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妊活勇者(♂)  作者: ジカンノムダ
3/4

その二 そして闘病の道を歩むのだった



「……つら過ぎてつらい」


 召喚後に目覚めて天井を見上げた、あの同じ部屋の中。無駄に豪華な寝台の上で、少年勇者は呟きました。


 相も変わらずこの部屋は、豪華な内装豪華な調度。ミルク色の国王様に目一杯ゲロを浴びせたあの日から、変わらぬ手入れの行き届きよう。ただ二つ、変わった事があるとするなら、それは少年、間雷火の様子です。学生服ばかりを着たきり雀じゃいられませんから、用意された服に着替えています。

 それがまた何と言いましょうか。うん。さすが中世、そして王宮。ローブというかガウンというかおネグリといいましょうか、それらを足して三で割ったようなデザインの、寝間着というか部屋着というか。全体にふわふわのひらひらで、襟元やら袖口やらがやたらとレースやフリルで装飾過剰。気分はもう、少女漫画に出て来るサナトリウムの病弱美少年です。

 そう。病弱。これが二つ目の変わった所。

 召喚時と目覚めた時と、一話で二度もゲロって以来、雷火少年の失われた食欲は一向に戻らず、日に日に身体は衰弱して行く一方なのです。当てにしたチート能力どこ行った?


 今日もひたすら体がだるく、立ち上がる気力さえありません。おまけに胸焼けがむかむかと酷く、訳もないのに吐きそうなのを懸命に堪えるだけで精一杯です。別に例の空気読めない国王様が訪れるまで、目一杯我慢して溜めこんでおこうとか、そんなつもりじゃありませんけど。ええ、三度目なんて、決して狙っちゃおりませんとも。ええ、決して。


「******、ハイト・ライカ」


 すると、ただの独り言に過ぎないそんな呟きに、律儀に答えてくれる声がありました。


 心配そうにこちらを見つめているカフェオレ髪の侍女さんです。言うまでもなく、召喚時の言葉も通じぬごたごたの際、騎士と共に話し掛けて来てくれた、あの侍女さんです。

 言葉が通じないのは相変わらずだし、まだまだ出会って幾らも経たず、名前くらいしか知らない間柄ではありますが良い人なのは確かです。今も雷火少年が疲れずに上半身を起こしていられるようにと、背中へクッションを宛がってくれている、とても気の利く侍女さんです。


「ありがとう、ヘーゼルさん」


 侍女さんが何と言ったのか正確な所は分かりませんが、雷火少年は日本語でお礼の言葉を返しました。

 推測するに恐らくは「無理をなさらないで下さい、ライカ様」とか、「お気を落とさないで下さい、ライカ様」とか、そういった労いの言葉を掛けてくれたのだと分かります。まだまだ異世界語は理解できない雷火少年ですが、「ハイト・ライカ」という部分だけは聞き取れました。

 激情じじいの説明によれば、ハイトというのは「嫌う」という意味で、そこから派生して「嫌う、憎む、貶める、悪し様に言う」などといった ――― いや、それはヘイト。英語だよ。


 失礼しました。ハイトというのは、異世界語で上位の者全般に対する敬称であり、日本語で言うと「何々様」にあたる言葉だそうです。激情じじいの説明によると。  だから例えば、もし仮にこの異世界で、「ヘットラー」という人に敬称を付けて呼ぶとしたなら、発する言葉は「ハイト・ヘットラ―」。そうです。右手を45度の角度で真っ直ぐに、右前上方へと挙げて叫べば更に良し。うん。そこはかとなく危険なので、この話題はまあこのへんで。


「ほうほう、そこそこ言葉が通じるようになったようじゃの」


 そこへ、丁度話題の転換を見計らったかのように登場したのは激情じじい。もとい主神神殿の神官長様。その名もルセル・ハップヒーフォルビア氏。

 恋人繋ぎで心と心が通じ合い、今日で早くも一週間。日数で数えて僅かに七日。文章だけでは分かり難いが意外な事に、日本語を駆使しての再登場です。注意してないとついついさらっと読み過ごしてしまいそうになりますが、ほら、台詞が思念通信の『』← こういう鉤括弧じゃないし、じい様登場したばかりで、今は恋人繋ぎもしていないでしょう。

 やたら恋人繋ぎにこだわるな。少年、もしかしてトラウマなのか?


「いえ。ヘーゼルさんだから、何か労いの言葉を掛けてくれたんだろうと推測しただけですよ。聞き取れたのは、ライカと呼び掛けられた部分だけです」


「推測、大いに大いに結構。現に会話として成り立っておるではないか。十分に意思疎通できておるとも」


「いや。僅か七日で日本語の日常会話が可能になった、じい様に言われても」


「まあ、儂のこれは、言わば言わば法力を使ってのズルじゃからのう」


 そうなのです。恐らくは恋人繋ぎのアレによる何らかのナニだろうとは思われますが、この一週間でめきめきとじい様の日本語能力は向上し、今では少年と普通に日常会話が可能。どころか、異世界人たちとの通訳まで買って出てくれるという万能ぶりです。

