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竜国の王子と金剛石の乙女  作者: 柳沢 哲
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エラゴニア第三王子➁

 朝食後、エスターと供にセレナがやってきた。エスターの背後には彼女の召使もいた。

「いらっしゃいませ。」

「お邪魔します。」

 エスターはわくわくと窓の外を見る。

「ドラゴン族の方が、いらっしゃいます。」

 感激したようにエスターが言った。動物園で珍しい生き物を見たような顔だった。

 庭には、昨日のドラゴンが横になったり、池の中に浸かったりしていた。

「角が前に突き出している方がアゲート様、背びれが長いのがカルセドニー様ですね。午前中はよくいらっしゃいますよ。」

 ルルがお茶を淹れながら説明した。

「ここにお住まいなのですか? 」

「はい。北の離宮にいらっしゃいます。。」

 エスターの目がキラキラ輝いた。すると、ドラゴンたちはこっちを見上げた。

 ルルがぺこりとお辞儀をすると、エスターもぺこりとお辞儀をした。

「ルル。そのキラキラとしたのは新しい童歌士かい? 」

 落ち着いた男性の声でドラゴンが言った。耳元で響く声に、エスターが不思議そうに耳を抑える。

「いいえ。この方はヨクジアの公爵令嬢様です。」

 ルルが言うとドラゴンは水の中に戻って行った。

「今のは? 耳元で聞こえました。」

 エスターが不思議そうにルルに尋ねた。

「ドラゴン様たちはそばにいなくとも声を伝える術をもっていらっしゃるのです。」

 セレナも気になっているのか尋ねた。

「ルル殿、童歌士とは? 」

「ドラゴン様たちのお世話をする巫女の一つで、主に歌をうたうことが仕事です。私もエスター様と同じ年頃の時には、務めておりました。」

 エスターが尊敬のまなざしをルルに向ける。

「ルルさん。その、巫女たちはドラゴン族の方々とどういった関係なんですか? 」

セレナが言うと、ルルは少し考えた。

「ドラゴン様たちは私たちには尊い方なので、お許しをいただいてお身体を清めさせていただいたりします。ドラゴン様たちがしろと言われるわけではありませんが、歌だけは気に入ってくださる方が多いですね。」

 セレナは納得したようにうなづいた。

「エラゴニアから輸出されるウロコの鉱石やコケの薬草はそうやって採取されるのですね。」

「はい。これらの仕事は全てリーリウム教会が行っています。」

 ふむふむとエスターも聞いている。

「ルル殿、ドラゴン族の方とお話することはできますか? 」

「エスター様。」

 エスターが言うと、いさめるようにメイドが言った。

「危ないことはなさらないようにと、公爵様から言われております。」

 エスターはしょんぼりした。

「でも、さきほどルル殿とお話ししていました。私たちと同じ言葉を使っていらっしゃいます。」

「近くはだめです。昨日ワーグナ様もさらわれたのですよ。」

 落ち込むエスターに、ルルはスグリのパイを出した。

「エスター様、第一王子の妃殿下が作ってくださったジャムをたっぷりつかったパイです。ドラゴン様たちも大好きなスグリなので、いかがでしょうか。」

 少しだけエスターの笑顔に元気が戻った。

 パイを食べるとエスターは部屋に戻って行った。最初のかしこまった様子から、徐々にもとの年齢に合った無邪気な笑顔を見せてくれたことが嬉しくて、キャロルはなんとかしてあげたいと思った。

「見事なスグリですね。香りが強くて酸味が少なくて葡萄のよう。」

 セレナがお茶を飲んで言った。

「生の状態でもおいしいのですよ。収穫は終わってしまって、今は全てジャムや果実酒になっていますけれど。」

 はっとキャロルは顔をあげた。

「その、スグリの手入れをしている方はドラゴン族の方と仲が良いの? 」

「そうですね。基本的にドラゴン様たちのお邪魔にならないようにしておりますので。」

 キャロルは迷いながら言った。

「エスター様も、晩餐会にいらしたということは、今後エラゴニアと深くお付き合いがある方。そうであれば、どなたか、ドラゴン族の方ともせめて自己紹介なりできるよう取り持っていただけたら。もちろん、セレナ殿も。」

