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竜国の王子と金剛石の乙女  作者: 柳沢 哲
13/15

葛籠の中身①

 戻ってくると、リーリウムの信徒たちが慌しく駆け回っていた。

「巫女様。トロルが北の城壁に現れました。」

 その報告に、巫女は駆け出す。キャロルもついて走る。階段を登ってみると、森の奥から巨大な毛むくじゃらの生き物が出てきていた。ドラゴンたちが引っかこうとするが、その足を逆に掴んで振り回す。

「王子たちは? 」

「森の中で交戦中でございます。」

「まさか二体も出てくるなんて。」

 見るとセレンディバイトが突進していた。彼は他のドラゴンよりもどっしりとした体型をしている。体当たりしようとしたが、前に伸びた角をトロルが掴んだ。

「こんな雪でも動き回れるなんて。今まで見たことがない。」

「春や夏には出てきませんでした。低温に適したトロルなのでしょう。」

 それを聞いてキャロルははっとした。

「馬が余っていませんか? 」

「馬、ですか? 」

「はい、なるべく勇敢な馬を。」

 キャロルが言うと、信徒が案内した。

「キャロル様、何を? 」

「名案があるのです。」

 そういうとキャロルは駆け出した。


 馬に跨りキャロルは怯えた顔を撫でた。

「よしよし、いい子。大丈夫よ。」

囁いて鞭をふるう。馬は駆け出した。トロルはセレンディバイトを森めがけて投げ飛ばした。

 驚いた馬の手綱を引き、キャロルは叫んだ。

 その声に、トロルがキャロルを見る。ぎらぎら光る目にぞっとしてキャロルは馬を走らせた。

 馬は雪の中をかける。その足と同じくらいトロルも早い。

 雪の中を行くと、硫黄の香りがした。もう少しだとキャロルが思ったとき、トロルの手が伸びてきてキャロルを跳ね飛ばした。

 雪の中をキャロルは転がった。馬はそのまま逃げていく。倒れてはいられない。幸い雪がクッションになってくれたので、どこも折れてはいない。立ち上がったキャロルをトロルが追いかけてくる。雪の中は走りにくく、あっというまに追いつかれる。もう少しなのに、もっと早く。

 トロルの腕を避けて、キャロルは前に飛んだ。無意識に避けようとしていた。その身体は雪の中に降りず、トロルに掴まれたが、宙に舞った。

「サファイア殿。」

 真っ白なサファイアの羽が雪の中を切って飛ぶ。

「まったく、命が惜しくないのか。」

 レオナルドの声にはっと見ると、サファイアの背にレオナルドが乗っていた。

 トロルは叫び声を上げて追いかけてきた。

「惜しいです。でも、リーリウム教の方も、ドラゴン族の皆様にも、傷ついて欲しくなかったのです。」

 思わず叫び返したとき、トロルの手がサファイアを叩いた。

 サファイアがバランスを崩してキャロルを離した。

 とっさに背から降りたレオナルドがキャロルを抱きしめた。

 落ちた場所は温泉だった。湧き水がそばにあり、火傷するほどではなかった。トロルはこっちに向かってくる。立ち上がったレオナルドは剣を抜き、キャロルの前に立った。

「キャロル、サファイアを起こして逃げろ。」

 キャロルは立ち上がり、レオナルドのそばに立った。

「いいえ王子。これで作戦は成功です。」

 そういった瞬間、迫り来るトロルが、横に飛んだ。ドラゴンがぶつかってきて、勢い余ってトロルはぐらぐらに煮え立つ温泉の中に落ちた。

 叫び声を上げてのた打ち回るトロルを、ドラゴンたちがお湯から出すまいと蹴り続ける。やがて悲鳴も途絶え、トロルは湯の中に沈んだ。

「興奮していましたし、私が相手なら油断をして、とにかく追いかけてくると思いました。温泉のそばまでくれば、後はドラゴン殿たちに、蹴り落としてくださいと。」

「それは、そなた一人で思いついたのか? 」

キャロルは首を横に振った。

「王子の書かれた討伐日誌です。トロルの行動が細かく書かれていたので。この体毛が多いタイプは火を恐がり、晴れた日には行動せず、間欠泉の近くには絶対近づかないと書かれていたので、熱が苦手なのだろうと。私が説明するとドラゴン族の方々も納得されて、手伝っていただけました。」

