表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ダークホース  作者: 日南田 魚王
PR
3/5

その3

 目の前のソファに短い髪型をした体躯の良い、そして少し蟹股の中年男が座ると手にした雑誌を開いた。

 どこにでもあるスポーツ雑誌で表紙には柔道の特集をしているのか、オリンピックで見たことのある選手の写真が見えた。

 僕はそれから視線を外すと、四十川に視線を戻し、「それで・・」と、言った。

 四十川もその男へ視線を向けていたのか、目を細めて雑誌の表紙写真を見ていた。

「四十川君」

 僕の声に彼は耳元に、口を寄せた。

「田中さん、あの雑誌、見てください。一年前のものですよ。柔道世界選手権のときのですから・・なんだってあんな古いのを手に取るのでしょう・・いくら、何でも・・」

 僕は彼が言いそうになった言葉尻を制して言った。

「人の知りたいこと等、気にしないでいいじゃないか。それに人と言うのは不思議なもので、巷に色んな最新情報があったとしても、人は自分が欲しいというタイミングでしか欲しくないし、興味がわかないものだろう。だからきっと目の前の親父だって一年前以上の雑誌でも、きっとその時は知り得たくなくて、今になって図書館に来てふと我に返り、急に知りたくなったのだろう」

 僕の言葉に要領を得たのか、少し目を丸くして彼は僕を見た。そして眼鏡の縁に手をかけて小さく「成程」と言った。

「それよりも、早く、君の体験話を聞かせてくれ」

 ああ、と彼は低くそれでも雑誌を開いた男を少し呆れる表情で見て、僕の方へ顔を寄せた。

「田中さんの欲しいタイミングは今ですもんね」

「そういうことさ」

 僕の言葉に相槌を打つと彼は足を組み替え、そして顎に手を遣ると少し伸びた髭に手をやって首を傾げた。視線は目の前のソファで雑誌を広げた男を物憂げに見ている。

 僕は内心、何がそんなに彼の気になるのか含み笑いをしながら、彼の言葉を待った。

「そう、丁度一週間前の日曜日でした」

「日曜日?」

 僕は反芻した。

 彼は頷いて、物憂げな視線を僕に戻した。そして目を二、三度しばたたかせると続けて言った。

「僕は環状線の京橋駅に居たのです」



 彼の話はこうだった。

 その日大正区に住む友人を訪れる為に、彼は環状線に乗るべく京橋駅に居た。その日天気予報では一日曇りだったが、彼が京阪電車から環状線へ乗り換える時、小雨が降り出した。そこで彼は駅中のコンビニでビニール傘を買って、ホームに上がって電車を待った。やがて電車がやって来て扉が開くと彼は電車の中に乗り込んだ。その時、携帯電話で話をしながら降りて来た小さな禿げ頭の小男と肩がぶつかった。男は電話の内容に興奮していたのか、ぶつかった彼を振りかえると大きな罵声を浴びさせ、急ぎ足でその場を離れた。その時彼はその男から因縁をつけられるのを嫌がり、直ぐに扉側の席に腰かけると手すりのバーに傘を置こうとした。そこには誰かが忘れたのか、ビニール傘が置いてあり、彼は気にすることなく自分の傘と並べて置いた。すると扉が閉まり始めた時、先程の禿げ頭が急ぎ足で戻ってきて閉まる扉の隙間から傘を手に取ろうと手にしたが、残念ながら一瞬早く扉が閉まった。

 男には悪いが無情にも電車はホームを出て行った。出て行く電車の扉を男が蹴った音と何か罵声を大きく喚き散らすのが聞こえた。

(傘ぐらいで大人気ない)彼はそう思って置き忘れられた傘を見た。特段高級そうな傘ではなく、自分と同じタイプの安い大量生産品の傘だった。

 その後、彼は大正駅まで電車に乗っていくつもりだったが途中電車は天王寺駅で停まって進もうとしなくなった。彼が不思議に思っているとその電車が大正駅まで行かず天王寺止まりだったのが分かりました。

 彼はそれに気づくと大きく悔しがり、友人への遅刻の理由を考えながら電車を降りようとした時、電車内を急ぎ足で歩く車掌が声をかけて来た。

「すいません、ここに傘の忘れ物はありませんでしたか?と」

 彼は咄嗟に男の忘れた傘を取ると「ありませんでした」と答えて急ぎ足で反対方面のホームへ走って、戻りの電車へ乗り込もうとしたが、思い立つことがあり、その車掌に聞いた。

「すいません、大正方面へ行きたいのですが」

 それに車掌が答えた。

「それならこの電車が戻りますから、そのまま乗って下さい」

 彼はその言葉で再び同じ場所に座り、電車が出るのを待つことにした。そして電車が動き出し再び京橋駅方面へ向った。

 やがて大阪城が過ぎて京橋駅にホームが見え始め、電車がホームに入ろうとするとあの禿げ頭が車内を血走る目で舐める様に睨み付けつける様に見ている姿が見えた。

「そこで僕は傘を自分が座った時と同じように手すりのバーに置いていたのです。実はその時、僕にはどちらの傘が自分ものか分かりませんでしたが、もう別にいいだろうと思ってそのまま適当に一つの傘をそこに置き、一方の傘を自分で持って、そして少し場所を離れました。その時僕は男の傘を見つける様子を見ようと思ったのです。何故か不思議に思ったのですよ・・だって唯の傘ですよ、安物のコンビニでも売っている、大量生産型の傘ですよ。何も、男が血眼に探すような高価なものではないですから」

 電車の扉が開くと男は辺りを見回していたが、傘に気が付いたようで人の背を手で分ける様に車内を進み、やがて置かれた傘を手にした。そしてポケットから携帯電話を取り出すと手すりに揺られるように電話をかけた。

 彼はゆっくりと何喰わぬ顔で男と背を合わせる様に立った。

「お、あったで、車掌の言う通りや、電車が戻って来たわ。おう、ほんなら、次で降りるで・・ほんま、冷や汗かいたっちゅうねん」

 その声をはっきりと彼は聞くと電車は次の駅に着いて、男は足早に降りてやがて人混みの中に消えて行った。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