 ルルはふむっと考えた。

「そうですね。それですと、やはり今は第三王子にお願いするのがよろしいですね。」

 そんな恐れ多いことができるのか。キャロルはきゅっと胃が痛くなるのを感じた。

「第三王子に謁見できるのですか? 」

 セレナが身を乗り出した。

「私はご令嬢様たちのお世話係ですので、予定までは存じておりませんが。」

 にこっとルルはキャロルを見た。

「美しいご令嬢方を無下にはなさらないかと思います。」

 レオナルドの振る舞いを思い出して、キャロルは悩んだ。きっと、無下にはしないだろう。しかし、初めて城に来た時から迷惑ばかりかけている。こんな図々しい頼み事をしても良いのだろうか。

 キャロルが考えていた時、サファイアが庭に下りていくのが見えた。サファイアなら、他のドラゴンよりも、キャロルに関心を持ってくれている。うまくとりなせるかもしれない。

「私、サファイア殿に尋ねてまいります。」

 キャロルは走った。水を飲んだらすぐに飛び去ってしまうかもしれない。

「サファイア殿。」

 息を切らして転びそうな勢いで行くと、サファイアは飛び立とうとしている途中だった。

「どうしたのだ。そんなに私に会いたかったのか? 」

 のそのそとキャロルのそばまで歩いてきた。

「はい、どうしてもお会いしたくて。」

 その時、一緒にセレナがやって来ていたことに気づいた。

「ん? この前きたのだな。」

「はい、こちら、アーチノース家のセレナ殿です。」

 キャロルが紹介すると、セレナはスカートの端をつまんでおじぎをした。

「ご紹介に預かりました。セレナと申します。」

少しだけ彼女の声は震えていた。

「うむ。苦しゅうない。」

 ふすんっとサファイアの鼻から息が出た。

「キャロル様、どうなさったのですか? 」

ルルも降りてきた。

「その、サファイア様、公爵令嬢のエスター殿をご存知ですか? 」

「公爵令嬢な。知っておるぞ。きらきらした小さいのだ。絶対に触るなとレオからくどくど言われたのだ。」

 背後でドラゴンが言った。

「ああ。きらきらしてる。いい童歌士になるだろうに。」

「しかしだめなのだ。あれは寝床に持っていってはいけないのだ。」

 サファイアが言うと、キャロルは、もしかして思った以上にドラゴンとエスターは直接会わせてはいけないのではと感じた。

「恐れ入ります。その、童歌士は他のものではなれないのですか? 」

 セレナが言うと、サファイアは言った。

「なれない。あれは一番きらきらした歳の娘にしかなれない。ルルのように成長してしまうと悪くはないが、それだけだ。」

「そう、ですか。」

 サファイアがきょとんとした。

「それで、どうしたのだ? 」

「エスター様の召使が、あまりに幼いのでさらわれないか気にかけていらっしゃったのです。」

 ルルが言うと、サファイアはしっぽを振った。

「私はさらわんぞ。他のドラゴンがどうするかは知らないが、私はさらわん。レオがうるさい。」

 もしかしたら、サファイアはあの後もレオナルドに叱られたのかもしれない。

「キャロルは、今日は少し違う匂いがするな。熟れたスグリの匂いだな。」

 ふんふんとサファイアは顔を近づけた。

「ルルからパイをいただきました。」

「あのもさもさしたのか。人は不思議だな。スグリはそのままが一番旨いのにな。」

 くすぐったくてキャロルは笑った。

「サファイア殿はスグリがお好きですか? 」

「うむ。小さいのが難点だがな。」

 サファイアが味わうには、しげみ一つ分のスグリを集めてやっと一口分になるだろうか。

 もそっとドラゴンたちが動き出した。

「そろそろ行かねばならぬな、ではまたな。」

 サファイアはキャロルから離れたところへ駆け足で移動し、助走をつけて飛び立った。

