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空の世界

作者: 冬夜≠千華

万全と輝く星空は、今の私と正反対の様な美しさであった。

1つ1つ同一に輝いているのに、どうして星は美しく輝いているのだろうか。

多分、それはそれぞれの意志が働いているのだと思う。

ただ美しいだけではなく、違う種類の美しさがあるからこそ星は美しく見えるのだ。

いや、星だけではない。

水や木々、雲や炎など全ての物には特有の美しさがあると思う。

人間だってそうだ。

美人や美男子が必ずしも美しいわけではない。

その人特有の輝きがあって初めて美しくなれるのだと、私は経験から学び取った。

それに比べて、私は穢れていて醜い。

様々な罪を背負い、いろいろ苦しい思いもしてきた。

だが、そんな私でもこの星空は美しく思えた。

いや、星空だけではなかった。

遥か上空から眺める夜景。

その殆どが暗闇に紛れ、所々に明かりが点いている。

まるで蛍のようだ。


「・・・キレイ」


冷たい風が漂う場所で、それが私の第一声だった。


「この世の中にはこんなにキレイな場所があったのね」


私は小さく呟き、ずっと夜景を見ていた。

この光景をいつまでも記憶の片隅に置いておきたい。

本当にそう願っていた。

それが―――私が最後に望む夢でもあり、願いであった。




じりり、じりり。

目覚まし時計が鳴り、それを探すかのように私の手が動きだして見つけると優しく止めた。

ベッドから降り、思いっきり背伸びをしてから洗面所へ向かった。

そこで顔を洗い、歯を磨き、朝食を作るために台所に行く。

パンをトースターの中にいれてコップに牛乳を注ぎ、パンがこげるのを待つと、閉じられたカーテンの隙間から朝日が漏れている事に気付いた。

カーテンを開けるか、それとも閉めたまま過ごすか悩んでいるとパンが勢いよくトースターの中から飛び出してきた。

結局、カーテンのある場所まで行く事が時間の無駄と感じたので、閉めたままで過ごす事にした。

体には不健康なんだけどね。

バターを塗り終わったパンを齧り、牛乳を飲むと今日も一日始まったのだと確信する。

それと同時に、私は決して叶わぬ望みを抱いていた。


(お母さんがいてくれたらなぁ)


死んだ風に聞こえるが母は死んではいない。

私は母と二人暮しだ。

小さい頃は父とも暮らしていたが、なぜか突然離婚しようと母に話を持ちかけた。

理由はもちろん女関係。

当時の私は、母は当然怒るのだろうとばかり思っていた。

しかし、母は怒るどころか離婚の話を受け入れてしまった。

理由は、この頃の母も男を作っていたのである。

2人は離婚すると別々に暮らし始め、私は母と住む事にした。

私は、母はずっと傍に居てくれるのだろうと思っていたが、すぐに男の所に行った。

でも、たまに帰ってきては生活費を渡してくれる。

一緒にご飯を食べたり、睡眠したりするので親子と言うより、仲の良い姉妹といった方が妥当であろう。

両親が離婚してから今年で5年目。

最初は悲しかったが、すぐに慣れてしまい、今では普通だと思ってしまっている。

朝食を食べ終えた後、部屋に戻って制服に着替え、先日に教科書を入れた鞄を持って学校へ出かけた。

途中でコンビニによってパンと飲み物を買って登校する。

これが私の平凡な日常であった。




校門を通り抜けると下駄箱で上靴に履き替えて階段を上り、廊下を歩いて教室に入る。

教室内には既に何人もの同級生がいた。


「おはよ。椿ちゃん」


自分の席に着くと友達が寄ってきて、私に話しかけてくれた。


「おはよう。灯ちゃん」


灯ちゃんは私の唯一の友達である。

私の高校生活で、始めてできた友達。

友達となった時期は、入学式からあまり経ってなかった。

私の性格は少し暗くて引っ込み思案。

それに対して灯ちゃんの性格はみんなから慕われるアイドル的な存在で、友達も私の十倍以上いるらしい・・・。

だから、いつも気になっている事がある。

『何故私に親しくしてくれるのか?』

当時、私を相手にしているのは退屈しのぎではないのかと思い、不安で不安でいてもいられなかった。

考え疲れた私は前に灯ちゃんに聞いたことある。


(どうして私と一緒に居てくれるの)


この質問を聞いた灯ちゃんは左手で口元を隠しながら(うーん、うーん)って本気で悩んでいた。

簡単に例えると、『考える人』に似ている。

その様子が可笑しかったのでクラスメイトの一部はクスクス笑ったり、遠目から何かイタイものを見た様な目をしていた。

灯ちゃんはその事には全く気付かず、私に先程の問いかけに答えた。


(最初の頃は、ただの退屈しのぎだったんだよね)


そうか―――そうだよね。

貴方の様な人が、私みたいな根暗と一緒に居る事自体不思議なのよ。

やっぱり私の結論は正しかったと残念な気持ちで落ち込んでいると次の言葉が飛んできた。


(でも今は違うよ。今はなんだか放っておけないのよ)


この言葉を聞いた途端、私は少し泣いた。

灯ちゃんは私が泣いている事が自分のせいだと感じたのか、心底驚いたようで何度も何度も私の頭を撫でながら(大丈夫?)と問いかけてきた。


(違う・・・違うの)