 これはもしやひょっとして、恋人繋ぎの副作用かなんかなのか? 恋なのか? そうか恋か。恋なんだな。


 そんな激情じじいを先頭に、この時刻この部屋を訪れるのが最早定番のようになってしまってる例の三人。いつもの召喚トリオの面々が、従者トリオを引き連れて、慣れた様子で入って来ます。

 一応は勇者の滞在している部屋なので、入り口には護衛の兵士さんたちが居るのですが、三人の神官職という立場が故なのか、それとも連日の訪問で兵士さんらもマンネリになっちゃったのか、初日の訪問以後は入室許可の問い合わせすらありません。 これは詰まりやっぱりあれか、マンネリの方なのか。

 そんなしょうもない事をついつい考察してしまっているうちに、召喚トリオと従者トリオは歩みを進め、あの目覚めた日と同じ様に寝台脇の椅子に腰掛けました。ついでに言えば、後ろに控える従者神官トリオの顔ぶれも目覚めてゲロしたあの時と同様で、この一週間替わりばえもありません。これもマンネリの理由なのかも。

 いや、いいんだ。ゲロはいいんだ。これじゃあ最早、天丼とすら呼べない執拗さだよ。そんな訳の分からないしつこさを振り切る様に、少年勇者は召喚トリオの残る二人に声を掛けました。


「ヒルデガルド司祭長も、ルーナローザ王女も、おはようございます。いつもお気遣いありがとうございます」


 正直「おはようございます」と挨拶するにはもうかなり遅い、窓から垣間見える日の高さから考えて昼近くではないかと思える時刻ではありますが、もうこの所定番となった挨拶ですから今更変えなくとも良いでしょう。因みに声を掛けた順番は、年齢順です。長幼の理です。変な所、頑固な拘りがあります、雷火少年。


「**********?」


 緑衣にオレンジ色の髪とカラフルな司祭長ヒルデガルドさんが、気遣わしげな表情で何かを問い掛けて来ました。


「今朝は朝飯は食えたのか、と問うておる」


 この一週間、毎朝必ず問い掛けて来る事なので、言葉は理解できない雷火少年ですが、何を聞かれているのかは、じい様の通訳がなくても分かるようになりました。

 緑のヒルデガルドさん。侍女のヘーゼルさんとは、またちょいと違った感じの気遣いの人です。その趣は、例えて言うなら「お母さん」? うん、そう。何と言うか、子沢山の肝っ玉母さんといった表現が一番近いかもしれません。


「いえ、今朝はまだ ――― 」


 少年が答えて口を開いたその時です。


「*******、ハイト・ライカ」


 部屋の外から声がして、落ち着いた微笑を湛え、あの灰銀の騎士さんが入って来ました。第一話でヘーゼルさんと一緒に現れ、じい様たちを呼びに行ってくれたあの騎士さんです。

 その落ち着いた物腰に、思わずほっとする雷火少年。うん、そうね。騒がしくて空気読めない国王様でなくて良かったね。誰だって、二話続けてゲロはしたくない。


「キョーモビョーキカ、ライカ・サマー」


 サマー言うな。どこの森サマーだよ。

 それはともかく。

 じい様と違ってたどたどしい日本語で話し掛けて来たのは、ワゴンを押して騎士さんと一緒に入室した、ムキムキマッチョの大男です。

 金髪碧眼、割れた顎。まさに絵に描いたような「日本人がイメージするマッチョ外人」そのものです。これでド派手なTシャツとぴっちりタイツを身に着けていれば、新作のアメリカンヒーローに違いないと誰もが納得するでしょう。そして全米が泣き喚くのです。

 騎士さんもかなりの長身なのですが、それよりも頭一つ分大きく、確実に2メートル超えの巨体です。これでプロレスラーじゃなく、アメリカンフットボールの選手でもなく、料理人だというのですからびっくりです。いや、この時代この異世界、プロレスもアメリカンフットボールも存在する訳ありませんけど。


 そもそも中世頃のヨーロッパでは、人々の身長はそれ程高くありませんでした。改めて周囲を見回してみても、じい様は少年とほぼ同じくらい。椅子の後ろに立つ従者神官トリオのうち、男性ふたりも然程変わらず。ヘーゼルさんヒルデガルドさん、その後ろに立つ女性神官さんは少年よりも若干低く。確実に年下と思われるルーナローザ王女は更に小さいのです。思い起こすにゲロをかぶった国王様も、恰幅良く横に大きくはありましたが、身長は少年と大差なかった気がします。

 そう考えると目の前の騎士さんは、戦闘職だけあってかなり大柄、そしてムキムキマッチョは規格外と言えるでしょう。


「うん。ぶっちゃけ今朝も食欲がない」


 そんな事を考えながら少年が正直に返答すると、金髪ムキムキマッチョは左手でワゴン上の料理を覆う蓋を取りながら、ファンキーに二カッと笑い、右手でサムズアップを決めました。


「オーケーオーケー、アンズルナ。ゲオルグトクセー、ショージンリョーリノ、トージョーダ」


 片言の日本語を漢字混じり表記に変換すると、「案ずるな。ゲオルグ特製、精進料理の登場だ」となります。突っ込み所はアレですが。だって目前に現れた料理には、どう見ても肉と魚介が含まれています。食欲のない雷火少年に合わせて少量であり、小さく刻んではありますが。これでは精進料理と言えません。それに少年には、どう思い出しても「精進料理」なんて日本語を、ムキムキマッチョなゲオルグさんに教えた覚えがありません。いや、そういえばそもそも、サムズアップなんて教えた記憶もなかったぞ。あれは地球産の物なのか? それとも、似たような意味の純異世界産のジェスチャーなのか?