 振り返ると、セレナがぺたりと座り込んだ。慌ててルルが手をかけた。

「こんなに震えたのは久しぶりです。」

 セレナの顔は青ざめていた。

「大丈夫? 」

「キャロライン様、あんなに大きな牙を前にして、堂々と。御見それいたしました。」

 立ち上がったセレナの顔は感心したようにキャロルを見つめた。

 部屋に戻る途中、城を離れる令嬢たちとすれ違った。

「あら、皆様もうお帰りになられるのですか? 」

 セレナが言うと黒髪の令嬢がにらみつけた。

「貴方のような平民と一緒にしないで。こんなところに、よくも平気でいられますこと。」

 セレナは小首をかしげた。

「残念ですわ。皆様、家名と国の誇りを背負っていらっしゃったのに。第二王子に会わずに帰られるなんて。」

 言葉に詰まる淑女たちに、セレナは微笑んだ。

「でも、懸命な判断かもしれませんわ。キャロライン様のようにしっかりとご縁を結ばれる方もいれば、不運に見舞われる方もいらっしゃるかも。」

 セレナに言い返せず、顔を背けるとキャロルをにらみつけた。

「本当に、お噂どおりのようね。病でも患っていない限り、こんなところにいられるものですか。」

 さっと、キャロルの顔が青ざめた。体が締め付けられたようにこわばり、キャロルは足がすくんだ。

「キャロライン殿。」

 しかし、それは一瞬のことで、名前を呼ばれて我に帰った。

 振り返ると、従者を連れたレオナルドがいた。先日のような緩やかな姿ではなく、髪を整え、アルザッケルと同じように礼服に身をつつんでいる。ヨクジアにはない、独特の刺繍がされた美しい衣に、香の香りが漂っていた。

「先日、我が友が無作法な真似をした。」

 その姿に見とれたキャロルははっとした。

「そんな、とんでも、ないです。」

 震える様に冷めた指先が、今度は熱くてそわそわする。

「城の中ばかりでは飽きただろう。城下町を見に行かぬか? 」

 突然の申し出にキャロルは言葉を失った。ほほ笑んだレオナルドの顔に、どうして、こんな自分を誘うのだろうと、混乱した。

「素敵なお誘いではありませんか。エラゴニアの城下町は独特の建物や美しい織物を売っているお店が多いのですよ。」

 緊張で声の出ないキャロルに代わってセレナが言った。

「よければ、セレナ殿も。」

 セレナがびくっと震えた。

「私の、名をご存知で? 」

 そっとキャロルに身を寄せた。

「アーチノース商会の息女を知らぬはずがなかろう。」

 眩しい微笑みにセレナがくらっとした。キャロルはその背中を支えた。気持ちはとてもよくわかる。はっとセレナが立ち、お辞儀をした。

「では、ずうずうしいことではありますが。お言葉に甘えさせていただきます。」

 妖精のような笑顔でにっこりと微笑むと、そのまま呆然と溜まっている令嬢たちにも振り返った。

「どうぞ皆様もお気をつけてお帰りください。」

 恭しくお辞儀をするセレナに倣い、キャロルも頭を下げた。

「もう一人公爵令嬢がいたな。」

「はい。エスター殿がいらっしゃいます。きっと喜ばれますので、ご一緒してもよろしいでしょうか? 」

 おずおずとキャロルが言うと、レオナルドは微笑んだ。

「もちろん。姉上から、兄上が戻ってこられるまでの間ご令嬢たちを歓待するよう言われた。」

「そうだったのですか。」

 元々他の淑女も誘うつもりだったのか、とほっとしたキャロルとは対照的に、セレナは何かに気づいた。

「もしや、レオナルド様。人数が減るのを待っていらっしゃいましたか。」

 すっとレオナルドが黙った。後ろで召使がふっと笑ったのを、咳でごまかした。

 三秒間を空けて、レオナルドは眩しい笑顔を浮かべた。図星だったのだろうと、セレナとキャロルは察した。

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