その事に対して、泣きながら首を振るだけしかできなかった。

なぜなら、親の愛情を貰っていない私にとって、嬉しくて、とっても温かいものだった。

『私は彼女を裏切らない』

このとき私は誓った。

彼女のおかげで今の私がいるから。




彼女との交友関係は今でも良好だ。

それどころか、あの一件で前より仲良くなったような気がする。

でも、少しだけ問題があった。

この前の食堂で話していた事を私はいつまでも引きずっていた。


「椿ちゃんって好きな人いないの?」


突然聞かれたので私は咽かけたが、何とか堪え、その問いに答えた。


「・・・いないよ」


嘘をついた。本当は好きな人がいた。

とても――――――好きな人が――――――私にはいた。


「じゃ、藤本君はどう思う?」


藤本君と言うのは学年で1番ハンサムな男の子である。

勉強は少し苦手だが運動が得意で、よく華麗な技を決めては私達女の子達の心を掴んでいた。

更には性格も優しく、明るくてみんなを引っ張るリーダー的な存在から全ての生徒、先生に愛されていた。


「好きじゃないよ」


大嘘であった。本当は大好きであった。

入学式の時、一目見たときから彼の事が忘れず、悶々とした状態で過ごしたのはさすがに恥ずかしかった。

確かに彼は美形ではあるが、私の場合は少し違う。

正直、顔なんてどうでもいい。

私が彼に一目ぼれした理由は雰囲気である。

どこか私の同じような雰囲気を出している彼を次第に目で追っていた。

そして、なぜ嘘をつくのかというと理由がある。

灯ちゃんは彼の事が好きなのだ。


「かっこいいとは思うけどね」


こんな風に答えると灯ちゃんは嬉しそうに笑ってくれる。

この笑顔が私は大好きだった。


「そっかー。やっぱりかっこいいね」


灯ちゃんは彼の事になるとすごく綺麗な顔になる。

恋する乙女はこんな顔をするのかと私はいつも思っていた。

私はこの顔を見ると、どうしても自分の気持ちを押し込んでしまうのだ。


「告白したら?」

「でも、彼女がいるらしいよ」


噂ではあるが藤本君には彼女がいるみたいだ。

それを聞いたとき私は辛かったが灯ちゃんのほうが辛そうに見えた。

その彼女は違う地方の高校生らしい。

いったいどういう人だろうと日々思っていたので、会ってみたかった。




四時間目が終わり、昼食のパンを取り出そうとしている時に灯ちゃんに話しかけられた。


「椿ちゃん。食堂に行かない?」

「いいよ」


パンと飲み物を手に持って食堂に行くと、いろんな席で今話題の事件で持ち切りだった。

先に席に座っていると、周りに触発されたのか隣りで昼食をとっていた人達も同じような事を言っていた。


「聞いた〜?男の子死んだって」

「聞いた。かわいそうだよね」


この事件はある少年が夜コンビニで食べ物を買ったあと誘拐され、後に死体で発見された。


「しかも、まだ犯人つかまってないらしいよ」

「えぇー!?私怖くてバイトに行けないよ」


警察はこの犯人を指名手配して、全力で捜しているらしい。

先に席につき、パンを食べているとお盆の上に日替わり定食をのせた灯ちゃんが正面に座り、モグモグと食べ始めた。


「かわいそうだね。男の子」

「え・・・、うん。そうだね」


突然、喋りかけてきたので驚いたが、丁度私も同じ事を考えていたので容易に答える事ができた。


「逃れられない運命だったのかな」

「それは違うよ」

「どうして」


私がすぐに否定した事に灯ちゃんは驚いた顔をして、理由を問いただしてきた。


「だって、その子は夜にコンビニに行ったから誘拐されたのでしょ」

「うん」

「その結果誘拐されて死んじゃった。でも、コンビニに行かなければ誘拐される事も無かった」


灯ちゃんは珍しく真剣な表情になるが、私は続けて語る。


「・・・コンビニに行こうと決めたのは自分の意思。これは運命じゃないわ」


灯ちゃんは「なるほど」と答えたが、不満な顔をしている。


「でも、コンビニに行った結果、誘拐された。これって運命じゃない?」

「あ。そうだね」


私は恥ずかしい思いをしてパンを食べていると、女の子たちが興奮したような声で話し合っていた。

彼女たちの目線は1人の男の子を見ている。


「あれって藤本君じゃない?」

「そうそう。藤本君よ」

「やっぱりかっこいいよね」


女の子たちは目を星にして彼を見ている。

私は灯ちゃんを見ると、彼女も目を星にして見ていた。

彼の顔を見ているうちに彼と目が合ってしまい、恥ずかしくて目を逸らしてしまう。

モグモグと昼食を食べていると、いつの間にか藤本君がいなくなっていた。

ついでに、彼の事を囁いていた女の子達もいなかった。

どうやら、彼の後を追ったみたいだ・・・。

灯ちゃんといえば少ししか彼を見る事が出来なかったので残念な様子である。

暫くして、私の方が先に食べ終わった。

パンが入っていた袋と飲み物の容器をごみ箱に捨てて、再び席に着いても灯ちゃんはまだ食べていた。

前に聞いたが、灯ちゃんは食べるスピードが遅いらしい。

その後、昼食を食べ終わり、お盆と食器を返却口に返して教室へ戻ろうとしていると廊下に藤本君がいた。

彼の顔を見た瞬間、自分でもわかるぐらい顔が火照る感じがしたので横に逸らすと灯ちゃんは星のような目で彼を見ていた。

私は呆れながらも、下を見ながら歩き始める。

それに続くように灯ちゃんも藤本君を見ながらついてきた。


「椿ちゃんって本当に藤本君の事好きじゃないの?」


ふと、灯ちゃんが私の顔を見ながら質問してきた。


「・・・はい?」


今の私にとって心臓が飛び出すような事を聞かれた。

慎重に答えないと心境を見透かされるかもしれないと思い、私は落ち着いて答える。


「好きじゃないよ・・・。気になるだけ」


それを聞くと手を胸にのせながら溜め息を吐き、まっすぐ私を見つめる。

戸惑いながらも彼女を見つめると、灯ちゃんは信じられない事を言ってきた。


「藤本君は椿ちゃんの事を気にしているみたいだよ」

「どうしてわかるのよ」


灯ちゃんは震える声でこう答えた。


「だって、藤本君。椿ちゃんの事を見ていたよ」


この言葉を聞いた瞬間、私は自分の耳が異常事態だと理解したので軽く聞き流す事にした。




その日の夕方、私は学校の帰りに本屋で本を買い終えて家に帰ろうとしていた時、藤本君を見つけた。

彼も本を手に持って帰ろうとしているところであった。

彼の腕の中にある本を見てみると、以前私が読んだ事がある本であり、少し彼との接点が増えて嬉しくなる。