 雷火少年が胸焼けでろくに回らぬ頭を捻って、そんなしょうもない事を悩んでいると、目の前に丸太みたいなぶっとい腕が突き出され、ちんまりとしたお皿の幾つかをお盆に載せて手渡してくれました。


「サア、クラエ。ワガヒッサツノ、サツジンケン」


 ゲオルグさん、そこ言葉の使い方違う。

 もっとも、そのムキムキな腕だけ見ると納得できちゃうけどね。サツジンケン。

 うん。サツジンケンのアメリカンヒーローか。間違いなく全米が泣き喚くだろうなあ。

 心の中で軽く三度ほど突っ込んでから「ありがとう」と感謝を伝え、雷火少年は受け取ったお盆を膝の上に載せました。

 ベッドで食事。お行儀が悪いですが、この際仕方がありません。だって余りの疲労感で、立つのも座るのも少年には到底無理な相談なのです。せめて、も一度愚痴らせて。ほんとさあ、チート能力どこ行った?

 今無理に動くと確実に、二話連続でゲロゲロやってしまうでしょう。そしたらもう今度こそ確実に「無敵看板娘」を超える。超えてしまう。でもそんな誰得な金字塔、こんな誰も読まないキワモノ駄作の中で打ち立てて一体何になる。

 いや、余計な事は考えない。フラグにでもなったらどうするよ。


 悲惨な事故の可能性からはこの際敢えて目を逸らし、視線はお盆に向けましょう。

 ゲオルグ特製ショージンリョーリ。お盆の上に並ぶのは、ちんまりとした小鉢サイズのお皿たち。しかし小さいと侮るなかれ。洗練されたその形。描き込まれた緻密で鮮明なその文様。上薬の質が違うのか、何とも言えない艶と輝きを伝えて来るその質感の絶品さ。見る目のある者が見れば、その見た目ン玉がすっ飛びだして大気圏離脱してしまいそうな高級品だろうという事は、見る目の無い雷火少年にだって分かります。現代日本で雷火少年の家族が使っていた百均ショップの皿なんて、比較対象にもなりません。


 そんな大気圏外目ン玉なお皿に載って供されるのは、先ずは一つに麦の粥。麦粒よりも小さく小さく刻んだ肉や魚介を混ぜ込んで、栄養と食べ易さの両立を狙った麦の粥。分量は、日本流に表現するとお玉に三分の一くらい。

 そしてスープ。ワカメに似た海藻らしき物のスープです。すぐゲロる雷火少年でも飲み易いよう極々薄味に仕上げたそれは、海老か蟹みたいな香りが僅かにします。

 それから、何かの根野菜の和え物。これがピンポン球の半分くらい。チーズらしき物と茹で玉子八分の一を何かの葉野菜で巻いた物。これがそれぞれ一個ずつ。干し無花果みたいなののスライスにジャムか何かが乗っかった物。そして、ピクルスみたいなサワー系のお漬物。


 以上がメニュー。量は全部合わせても、小さ目のお茶碗半分あるかないか。

 ゲオルグと厨房の面々が色々試行錯誤してくれて、何とか雷火少年にも吐かずに食べられると判明した品目の数々なのです。


 ついでに少しばかり解説すれば、この異世界では海藻なんて食品ではありません。特定地方の海岸沿いに住む極々僅かの人々だけが食用としているのみで、普通の人々は、そして勿論普通の料理人だって例外なく、そんな物を食べるなんて発想すら持ち合わせてはいないのです。

 雷火少年にとって幸運だったのは、ゲオルグさんがその例外で、修行時代の昔たまたまその特定地方に放浪し、興味を持ってその調理方法を学び海藻を手に入れていた事でした。

 また言えば、茹で玉子というのも一般的な存在ではありません。玉子一個や二個の為にわざわざお湯を沸かし、しかも殻のまま時間を掛けて茹で上げる。この異世界の人々にとっては、そんなん無駄以外の何物でもありません。中世な環境の世界では、燃料資源はそれほど豊富ではないのです。そんな無駄をするよりは、殻を割って中身だけ煮るなり焼くなりすれば良いという認識なのです。でも、これもゲオルグさんは例外で、やっぱり昔の修行時代に他国の火山地帯を放浪し、玉子を殻ごと地熱で蒸し焼きにするというその地方独特の調理方法を学んでいた為、茹で玉子という考え方をすぐに受け入れる事ができたのでした。

 そしてトドメに、ちょっとの刺激で簡単にゲロる雷火少年に合わせて、極力香りを抑え味を薄くし、素材を消化し易く加工する。そんな本来料理人に求められるのとは真逆の作業を強いられるのですから、料理人たちの苦闘に思いを馳せると、ちんまりとお盆に並べられた料理の数々に自然と頭が下がる雷火少年なのです。