 濡れた前髪をかき上げて、レオナルドは声を上げて笑った。

「まったく、恐ろしい娘だ。」

「は、はい? 」

 キャロルはレオナルドの笑い声に驚いた。

「雪でできたかのような繊細で華奢な娘の外見をしながら、急ごしらえの作戦でわが身を省みず陽動に出る。」

 戦慣れしたレオナルドから見れば、無鉄砲も良いところだ。けれど何かしたいと思ってしまった。そして、キャロルの行動を信頼してくれた。

「覚悟はできたか? 」

「え、あ。」

 思い出した瞬間、固まったが、顎を持たれてキャロルは覚悟を決めた。

「お願いしますっ。」

 ぎゅっと目を閉じるとレオナルドのふっと笑った声が聞こえて、緊張している間に唇が触れた。

 離れたとき、王子の青い目がそばにあった。心臓が爆発しそうなほど高鳴る。

 はっと気づくと、無数の視線を浴びていた。ドラゴンの目がじっと二人を囲んでいた。

「今しなければならないことか。」

 お湯に浸かって、冷静にサファイアが尋ねた。

「そうだ。人はドラゴンよりも命が短いのでな。」

 レオナルドが言うがキャロルは恥ずかしくて死んでしまいそうだった。


 その夜は特に強く雪が吹雪いた。トロルがこのときに襲ってきていたら、被害はもっと甚大だっただろう。

「不幸中の幸いでありますね。」

 フローディアはベッドに横たわったレオナルドを見て言った。

「骨や腸に異常がなくてよかったです。王子の身がサファイア様たちとの訓練のおかげで頑丈だったおかげですね。」

 森でのトロル討伐の最中、トロルに吹き飛ばされ全身打撲を受けながらも、城の危機に戻ってきた。動けるような怪我ではなかっただろうと、今の姿を見てキャロルは胸が痛かった。

「フローディア、後は頼む。」

「かしこまりました。」

 フローディアは微笑んだ。

「フローディア殿もお怪我は? 」

「はい。今の王子の怪我は、私を庇ってくださったのも当然ですから。」

 フローディアはレオナルド王子の額にキスをした。

「それではレオ王子、失礼いたします。」

 ぱたんと扉の閉じる音がした。

 妖艶にして大胆、無傷でトロルとの交戦から帰ってきた。出て行く前よりも彼女の弓の数は減っていたし、剣も汚れていた。何もせず守られていたわけではない。

「私も見習わなくては。」

「やめてくれ。あんな魔女にだけはなるな。」

 はぁっとレオナルドはため息をついた。

「齢十にしてエラゴニアの諜報員としてやってきた魔女だ。あの笑みに騙されて何人もの男が惨い目にあったか……。」

 身震いする王子の言葉に、キャロルはそれ以上聞いてはいけない気がした。

「死者がでなかったのがなによりです。」

手当てをするレオナルドの召使が言った。

「傷が癒えるまで十日ほどでしょうか。」

「もっと早く治す。父上や母上に急ぎの報告がある。」

 どんな重要なことだろうとキャロルが緊張すると、レオナルドはまじめな顔をして言った。

「キャロルとの婚姻の話をせねばならぬだろう。」

 ぼっとキャロルの顔が赤くなった。レオナルドの召使もうなづいた。

「そうでございますね。ドラゴン様たちの前で誓われたのであれば、急がなくては。」

 すくっとキャロルは立ち上がった。

「わ、私おいとまします。失礼いたします。」

 自分の部屋に帰る間も、キャロルは駆け出してしまいたくなるくらい恥ずかしかった。

 思えば婚約者とは、二度三度会ったけれど手もつないだことがなかった。不思議なもので、あの時は結婚をして、子供を産み、夫に仕えるということが当然で、他の感情は何も浮かんでいなかった。