その本の話をしようと声を出そうとするが、引っ込み思案な性格が幸いしてか恥ずかしくて声が出ない。

でも、勇気を振り絞って声を出すと彼は振り向いてくれた。


「なに?木下さん」


喋った事の無いのに自分の名前を覚えてもらって嬉しいが、顔に表さず無表情で彼の片手にある本の話をする。


「その本。読みました?」


私は消えるような小さな声で話しかける。


「うん。結構面白いよね」


逆に彼はいつも学校で聞く明るい声で話してくれた。

私達は共に喋らず、ただ黙って前を進む。

こんな場面を灯ちゃんや学校の生徒に見られたらお終いだと実感するが、やはり嬉しくて離れる事はできなかった。


「ねぇ。もし良かったら喫茶店に入らない?」


すこし歩くと、彼が信じられない事を言ってきた。


「え?」


突然の事なので私の頭は真っ白になった。


「嫌だったいいけど・・・」

「ううん・・・」


私達は今居る場所から1番近い喫茶店に入り、人にあまり見られない席に着いた。

その席は窓際で、道路を歩く人々を凝視できるほど良い席であった。


「藤本君って本が好きなの?」

「そうでもないけど、この本はちょっと興味があったからね」


藤本君は本を見て少し笑顔になる。

その笑顔を見た私は胸が締め付けられるような感覚になった。

なんだか、灯ちゃんが彼の笑顔を美化する理由が判ったような気がする。

しばらく彼と学校での事や日常的な事について語り合っていると、ふと時計を見て彼は大慌てした。


「そろそろ彼女と会う約束をしているから帰るよ。悪いけど時間が無いから払ってくれるかな?お金、出すから」

「え・・・うん、わかった」


彼と一緒にいたい気持ちを抑えて頷き、自分が注文した紅茶を勿体無いから最後まで飲もうと思い、私はゆっくりと飲み始めた。

チラッと彼を見てみると、時計を見たときと同じような急いで席を立ち上がり、財布からお金を出してテーブルの上に置くと颯爽と帰ってしまった。

でも、店を出る時はちゃんと此方を見て手を振ってくれたから良しとしよう。

紅茶を完全に飲み終えると、彼が出してくれたお金を掴み、そのお金と自分の紅茶代を払って喫茶店を後にする。

その後は何処にも寄らず、私は家に帰ると明日に備える準備を始める事にした。




翌朝、学校へ来ると灯ちゃんがすごく血相な顔をしながら私に話しかけてきた。


「椿ちゃん!昨日藤本君と一緒に歩いていたでしょう!」

「うん」


何処で見たのか誰に聞いたのかは知らないが、本当の事なので私は正直に答えた。


「どうして私を誘ってくれなかったの!」

「だって灯ちゃん。その場に居なかったでしょ」

「うっ!それよりも、デートじゃないね!?」


灯ちゃんは小さなうめきを出すが、それでも問いただしてくる。

少しだけしつこいが、それも仕方が無い。

好きな人が彼女でもない人と会っていたのだから。

それも1番仲の良い友達だと、より一層と心配するだろう。


「そうだよ。たまたま街中で出会ったから」


先程と変わらない答えで伝えるが、それでも顔を変える事はない。


「本当?」


―――――――――。

怖い。

今の灯ちゃんの表情は恐ろしく怖い。

もしかしたら熊も逃げ出してしまうかもしれないぐらい覇気のある声で、私に問いただしてくる。

私は周りを見渡すと、恐ろしい顔をした女の子達が此方を見ていた。

これ程までに嫉妬を表さなくてもいいのに―――。


「嘘だったら許さないよ」


前に教えてもらったが、灯ちゃんは嘘が大嫌いなのである。

その理由は教えてくれなかったけど。


「嘘じゃないよ」


平常心を保ち、事実を伝えると、灯ちゃんはじっと私の目を見てきた。


「・・・そう」


私の思いが通じたのか、やっと信じてくれたようだ。


「うん。本当だね。あー、スッキリした」


灯ちゃんは大きく深呼吸をして、机にもたれる。

周りの女の子達も安堵をつき、先程までの話題に話を変え始めた。


「でも、どうして一緒だったの」


机にもたれ、顔だけこちらに向けて灯ちゃんは問いただしてきた。


「偶々出会っただけだよ」

「そう」


私がさっき本当の事を言ったので、信じてもらえたようだ。


「あ、これも聞いた話でわからないけど、喫茶店にも入ったようだね」


どこで聞いたのだ、と質問したいのだがここはやめておいた方が身の為だと第六感が叫んでいるので口を閉じた。


「それは・・・秘密」

「な!それってどういうこと!」


おもいっきりの笑顔で答えると、灯ちゃんは鋭い形相で聞いてきた。


「秘密は秘密だよ」


教室内で追いかけっこをしていると、クラス中が笑っていた。

灯ちゃんは今怒っているのだろうと気になったので見てみると、案外楽しそうにしていた。

ちょうどその時、チャイムが鳴ったので先生が入って来た。


「後で問いただすからね」


小さな声で私に伝え、自分の席へと戻っていった。

楽しそうにしていたが、真意を聞く事には変わりないようだ。


(助かったー)


私は心の中でそう思いながら、これからどうしようかと悩み続けた。

下手をすれば私の本当の気持ちがばれてしまう

そうなれば、灯ちゃんとの友情関係が崩壊してしまうだろう。

だが昼休みになると、神の恵みのような出来事が発生した。

灯ちゃんが、今朝の事を忘れていたのである。

私としてはなんだかしっくり来ないが、まぁ之で良かったと思っている。




その日の放課後。

私は夕食の材料を買う為に商店街へとやって来た。

この場所は相変わらず人で溢れ返っており、ごたごたした雰囲気だ。

でも、この雰囲気は私は好きだ。

なんだが平穏な日常の原点―――、つまりは平和を表している様な感じがするからである。


「ちょっといいかしら?」


ふと後ろから声をかけられた気がしたので振り返ると、そこには絶世の美人がいた。

顔の輪郭は整っており、目は金色で腰まである金髪のブロンド。

多分、この商店街に10人客がいるとするなら全員が振り返るであろう程の美しさであった。

おかしな点を挙げるとするなら、白露と寒露の間の季節にもかかわらず膝まである真っ黒なコートと真っ黒なスーツを来ていた事ぐらいだろう。

私や道行く人々が(暑くないのか?)と思うぐらいの厚着であった。

話がそれたので本題に戻ろう。


「なんですか?」


初対面にしては無愛想な答え方だが、いつもの事なので私は気にしない。


「そんなに敵意を顕にしなくてもいいでしょ。ただ貴方の未来を教えてあげようと思っただけ」

「・・・はい?」


今なんと言った?