「いただきます」


 そんな意識の流れから両手を合わせ料理に向かってお辞儀をする雷火少年の姿を、異世界の面々は、またも興味深げに見つめて来ます。特に、雷火少年が箸を使って食事をするのが不思議でならないといった様子です。ああ、勿論言うまでもないでしょうが、箸は元の世界からの持ち込みです。手提げ鞄の中に、空になったお昼の弁当と一緒に入っていた物です。え? 弁当の中身? それも勿論言うまでもなく元の世界から持ち込みましたとも。国王様が浴びせられたゲロとして。


「********……」


「うむうむ。まこと何度目にしても不思議よのう」


 ヒルデガルド司祭長が何か感嘆の言葉を漏らし、じい様がそれに同意しました。


「ライカ殿。またまた繰り返しになって悪いのじゃがの。ライカ殿の世界では、箸を使うのが普通の事なのじゃな?」


 そして先日もした質問を、またも繰り返して訊いて来ました。


「そうですよ。俺の居た国と周囲の幾つかの国。あの世界の東の方に住む人たちは皆そうです。多分ですけど、あの世界の三分の一以上は、普通に箸を使いますね」


「*****?」


「子供もかの?」


 じい様がヒルデガルド司祭長の質問を通訳しました。


「子供もですよ。五歳くらいなら、もう普通ですね」


「*****!!」


 じい様が雷火少年の言葉を通訳したので、ヒルデガルド司祭長が緑色の瞳を大きく瞠り驚きの言葉を発しました。じい様大活躍だな。

 その後も互いの世界の環境や習慣について尋ね合い答え合い、一同は暫しの和やかな歓談の時を過ごしたのでした。




 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




「さて、それでは行くとするかの」


 雷火少年の部屋を辞し、途端に厳しい顔付きに変わったルセルのじい様は、左右の二人に視線を巡らせ異世界語で行動を促しました。


 なお、ここから先で交わされる会話は全て異世界語なのですが、表記の都合上日本語にてお送り致します。どうかご了承下さいませ。


「参りましょう」


「同意」


 ヒルデガルド司祭長とルーナローザ王女が答え、三人は揃って王宮の長い廊下を先へと進み始めました。

 杖を持った白髪で白髭の老人を先頭に歩くその姿は、水戸黄門漫遊記のようでもありますが、気楽な旅の雰囲気など欠片もなく、付き従う従者神官トリオの表情も含め彼ら彼女らから感じるそれは、むしろ忠臣蔵の討ち入り場面に近いと言えるかもしれません。

 厳しい表情の三人と三人は、口を真一文字に引き結び、ずっと無言で歩みを進め、やがて本所松坂町は吉良の屋敷へとやって来ました。


「いや、違うだろ。異世界に吉良屋敷なんか無いだろ」


 雷火少年が居たならば、そう言って突っ込んでくれたのでしょうが、今は不在。よってスルー。

 吉良の屋敷でこそないですが、王宮のとある扉の前で、三人と三人は揃って声を上げました。


「「「「「「たのもう」」」」」」


 すると、扉の前に立つ警護の近衛兵ふたりも、揃って声を上げました。


「「はあ?」」


 奇人変人を見る目です。

 いや、無理もないよ。じい様。皆さん。六人とも、それ思いっきり日本語じゃん。

 誰だ、「ここから先で交わされる会話は全て異世界語です」なんて書いたやつ。責任者出て来ーーい!!


 まあそんな訳で、近衛兵さんたちに罪はありません。「頼もう」なんて、この異世界には無い挨拶ですから。可哀想に近衛兵さんたちは、どう対応したものかとお互いに困惑の視線を交し合っています。

 そこへまた。


「神官長ルセル・ハップヒーフォルビア含む有志四十七名、大儀により罷り通る」


「「はあぁ?」」


 畳み掛けるように、またも近衛兵さんたちには理解不能な発言です。今度はちゃんと異世界語ですが、残念ながら、言葉が分かるからといって発言内容が理解できるとは限りません。再度お互いに顔を見合わせ、目線で相談し合う近衛兵さんたち。

 その片方、より融通が利かなそうな印象の近衛兵さんが、堪え切れなかったのか果敢にも突っ込みました。


「四十七名……、失礼ながら神官長殿、私の目には六名に見えるのですが?」


「左様、我ら六名。されど魂は四十七名」


 もう訳が分かりません。可哀想に、とても生真面目そうな近衛兵さんは、アイアンクローみたいに右手で自ら両方のこめかみを抑え付けながら、深く項垂れてしまいました。もうひとりがその肩にそっと手を置き、「気にするな。俺にも何が何だか分からんが、多分、気にしたら負けなんだ」と励ましだか慰めだか分からない言葉を囁いています。

 もしかして「気にしたら負け」と、自分で口に出したのが却って良かったのかもしれません。やがて、より融通の利きそうな近衛兵さんが、少し落ち着きを取り戻したようで、どう対応するか腹を決めました。