 ワーグナ家では、もう自分は不要だと、異物なのだと思っていた。

 それなのに、今この胸のうちにあるものは驚きと混乱が多数で、それが当然なはずなのに、レオナルドに触れられると何も考えられなくなるくらいどきどきする。

 不快感はない。嫌悪もない。少し恐いとは思うが、どちらかといえば心地よい。

 王家に嫁ぐということは、伯爵家を継ぐ以上の責務がまっている。それを思うと不思議なことに、望むところだという強気な気持ちがわいてくる。きっと、王子の豪胆さが移ったのだ。唇を無意識に撫でて、キャロルははっとして頭を振った。

 部屋に帰るとキャロルは窓の外を見た。吹雪で何も見えないが、そのせいで色々考えてしまう。

 城に戻り、国王に謝罪しなければ。けれど一番は、ルルに謝りたい。顔も見たくないと思われているかもしれないけれど、あんなに優しい娘に申し訳なかったと伝えたい。


 レオナルドの傷が癒えてから帰り支度を整え、ドラゴンの王に挨拶に向かった。

「キャロル。聞けばそなた、故郷を捨ててまで我に謁見しにきたという。」

「私がきちんと手順を踏まなかったからです。どうぞお気になさらないでください。」

 キャロルの言葉に、ふふっとドラゴンの王は笑った。

「第三王子がそなたを妻にすると聞いた。そうでなければそなたはここに囲おうと思っていたが、残念だ。」

 ドラゴンも冗談を言うのだなとキャロルは思った。きっと、冗談だ。

「まだアイザック王に認められたわけではございませんが、そうなっても、ドラゴン族の方々のお役に立てるよう努めます。」

 そういうと、リーリウムの信徒がキャロルに箱を差し出した。

「これは人の王に渡して欲しい。リーリウムの信徒を支えてくれた礼だと。」

「かしこまりました。」

 キャロルは恭しく受け取った。

「そなたは我が友の言葉を継ぐもの。人の世にはそなた以外におらぬ。そのことを肝に銘じよ。今後はそなたの身と魂は、我が宝の一つでもあるのだ。」

 優しい目でドラゴンの王は微笑んだ。

「粗末にするでないぞ。我が許さぬ。」

「……っはい。」

 深々とお辞儀をしてキャロルは馬車に乗った。

 帰りの馬車は荷物が多く、室内にはフローディアもいた。

「私のことはどうぞお気になさらないでくださいませ。」

 にっこり微笑まれて、キャロルは赤くなってうつむいた。


 城に戻り、キャロルはすぐに国王に謁見した。城を出る時とは違い、三人の王妃がいた。黒い髪をした白い肌の第一王妃、金髪に褐色の肌をした第二王妃、そして黒髪に青い目をした第三王妃。三人そろうと圧迫感がある。

 キャロルは震えた手で謝罪をし、預かっていた品物を渡した。王は中に入っていた羊皮紙を眺めた。

「キャロライン・ワーグナ。大役ご苦労であった。」

 第二王妃に言われてキャロルは深々と頭を下げた。

 顔を上げたとき第三王妃がそばにいたので、びくっとした。彼女の顔は見れば見るほどレオナルドにそっくりだった。唯一違うのは、青い目の形は国王そっくりだということくらいだ。