『貴方の未来を予言してあげよう』

この人は最近のテレビ番組やインターネットのし過ぎで脳が狂ったのだろう。

うん、そう信じよう。


「・・・なんだかとっても不愉快な事を考えているわね」

「・・・・・・当たり前です」


私達はジッと睨み合いながら会話を始めた。


「まぁいいわ。信じないようだったら信じさせてあげる」


彼女はそう言うと、ゆっくり手を上げて1人の男の人に指を差した。


「あの人。10秒後に転ぶわ」

「・・・・・・」


忙しいけどまぁ、10秒数えるとしよう。

10、9、8、7、6、5、4、3、2、1、ドスン!

転んだ。

見事に転んだ。

転倒した男の人は周りの目を気にしながら体の汚れを落として何処かへ行ってしまった。


「これで信じてくれた?」

「・・・偶然じゃないのですか?」

「・・・信じてくれないのね。はぁ・・・じゃ、あのカップル。今から面白い事になるわよ」


彼女が指を刺した場所には仲の良さそうなカップルが腕を組んでいた。

ただそれだけなのに、彼女の言った事から推測すると何かおきるらしい。

平凡なワンシーンなんだけどな。


「え・・・、○○さん」

「あ、○○君」


前言撤回。

どうやら修羅場が発生した模様です。


「その男、誰?」

「えっと・・・、この人は友達だよ」

「それにしちゃ仲良く腕を組んでいるね」

「あ!これはその・・・」


二股だね、これ。


「二股か。“警告”が動いたかもね」


どうやらこの人も同じ事を考えていたみたいだ。

最後の言葉の意味は理解できなかったけど。


「二股している人なんて最低だよ。サヨウナラ」

「えっ、待って!待ってってば!」


男の人は女の人の言葉なんか耳にもせずにどこかに行ってしまった。


「これで信じてくれた?」


ニコニコ顔で私に問いかけてきた彼女はすごく上機嫌のようだ。


「一応信じます」

「・・・全部じゃないんだね」

「あなたが作った未来かもしれないから」

「あぁ、私には無理。未来を作るなんて・・・。私の能力は未来がわかる事しかないからね」


彼女はそう言うと顔を俯く。


「・・・私に何の御用ですか?」


なんだかかわいそうだと思ったので、暫く本題から外れていた疑問をぶつけてみた。


「あぁ、私は未来が判るって言ったよね」

「えぇ」

「そして、その未来を相手に教える。まぁ教える教えないは私個人の自由だけど」

「と言う事は私にその未来を伝えるって事ですね。その為に引き止めたのでしょ?」


意外な事を聞いたのか、彼女は驚いた顔で私を見た。


「はっきり言うわ」

「・・・私の未来ですね」

「貴方の未来は、大きな変革を遂げようとしている」

「・・・はい?」

「この先の未来はとても悲惨。頼れる人が誰一人としていなく、多くの困難が待ち受けているわ。だけど、それを乗り越えるとその先の未来はとても素晴らしいものになるわ。だから頑張って耐えて」

「・・・私の未来が・・・悲惨?」

「話はこれだけ。じゃ、さようなら」


彼女は私に最後の別れの言葉を出し、去ろうとした。


「待って!最後に1つだけ教えてください」


が、それでも気になる事があったので呼び止める。

未来が悲惨なのはわかった。

頼れる人がいないのもわかった。

多くの困難が待っている事もわかった。

全てを乗り越えた後の未来はとても素晴らしい事もわかった。

だが、たった1つだけわからない事がある。


「あなたの名前はなんですか?」


そう、私は彼女の名前を知らなかったのである。


「私の・・・・・・名前ね。真名は捨てたけど、こう呼ばれているわ」


彼女はゆっくりと息を吸い込み、そして答えた。


「――――――――― “予言”ってね―――――――――」




私の住んでいる家は商店街からそう離れているわけでもなく、案外近い所にある。

だから“予言”さんと別れた後でも、すぐにマンションに着いた。

片手にある買い物袋を持ちながら玄関の前に立つと、何だか部屋の中からいい匂いがしてきた。

もしかしたらと思い、急いでドアの開くと、そこにはお母さんが居た。

実に三週間ぶりの再会である。


「おかえり」

「・・・ただいま」


母は最大級の笑顔で出迎えて来たので、私も最大級の笑顔で答えた。

そのまま私達はリビングに行き、母はイスに座る。

対して私は買い物袋から食材を取り出し、冷蔵庫の中に収納させ、それが終わるとイスに座る為にテーブルの前に立ち、母の正面に座った。

夕食である焼き魚のいい匂いが鼻に吸い込まれるが、今の状況で食べたいとは思わなかった。


「いただきます」


暫く無言状態が続き、このままの現状がいつまで続くのか想像してみたが意外とあっさり終わった。


「いただきます」


数秒遅れて私も食べ始めた。

カチャカチャ、モグモグと食する時の擬音語が飛び交う中、母は意を決心したかの様な表情で私を見る。

しかし、すぐに不安げな顔になる。

これは母の悪い癖だ。

自分に自信が無く、いつも他人の表情を観察し、周りの空気を読んで行動する。

だからいつも出遅れるのだ。


「なに。お母さん」


しょうがないので助け舟を出してやった。

私はもともと引っ込み思案で自己主張が少ないけど、なぜか母の前だけは先手を取れる。

対して、他人の前では元気な母だけど私の前ではいつも内気。

実に不思議な関係だった。


「あのね、お母さん・・・再婚するかもしれないの」

「へぇ、よかったじゃん」

「・・・ホント?」

「うん。おめでと」

「・・・ありがとう」


そう言った母の笑顔は私ですらドキッとするほどの魅力があった。


「お幸せに。お父さんみたいな人じゃないといいね」


母が再婚する事は少し驚いたが実に喜ばしい事なので素直に祝福してあげた。


「あとね、お相手にはどうやら息子さんがいるらしいの。だから仲良くしてあげてね」

「はいはい、わかりました」

「・・・これでやっと一緒になれるね」


正直、私には相手の息子なんてどうでもよかった。

ようは母と一緒になればそれでよい。

本当に、それだけであった。

その後は2人でお風呂に入って互いの背中を洗ったり、湯船の浸かった。

寝る時も同じ蒲団に入って寝ようとしたが、夕刻での出来事が頭に浮かんでくる。


「ねぇ、お母さん」


知らず知らずのうちに母を呼んでしまった。


「・・・なに?」

「今日ね、変な人に出会ったんだ。私の未来が悲惨だって言うのよ。あ、因みにその人は未来が見えるらしいの。だから、その能力を使って私の未来が悲惨だってわかったから注意したらしいの。これって信じた方がいいのかな?」