 うん。訳が分からなくても何でも、ここはこのまま報告しよう。そうしよう。

 人それを「丸投げ」と呼んでおります。


「申し上げます。神官長殿はじめ有志四十七名、会議に到着なさいました」


 声を張り上げ近衛兵さんが扉の向こうに報告すると、即座に中から反応がありました。


「何い!? 四十七名だと!? そんな大人数で押し掛けて来いとは言っていないぞっ!!」


 苛立った様子の神経質そうな声が聞こえたのと同時に、ばたばたと殆ど駆け出す勢いで誰かがこちらにやって来るのが分かりました。

 そして、ばんっ!! と蹴破るかの勢いで扉が開け放たれました。こら、馬鹿なIME。なぜに「開け洟垂れ」なんて変換をするんだ。

 それはともかく、そうやって開け洟垂れて姿を現したのは、上背のある見るからに神経質そのものといった痩せぎすの男です。年齢は、見た所どうやら三十半ばくらい。中年と呼ぶにはまだ少し間があるといった所でしょうか。開け洟垂れた扉に立った痩せぎすの男は、いかにも人を見下ろし慣れているといった感じで、じい様たち六人を見回すと、ふんと鼻を鳴らして言いました。


「何だ。六人しか居らぬではないか。何を言っているんだ」


「左様、我ら六名。されど大儀に拠りて立つ四十七名」


「何を訳の分からぬ事を。六人は六人だろうが。何で六人が四十七人なんだ」


「無論、大儀に拠りて集ったがゆえじゃとも」


「答えになってないだろうっ!! 何で大儀だと六が四十七になるんだっ!!」


 開け洟垂れた扉に立つ神経質男、ついに激高して怒鳴り始めました。神経質そうな見た目通り沸点が極めて低いのか。もしくは神経質そうな見た目通りに、論理的矛盾がどうしても許せない性質なのか。またはその両方なのか。いずれにしろ、ルセルのじい様とは徹底的に反りが合わないお人みたいです。


「まあまあ待たれよ、財務の長官殿。神官長殿の言う事に、いちいち真正面から答えておっては身が持つまいよ」


 そこへ、痩せぎす男の後ろからのっしのっしと現れたのは、対照的にでっぷりぷりんと太った男です。


「おや、これはこれは宰相殿か。ごっつあんです」


 すぐ男に気付いたじい様が、いちはやく挨拶の言葉をかけましたが ――― あの、じい様、それって皮肉以外の何物でもないですよね。「ごっつあんです」が思いっきり日本語だし。誰だ、「ここから先で(略)責任者(略)。


「……?」


 一方でっぷりぷりん男は、「ごっつあんです」なる聞いた事もない挨拶に一瞬眉を顰めましたが、すぐに恵比寿のような笑顔を浮かべて答えました。


「これはこれは神官長殿。年長者にご挨拶もできず申し訳ない。だが、ともかくまずは会議の席に着こうではありませんか」


 でっぷりぷりん恵比寿男が促したので、一同はいつもの席に着きました。

 いつもの、というのは雷火少年が目覚めてからの一週間、ほぼ毎日ここで不毛な会議が開かれていたからです。

 王宮の一室としては装飾品の少ない、明らかに会議専用と思われる広間。その正面一段高い席に座った国王様を挟むようにして、向き合うように二列の机がずらりと並べられています。そして、王様から見て左手側の上座から、じい様たちは順次席に着きました。ついでに言及すれば、従者神官さんトリオは、いつものように三人の後ろに立ち、神経質男と恵比寿男は反対側、右手の席に座りました。

 軽く見渡した所、左右合わせて三十名前後がこの会議室に集っているようです。


「皆揃ったようじゃな。では会議を始め ――― 」


「お待ち下さいませな。お父様」


 開始の言葉を述べようとした国王様の台詞をぶん取って、その傍らに座る、ミルク色の髪を四つの大きな縦ロールにした若い女性が口を挟みました。


「何度も申しますけれど、ルーナローザ。貴女は、こちらに座すべき立場ではありませんこと?」


 顔の下半分を豪奢な扇で覆うようにしながら、ちろりと視線を左手側の机の列、その三番目、じい様と祭司長の次の席に座る神官王女に向けています。


「姉上。我は今回、召喚者として関わっておる。故にこちらに座すべきなのじゃ」


「ふう……、意固地なこと……」


 きっぱりとした、譲るつもりなど欠片も無い、神官にして第二王女ルーナローザ姫の述べた言葉に、ミルク色の女性、第一王女マリアローザ姫様は、扇の陰でそっと溜め息を吐きました。