「ドラゴンたちとトロルに立ち向かったというが、よく無事であったな。」

 顔をしげしげと見られた。

「皆様がご活躍されましたし、何より、レオナルド王子がお守りくださったので。」

「当然よ。あれは生まれてからドラゴンのように頑丈になれと育ててきたのだから。」

 最初は恐ろしいと思ったが、王妃は心配そうに見る。

「小枝のように細い腕ではないか。そなたの魂に似合わぬ身体よ。」

 ひょいっとキャロルの腕を持って第三王妃はため息をついた。

「あの、王妃ヘレナ様。恐れ入りますが私は、後ほどお礼を申し上げたいのですが。」

「ん? 私にか。かまわぬ今申せ。」

 キャロルは大きくうなづいた。

「我が母の故郷、シーナが侵略軍に火を放たれたとき、エラゴニアのドラゴン族の方々と兵に助けていただきました。母はお礼を言えなかったことを、最期まで悔やんでいました。きけば、ヘレナ様が軍を率いていらっしゃったと。」

 王妃は目をぱちくりさせて、キャロルの顔を持ち、じっと見た。

「言われて見れば、二十年ほど前にこのような顔の娘を助けたような、いや、あまりに多かったのでよく覚えてはおらぬが。」

 どきどきしながらキャロルは言った。

「私は母から何度もそのお話を聞いていたので、ドラゴン族の方々を恐ろしいとは思えませんでした。」

「なるほど。そなたの肝の座りようは、私にも一端の責があったようだな。」

「いえ、そのようなつもりでは。」

 頬をぎゅっと両手で押さえられて、キャロルは言葉に詰まった。

「恐ろしい縁よな、我が夫。ヨクジアとの同盟は思いがけないほどの見返りをもたらした。」

 国王はふふと笑った。

「我が治世の時に、ドラゴンの王の目覚めに立ち会えるとは思わなんだ。」

 笑うとアルザッケル王子にもよく似ていた。

「ヘレナ殿が顔に傷を負ったかいがありましたね。」

 第一王妃がそっと、第三王妃の顎を持った。

「本当に。私も初めて見たときは心臓が止まりましたわ。」

 豊かな胸を押さえながら、第二王妃は言った。

「お化粧で隠してしまえばよいのに。」

「すてきなブルカをおつくりするのに。」

 姉妹のように仲が良く、息がぴったりだ。

 二人の王妃に挟まれて、第三王妃はごほんと咳払いをした。

「良い、名誉の傷痕だ。ともかく、セラヴァリル殿のようにがっしりとしていなくては不安だ。そなた、もっと肉をつけなさい。」

 三人の王妃の目がキャロルに移る。

「そうね。キャロライン殿。貴方雪か氷の精かと思うほど白くて細くて、ずっと心配だったもの。」

「本当に。聞けば馬にも乗れるとか。ならば今後食事と運動でしっかり肉をつけていただくわ。」

 王妃たちの圧にキャロルは一歩下がった。

「は、はい。」

 思わず返事をしてから、うんうんと王妃はうなづいた。

「そうでなければ、子を産むときに苦労する。肉を蓄えておかねば、全て子に吸い取られてしまうのでな。」

「はいっ……え? 」

 国王が箱の中をキャロルに見せるように傾けた。

「ドラゴンの王じきじきにこのような品を賜ったのだ。よい婚礼道具が作れる。」

 箱の中には、ドラゴンの王のウロコと同じ、虹色に輝く巨大なダイヤモンドが入っていた。

「ひぃっ。」

 キャロルは思わず悲鳴をあげた。

「まさか、中身を知らずに持って帰ったのか? 」

第三王妃の問いにキャロルは頭を激しく縦に振る。

「なるほど。謙虚なそなたを見越して受け取らぬと思われたのだろう。」

国王が笑った。

「忙しくなるな。ユークリッドより先にレオナルドが婚礼を挙げることになるとは思わなかった。」

 キャロルは呆然とした。そして、ダイヤモンドは自分の手に余るので、預かってもらった。

「そなたに客人が来ている。帰って早々申し訳ないがフローディア殿が案内されるので会ってくるとよいだろう。」

まだルルにも謝っていないのにと、キャロルは思いながらもフローディアに連れられて王都のホテルに向かった。

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