「・・・信じなさい」


短い言葉であったが、母の言葉には強い感情が篭っていた。


「どうして?」

「・・・・・・・・・」


そう問いかけたが、全く返答が無い。

それどころか隣から規則正しい寝息が聞こえてきた。

どうやら母は寝てしまったようだ。

やがて私もゆっくり目を閉じ、睡眠を開始した。




それから1ヵ月が経ち、季節は秋。

美しい紅葉が爛々と輝き咲き誇っている時、1つの事件があった。

藤本君が車に撥ねられてしまったのだ。

幸い、大事には至らなかったが数日間だけ入院する事になった。

私はすぐに病院に行きたかったが、女の子の数が尋常でないほど多いとの事なので行くのは止める事にした。

私の隣にいる灯ちゃんは、入院した次の日にお見舞いに行ったのはいいが人数が多かったらしく、あまり話せなかったらしい。

だから私は行くのを止めた。

自分みたいな陰気な子は藤本君には相応しくないと、心にきめていたからである。

しかし、灯ちゃんは諦めてないらしく、2日に1回程度行っていた。

そんな私は灯ちゃんのお供を勤めていた。

だが、彼の病室は女の子でいっぱいと知っている為、受付で本を読みながら灯ちゃんの帰りを待つ。

そして、今私は読み終わった本を片手に持ち、灯ちゃんの帰りを待っていた。


(はぁ、まだかな?もう三十分は経っているのに・・・)


いいかげん飽き飽きしていた私はやる事が無いので売店へと足を進めた。


(あれ?)


ふと、売店の中を見るとそこには見覚えのある人が買い物をしている。

だが、此処では顔は余り見る事が出来ず、見る為には近くによらなければならない。


(誰だったかな?ちょっと行ってみよう)


そう思い、近くに行くと私は驚いて本を落としてしまった。

なぜなら、藤本君がそこにいたのだから。


(え!どうして藤本君が此処に!?)


まだ、灯ちゃんが戻ってきていないので彼は病室にいるのだと、そう思っていたのだ。

少し冷静になって、落ちていた本を拾うとすぐに売店を見た。

彼はまだ買い物をしている途中だったので安堵する。

しかし、私は未だ驚きの表情を隠せず、ただそこをじっと見ていた。

まずは彼、藤本君の服装を見る。


(パジャマ姿か。結構かわいい)


之まで見た事のない彼を見ると、頬の赤らみがどんどん熱くなるのがわかる。

やがて、藤本君は会計が終わり、そこから離れようと此方を見た瞬間、私と目が合った。


「あ・・・」

「え?」


互いに声を出し、彼は驚きの表情を顔に出す。

私はといえば、ばれてしまったと思い、耳まで真っ赤である。


「やぁ。久しぶりだね」


パジャマ姿で私に優しい声で問いかける彼はまた一段とかっこいい。


「うん。久しぶり」


対して此方はいつも通りの地味な制服を着ている。

彼を見てみると、じっと此方を見ており何を話そうかと真剣な表情で悩んでいた。


「あの、けがは大丈夫?」


そんな彼を見ていられないのか私は彼に質問をしていた。


「え?あ、うん。3日後退院だって先生が言っていたよ」

「そう。良かったね。もうすぐ退院できて」


彼の表情は本当に嬉しそうで、見ている私も笑顔になってしまう。


「あ、そういえば木下さんはどうして此処に来たの?」

「え・・・」


彼のいきなりの質問に戸惑うが、それでも私は真実を伝える。


「灯ちゃんの付き添いで来たの」

「灯ちゃんって、平塚さん?」

「うん」

「彼女、いつも俺の所に来るね。結構楽しいから良いけど」


彼は私を見ながら問いに答える。

その目は本当に楽しそうにしていた。


「じゃぁ、私はこれで」

「うん」


私は彼と別れ、受付に戻ると灯ちゃんが待っていた。


「どこ行っていたの?」

「ちょっと売店に行っていたの」


彼に会ったとは言わないけど―――。

言った瞬間灯ちゃんは怒るか、すぐさま売店に駆けつけるとわかっているからだ。


「へー。まぁ、帰ろうか」

「うん」


私達は病院を後にした。




五日後。

学校に来ると藤本君が来ていたが、周りには男女問わず、たくさんの人がいたので彼の姿は見られなかった。

無論、その中には灯ちゃんもいた。

私は彼をあまり見ようとはせず、スタスタと自分の席へと行く。

そのまま席に着き、1時間目の用意をしている時に誰かの視線を感じたので、もしかしてと思って藤本君を見た。

予想通り、彼は此方を見ていた。

彼と見詰め合っていると、なんだか自分の体が火照ってきて顔が真っ赤になるのがわかった。

それは彼も同じで、私ほどじゃないけど顔が真っ赤である。

私達は互いに見つめあい、そして彼の方から目を離した。

やや遅れ、私の目も離すと前方から威圧感みたいなものが感じてくる。

恐る恐る前を向くと灯ちゃんが立っていた。

おまけに、彼女の後ろにはさっき藤本君の周りにいた女の子達もいる。


「なに、かな?」

「椿ちゃん。さっき藤本君と見つめあっていたよね」


震える声で質問すると、灯ちゃんから優しい声がかえってきた。

優しい言葉だが、すごく怖い。


「どうして見つめあっていたのかな〜?」


笑顔のまま、私に問いかける灯ちゃんはいつも以上に恐ろしい。

だが、私は臆することなく勇気を振り絞って声を出す。


「たまたまだよ」

「たまたまにしては長くない?」

「・・・見つめあっていた時間、凡そ12秒53」


凡そというより、かなり正確じゃない・・・。

ってか、そこの人!どこで計ったの?