「では皆の者、会議を始めるがよい」


 開始の言葉を邪魔された為かミルク色の国王様は、どこか投げ遣りにそう仰いました。



 国王様の言葉を受けて、じい様たち以外の列席した面々は、一度だけ互いに窺うような視線を巡らすと、揃ってひとりの中年男性に注目しました。

 その中年男性とは、神経質男のひとつ上座に座る人物。察するに、財務長官たる神経質男の上司に当たる人物なのでしょう。

 中年男性は、自分を注目する視線に気付くと、列席した面々をぐるりと一度見回してから、諦めたような溜め息を吐いて立ち上がりました。


「では、先ずは僭越ながら、財務の相として質問させて頂きたい」


 そしてちらりと、己の部下であるはずの神経質男を窺ってから、渋々といった感じで言葉を続けました。


「神官長殿。その後、勇者の状況はどうなのですかな?」


「うむうむ。その後は嘔吐もなく、順調に静養しておるぞ」


「それは良かった。では、散歩くらいは出来るようになったのですか?」


 少し嬉しそうに財務の相さんは、気弱な印象の顔をほころばせました。


「いやいや、それはまだじゃ」


「そうですか。では、室内で普通に活動するくらいには……」


 少し残念そうに財務の相さんは、気弱な印象の顔を翳らせました。


「いやいや、それもまだじゃ」


「そうですか。では、寝台を降りて食卓に着くくらいは……」


 少し気落ちしたように財務の相さんは、気弱な印象の顔を曇らせました。


「いやいや、それもまだじゃの」


 と、じい様と財務の相さんの遣り取りが、少しだけ天丼ちっくな様相を帯びて来たその時です。


「ちょおおっと待てええ!!」


 神経質男が勢い良く立ち上がりました。

 どうやらこの会議に議長は居らず、他の者が話すのを遮ったりしない範囲で自由に発言する事ができるようです。


「それでは何か!? 召喚されたあの小僧は、未だに寝台から起き上がる事すらできないと、そういう事なのか!?」


「うーむ、そうかのう、そうかのう。まあ、悪意に満ちた言葉をわざわざ選んで表現すれば、そうも言えるかもしれんのう」


「悪意に満ちんでもっ! わざわざ選ばんでもっ! 結局は事実としてそうなのだろうがっ!」


 机を両手でばんばん叩きながら、声を張り上げる神経質男です。


「うむうむ、じゃが事実と一口に言うても、そこには色々な側面というものがあってじゃのう。ほれ、言うじゃろう『事実は吟遊詩人の物語よりも奇なり』とのう」


「知らんっっ!! それに私は吟遊詩人なんぞ聞かんっっ!!」


「そうかそうか。若いくせに人生無駄に過ごしとるようじゃのう。それじゃ寝とるのと大差ないのう」


「ぬかせっ! 私は仕事をしている! どこぞの召喚小僧のように、日がな一日無駄に寝台で寝ているよりは遥かにましだっ!!」


「なんのなんの。何もせずに寝てくれとる方が、どこぞの誰かさんみたいに派手に寝小便垂れられるよりは遥かにましじゃわ」


 じい様のその一言で、神経質男の両目が極限までも見開かれました。


「この前から寝小便寝小便と喧しいわっ!! 寝たっ切りの勇者では、寝小便小僧と大差なかろうがっ!! だからこそ我等財務が ――― 」


「いやいや。聞けば勇者殿は十七歳。こう言うては何じゃが、我が親友の十七歳まで寝小便垂れておった息子とは、寝たっ切りでも月夜と闇夜の違いがあると思うんじゃがの」


「誰が十七歳までだっ!? 十歳までだっ!! 十歳までっ!!」


 こめかみに青筋を立てて、神経質男が机をばんばん叩き続けています。


「ぷぷっ……普通は五、六歳くらいまでじゃろうに。語るに落ちるとはこの事……いやいや。何でもないぞ。ほれ、会議を続けようかいのう」


 神経質男の肩がふるふると震えています。


「毎度毎度、悪意に満ちた言葉を、わざわざ選んで発言しとるのはどっちだっっ!!」


「毎度毎度、悪意に満ちんでも、わざわざ選ばんでも、事実としてそうなのじゃろうが?」


 涼しい顔で、先程相手が放った言葉をそのまま返すじい様に、神経質男の何かが「ぶちっ!」と音を立てて切れました。


「事実じゃないだろうがっっ!! 出鱈目だっっ!! 十歳だと言ったら十歳だっっ!!」


「事実じゃ事実。何歳じゃろうと、寝小便の事実は事実じゃ」


「人の揚げ足を取ってそんなに楽しいのかっ!! このくそじじいっっ!!」


「糞じじいは単なる罵詈雑言。寝小便は事実じゃ」


「まだ言うかっっ!? つまらん個人攻撃はやめろっっ!! 今すぐだっっ!!」


「個人攻撃なんぞしとらんもーん。儂はただ、親友の息子と言っただけで誰とは特定しとらんぞ」


「貴様の親友と言ったら、亡くなった我が父か呑んだ暮れのロナンガしか居るまいがっっ!! そしてロナンガは独身だっ!!」


「おやおや、おぬし目立ちたがりなんか? そんなにも寝小便十七歳の栄誉を我が物にしたいのかのう」


 ついに堪りかねたのか神経質男は立ち上がり、蜂蜜色の波打つ髪をがしがしと掻き毟って意味不明の雄叫びを上げました。


「ぐぬぬぬううう……くぁwせdrftgyふじこ!!!!!」


 八二分けで額にかかる豊かなウェーブを左サイドに流すお洒落なセットを台無しにして、神経質男は椅子を蹴り倒し、机の上へと一気に躍り上がりました。


「財務長官!? 何を!?」


「ご乱心!! 財務長官ご乱心じゃ!!」


 そう。ご乱心でした。もちろん、机の上でジュリアナトーキョーしようとかいう訳ではありません。痩せて色の悪い顔を真っ赤に染めながら、机を乗り越えてじい様に掴み掛かろうとした神経質男でしたが、幸いすぐ下座に座る人物と、背後に控えていた従者らしき人物とに、ふたりがかりで抱き止められ、机に片足を残して飛び越えようと踏み切る直前でようやく押し止められました。

