夫です。」

 微笑むとレオナルドはそっとキャロルを降ろした。

「皆けがはないか? 」

 元気な声で子供たちが返事をした。

「サファイアも、羽は傷ついていないか? 」

「む? 我が身体は鋼よりも固いことを忘れたか。」

 得意げにサファイアは羽を広げた。

「ご令嬢方、申し訳ないがこの時期は城庭といえども何が飛んでくるかわからない。改めて城内の点検を行うが、外出は控えていただいてよろしいだろうか? 」

「はい。」

 少し残念そうにしたエスターの頭を、レオナルドはそっと撫でた。

「エスター殿、贈り物があるので後ほど受け取っていただけるだろうか。」

「私に、ですか? 」

「きっと気に入る。」

 落ち込みそうだったエスターの表情が明るくなった。

 部屋に戻り、ルルは改めてキャロルの怪我が気になっていたようでキャロルを座らせると足を確認した。

「本当になんでもないの。少し、弟を思い出してしまって。」

「弟君を、ですか? 」

 キャロルはうなづいた。

「私の弟も、あの童歌士の子と同じくらいなの。その子がここに来る前に大怪我をしてしまって……。」

 キャロルは震える手を押さえて笑った。

「それきり、私がヨクジアを発つ日にも、目を覚まさなかったの。」

 声を絞り出してキャロルは言った。

「申し訳ございません。おつらいことを。」

 ルルの顔に、キャロルは言った。

「そんなこと。つらいのは、父や母だもの。でも、ありがとう。」

 ルルは顔を上げると笑った。

「お茶を淹れますね。今日もよい茶葉が入ったのです。」

 気遣うようなルルの顔に、キャロルはうなづいた。

 落ち着かせるように、キャロルはまだ震える手を握った。

「しかし、レオナルド様のエスター様への贈り物とはいったいなんでしょうね。」

 ルルは茶漉しに茶葉を入れながら言った。

「エスター様も齢八つといえども、公爵令嬢。何をご用意されたのやら。」

 キャロルは自分をやすやすと抱えたレオナルドを思い出し、赤面した頬を押さえた。

「でも、お庭に出れなくなってしまったのだから、喜んでいらっしゃるようでよかったわ。」

 気づくと震えは収まっていた。その代わり、顔がさっきよりもぽかぽかと熱かった。

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