自分の脳内で計ったのならばどれだけ正確なのよ。


「うっ!」


それよりも今の状況は拙い。

之では、ずっと前の私と灯ちゃんとやり取りに似ている。

責めているのが灯ちゃんで責められているのが私という、全く逆の立場であったが―――。


「どうなの?」


もはや我慢の限界というぐらいの笑顔で問いただしてきた。


「本当にたまたまだよ」


この時、私は自分の声に驚いた。

完全に震えている。

もう、これ以上無いぐらいに震えていた。


「付き合っているの?」


後ろにいた1人の女の子が始めて私に問いただしてきた。


「え!!そんなはずないよ!藤本君には・・・」


最後まで言い終わらず、私は喋るのを止めた。

理由はチャイムが鳴り、先生が入ってきたからだ。


「昼休みに問いださすからね」


灯ちゃんはそう言い、自分の席へと帰っていった。

全く、どこまで同じなのだか・・・。

その後は何事もなく運命の昼休みがやってきた。

私は灯ちゃんが忘れている事を望み、手を結びながら神頼みしていた。


(忘れていますように。忘れていますように)


周りの人たちは必死に願っていた私を見て、かすかに笑っていた。

中には大笑いしていた奴もいる。

そんな事は気にせず、ただひとつの事を願う。


「椿ちゃん」


前方から声がしたので見て見ると最高潮の笑顔をしていた灯ちゃんがいた。

この瞬間、私は思った。


(負けた)