 そして、ふうふうと荒い息を吐きながら足を下ろし、再び机をばんばんと叩いて大声を張り上げて宣言しました。


「とにかくっ! 我ら財務としてはっ! 召喚された勇者とはいえっ! ただ寝ているだけの小僧にっ! これ以上は銅貨一枚とて出す訳にはいかんっっ! これは財務としての決定だっ!!」


 うん? 普通さ、そういう決定ってさ、あんたの上司、財務の相さんがするもんなんじゃないの? ああ、でもここには突っ込み人が居ないからなあ。雷火少年、早くベッドを降りて部屋から出て来て。


「まあ、財務の言い分は言い分として……」


 そんな険悪な雰囲気の中唐突に、実に唐突に、左側の列で最も下座に座っていた、ひょろ長い印象の男が立ち上がりました。

 ぼさぼさの髪、無精ヒゲ、やる気の欠片も窺えない眠たそうな目元。これでおかま帽子をかぶって絣の着物と袴を身に着けていれば、金田一耕助の出来上がりです。


「あ、私、治癒術研究所のシバイタロカと申しまして。本日は治癒部の長官が病欠でして、いやこれが、何と言うか、まんま治癒師の不養生というやつでして。まことにお恥ずかしい次第でして。まあそんな訳でして、若輩者ですが私が代理出席となった次第でして……えー、それで、何が言いたいかと申しますと、つまり宜しくお願い致しますといった次第でして……」


 飄々と、何だかどうでもいい事を語り始めました。


「おやおや、ロナンガは病欠なのか」


「はあ、ルセル神官長殿。どうやら痔が悪化したようでして……」


 飄々と、上司のプライバシーをばらし始めちゃいましたよ、このひと。


「それはいかんのう。ではでは、後ほど見舞ってやらねばのう」


「それは是非お願いしたい次第でして。見舞ったら既に薨ってたなぞとなってたら、笑い話しにもならない訳でして、もしそうなったら勇者の件で、うちの長官もさぞや心残りになって化けて出そうな気配でして……」


 飄々と、上司が死ぬの前提で話しちゃってますよ、このひと。


「なんとなんと。ロナンガはそんなにも心痛を抱え込んでおったのか?」


「はあ、ルセル神官長殿。『魔王が活動を始め、各地でその影響を受けた魔獣が跳梁跋扈し、魔王の部下たる魔族の軍勢が侵攻して来る兆しさえ見えておるというのに、お偉いさん方は、相も変わらず口を開けば予算予算と銭金の話ばかり。かと思えば、あれは本当に勇者なのか? などと馬鹿な事を言い出す輩も居る始末。勇者ではない者が、召喚の儀式に応えて来る訳もなかろうに。馬鹿は推論するという事すらできんのか。脳味噌が無いのかあいつらは。そうかと思えば、此度の勇者は、本当に魔王を退ける力があるのか? なんぞと知能の低さ丸出しな事を言う。法術、仙術、祈術の三神官が力を振り絞り、魔王を退け得る者をとの条件付けの下で召喚したというに、いったいあの脳足りんどもは、三術を司る神々を否定するつもりなのか。どこまで思い上がれば気が済むのだ。まともな思考能力がないんじゃないのか。脳味噌の変わりに、頭にスライムでも詰まってるんじゃないのか。三神に弓引くとは、あの連中は本当にレンベルンゲンバウム国の民なのか。実は本人たちはとっくに殺されていて、魔族が成り代わっておるのではないのか。おお、きっとそうじゃ。亡者は闇の力たる霊術によって使役されるアンデッドじゃからの。あの銭の亡者どもは、さてはアンデッド系の魔族に違いない』と、この所えらく心を痛めているご様子でして……」


 飄々と、じい様との対話という形を取りながら、上司が語った事にして言いたい放題のこのひとに、会議場の右列側に座る人たちの顔色が、明らかな怒気を帯びて青筋立てて、ひくひく小刻みにひくついて来ました。


「そうかそうか、それはさぞや心残りであろうのう。それで、ロナンガは何か遺言を残してはおらなんだか」


 おいこら、じい様!! いつの間にロナンガさん死んじゃったんだよ!?


 しかしながら残念ながら、必殺突っ込み人たる雷火少年のいないこの場では、じい様の理不尽に気付く者すらおりません。


「はあ、ルセル神官長殿。『聞けば勇者は、月がひとつしかない遠き異世界より来たという。月の動きに体調が影響を受けるは当然で、これは三つの月を司る三神が定めたる世の摂理。ならば勇者の不調の理由は、異世界とこの世の違いに順応不全を起こしておるに違いない。されば、治癒術医師の総力を挙げ、勇者の体質改善を成せば、何の問題もなくなるじゃろう』と、以上が我が師たる治癒術長官の遺言でして……」