「さぁ、食堂でゆっくり話を聞きますからね」


この日、私は初めて悪夢というか、鬼を見たような気がした。




昼休みの後、地獄の様な尋問に付き合った私は屋上へと逃げた。


「ハァハァハァ。此処まで来れば大丈夫よね」


幸いにも屋上には誰もいなかったので私はフェンス越しでグランドを見る。

そこには野球をしている者やサッカーをしている者などたくさんの人がいた。


「みんながんばっているね」


彼らを見て微笑み、あの人がいるかどうか探す。


「何処かな?藤本君は」


懸命に探すが彼は見当たらない。

グランドにも球技コートにも彼はいない。


「俺ならここにいるよ」


諦めかけていた瞬間、後ろから声がした。

私は驚き、素早く後ろを振り向くとそこには藤本君がいた。


「藤本君!どうしてここにいるの!?」


私が問いかけると、彼は少し不機嫌になった。


「どうしてって。ここにいたら悪いの?」

「あ、悪くないよ。むしろここに居て欲しいかも・・・」


彼は明らかに不機嫌だったが、私の「ここに居て欲しい」を聞くと穏やかな顔になった。


「うん。ここにいるよ」


そう言うと、私の横に来て一緒にグランドを見た。


「みんな下手だね」


彼はクスクスと笑う。

その微笑が周りの風景と重なって絵になっていた。


「そうかな?みんな上手だと思うけど」


それに対して私は思った事を伝えた。


「下手だよ。まぁ、木下さんは運動神経悪いからうまく見えるかもしれないけど」

「そんなことないよ。私は普通よ」

「いいや。悪いね」

「普通!」

「悪い」

「普通!!」

「最悪」

「悪・・・じゃ無かった。最悪じゃないよ!!あっ・・・」


いつもは絶対に出さない大きな声が出てしまった。

私の声にビックリしたのか、藤本君は暫く声を出さない。


「・・・今のは内緒で」


彼は暫く考え―――、


「・・・わかった」


言い終わると物凄い勢いでドアが開いた。

ドアの前に立っていたのは灯ちゃんと後ろにはクラスの女の子が数名。


「見つけたわよ!椿ちゃん!」


言い終わると、烈火ですら驚く様な勢いで私に飛び掛ってきた。

私は之をうまく避けると一目散に逃げる。

捕まったら私の人生終わりだから。

まだまだ鬼ごっこは終わりそうにない。




壮絶な鬼ごっこから一週間後。

あの後、私はすぐに捕まってしまった。

想像を超えるような尋問は昼休みだけではなく休み時間、放課後まで問いただされた。

その日の帰りはヘロヘロでいつもの1.5倍はかかったと思う。

すぐに晩御飯を作ったのだがあまりにも疲れたので、明日の朝ご飯用にと残してすぐに寝た。

次の日はみんな昨日の事なんか忘れているみたいな様子であった。

これが鬼ごっこの結果である。

私の大敗北であったが―――。

話は戻して、この日の学校は普通の日常で良い事も悪い事もなく平凡に過ごした。

その帰り道、私は何かに導かれるように川原へと赴いた。

ただそれだけの事である。

何もする事無く、早々に帰ろうと思い、立ち上がると既に周りには誰もいなかった。

辺りはもう真っ暗である。

どうやらかなりの時間をここで過ごした様である。

しかしそんな事は気にせず、歩いていると寝そべっている人影を見つけた。

こんな夜中に誰だろうと思い、近寄ってみるとそこには藤本君がいた。

気持ち良さそうに眠っている。

私は近づき、彼の寝顔を眺めた。

規則正しい寝息と共に、胸が上下に動いている。


「かわいい。藤本君の寝顔を見るのは初めてだな」


こんな光景は私が初めてだろうと思い、顔をよく見ようと近づけた。


「ん・・・」


そんな時、藤本君が目覚めてしまった。

私は急いで顔を離すと、気配に気付いたのか藤本君が此方を見た。


「ご、ご、ごめんなさい!」


すぐに謝ると、全速力でその場から離れた。


「あっ、待って。木下さん」


後から藤本君の声が聞こえたが、気にせず走った。

走って走って、やがて私を呼ぶ声も聞こえなくなった。

この時、私は気付かなければならなかった。

二つの人影がこの光景を見ていた事を―――。




藤本君に対してとんでもない事をした後、私はすぐに家に帰ろうと踵を返した。

とんでもない事といっても、ただ顔を良く見ようと近づけただけなのだが―――。

あの時、はっきり気付いた。

やっぱり――――――私は彼が好きだ。

この気持ちは、多分変わらないであろう。

やっと、自分の気持ちが理解した。




家に着くと何事も無かったかの様に振る舞い、夕食の準備を始める。


〈ピンポーン〉


夕食を作り始めた時、チャイムがなったので火を止め、玄関へ向う。

玄関を開けるとそこには灯ちゃんがいた。

あろう事か、愛犬のゴローも連れて―――。

灯ちゃんは鋭く私を見る。

これは何かあったと思い、聞く事にした。


「どうしたの?」


私が問いかけても彼女は私を直視するだけで何も答えない。


「そんな所にいたら寒いよ。中に・・・」

「椿ちゃん」


このままでは風邪になってしまうと思い、家の中に入れようとすると灯ちゃんが話してきた。


「なに?」

「さっき、川原で何をしたの?」


彼女の声はいつものとは違い、鋭く、そして重い。

一週間前の声は楽観的要素も入っていたが、今日の声は明らかにそれが入っていない。


「何って、別に何も」


私はいつもと違う彼女に嘘をつく。


「嘘だね」


だが、簡単に見破られた。

いつもなら信じていたはずなのだが―――。


「見たよ。あなたが何をしたのか」

「・・・」

「最低だよ。私に嘘をついていたなんて」

「・・・」

「椿ちゃん。藤本君の事が好きなの?」

「・・・好きだよ」


私は半年間溜め込んでいた思いを吐き出した。


「そうなのね」


灯ちゃんは短く呟き、肩を下ろす。


「私、嘘が大嫌いって、知っているよね」

「・・・うん」

「だから、嘘をつく人とは付き合えない。友達にもなれない」

「・・・!」


今始めて恐怖を感じた。

友達が―――いなくなるという恐怖に―――。


「それってもしかして・・・」

「バイバイ。木下さん」


私が問いかける前に灯ちゃんは答えた。

私の事を椿ちゃんと呼ばずに苗字で呼んで―――。

灯ちゃんは玄関を閉め、帰って行った。

この時、私はたった一人の友達を失った。




次の日、学校へ行ってみると灯ちゃんが他の友達と仲良く話していた。

私はあまり彼女を見ず、自分の席へ向う。

途中、女の子からヒソヒソと私の事を指差しながら話していたが気にせず席に座った。

1時間目の授業の用意をしようと教科書を触るとなにやら不自然な感触が私の手で感じた。

不思議に思い、取り出すと、そこには傷だらけの教科書があった。

最早見るのは困難であろう。

私はどうしようかと思い、じっと教科書を見た。

すると女の子達の声がヒソヒソ話からクスクスと明らかに笑う声に変わった。

その時、私は理解した。

犯人はあの人達だと―――。

そして、黒幕は恐らく灯ちゃん。

この行為は、灯ちゃんの復讐。

もしかしたらと思い、机の中の物を触ってみると全てに傷があった。


(どうしよう。これじゃ授業受けられないよ)


でも、棄てられるよりマシだと自分に言い聞かせ我慢した。

それと同時にチャイムが鳴り、先生が入ってきた。

私はこの事を先生には伝えず、傷だらけの教科書とノートで受ける事にした。




この日は残酷だった。

トイレに入ると頭から水が流れたり、教室を歩いていると誰かが足を引っ掛けたりしてきた。

この他にもいろいろな事をされた。

私は下駄箱のドアを開けると、手紙が入っていた。

中身を見ると屋上に来てくれと書いてあった。

ラブレターかなと思うが、この手紙を包んでいる封筒を見たら、ラブレターに使う物とはかけ離れている。

真っ白な封筒。

差出人は書いてない。

私は相手に待たせるのは悪いと思い、急いで屋上へと向かった。

階段を上り、ゆっくりとドアを開くと、そこには1人の男の人がいた。

ドアが開いた音を聴いたその人は此方に振り向いた。

その人は藤本君であった。

彼の顔は微笑んでいるわけでもなく、ましては怒ってもいない。

無表情であった。

雰囲気も感じられない。

そして、私は彼に問う。

「私を呼び出したのは、あなた?」


それでも彼は無表情。

口元を変化させる事も全く無い。


「そうだよ」


この時の彼の声は低かった。

いや、平常時の彼も低いが今の彼はとても低い。

まるで、何かを怨んでいるかのように。


「どうして呼び出したの?」

「どうしてって、わからないかな?」


―――拙い。

いつもの彼ならこんな事は言わない。

すぐに立ち去ったほうがいいと私の頭は言っているのだが、体が動かない。

やがて彼が私に近づき、私の両肩に手を置いて溜息をついた。


「お前のせいで梓と別れたんだよ!!」


いきなり、彼が大きな声で怒鳴った。


「お前があんな事をしなければ別れる事は無かったんだよ!!」


その時、私の頬に鋭い痛みを感じ、吹き飛ばされた。

痛みを感じた頬を触るとジーンと痛い。


(殴られ・・・た?)


私は痛みの理由を理解し、彼を見ると驚いた。

めったに怒らない藤本君が炎の様に怒っている。


「お前なんて顔も見たくない!俺の前から消えてくれ!!」


彼はそう言うとドアに向かって走った。

残された私はただ、空を見上げながら自分の行為を悔やんだ。

どうして、どうしてあんな事をしたのだろう。

暫く考えた後、1つの結論に辿り着いた。

私は彼が好きだからだ。

好きだから、あんな事をしたのだ。




藤本君に嫌われた後の2日間は地獄以上の苦しみだった。

女の子の虐めは次第にエスカレートし、もう之は虐めではない程にまで膨れ上がった。

でも、私は理解していた。

灯ちゃんは此処まで指示していない。

この虐めの増大はあくまで女の子達の意志である事を―――。

虐めるのが楽しくなり、もっと彼女を苦しめたい、もっと彼女を悲しませたい。

多分そうだ。

これは灯ちゃんの指示ではない。

私は今一度、心に言い聞かせ、学校へと向かった。

ここ最近の女の子達の虐めは私に関するデマを家族や友達、近所の人達にまで私の悪口を伝え、流す事だ。

はっきり言って非道。

でも、それでも私は耐えた。

どうして私がここまで耐えるのかというと理由がある。

昔、お母さんと1つだけ約束した事があった。

それは、何があっても耐えること。

耐えれば耐えるだけ、後に素晴らしい事が訪れると教えてくれたからだ。

よくよく考えてみたら、あの人も同じ事を言っていた様な気がする。

『耐えた後の未来は―――、素晴らしいと』

だから、私は何があっても耐える。

唯一人の家族のお母さんとの約束を守る為に。

そして、この後の素晴らしい未来を迎えるために―――。

今、私が唯一信じられるのはお母さんだけだから。

殆ど家にいないけど、きっと私を愛しているはずだ。

私はそれを信じている。

でも、この思いは無残に切り裂かれた。

それは虐めを受けてから3日たった時である。

その日もいろいろな人に悪名を言われていた。

それでも私はそれに耐え、唯一心が和める場所の家へと帰ってきた。

家に帰るとベッドに倒れ、スヤスヤと眠り始めた。



いったい何時だろうか?

窓の外はもう真っ暗で、家やビルの光がやけに眩しい。

部屋の中も真っ暗で物音一つ無い。

すると、誰かがドアを開くのが聞こえた。

鍵を閉めたのだからお母さんであろう。

私はさほど気にせず、もう一度寝ようと目を瞑る。

しかし、足音は母の部屋を通りすごし、私の部屋の前で止まった。

私は目を開け、顔を上げるのと同時に部屋が開く。

ドアの前には母がいた。

顔は下に向いており、肩を震わせている。


「どうしたの?お母さん」

「・・・」


私は心配になり、問いかけるが母は答えない。

だが、私はそれでも問う。


「何があったの?」

「・・・」


ここまで無返答な母は初めてだ。


「・・・もう少しだったのに・・・」


母の口から小さな、とても小さな声が聞こえた。


「え・・・?」


その意味がわからない私は首を捻る。


「もう少しであの男と再婚できたのに、あなたのせいで私は捨てられたのよ!!」


母はそう言うと私の右頬を平手で叩いた。


「あなたなんて、産まれてこなきゃよかったのよ!!」


最後に私の左頬をもう一度叩くと、母は部屋を出て行った。

私は叩かれた事よりも先程の言葉の方が心に来た。

『産まれてこなきゃよかったのよ』

この言葉は私の頭の中に何度も何度も響いていた。

そして、私はベッドに寝そべり、ある事を思う。

『どうして私だけがこんなにも苦しい思いをしなくてはならないのか』

私はあの三人を恨み、憎んだ。

どうして―――。

どうして――――――。

どうして―――――――――私だけが―――――――――。

そんな時、ある事に気が付いた。

こうなってしまったのは自分のせいなのだと。

私が藤本君の寝顔をよく見ようと自分の顔を近づけたから、こうなってしまったのだ。

その結果、藤本君は彼女に振られ、灯ちゃんは私に裏切られたと思い、母は再婚できなくなってしまった。

全て私が悪いのだ―――。




それからどうなったのかは分らない。

自分の気持ちを紙に書き、家を出た。

途中、母の部屋を通ると母は泣いていた。

でも、私は立ち止まらずに家を出て、何かに誘われるかの様に歩いた。

そして、辿り着いた場所は屋上。

私は中心に立たずに端へ向かい、立つ。

ふと、後ろを見た。

そこには唯一つ、屋上のドアがあるだけだった。

ドアが開く事を願い、待ってみるが開くけはいはない。

この時、私は神様からも見放された。

誰かが来る事も無くなった私は前の光景を見る。


「・・・キレイ」


そこから見た光景は、まさに絶景。

暗黒の夜空に所々舞うように輝く光。

こんな光景は今まで見た事がない。

ここから見える世界は恐らく『空の世界』だ。

空を飛べる者が渡る事を許された世界。

人間が渡れるような世界ではない。

でも、私は渡る事を決意する。

『全て私が悪い』

灯――――――いや、平塚さんは言った。

『バイバイ。木下さん』

私の馬鹿な行為で、あなたを傷つけてごめんなさい。

藤本君は言った。

『お前なんて顔も見たくない!俺の前から消えてくれ!!』

私は、もう二度とあなたの前に姿を現さない。

お母さんは言った。

『あなたなんて、産まれてこなきゃよかったのよ!!』

私も、確かに産まれてこなきゃよかったと思っている。

お母さんにとって私は邪魔者に過ぎないんだから。

後悔はない。

未練もない。

愛着もない。

この世に執着する要因となる物は何も無い。

でも――――――どうして辛いのだろう。


(死にたくない)


後悔は無いのに・・・。


(もっと生きていたい)


未練も無いのに・・・。


(独りは嫌だよ)


愛着も無いはずなのに・・・。

―――――――――どうしてこんなにも辛いのだ―――――――――。

仲の良かった人や大好きな人や家族から忌み嫌われて、生きる事ですら辛いのに―――死ぬ事がたまらなく怖い。

それでも、勇気を出さなきゃ。

私が死ねば、みんな幸せになれるんだ。

笑って、楽しんで、はしゃぎ回って、いつもの日常にかえれる。


(そう、私が居なくなっても・・・)


―――――――――悲しむ人はいない―――――――――。

だから、私は『空の世界』へと足を踏み入れた。




目が覚めるとそこは真っ暗な世界であった。

視野一面が暗闇で光すらない。

いや、光だけではない。

無音、無臭、無風。

私は、ここが天国かなと考えたが自殺した身なので天国には逝けない。

ならば地獄かと思ったが、地獄にしては伝承通りではない。

いや―――、テレビの見過ぎか―――。

私は立ち上がり、目の前をずっとずっと歩いてみるが、この世界に果てが無かった。

疲れた私は歩く事を諦め、記憶を思い出そうとすると不思議な感覚になった。

なぜか、思い出せない。

自分がここに来た理由は分るが、その根源が空白であった。

更には、自分の家族、親戚、友人の名前や姿が全く思い出せない。

父の名前は?母の名前は?友人の名前は?

私は頭を両手で押さえるが思い出せなかった。

すると、次第に私自身の記憶が次第に薄れてゆく。


(やだ!やめて!)


声を出そうとするが全くでなかった。

頭を押さえている両手で顔を押さえようとしたが、手が顔を通り過ぎた。


(え?)


ふと見てみると、手が無かった。

それに、自分の体から無数の光が出ている。

私はそれだけで確信した。


(ああ、これが本当の『死』なのね)


それが、私の最期の経験だった。





どうも始めまして。

この作品は、私がこのサイトで書き終えた最初という事なので処女作です。

あと、この作品の外伝を作る予定です。

誤字脱字があるとはおもいますが、

これからもよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言] 海来 少女の頭の中の世界観と言う意味では、よく出来た作品なのだと思います。 でも、もう少し周りの人間を掘り下げてくれていると、入り込みやすかったかなって思います。 少女には死んで欲しく無かっ…
[一言] すごくよかったです。 期待してます。
2008/11/12 12:43 ダンディー
[一言] 文章が長くてかなり読み終えるのに時間がかかりました(^_^;) 内容は基本的に暗い話ですね。 読んでてリアル感を味わいました。
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