 飄々と、じい様の発言に乗っかり上司を故人に仕立て上げ、その流れで勇者に関する全般を、自分たちの管轄部署に引っ張り込もうと考えているようですね、このひとは。


「ほうほう、それは儂らとしては願ってもない申し出じゃが。先立つものの方は大丈夫なのかの?」


「はあ、ルセル神官長殿。病や体調不良の診断治癒は、元よりうちの管轄でして。まあ、ぶっちゃけた話、患者がひとり増えるというだけの事でして。それに、異世界からの勇者の体質改善となれば、我ら治癒部としましても、絶好の人体実け ――― げふんげふん、腕の見せ所という訳でして。お金持ちなのに予算を渋るどこぞのお偉い貴族さん方と違って、貧しい中で自腹を切ってでも出資協力したいという研究所員たちが、既に山ほど名乗り出ている訳でして。金銭的に、国庫には銅貨一枚請求せぬとお約束できる次第でして……」


 飄々と、じい様との対話という形式を崩さぬままに、でも確実に勇者の処遇を勝手に決めて行っちゃってますよね、このひとは。


「ではでは、治癒部の申し出を受けるならば、銅貨一枚として余分の出費はないのじゃな。となれば当然、財務の方からも何も文句は出ぬじゃろうのう」


「はあ、ルセル神官長殿。銅貨一枚失う必要もないとなれば、余程の銭の亡者でも文句を言う筋合いはないはずでして。きっと財務のお歴々としてもただ職務に忠実なだけで、銭に細かいのは実は何か裏に欲得ずくの後ろ暗い思惑でもあるのではないかとか、そんな事、私どもなどは露ほども思ってはいない訳でして……」


 飄々と、じい様と話してるという形でいながら、財務に口出しの隙を与えぬようにと立ち回ってますよね、このひとは。


 ここに至って、このひょろ長飄々さん、実はじい様と結託して話しを進めているのではないか、との疑惑が湧いて来ました。皆さんもきっとそうお感じでしょう。

 勿論のこと右側席に座った財務の面々も、さすがにそこに気付いたらしく、神経質男なんぞは先程から青筋をひくつかせ、穴を開けんばかりの勢いでじい様と飄々さんを睨み据えております。


「ならばならば、どうじゃな、財務の? 治癒部で金銭的負担も全て被るとの申し出じゃが。よもや嫌とは言うまいのう」


「ぐぬぬぬぬぅ……勝手にするがいいっっ!!」


 財務の長官たる神経質男は、まさに噛み付かんばかりの勢いで喚き立てると、再び椅子を蹴立てて立ち上がり、勝手に議場を退出してしまいました。


「ふぉっふぉっふぉっ、青い青い。実に青いのう」


 突然の財務長官退席という事態に混乱し騒然とする人々の中で、思い通りの展開をものにしたのか、実に愉快そうに笑うじい様を、でっぷりぷりんの宰相殿が、あの恵比寿笑顔もどこへやら、じいっと下から舐め上げるような目付きで見詰めておりました。しかし、じい様の存在感が濃ゆ過ぎるためか、会議の混乱ぶりにどうしていいのか分からないのか、議場内部の誰ひとりとしてそれに気付いてはいませんでした。


「では、ほかに意見も無いようでして。畏れ多くも国王陛下におかれましては、以上の件ご承認頂ければと私どもは願う訳でして……」


 飄々と、でも強引に、ひょろ長さんがわやくちゃになった会議を収束させようと、頭を深く垂れながらミルク色の国王様に語り掛けました。


「うむ、では以上を我が名において承認する」


 ミルク色の国王様は、ひょろ長さんの思惑通りに会議終了を宣言しました。いや、思ったよりもやり手だわ。この態度飄々ひょろ長さん。


 かくして、雷火少年のまったく知らぬ間に、少年の身柄に関する権利諸々は、このレンベルンゲンバウム国に居る医師すべてを管轄する治癒術部の管理下へと委ねられたのでした。

 果たして、異世界の医療による勇者の体質改善は可能なのか? 待て次号。


 これにて無事に第二話の終わり。

 いやー、吐かなくてホント良かったわ。




 次回、なぜ雷火少年がそんなにも吐くのかの謎解きが。と言ったな。あれは嘘だ。

 いや、結果的に嘘になってしまった。

 言い訳にしてはアレだけど、じい様は濃ゆいし、ゲオルグは濃ゆいし、

 おまけに構想時には影も形も居なかったはずの、ひょろ長飄々さんなんてのが

 書いてるうちに突然変異で発生しちゃうし。

 予定のとこまで辿り着けなかったのですよ。

 まことに申し訳ございません。



 登場した人物


 少年勇者 間雷火。突っ込み属性だが、今回は声に出して突っ込む体力なし。

 神官長  ルセル・ハップヒーフォルビア。

 女司祭  ヒルデガルドさん。

 女神官  ルーナローザ姫。第二王女にして神官。

 国王様  ゲロがなければただの空気。

 騎士   名前はまだない。

 侍女   ヘーゼルさん。髪はカフェオレ色。

 料理人  ゲオルグ。

 第一王女 マリアローザ姫。

 財務の相 気弱。名前はまだない。

 財務長官 神経質。名前はまだない。

 宰相   恵比寿デブ。名前はまだない。

 治癒部  シバイタロカ。ひょろ長飄々。 

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